6-27(6階層その4~ユイ命がけでクレアを救う!).
「ついに神話級の龍の部屋だ。そしてここを越えれば、イネスさんたちが諦めた部屋だな」とレティシアさんが言った。
「えっと、ここは火龍、氷龍、地龍、雷龍のどれかが出るんだよね」
ユイが確認する。
「ああ、部屋の中に4つの龍のオブジェがある。どれか一つを選んで魔力を流せばいいらしい」
まるでゲームのギミックだ。
「なんか、魔法の属性に対応したようなドラゴンたちだよね」
「うん」
「ハル様、雷龍は止めたほうがいいと思います」
イネスさんからもらった攻略情報によると雷龍は暴風のような風魔法を使う。そして何より厄介なのは風属性最上級魔法の天雷に似た攻撃をしてくるらしいのだ。天雷は広範囲に無数の稲妻を降らせる魔法だ。カナさんが使っていたのを思い出す。
うん、あれはダメだ。クレアの言う通り止めたほうがいい。
「カナさんが使っていた天雷を見たことがあるけど、あれは避けられないよね。しかも当たったらちょっとの間動けなくなるんだったよね」
「うん」
「そういえば、前にもそんな話をしていたが天雷の使い手なんてよく知っているな」
「ええ、まあ・・・」
とにかくあれはダメだ。防御魔法を連発して防ぐことはできるかもしれないが、暴風みたいな魔法も使うらしいから、それで吹き飛ばされたところになんてなったら・・・。
うん。やっぱり雷龍は止めたほうが良さそうだ。
「火龍と氷龍は似たタイプで吐くブレスが炎か氷かくらいしか違いがないみたいですね」
「うむ」とレティシアさんが攻略情報を見ながら頷いた。
僕とクレアは二度火龍と戦ったことがある。一度目はエリルの闇魔法があったから参考にならない。二度目は僕が火龍の首に黒龍剣を突き刺す形でしがみ付いた挙句、必殺技の二段階限界突破した黒炎爆発を使った。それでも火龍は死ななかった。それに、僕自身も爆風でダメージを受けた。あの後メイヴィスが現れなかったら倒せていただろうか? あのときは全員でかかればと思った。騎士たちもいた。でもここでは4人だ。いけるだろうか?
分からない・・・。それにあのときはブレスを避けるにはあれしかない絶体絶命の状態で火龍に接近した。同じようにできるだろうか?
「あのときのやり方はハル様が危険過ぎます」
僕の考えていることが分かったのかクレアがそう言った。
「でも、ブレスを避けるだけじゃなくて黒炎爆発を当てるためにはあれしかない気がする。火龍は巨体だけど動きは意外と速い。黒い炎の塊に包まれるまでじっとしているとは思えない。あのときみたいに火龍にしがみ付いて僕の周りに黒炎爆発発生させるのがベストだと思う」
「シズカディアでハルが活躍した話は私もクレアから何度も聞いたけど、それだと他の人がブレスを避けれないんじゃないかなー?」
あのときのことを思い出してみる。確か一度は首に黒炎弾を命中させてブレスを中断させた。うーん、毎回狙ってできる気がしない。
いろいろ考えてみると、あのときはずいぶん運がよかった気がしていきた。ヤスヒコだっていたのに。
「でも今回は私やレティシアさんも防御魔法が使えるし、レティシアさんの盾だってあるよ」
確かに・・・。
「とにかくブレスは扇型で攻撃範囲が広い。中途半端に離れるとかえって危険なんだ」
やっぱりブレスや魔法を使わない地龍がいいような気がする。
「それじゃあ、イネスさんたちと同じで地龍にするか」とレティシアさんが言った。レティシアさんも僕と同じ結論に達したようだ。
実際、イネスさんのパーティーは試行錯誤した結果、地龍を倒して龍の部屋をクリアしている。
「えっと、地龍は他の龍と違ってブレスや魔法を使ってこない。その代わり一番防御力が高い。そうですよね」
「ああ、攻略情報によるとそうなっている。時間はかかるが地龍の回復力より高い攻撃力があればいつかは倒せる計算だな」
高位の魔物は高い回復力というか再生力を持っている。その上、地龍は最も防御に優れる。だが、ブレス攻撃や魔法攻撃はない。
「とりあえず地龍にチャレンジしてみよう」
レティシアさんが宣言し全員が頷いた。
「ただし、常に入り口近くに陣取っていつでも撤退できるようにしておこう」
全員がレティシアさんの言葉に頷いた。全員が部屋から出ればやり直しになる親切設計だ。そうでなければ何度もチャンレンジできないし、そもそもクリアなんて不可能だ。ゲームに例えるのは不謹慎かもしれないけど、難易度の高いゲームでもなんとかクリアできるのは、やり直しが可能だからだ。
全員が部屋に入る。広い。部屋というより巨大な空間だ。
「あれかな?」
ユイの指さすを方を見ると4つの像のようなものが見える。全員で近づくとイネスさんの攻略情報にあった通り4種類の龍の像があった。
「いくぞ」
レティシアさんが4つの像のうち羽が無くずんぐりして茶色っぽい龍の像に触れた。龍の像が発光し始めた。
「入り口の近くに戻るぞ!」
辺り一面が真っ白な光に覆われ周りが見えにくい中、僕たちは入り口の方へ走った。
光が収まった後には、巨大な龍の姿があった。地龍だ!
「ハーッ!」
クレアが高くジャンプして上から地龍を斬りつけた。地龍は体を動かして急所を避けた。
速い!
ずんぐりとした見かけと違って地龍の動きは機敏だ。地龍がグルンと音がしそうなほど素早く回転する。巨大な尻尾が僕たちを襲う。
ドーン!
地龍の尻尾を盾で受け止めようとしたレティシアさんが盾ごと吹き飛ばされた。
「うおー!!」
「うわぁー!」
「きゃー!」
レティシアさんの後ろにいた僕とユイもレティシアさんと一緒に飛ばされて床を転がった。
「ハル様、ユイ様!」
ゴロゴロと床を転がった僕たちのそばにクレアが駆けつける。
レティシアさんはすぐに立ち上がりまた盾を構えた。
「に、逃げろ!」
地龍はめちゃくちゃ素早い。すでに僕たちが固まっている場所に飛び掛かってきている。
ドン!
地龍が着地した場所から全員ギリギリで避難した。危なかった!
ブーン!
地龍は着地したと思ったらすぐに体を回転させて再び尻尾攻撃を放ってきた。いや、速すぎだろ・・・。
「黒炎盾!」
僕は二段階限界突破した黒炎盾で地龍の尻尾攻撃を防いだ。地龍を挟んで反対側から飛び出したクレアがジャンプしてそのまま上から尻尾に赤龍剣を突き立てた。
グサッ!
「ぐおぉぉー!」
地龍が叫び声を上げた!
そのとき、地龍が尻尾を捻るように動かしてクレアを振り落とすと、そのまま尻尾をクレアに叩きつけた。すべてが一瞬の出来事だった。
ぐにゃりと音がするようにクレアの体が変な方向の曲がったように見えた。地龍が更に追撃しようと尻尾を振り上げている。
「クレアーーー!!!! 黒炎盾!」
僕はあらかじめ用意していた2発目の黒炎盾を使った。二段階限界突破している。今回は初見なので防御魔法を2回分用意していた。
地龍の尻尾攻撃は黒炎盾に跳ね返されたが、今度は黒炎盾を踏みつけた。するとバリンと音を立てて黒炎盾が破壊された。
まずい!
地龍は二段階限界突破した黒炎盾を破壊したものの、その反動で仰け反っている。でも地龍はその反動を利用して尻尾でクレアを攻撃しようとしている。地龍はめちゃくちゃ身体能力が高い。もう用意している魔法はない。
クレアが動いていない!
僕は急いでクレアの下に駆け付けようとしたが、さっきの地龍の飛び掛かり攻撃のとき全員バラバラに避けたので僕のいる位置からクレアは遠い。レティシアさんも遠い。
くそー!
そのとき「クレアー!!」叫びながら凄い勢いでユイが飛び出してクレアを抱きかかえた。異世界人であるユイは魔導士だけど戦闘のときは常に身体能力強化も使っている。ユイに抱きかかえられたクレアは全く動いていない。それでも赤龍剣を持ったままだ。
ドンっと地龍の尻尾が地面を叩いた。見るとユイがクレアを抱いたまま床に伏せている。何とか避けたようだ。
僕はクレアを抱いたユイに近づく。
地龍が突進してくる。
「うぉぉぉーーー!!!」
レティシアさんが前に出て地龍の突進を盾で受け止めた。盾を構えたまま3メートルくらい後退しているけど、なんとか受け止めた。
「撤退だーー!!」
レティシアさんが叫ぶ。
僕はクレアを抱いたままのユイを庇うようにして入り口に近づく。ユイの腕の中のクレアは微動だにしない。
「黒炎弾!」
「黒炎弾!」
二重発動を使って黒炎弾を連発する。即席だから威力はない。逃げる時間を稼ぐためだ。
「岩盾!」
ユイも防御魔法で撤退を補助する。
レティシアさんが盾を構えて殿を務める。
最後は、全員で転がるようにして、龍の部屋を脱出した。
「超回復!」
部屋を出ててすぐにユイがクレアに最上級回復魔法を使った。ユイの息はまだ荒い。
クレアは動かない。
クレアの傷や変な方向に曲がっていた手足が修復される。
なのに・・・クレアはまだ動かない・・・。
クレア・・・。
なぜかイデラ大樹海で最初に目を覚ましたときに見たハクタクと戦っているクレアの姿を思い出した。あれからずいぶんと時間が経った・・・。すでにクレアは僕にとって・・・。
ユイは回復魔法を使い続けている。ユイの額には汗が浮かんでいる。
僕は祈るようにクレアと回復魔法を使い続けるユイを見ていた。レティシアさんもそんな僕たちを黙って見守っている。
ユイは床に寝かされてクレアの胸のあたりに触れて回復魔法を使い続けている。僕は両手でクレアの左手を持つとクレアの顔を覗き込んだ。
ユイの最上級魔法でクレアの体全体が薄く光っている。やっぱりクレアはいつも通りの美人だ。なのにいつもと違って動かない。
見ていた僕の目から涙が一滴落ちてクレアの頬を濡らした。
「ん・・・」
く、クレア・・・。
ゆっくりと目を開けたクレアは「ハル様・・・。それにユイ様もどうして泣いているのですか?」と尋ねた。
「クレア・・・。よ、よかった・・・」
上を向いたまま目を開けたクレアが目だけを動かして僕とユイを不思議そうに見つめていた。
本当に良かった・・・。
上から覆いかぶさるようにそっとクレアを抱きしめたユイは「もう、クレアったら、本当に心配したんだから。こんなに最上級回復魔法が使えて良かったと思ったのは初めてだよ」と言った。
ユイの言う通りだ。ユイが最上級の回復魔法を使えて本当に良かった。
クレアはしばらくすると安心したように寝息を立て始めた。回復魔法で治療してもすぐに元通り動けるようになるわけではない。特に大怪我の場合はそうだ。




