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6-25(6階層その2~SS級冒険者イネス・ウィンライト).

「イネスさんを待たずに攻略を始めるか?」

「いえ、やっぱり少しでも情報を得てからのほうが、せっかく先達がいるのですから、なんせ6階層ですよ」

「まあ、そうだよなー。それにしても何もすることがない」


 すでに僕たちが6階層に到達して3週間が経過した。レティシアさんも心の整理がついたのか、少なくとも表面的にはいつものレティシアさんに戻っていた。


 見るとユイはクレアに剣を教えてもらっている。ユイは以前僕が使っていた剣を使っている。ルヴェリウス王国が異世界人である僕にくれたのだから、それなりに良いものだと思う。


「えっと、こうかな?」

「いえ、左手をもっとこう下げる感じです」とクレアがユイの後ろから覆いかぶさるようにして剣を持つ手の位置を直す。


 持ち手を直されたユイは、うーんと言いながら剣を持って素振りをしている。ユイは魔導士だが身を守るために少し剣も練習してみようということになった。魔導士といえども異世界人だからこの世界の魔導士より身体能力強化も上だ。


「ユイ様、なかなか筋がいいですよ」

「え、そうかな。もしかしてハルより強くなれるかな」


 いや、これ以上強くならなくてもいいと思う。


 スレイドさんは冒険者ギルドにアルベルトさんのことを報告することを先にすべきかと悩んでいた。でも、一人スレイドさんが上に戻った場合、スレイドさん一人でまたここに来ることができるのかは分からない。スレイドさんはフェンリル3体をクリアしていないからだ。たぶん僕たちに関しては問題ないと思う。あくまで思うだけだ。レティシアさんを含めた僕たち4人は、5階層の全ての種類の魔物を、迷宮の外の本物の魔物を倒した経験のある者がいる状態で討伐した上で、3体同時に現れるギミックもクリアしている。

 

 そのとき、ついに左側の通路の向こうから複数の人が歩いてくる音がした。そして間もなく5人の人物が広間に現れた。イネス・ウィンライトのパーティーが戻ってきたのだ。


 戻ってきた5人と僕たち5人は、お互いにしばらくお互いを観察していた。


「イネス」

「スレイドか」


 最初にスレイドさんがイネスさんに声をかけた。


「お前、5階層をクリアできたのか?」


 イネスさんはあきらかに信じられないという表情だ。 


「いや、ここにいるパーティー『レティシアと愉快な仲間たち』についてきただけだ」

「そうか」


 イネスさんは僕たち4人を眺めると、レティシアさんに目を止めた。


「S級冒険者のレティシア、名は聞いたことがある」


 お、レティシアさんを知っている人が現れた。


「スレイド、久しぶりね」

「スレイド、元気そうだな」

「ああ、ロザリーもダグラスさんも久しぶりです」


 聖属性魔法が上級まで使えるというロザリーさんはスレイドさんやイネスさんと同じか少し若いくらいの魔導士だ。ダグラスさんのほうはかなり年配に見える。よく言えば顔にこれまでの人生経験が現われている。


 僕とユイとクレア、そしてイネスさんのパーティーのバイラル大陸出身だというジャイタナさんとジネヴラさんもお互いに挨拶を交わした。ジネヴラさんは珍しい深い緑色の髪の女性だ。ジャイタナさんは大きな大剣を肩に担いだ剣士だ。獣人の血を引いているというだけあって2本の角がある。人によっては魔族だと思うかもしれない。ジネヴラさんはエルフの血を引いているという噂だ。言われてみれば耳が少し長いかなと思う。ちょっとエキゾチックな美人だ。


「ハルったら・・・」

「ハル様・・・」


 全員がその場にバラバラに座り、お互いの話を聞こうという態勢になった。


「そういえば、アルベルトはどうしたんだ?」とダグラスさんが尋ねた。

「そのことなんだが・・・」


 スレイドさんはアルベルトさんのことを話した。アルベルトさんが、イネスさんの次に5階層をクリアするのは自分だという思いにとらわれて有望な若手パーティーの一つを全滅に追い込んだと思われること、同じことを僕たち『レティシアと愉快な仲間たち』にしようとしたことを話した。


「俺は、これをイネス、お前に伝えるためにここに残っていたんだ。この後は上に戻ってアルベルトのやつを告発するつもりだ」

「まさか、そんなことが」とロザリーさんが言い、「アルベルトの奴・・・」とダグラスさんが言った。


 イネスさんは無言だ。イネスさんは僕が武闘祭で戦ったケネスさんに少し似た痩身で求道者のような風貌の剣士だ。


「イネス、せめてお前がアルベルトを誘わずダグラスさんを誘った理由を話してくれていれば」

「アルベルトでなく俺を誘った理由だって?」


 ダグラスさんが怪訝そうな顔だ。


「ダグラスさん聞いてないんですか? 5階層を攻略する条件を、なぜ俺やアルベルトが一緒のときは失敗して今回は成功したのかを」

「なんのことだ。今回のパーティーのほうが優秀だったからじゃないのか」

「あのときだって、5階層最後のフェンリル3体は倒したでしょう?」

「そ、それは、倒し方やそれまで倒した魔物の数とかの違いじゃないのか?」

「違います」


 どうやらイネスさんはパーティーメンバーにも5階層攻略の条件を話していないようだ。


「ハル、話してもいいか?」

「ええ、問題ありません」


 スレイドさんは僕から聞いた5階層クリアの条件を説明した。


「俺が、ベヒモフの討伐隊に加わった経験があったから誘われた・・・。イネスそうなのか?」


 イネスさんは黙って頷いた。


「俺のほうがアルベルトやスレイドより頼りになると言ったのは嘘なのか?」

「ああ」


 イネスさんは低い声で短く返事をした。


「私は故郷の村を襲ってきたフェンリルを村のみんなと討伐したことがある」と言ったのはジネヴラさんだ。

 続けてジャイタナさんが「俺も故郷で仲間と一緒にヨルムンガルドの討伐に参加したことがある。故郷と言っても俺の生まれた村のことじゃない。俺の生まれた村は魔物の被害の少ない小さいが平和な村だった。生まれた村を出た後、拠点にしてた街の近くにヨルムンガルドが出てな。あのときは20人で討伐に向かったが硬直のせいで5人も仲間が死んだ」と言った。故郷のことを語るジャイタナさんの表情がちょっと曇った。死んだ仲間のことを思い出したんだろうか?


 バイラル大陸にはフェンリルやヨルムンガルドが現れる場所があるらしい。とすると後は・・・。


「タラスクはずいぶん探した。川の近くで目撃されたことがあるという情報を基にイデラ大樹海を川沿いに中層まで遡ってやっと見つけたよ。大金を払って雇った冒険者の一人が死んだが何とか倒すことができた」


 イネスさんは低い声で淡々と語った。そうか中層でタラスクを見つけることができたのか。それは運がよかったな。イネスさんといえども、深層まで行って帰ってこれるとは思えない。


「フェンリルを倒した経験のあるジネヴラさん、ヨルムンガルドを討伐した経験のあるジャイタナさん、この二人を見つけてパーティーに加え、そしてタラスクはイネスさん自身が倒した。これに費やした時間が10年だったんですね?」


 イネスさんは僕の質問に「その通りだ」と答えた。イネスさんはもともとサイクロプスとグリフォンを討伐したことがあった。それはアルベルトやスレイドさんも同じだ。


「イネスさん、予定通り大迷宮の攻略を諦めるってことでいいな?」とジネヴラさんが言った。


 イネスさんは「ああ、潮時のようだ」と答えた。


 ロザリーさんがスレイドさんの方を向くと「私たちね、もう6階層の攻略を諦ようって話しをしていたの。アルベルトのことを聞いて踏ん切りがついたわ」と言った。


 ダグラスさんのほうはまだ放心状態だ。


「私とジャイタナは二人ともバイラル大陸でイネスさんに声を掛けられた。大金を貰えるって話だったしエラス大迷宮にも興味を引かれたから引き受けた。この3年、攻略は面白い面もあったが、さすがに6階層は無理だ。もうだいぶ前から分かっていた。だから最近はそろそろ諦めようって何度も話をしていたんだ」


 イネスさんはフェンリルやヨルムンガルドの討伐経験ある人材を探すためバイラル大陸まで足を延ばしていたようだ。凄い執念だ。そういえばバイラル大陸産の武器や防具は優秀で人気が高い。それは鍛冶関係の特殊魔法のせいだけではなく高位の魔物素材が使われているためでもある。


「そうだったのか。ここはイネスたちでも無理なのか」とスレイドさんが呟いた。


 イネスさんは突然紙束をレティシアさんのほうに放り投げた。


「これは?」

「6階層の地図とこれまでに俺たちが得た攻略情報だ。お前にやる」

「いいのか」


 イネスさんは頷いた。


「俺は5階層を突破するための条件を秘密にしていた。自分が真っ先に6階層を攻略したかったからだ。だが、そのことでアルベルトを犯罪者にしてしまったようだ。俺の責任だ。だからそれはお前にやる」


 次にイネスさんはスレイドさんを見ると「俺も一緒にアルベルトのとこに行く。いなければ探す」と言った。


 スレイドさんはイネスさんに「ああ」と短く返事をすると僕たちに「そういうわけだから、俺はここで上に戻る」と言った。


 それからしばらく全員で6階層のことを少し話をした。イネスさんのパーティーの人たちは口々にここをクリアするのは無理だとか、そもそもクリアさせる気がないとか言っていた。詳しいことはイネスさんがくれた地図と攻略情報を見ろと言われた。イネスさんは意外と几帳面で分かったことのほとんどを紙に書いていたらしい。

 スレイドさんが「俺たちと一緒のときもそうだった」と言った。スレイドさんは「ただし、5階層の攻略条件は書いてなかった」と付け加えるのを忘れなかった。


 その後、イネスさんのパーティーとスレイドさんは6階層を後にした。こうして6階層には『レティシアと愉快な仲間たち』のメンバーだけが残ったのだった。


 その晩、僕はまた変な夢を見て夜中に目が覚めた。そして同じように目を覚ましたユイを顔を見合わせた。

 次話からは6階層の攻略です。 

 もし少しでも面白い、今後の展開が気になると思っていただけたら、ブックマークへの追加と下記の「☆☆☆☆☆」から評価してもらえるとうれしいです。

 また、忌憚のないご意見、感想などをお待ちしています、読者の反応が一番の励みです。

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