6-24(6階層その1).
通路を降りた先は広間になっていた。僕たちが降りてきた通路を除いて2つの通路が伸びている。
「6階層はどうやら迷路型のようだな」
レティシアさんの言う通り迷路のような通路が広間から伸びているようだ。いわゆるゲームのダンジョンのようなタイプで4階層と同じだ。
「たぶん、この広間は安全地帯なんでしょうね」
広間はかなりの広さがあり野営道具などが散乱しているのが見える。イネスさんのパーティーは見当たらないから攻略に出かけているんだろう。この様子だと、ここを拠点として攻略しているのだろうから。しばらく待てば帰ってきそうだ。
「ハル、イネスさんたちって2回目の攻略を初めてからもう3年近くになるんだよね」
「うん」
「2回目は割とすぐに6階層まで行ったという話ですから、その後ずっとここにいるんでしょうか?」
「いや、何回か地上に戻っているはずだ」
クレアの質問に答えたのはスレイドさんだ。
「確か2回だったと思う。俺は一度5階層でイネスにあった。アルベルトもだが・・・」
アルベルトさんの名を出したときのスレイドさんの声には苦渋の色があった。
「そうですか」
「毎回、5階層をクリアしないとここに来れないのかな?」
ユイが可愛らしく首を傾げる。
「どうなんだろう?」
「いや、その必要はないはずだ。1回クリアすればいいらしい。これはアルベルトが言っていたことだ。イネスから何か聞いていたのかもしれない。どうせなら、5階層のクリア条件を教えてくれればよかったのにな」
確かにイネスさんがそうしていれば・・・。
とにかく、ここまで来るのに何度も5階層を攻略する必要はないみたいだ。2回目からは石碑に触れさえすればいいのだろうか? 最後の石碑が光ったとき魔物たちは消えた。失われた文明が造った迷宮ならそんなこともあるだろう。
それとスレイドさんが通れたってことは、誰か一人条件を満たせば通路は開いて、その後は誰でも通れそうだ。ただ、すぐに扉が閉まったから時間制限はありそうだ。
正確な仕様は分からない・・・。
「とりあえずどうするんだ?」とレティシアさんが僕に尋ねた。
「パーティーのリーダーはレティシアさんですよ」
「そのことなんだが」
レティシアさんは真面目な表情で「私のしたことが許されたとは思っていない。それに私も兄さんのことを完全に納得できたわけじゃない」と言った。
それは当たり前のことだ。レティシアさんにとって大切な人だったネイガロスの死を簡単に割り切れるものではない。
「レティシアさん、私たちもレティシアさんの話を聞いてネイガロスさんが根っからの悪人ではなかったと分かりました。ネイガロスさんは黒騎士団の副団長として皇帝の命令に従って行動した」
「ユイ様の言う通りです。でも私と縁のあるレオナルド様にも皇帝ネロアが殺そうとした多くの白騎士団員の人たちにもレティシアさんのような家族がいます」
レティシアさんはクレアの言葉に頷いた。
「その通りだ。あれはネロアの引き起こした戦争だったのだからな。ハルたちを恨むのは筋違いなのだろう。それは分かる。だが・・・」
分かることと納得することは違う。人は理屈だけで動くものではない。どんな説明を受けようともネイガロスがレティシアさんの愛するお兄さんだったことに変わりはなく、そのネイガロスを殺したのはイズマイル団長だけど、そうなる切っ掛けを作ったのは確かに僕だ。
「ハル様」
「ハル・・・」
「僕は大丈夫だよ。ユイ、クレア」
僕はまたユイとクレアを心配させてしまったようだ。でも僕は大丈夫だ。僕の行動がすべて正しかったかどうかは神様にしか分からない。それでも、クレアに協力してレオナルドさんたちを助けたこと、多くの白騎士団員の命を助けるために内乱を収めようとしたことを後悔はしない。
そんな僕たちの様子を見たレティシアさんは「ハルくんは一つ成長したようだな」と言った。
しばらくの沈黙の後、レティシアさんは「だが私はこの年になっても、まだまだのようだ。未だにハルくんたちがあんなことをしなければ兄さんは死ななかったのではという気持ちがある」と続けた。
「レティシアさん」
「心配するな。だからといってハルくんたちを殺そうとする気持ちは失せた。なんせ私はハルくんたちに助けられたのだからな。その点については信用してくれてもいい」
「さっきは、僕たちもレティシアさんに助けられました。レティシアさんやスレイドさんがいなければここまで来ることはできませんでした」
なんとなくそれぞれが考え込むような感じになった。しばらくしてその静寂を破ったのはスレイドさんだ。
「俺のからも謝罪させてくれ。俺はアルベルトがあんなふうになっていたことに気がつかなかった。俺が一番に気がつかなければいけなかったのに・・・。思えば今の『月下の誓い』ではフェンリル3体を倒すのは無理だった。いつも申し訳のように戦って逃げることの繰り返しだった。本気で倒すような戦い方じゃなかったんだ。なのにアルベルトのやつは諦める気配がなかった。あいつはとうにおかしくなっていたんだな」
アルベルトさんは長い間、迷宮に、いやイネス・ウィンライトに囚われていた。大の月の下で一緒に冒険者になろうと誓った親友のイネスに・・・。
「とりあえず、俺はここでイネスを待つ。アルベルトのことをイネスに伝える。『月下の誓い』の初期メンバーとして俺のすべきことだと思うんだ」
「その後はどうするんですか?」
「上に戻る。そもそも俺はフェンリル3体を倒していない。偶然ここまで来れたようなものだ。それにアルベルトのことがある。もしかしたらアルベルトは今頃は5階層にはいないかもしれない。奴は俺の古い仲間だがクラウドたちのパーティーを全滅に追い込んだ犯罪者だ。『レティシアと愉快な仲間たち』にも同じことをしようとした。冒険者ギルドに報告して罪を償わせる必要がある」
「スレイドさん・・・」
「これはアルベルトの仲間として俺がすべきことだ」とスレイドさんは絞り出すように言った。
誰もスレイドさんの決心に異を挟むことはできなかった。それにスレイドさんの言う通りでアルベルトをあのままにしておくことはできない。
「レティシア様はどうされるのですか?」
クレアがレティシアさんに質問した。クレアはレティシアさんを見つめている。クレアは過去に僕とユイを殺そうとしたことがあった。理由は違うがレティシアさんも僕たちを殺そうとした。でも、もうそれは止めたと言っていた。
「お前たちは私にどうして欲しいんだ?」
「私は私を守ってくれる盾役の人がいてくれたほうがいいかな。6階層の攻略も続けるんだよね、ハル」
「そうだね。せっかくここまできたんだから」
「だとすると盾ができて経験豊富なレティシアさんにいてほしいよね」
ユイの言う通りだ。イネスさんに話を聞いて、できれば6階層にもチャレンジしたい。気になることもある。
「そうだね。僕もレティシアさんにはいてほしいかな」
「そうか。ハルくんは私にいてほしいか。ハルくんがそこまで言うならしばらくリーダーを続けるか。なんせ私はSS級さえも凌ぐ世界最強の冒険者にして美人のお姉さんだ。ハルくんが私に未練があるのも仕方がない。なんならお詫びに・・・」
「いえ、それはいいです」
いつものレティシアさん口調だ。それにしても僕がレティシアさんに未練があるだって? いや、そんな事は言っていない。パーティーとして盾役が欲しいって言っただけだ。
「ハル様、やっぱりそうなのですか?」
「ハルは相変わらずだね。困ったもんだよ」
「ユイ様の言う通りです」
なぜか僕がレティシアさんに未練があって引き止めた形となった。丸く収まるのならいいかという日本人的な配慮とレティシアさんが少し無理をしてるのを感じた僕は、あえて否定しなかった。そのせいか、ユイとクレアの僕を見る目が一段と厳しさを増した。いや、ユイとクレアも気を使っていつも通りに振舞っているのかもしれない。
「ふん、お人好しばかりだな」とレティシアさんが小声で呟いたのが聞こえた。その口調が、ほんのちょっとだけうれしそうだったのは気のせいじゃないと思う。
とりあえず『レティシアと愉快な仲間たち』はもうしばらく存続するみたいだ。
そんな僕たちの様子を見守っていたスレイドさんが「ハルも大変だな」と憐れむような目で言った。なぜ僕がそんな目で見られるのか? 解せない。
こうして僕たちは、暫くの間、ここでイネスさんのパーティーが帰還するのを待つことになった。




