1-22(初めての実践訓練その1).
この回は、少し長く説明回的なところがあるので、多少改稿してみました。
最初より良くなっているといいのですが。
ユイから告白され告白した日から、僕がユイのことを呼び捨てにしていることもあり、ヤスヒコを始め周りは何かを察したようだ。それでも、コウキを含めてみんな何も言ってことなかった。
冷静に考えると、僕とユイの関係が進んだのは異世界に転移したという特殊な状況が影響していると思う。 この世界にはたった9人しか日本人、いや地球人はいない。家族とも離れ離れになってしまって心細く不安だ。そんな状況が僕とユイの関係に影響を及ぼしてないとは言えない。
それでも、僕がユイをかけがえのない存在だと思うこの気持ちは本物だ。
そういえば、いつだったかヤスヒコが言っていた。ルヴェリウス王国は、僕たちがこの地で伴侶を得て落ち着くのを望んでいるんじゃないか・・・と。
だとすると、僕はまさにルヴェリウス王国の望み通りの行動を取っているのだろうか?
今日、僕たちは初めて王宮の外に出た。実践訓練に赴くためだ。
外には予想通りの中世風の街並みが広がっていた。王宮の佇まいなどから予想はしていたが、改めて剣と魔法の世界、ファンタジーの世界に転移して来たんだと感じる。 王宮の近くは大きな屋敷ばかりだ。おそらく貴族とか偉い人たちが住んでいるのだろう。
僕たちを乗せた2台の馬車は王宮から真っすぐ伸びている大通りをしばらく走って大きな門を抜ける。この世界には魔物がいる。そのためほとんどの都市は城壁で囲まれていると聞いた。王都ルヴェンは二重の城壁に囲まれている。そのうちの内側の城壁を通り抜けたのだ。
そこからさらに大通りを真っすぐ行き、そのあと大通りを逸れていくつかの角を曲り、露天商の多い地域を過ぎると、冒険者の多い東区に入る。冒険者が多い地域というだけあって、宿屋、武器屋、何か薬草のようなもの売っている店などが立ち並んでいた。その中にあってひときわ目立つ大きな建物が冒険者ギルドだ。
王都ルヴェンにある冒険者ギルドはルヴェリウス王国の本部ではない。本部はヨルグルンド大陸側の大都市アレクにある。ルヴェリウス王国にある都市の内、最も人口の多いのは王都ルヴェンではなく、ヨルグルンド大陸側にある初代勇者にちなんだ名を持つ都市アレクだ。王都よりアレクの方が人口が多いのは、この国が神聖ルヴェリウス帝国と呼ばれていたころの帝都がアレクであったことに加えヨルグルンド大陸側の方が他の人族国家も多くあり豊かなためだ。政治の中心が王都ルヴェンなら経済の中心は都市アレクといったところだろう。
僕たちは、ギルバートさんに引率されて冒険者ギルドにやってきた。他の冒険者たちは、ゾロゾロと入ってきた僕たちを何だって顔で見ていたが、ギルバートさんを見ると何も言ってこなかった。
僕たちよりだいぶ前にユウトもここに来たはずだ。ひょっとしてユウトに会えるかもと思ったがそんなことはなかった。
カナさんが登録のとき、「ユウトって冒険者は元気にしてますか? わりと最近冒険者になったはずなんですけど」と尋ねていたが受付の職員は首を傾げていた。
実践訓練に先だって僕たちは冒険者ギルドで冒険者登録をする。実はこれは僕の提案だ。僕たち全員がこの先ずっとこの国の世話になるかどうか決めているわけではない。もし自分たちだけで生きていくことになった場合、僕たちが就く職業として第一候補になるのは冒険者だ。ユウトの決断も影響している。
「お前たちは新人騎士の訓練の一環として、冒険者ギルドの依頼を受けることになっている。騎士の中には冒険者出身で冒険者登録しているものも多いから問題もない」あらかじめギルバートさんからそう言われていた。ただし、異世界から召喚されたことは絶対に言ってはならないと念を押された。
冒険者登録は簡単で、名前を登録して、名前とE級と書いてある薄い金属製のプレートを受け取るだけだ。このプレートは最初に自分の魔力を流しておくと、どの国の冒険者ギルドでも使える。このプレート、冒険者証は魔道具であり魔力による刻印でその真正さが保証されているので、他人の冒険者証を使うことはできない。この技術は例の失われた文明の遺物から得られたものだ。
ラノベなどでは冒険者登録は誰でもできるという設定が一般的だが、この世界では違う。キチンと冒険者ギルドで身元を調査した上で登録する。もしくは一定の条件を満たした者からの紹介などが必要だ。世界中どこでも使える身分証明書のようなものが交付されるのだから、この世界の決まりのほうが妥当だ。僕たちは国からの紹介で登録するので問題ない。
「なんか、わくわくするね」
ユイはうれしそうに自分の冒険者証を見ている。
その気持ちは僕にもよく分かる。これがゲームの世界ならユイと一緒に冒険するなんて、こんな楽しいことはない。だが残念ながらこの世界はゲームではない。それでも、ゲームやアニメにあまりにも似ているので、その点はいつもながら気にかかる。
「ねえハル、あそこの掲示板みたいなのに張ってあるのが依頼みたいだよ。それに向こうの方には魔物の素材を買い取る窓口みたいなのもある。なんかイメージ通りだよねー」
冒険者ギルドの依頼の主なものは、魔物の討伐と魔物から得られる素材の調達である。もちろん定番の回復薬の素材となる薬草の採取もある。魔物から得られる素材は、魔道具、装備品、服、薬などあらゆるものに使われている。肉が食料になる魔物もいる。
高位の魔物から採れる素材ほど多くの魔素を含んでおり魔導技術との相性がいいため価値が高い。伝説級の魔物の素材ともなると魔素を大量に含んでいるからびっくりするほど高価だ。それに、珍しい魔物の素材は利用価値とは別にその希少性から途方もない値段が付くこともある。
まあ、とにかく魔物の素材は価値があるので、これらはギルドの依頼を受けなくても、売ってお金にすることはできる。それでも、一般的には依頼を達成することで冒険者レベルやギルドからの信用を上げた方が良いとされている。
冒険者登録を済ませた僕たちは、馬車で、王都ルヴェンを出て、二つの都市を経由して2日がかりでギディア山脈の麓に広がるガドア大森林に近いカルネに到着した。ギディア山脈はシデイア大陸中央部を東西に延びて魔族の住むゴアギール地方とルヴェリウス王国を隔てるシデイア大陸一の山脈だ。
経由してきた各都市は王都ルヴェンのものほど巨大ではないが、やはり城壁に囲まれていた。城壁の外にも街は広がっていて定期的に騎士団が巡回している。またさらにその周辺には畑などが広がっている。ただし、畑なども含めて人の生活圏は都市の周辺に限られている。都市と都市の間の街道には休息所のようなものを除き建造物などはほとんど見かけなかった。
ギルバートさんによれば、魔物の少ない地域には街ではなく小規模な町や村のようなものも存在し城壁の代わりに魔物避けの柵のようなものが設けられていることが多いとのことだが、この近辺では見かけなかった。比較的魔物が多い地域だからだろう。
さて僕たちが到着したカルネは、方角としては王都ルヴェンの北東にある。カルネは通り過ぎてきた二つの街よりも大きくて何より冒険者が多い。冒険者の街とも呼ばれている。もちろん冒険者ギルドもある。その代わり通り過ぎてきた街と違って城壁の外に人は住んでおらず畑などもない。魔物が多く生息するガドア大森林がもう目の前だからだ。
「わー! 冒険者らしい人でいっぱいだね」
「宿屋も多い」
「お、あれは武器屋かな?」
僕たちはお上りさんよろしく、辺りを見回しては歓声をあげる。
この世界では魔物は危険な存在であると同時に、貴重な資源でもある。皮肉ともいえるが魔物が多く生息している場所から近い街ほど多くの冒険者が訪れ活気がある。カルネはまさにそれだ。
僕たちは、ここカルネを拠点として一週間くらい魔物討伐を行う予定だ。今回の実践訓練には、ギルバートさんのほか3人の王国騎士団の人が参加する。セイシェル師匠やクラネス王女は留守番だ。参加する騎士団の人たちは、普段から訓練を手伝ってくれていて僕たちとも顔見知りだ。討伐は、二人一組で行う予定なので4組で行うことになる。一組に一人ギルバートさんを含む王国騎士団の人が同行するので実質的には3人で一組だ。
僕は、明日からの魔物討伐に少しワクワクしている。
★★★
冒険者の街カルネに到着した日の翌日、僕たちはいよいよ魔物の討伐に出発した。討伐の前に僕たちは2種類のアイテムを配られた。一つは上級回復薬だ。
「これは万一のときのためだ。上級回復薬は貴重なものだ。上級回復魔法と同じくらいの効果がある。どうしてもってときだけ使うんだ。マツリやユイのいるパーティーは回復魔法を優先してくれ。但し、回復魔法をあまり他人に見られないようにな」
ギルバートさんの説明では、回復薬は失われた文明から得られた知識をもとに作成できるようになったもので、作成にはお馴染みの薬草などに加えて、効果を高めるための魔物由来の素材が必要だ。より高位の魔物の素材を使うほど効果の高い回復薬が作れる。高位の魔物ほど高い再生能力を持っているためらしい。上級回復薬ともなると上級以上の魔物の素材が使われているためとても高価だ。
「上級以上の魔物の素材が必要か。相当高そうですね」
コウキが感想を漏らす。
「ルヴェリウス王国にとってお前たちが、それほどの存在だってことだ」
僕たちの仲間にはユイ、マツリさんと回復魔法使える人がいるが、普通は回復魔法を使える人は少ないので、回復薬は騎士や冒険者にとっては必須アイテムだ。だが、一般に使われるのは中級までだ。中級でもかなり高価なのでほとんどの冒険者は下級回復薬しか持っていない。それだけ上級回復薬は貴重なものなので、万一の場合だけ使えと、ギルバートさんは念を押していた。
そしてもう一つのアイテム、これがついに来たかというアイテム、ゲームやラノベでは必ずといっていいほど目にするアイテムボックスだ。
魔物の素材などを採取する冒険者にとってこれ以上ないといっていいほど便利なアイテムでもある。実はユウトがここを出ていったときに王国が準備してくれたものの中にもあったので存在は知っていた。まあ、ラノベやアニメに酷似している世界だ。あると思っていた。
アイテムボックスもやはり失われた文明の遺物か、そのレプリカだ。 それにしても、失われた文明・・・ぶっちゃけなんでもありだ。
失われた文明の遺物であるオリジナルのアイテムボックスは、それこそ国宝級の貴重さで国家もしくは大商人しか保有していない。巨大なドラゴンを遺体をまるまる運べるほどの容量があるらしい。ただ、それでもすべての物流を賄えるほどではないし第一オリジナルは数が少ない。
僕たちに配られたのはオリジナルではなくレプリカのほうだ。レプリカといっても上級回復薬と同じく上級魔物の素材が使われている上、そもそも作れる技術のある者が少く作成の成功率も低いらしくかなり高価なものらしい。容量は値段により違いがある。
僕たちが配られたのはレプリカの中では中くらいの容量のものだ。食料や装備などを入れたり、魔物の素材のうち角や牙などの貴重の部分だけを持ち帰るのなら十分な容量だ。これを持っていない一般の冒険者は荷物運びを雇って活動する。最低でもA級以上の冒険者でないと普通は持っていないと聞いた。さすがに王国は気前がいい。
「これを腕に着けて魔力を流すんだ」
僕たちはギルバートさんに言われるままに、腕輪のようなアイテムを腕に嵌めて魔力を流す。すると不思議なことにそれは腕にピッタリのサイズとなった。
「それでいい」
「とても高価なものだと聞きましたが、これを目当てに襲われたりしないんですか」
コウキが同じ質問を王国がアイテムボックスをユウトに渡したときにしていたのを僕は覚えている。おそらくコウキはそのときいなかった者にも聞かせるためにわざと同じ質問をしてるのだろう。相変わらず見えないところでみんなに気を配っている。大した男だ。
コウキの質問に対してギルバートさんは頷くと「それを着けている者を誘拐する奴はいるかもしれん。だがアイテムボックスだけを奪うことはできない。それはオリジナルと違って一度装着すると装着した者以外は使えないんだ」と答えた。
「なるほど。でも持っている者を襲って利用しようとする者はいるかもしれないですね」
「そうだな。気をつけたほうがいいのは確かだ。ただ腕輪型の魔道具には多くの種類がある。それがアイテムボックスだと見抜くのは難しいだろうな。まあ、アイテムボックス持ちだと知られないほうがいいことは間違いない」
こうして一通りの準備を整えた僕たちは、カルネを出てガドア大森林に向かった。
途中でアイテムボックスの使い方を一通り練習した。魔法と同じでイメージが大事で何度か練習するうちに素早くものを収納したり自分の思った場所・・・例えば手元・・・に取り出すことができるようになった。腕輪に触れば収納されているものは分かるし、自分を中心に一定の範囲内でものの出し入れができる。
「便利だね。ハル」
「なんか、ラノベとかのイメージ通りで怖いくらいだよ」
生きているものが収納できないのもラノベなどの設定と同じだ。アイテムボックスが生命の生き死にをどうやって判断しているのかは分からない。ラノベなどでよくある時間停止機能もある。正確には時間の進み方が極端に遅くなるのだとか。
そして最近魔物が活発化しているという辺りまで到着した。これからは予定通り3人一組で行動開始だ。
僕とユイに同行してくれる王宮騎士団の人は、クレアと呼ばれる僕たちとあまり変わらない年に見える少し青みがかった白銀の髪が特徴的な少女だ。クレアさんはちょっと近寄りがたい雰囲気を持っている。少し冷たい感じと言えば良いだろうか。そう、セイシェル師匠が天才と呼んでいた大剣使いだ。
「クレアさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
僕とユイは、頭を下げて挨拶する。
「ハル様、ユイ様、よろしくお願いします」
クレアさんは普段から、僕たちにすごく丁寧にしゃべる。王国の大切な人たちだからということらしい。 表情があまり変わらない上、基本的に無口で余計なことはしゃべらない。何を考えているのか分かりづらい。その丁寧な口調もあり、僕はちょっと苦手だと感じていた。




