6-15(5階層その9).
しばらく間があってアルベルトさんが話し始めた。
「実はな、イネスは元は『月下の誓い』のメンバーだった。最初はイネスがリーダーだった。だがどうしてもここ5階層を攻略できなかった。それで俺たちは諦めた。イネスはあっさりパーティーを抜けた。イネスが抜けてなんとなく他にも二人抜けた。だが俺とスレイドだけはその後も行動を共にしているんだ。もう13年くらい前の話だ。俺もまだ若かった。思えばあのときからイネスは何かに気付いてたんじゃないかと思う。5階層攻略の鍵となる何かに・・・。それが、3年ほど前にイネスがまたエラス大迷宮に挑み始めたって噂を聞いた。しかも今回はあっさりと5階層突破したらしい。なぜイネスは2回目の挑戦のときに大の月の下で冒険者になるって誓った俺とスレイドに声を掛けてくれなかったのか? 自慢じゃないが俺たちだってS級なんだ。それに・・・」
そこでアルベルトさんはしばらく沈黙した。僕たちは何も言わずにアルベルトさんの次の言葉を待った。
「それに、今のイネスのパーティーにはダグラスとロザリーがいる」
「ダグラスとロザリー?」
「ああ、元『月下の誓』のメンバーだ。二人が誘われ最初からの仲間である俺とスレイドが誘われなかった」
アルベルトさんの声が自然と大きくなっている。スレイドさんも頷いている。
そうか。それならアルベルトさんとスレイドさんに思うとこがあるのは理解できる。なぜ、イネスさんは最初からの仲間であるアルベルトさんたちを誘わなかったのか? しかも二人ともS級なのに・・・。
「しかも今回はあっさり5階層を突破した。それで俺とスレイドは新たなパーティーメンバーを加えてイネスの後を追うことにしたってわけだ」
「ダグラスって言うのは、どんな人なんだ?」とレティシアさんが訊いた。
「ダグラスはA級の冒険者だ。俺やアルベルトよりだいぶ年上で、冒険者としちゃあ、はっきり言って俺たちのほうが上だ。まだ50にはなってないと思うが。まあ、なかなか器用なタイプの剣士ではあるな」
答えてくれたのはスレイドさんだ。50才近いとは・・・。この世界ならもう引退してもいい年だ。スレイドさんやアルベルトさんだって40才は越えていると思うけど。
「器用というと、いろんなタイプの剣を使い分けたり短剣を投げるのが得意とか?」
「ああ、レティシアはダグラスを知っているのか?」
「私がまだ冒険者になって間もない頃に会った冒険者に似てる。でも別に親しかったわけじゃないから勘違いかもしれない」
やっぱりここ5階層の攻略には何かがある。鍵になるのは10年以上もイネスさんが何をしていたのか・・・だ。
ここで僕が口を挟んだ。
「その、今のイネスさんのパーティーの顔ぶれを教えてもらえませんか?」
「分かった」
アルベルトさんが説明してくれるようだ。
「まずイネス、知っての通りSS級冒険者で俺とスレイドの昔馴染みで元『月下の誓い』のメンバーでリーダーだった。次に同じく元『月下の誓い』のメンバーであるダグラスとロザリーだが、ダグラスはさっきスレイドが説明した通り当時の『月下の誓』のメンバーの中でも最年長だった剣士だ。ロザリーは聖属性魔術師だ。ロザリーは当時からパーティーの重要人物だ」
「重要人物?」
「ああ、なんと聖属性魔法が上級まで使える。もちろんS級だ。それこそSS級になってもおかしくない」
なるほど。この世界では特に聖属性魔導士・・・ルヴェリウス王国以外では魔術師と呼ばれることが多い・・・は貴重だ。そして優秀な人でも中級までしか使えない。『神々の黄昏』の第二パーティーであるクリフのとこの優秀なS級聖属性魔導士だというピアーズさんも中級までだとさっき聞いた。
「それならロザリーさんがイネスさんに誘われたのは分かりますね」
「そうなんだ。だがどう考えてもダグラスには悪いがダグラスが誘われて俺やスレイドに声がかからない理由がない」
アルベルトさんは悔しそうに顔を歪めている。
「ハル様、やはり聖属性魔法は重要です。イネスさんのパーティーが6階層まで行けたのはロザリーさんの力が大きのかもしれませんね」と言った。そして僕だけに聞こえるように小声で「それなら私たちも・・・」と付け加えた。そう僕たちにはユイがいる。横目でユイを見ると、任せてっと言うようにニコっとした。
「残り二人はジャイタナとジネヴラだ。二人はなんとバイラル大陸出身だ。俺もよくは知らないがジャイタナは大男の大剣使いでジネヴラは魔術師だ。ジャイタナは獣人の血をジネヴラはエルフの血を引いているという噂だ。確かにジャイタナには立派な角がある。二人ともS級だな」
SS級一人にS級が3人、さっき聞いた通りだ。S級の一人は上級まで使える聖属性魔導士だ。6階層まで行けたのも分かる気がする。だけどちょっと気になることがある。
「なるほど優秀なパーティーだ。だが、盾役がいないな」
レティシアさんも僕と同じ感想を持ったようだ。そう、優秀なパーティーなのは分かるけど盾役がいない。ますますS級冒険者で盾役のアルベルトさんを誘わなかったのが不自然だ。
レティシアさんの指摘にアルベルトさんが苦々し気な表情を浮かべた。僕たちに親切にいろいろ教えてくれるアルベルトさんだが、やはりイネスさんに思うところがあるのを隠せないようだ。
「それで、5階層の攻略なんですけど、西、東、北、それぞれに2種類の伝説級魔物が出る。そして最奥では3体まとめて出る」
「その通りだ」と僕の言葉にアルベルトさんが同意した。
「それで、3体まとめて伝説級魔物が出る場所の近くに石碑がある」
「それも合っている」
「やっぱり北にもあるのか」とレティシアさんが言う。
だけど、それなら・・・。
「ハル、3つの石碑に到達したらクリアなのかな?」
「ハル様、でも」
僕は二人に頷く。あの石碑が5階層のクリアの鍵であることは間違いない。ただ、それでは・・・。
「簡単過ぎる気がするよね」
ユイの言う通りだ。なんせ千年以上攻略が続けられてイネスさんのとこを入れて2パーティーしか5階層を攻略できていない。魔王パーティーがどうだったのかは分からないけど。単に3つの石碑をクリアするだけなら攻略できたパーティーが少な過ぎる。
「レティシアたちはすでに西と東を攻略済みで、あの石碑のことも知っている」
アルベルトさんの言葉にレティシアさんが頷く。
「俺たちは、まだ北の最後のとこがクリアできていない。だが、13年前にはイネスと一緒に北もクリアした」
「それじゃあ」
僕は思わず声を上げていた。
「だが、あとのき6階層に行くことはできなかった。ここから先はお前たち自身で確かめてくれ。お前たちならイネスに続けるかもしれない。何かに気付くことができるかもしれない」
アルベルトさんは、そう言って僕たちを見た。
「まあ、そのためには北をクリアする必要があるけどね」と言ったのはそれまで黙っていたシャルロットさんだ。
「私は、ピアーズさんと同じで聖属性魔法を中級まで使えるんだけど、ピアーズさんより魔力量が少ないから使える回数が少ない。それがネックになっているのよ」
「いや、それを言うなら俺の実力不足だ」とこちらもこれまで黙っていた剣士のビンセントさんが言った。ビンセントさんはA級の剣士で男性陣の中では一番若い。
「シャルやヴィンスのせいじゃないよ」
「キキの言う通りだ」
キキさんの言葉にスレイドさんが同意する。
「シャル、ヴィンス、攻略に苦戦しているのは全員の責任だ。だが、もう少しだ。もう少しなんだ」
アルベルトさんの言葉に『月下の誓い』のメンバー全員が頷いた。『月下の誓い』が新しいメンバーで5階層の攻略を始めてから2年だ。これまで千年以上様々なパーティーが挑戦していることを考えれば大した期間ではない。
ただ、時間ではない、何か鍵になるようなものがある気がする。
「アルベルトさん、ありがとう。おかげで5階層の攻略状況の全体像が把握できた」
「すでに2方向をクリアしているお前たちならいずれ分かることだ」とアルベルトさんが言った。
そのときスレイドさんが「そうだ」と言うと「俺たちがここに来てからお前たちのような優秀なパーティーが攻略に失敗して全員命を落としたって事件があった。お前たちも注意しろよ」と続けた。
なんだって!
「スレイドさん、それはどいう意味だ?」
「ありのままの事実だ。お前たちほどじゃないが、短期間で攻略を進めていたパーティーが全滅したんだよ」
優秀な若手パーティーが全滅か・・・。ここ5階層の危険性から見ればおかしくない・・・のか。だが誰一人逃げ延びることができなかったのか。
「分かった。我々も注意する。今日はいろいろと教えてもらい感謝する」
レティシアさんの言葉を最後に僕たちは自分たちの拠点に引き上げることになった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第6章は迷宮という閉鎖された場所での話なので、魔物の討伐の繰り返しとなり、全体的にジリジリした展開ですみません。なんとかその中で変化をつけようと頑張っています。ミステリーのクローズドサークル物のような緊張感が表現できれば理想的なんですが作者の力量ではどうでしょうか。でも、徐々に人間関係も明らかになり物語も動きます。また、迷宮の奥には何があるのか・・・。見捨てないでお付き合い頂けるとうれしいです。
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また、迷宮編はこれまでとはちょっとテイストが違いますので、あまり面白くない、こうしたほうがいい、などの忌憚のないご意見や感想などをお待ちしています、読者の反応が一番の励みです。
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