6-14(5階層その8~冒険者パーティー『月下の誓い』).
僕たちは5階層東の探索を終えて『始まりの村』に帰還した。今度は3週間かかった。
前回と同じで冒険者たちの情報交換の場になっている『神々の黄昏』の拠点に寄ると、今回はアンガスたちはおらず見知らぬ5人の冒険者がいた。男4人、女一人だ。
「見慣れない顔だが、あんたたちがアンガスさんの言ってた新顔か」
「ああ、『レティシアと愉快な仲間たち』だ」
「ふざけた名前だ」
レティシアさんと話している男は痩身で顎髭を生やした剣士だ。
「俺たちは『神々の黄昏』のパーティーで、二日前に上から戻ってきた」
「アンガスさんたちは?」とレティシアさんが訊く。
「第一パーティーなら今は探索に出ている。ヘクターたちは俺たちと入れ替わりで上に戻った」
どうやら『神々の黄昏』に所属の3つのパーティーは番号で呼ばれているらしい。一応4階層を突破した順番だそうだ。アンガスさんのパーティーが第一で今探索中。それまで探索に出ていたヘクターという名の魔導士をリーダーとする第三パーティーは休息兼物資の調達で5階層を出て上へ向かっているらしい。
「俺の名はクリフだ。第二パーティーのリーダーをしている。こいつらはトーマス、ピアーズ、ジョージ、イローナだ」
一度に5人は覚えづらい。紅一点のイローナはおそらく魔導士だ。一番年長のピアーズも服装からして魔導士だと思う。残りの3人はリーダーのクリフを含めて剣士。おそらくトーマスが盾役じゃないだろうか。今、盾を持っているわけじゃないけど、いかにも盾役らしい体格だ。
「アンガスさんから、西奥に到達して今度は東に行ったって聞いたけど、ずいぶん早く帰ってきたのね?」
紅一点のイローナが少し嘲るような口調で尋ねてきた。
「早い?」
「ええ、アンガスさんの話ではここを立ったのは3週間くらい前でしょう? 3週間じゃあ、さすがに東奥には行けないでしょう。東は難しかったようね」
話を聞いてみると、伝説級の魔物を5人で倒すというのは至難の業であり、何度も挑んでやっとできるくらいのものらしい。まして3体一度になど不可能に近い。それくらい5階層の難易度は高いのである。幸い迷宮はゲームのように一定の距離まで逃げると魔物は追ってこないので、その特性を生かして繰り返し挑んでいるのだと言う。イローナさんも僕たちが西を2週間くらいで攻略して帰ってきたことは知っているはずだが、それでも東は絶対に無理だと思っているようだ。
「いや、東も奥まで行くことができたぞ」
「馬鹿な! 東奥はヨルムンガルドを3匹だぞ。東は俺たちだってまだ・・・」
クリフの声が大きくなる。
「知っているぞ。倒したからな」
「倒したんなら奥に何があるのか知ってるんだろ?」
「さあー」
レティシアさんはとぼけて石碑とことは話さない。5階層に長い間いるのならクリフたちも当然石碑とことを知っているはずだが、さすがにレティシアさんも警戒している。
「なんだ、嘘かー」
「それはそうよ」
クリフとイローナはほっとしたような口調だ。
「何が嘘だって?」
声がした方を振り返るといかにも強者といった感じの精悍な男の人が立っていた。ちょっとギルバートさんを思い出した。たった今、この『神々の黄昏』の拠点に入ってきたらしい。
「ああー、アルベルトさん、いや、こいつらがね。もう東奥を攻略したなんて寝言を言うんでね」
なんだがクリフの口調は丁寧というか卑屈だ。
「そうか。君たちが新しく5階層に到達したパーティーだな。歓迎するよ。俺は『月下の誓い』のリーダーのアルベルトだ」
「月下の誓い?」
レティシアさんが聞き返した。
「ああ、最初のメンバーが俺と同郷でな。最初に冒険者になろうって誓ったとき大の月が綺麗な満月だったんでな」
アルベルトがリーダーを務めるパーティーの名前が『月下の誓い』らしい。
「なるほど、それで」
アルベルトは少し恥ずかしそうだ。なかなかいいパーティー名だと思うんだけど、なんで恥ずかしそうなんだろう? それに恥ずかしがっている精悍な男に需要はない。
アルベルトはしばらく僕たち全員を値踏みするように見ていた。
「えっと君たち」
「『レティシアと愉快な仲間たち』だ」
アルベルトは一瞬黙ったが、すぐに立ち直って「『レティシアと愉快な仲間たち』のみんな、ちょっと俺たちの拠点に来ないか。久しぶりの5階層に到達パーティーに俺も俺の仲間も興味がある。お互い情報交換といこうじゃないか」と言った。
「情報交換といっても私たちは、まだ1ヶ月ちょっとしか5階層を探索してないぞ」
「だが、すでに西奥と東奥を攻略したんだろ?」
「アルベルトさん、それは嘘だって」
「そうよ。いくらなんでも東奥は無理よ。そんなことがあるはずないじゃない」
クリフとイローナが口々に僕たちが東奥を攻略したのは嘘だと非難した。
「まあ、まあ、その辺も含めて話を聞かせてくれよ」
レティシアさんが僕、ユイ、クレアを見た。僕はレティシアさんに頷き、僕に続いてユイとクレアも頷いた。
「それじゃあ、お言葉に甘えてちょっとお邪魔させてもらおうかな。新入りの私たちにとっては情報はありがたい」
「じゃあ、決まりだな。クリフ、そういうことだからまたな」
★★★
アルベルト、いやアルベルトさんは、新しく5階層に到達した僕たちを歓迎してくれた。その上で、『月下の誓い』の拠点でパーティーメンバーを紹介してくれたのだった。
アルベルトさん以外の『月下の誓い』のメンバーは、スレイドさん、ビンセントさん、シャルロットさん、キキさんだ。男3人女2人のパーティーらしい。キキさんは小柄な女性でなんと獣人の血を引いている。ドロテア共和国の海に近い地域の出身で両親はバイラル大陸からの移民だ。タイラ村のケモミミ美少女を思い出した。獣人の血を引いている者は身体能力強化に優れていることが多い。優しげなシャルロットさんは見かけどおり聖属性魔導士だ。アルベルトさんと並んで一番年長のスレイドさんは魔導士であり、アルベルトさんと満月の下で冒険者になることを誓った初期メンバーだ。ビンセントさんは糸のように細い目をした剣士だ。アルベルトさんは剣士で盾役でもある。
僕たちもレティシアさんから順番に自己紹介をした。
「なんと全員S級なのか?」
アルベルトさんは驚いている。そういえばこの階層にいるのはA級かS級のはずだが、誰がA級で誰がS級なのか尋ねたことはなかった。
レティシアさんが、5階層に到達してからこれまでのことを話すとアルベルトさんは「そうか、アンガスはあまり詳しく説明しなかったようだな」と言った。
「それじゃあ、まず今の5階層の攻略状況や攻略中のパーティーのことについて説明しよう。まず君たちを除いて攻略中のパーティーは5つだ」
『神々の黄昏』所属のアンガスをリーダーとする第一パーティー、クリフをリーダーとする第二パーティー、今5階層を離れているヘクターをリーダーとする第三パーティー、あとはブラッドレーのパーティーに、今、目の前にいる『月下の誓い』の5パーティーだ。
「そして攻略すべき3方向はそれぞれ2種類の伝説級魔物が出る」
「それは、アンガスさんから買った地図にも書いてあった」
レティシアさんの言葉にアルベルトさんは頷く。
「難易度からいうと、西、東、北の順だ。だから皆この順番で攻略している」
「私たちが攻略している順番って正しかったみたいだね」
ユイの言う通り僕たちも同じ順番で攻略している。
「まあ、私の方針は正しかったってことだ」とレティシアさんが胸を反らす。
「で、攻略状況だが、一番進んでいるのは俺たち『月下の誓い』でグリフォン、フェンリル一体ずつなら討伐したが、フェンリル3体では苦戦中だ。ここまでくるのに2年かかっている。まあ、何度か上に戻って休息はしているけどな」
それでも2年は長い。一番進んでいる『月下の誓い』でもそこまでってことは・・・。
「お前たちが来るまで一番の新参だったヘクターのパーティーは、まだサイクロプス3体を倒せていない。そして残りの3パーティーは東を攻略中だ」
ということは『月下の誓い』以外は東のヨルムンガルド3体を倒せていないってことか・・・。それぞれの方向でまず一体づつ倒す作戦もありだと思うが、やはり石碑のことがあるからだろう。
「ハル様、そういえば東でブラドッレーさんのパーティーを見かけましたね」
「うん」
「失礼ですけど、ここにS級冒険者ってどのくらいいるんですか?」
「うちは、俺とスレイド、それにキキがS級だ」
そうかキキさんはS級なんだ。僕がキキさんを見るとニコっとしてくれた。
可愛い!
「ハル!」
「ハル様!」
最近ユイとクレアの連携が素晴らしい。
アルベルトさんはそんな僕たちの様子を見てなぜかうれしそうな顔をした。
「あとは、各パーティーのリーダーはさすがにS級だ。それにブラドッレーのとこのアーノルドとアンガスのとこのフランシス、クリフのとこのピアーズもS級だな。ピアーズは聖属性魔術師で中級まで使える。その上、魔法の発動が速いし魔力量も多くて使える回数も多い。クリフのとこはそれが最大の強みだ」
えっと数えると、『月下の誓い』に3人、『神々の黄昏の』第一パーティーであるアンガスのとこが2人、第二パーティーのクリフのとこも2人、今5階層にはいない第三パーティーに1人、ブラドッレーのとこが2人か。えっと合計で・・・10人か。僕たちを入れると14人だ。この世界のS級冒険者の相当な割合がここに集まっている。最高難易度の迷宮なんだからおかしくないのか・・・。
「イネスのパーティーにもS級が3人いる」とアルベルトさんが付け加えた。
現状唯一の6階層攻略中のパーティーだ。イネスさんがSS級で、他にもS級が3人。確かに強力な布陣だ。
そこで、僕は何か微妙な雰囲気を感じた。見るとアルベルトさんが何か言いたそうだ。それにスレイドさんもか・・・。




