6-13(5階層その7).
僕たち3人の話が一段落したと判断したレティシアさんが「よし、それじゃあ、奥へ行くか」と宣言した。
「レティシアさん、待ってください。ヨルムンガルド3体ってどうするんですか?」
「どうするって、それは攻略法で。あ、ハルくんは一人しかいないか」
「そうですよ。攻略法で一匹の両目を潰しても、まだ2体もいるんですよ」
うーんと4人は考え込んだ。
僕の最大火力の黒炎爆発はどうだろうか? だけど、ヨルムンガルドはあまりにも巨大だ。3体巻き込むほど広範囲に発動したら威力が犠牲になってしまう。一体ずつならどうだろう? いや二重発動で2発用意すれば・・・。これまで二段階限界突破した黒炎爆発を2発同時に使ったことはない。ただ、一体だけでも巨大すぎてどこまで効果があるのかが気になる。
「ハル様、こういうのはどうでしょう」
クレアが何か思いついたらしい。
「まず、いつもの攻略法で一体の両目を潰します」
やっぱりそうなるのか・・・。
「そしてまず、4人でその両目を潰したヨルムンガルドを討伐することに集中します。もちろん硬直しているハル様も魔法で攻撃してください。ハル様は目を見ても大丈夫ですから他のヨルムンガルドも魔法で牽制してもらえるとありがたいです」
「無傷の2体の目を見ないようにしながら一体倒すのも大変そうだな」とレティシアさんが言った。
「はい。でもそれしかありません」
「で、そいつを倒した後は?」
「今度はレティシア様が氷槍を使ってハル様と同じことをします」
「えええーー!! 私がかー!?」
「はい。レティシア様は氷槍を3発同時に使えますから、この役目にはうってつけです」
「うってつけってクレアさん・・・」
「名案だ、クレア」
これでレティシアさんも僕の気持ちが分かるだろう。
そういえばクレアがレティシアさんを様付けで呼んでいる。クレアは相手をよく様付けで呼んでいるが全員にそうしているわけでもない。レティシアさんも最初はさん付けだったはずだ。どういう基準かわからないけど、レティシアさんをパーティーのリーダーとして認めたのだろうか?
「そして最初と同じように両目を潰されたヨルムンガルドに攻撃を集中して倒します。硬直しているハル様とレティシア様は目を見ても大丈夫ですから、残った一体も魔法で攻撃してください」
確かにイデラ大樹海でもそうだった。硬直したことにより目を見ても問題ないから自由に攻撃できた。
「で、最後の一体は普通に倒します。すでに硬直しているハル様とレティシア様の二人はできるだけ目を狙って魔法を使ってください。私とユイ様は目を見ないように頑張ります」
「・・・」
「・・・」
僕とレティシアさんは沈黙して考えている。
最後の一体は普通に倒すことになる。ただ、僕とレティシアさんは二人はすでに硬直しているから遠慮無く目を狙うことができる・・・。
いけるのか?
「まあ、やってみるか。失敗したら逃げればいい」
「いえ、レティシアさん、硬直している人は逃げれませんよ」
「そうだった・・・」
結局、他に良いアイデアもなくやってみることになった。失敗しそうになったらクレアが硬直した人を抱えて逃げると言う。クレアの身体能力強化なら二人を抱えて逃げられるという。その後、実際にクレアが二人を抱えて走ってみせた。結局、硬直していても防御魔法は使えるし、ヨルムンガルドは伝説級の中では速いほうではないので逃げ切れるだろうと判断してクレアの作戦が採用された。
★★★
「よし、一体倒したぞ!」
レティシアさんが叫ぶ。僕は硬直したままそれを聞いている。
(黒炎盾!)
「ハル、ありがとう!」
僕は硬直したままユイを魔法で守る。
3回目の挑戦でヨルムンガルドの最初の一体を仕留めた。これまでの2回は最初の一体を倒すところで失敗した。目を潰されていない2体のヨルムンガルドの攻撃を避けながら一体を倒すのは思った以上に難しい。結局、クレアが僕を抱えて撤退することになった。実際、ここが最難関だと思う。不思議なことにヨルムンガルドが追ってこないところまで逃げると、しばらくして僕の硬直は解けた。
そして、3回目でついに一体目を倒すことに成功した。
「超範囲回復!」
ユイの魔法でパーティー全員のダメージが回復する。はっきりいってこれがなければ成功するのは無理だった。だが、すでに最上級回復魔法を2回使っている。やはり、まだ2体残っている状態で一体倒すのが難関だからだ。だけど、あまり連発させるのはまずい。
「よし! 次は私だ! ユイさんはしばらく回復魔法は温存しろ。動けるのがクレアと二人だけになったとき使えないと意味がない」
「分かりました」
レティシアさんが一体に剣で攻撃して注意を引き付ける。
(黒炎盾!)
僕は、今度はレティシアさんを魔法で守る。
クレアはユイを守りながら戦っている。
「炎竜巻!」
ユイの得意かつ最も威力のある合成魔法が2体のヨルムンガルドを襲う。硬直している僕に攻撃を集中してこないのは助かる。そういえばイデラ大樹海でもそうだった。ヨルムンガルドがもっと頭が良かったらこうはいかなかっただろう。
一体のヨルムンガルドの注意を引きつけたレティシアさんが逃げるのを止めて正面に立った。牙を覗かせたヨルムンガルドの大きな口がレティシアさんに迫る。レティシアさんはまだ魔法を撃たない。レティシアさんは、氷槍がヨルムンガルドの目を絶対に外さないところまでヨルムンガルドが近づくのを待っている。レティシアさんはすでに硬直しているようで微動だにしない。まるでチキンレースのようだ!
(氷槍!)
(氷槍!)
2発の氷槍が至近距離からヨルムンガルドの両目を襲う。僕の黒炎弾に比べると氷槍は大きい。氷槍は巨大な氷の槍だ。
「グギャァァァーーー!!!」
ヨルムンガルドが悲鳴を上げる。ヨルムンガルドは2発の巨大な氷の槍に押されて仰け反っている。
(氷槍!)
レティシアさんが3発目の氷槍を放った。
「グアァァァーーー!!!」
氷槍が消え去った後には、頭から青い血を流しているヨルムンガルドの姿があった。あんなに大きな氷の槍を3発も顔に受けて生きているのが不思議だ。でも目は開いていない。
成功だ!
クレアが正面からジャンプして両目を潰されたヨルムンガルドに斬り掛かった。
グシュ!
レティシアさんの至近距離からの氷槍3発ですでに大きなダメージを負っていたヨルムンガルドの頭を叩き割るようにクレアが赤龍剣で攻撃した。ヨルムンガルドは青い血が噴き出している頭を狂ったように振る。まだ死なないのか・・・。しぶとい。
3体目のヨルムンガルドが背後からクレアに迫る。
「炎竜巻!」
ユイが魔法で3体目のヨルムンガルドを牽制する。
「黒炎弾!」
レティシアさんに両目を潰されたヨルムンガルドに僕も魔法で攻撃した。あと少しだ。
危ない!
目の見えないヨルムンガルドが無茶苦茶に振り回した尻尾が硬直しているレティシアさんを直撃しそうだ!
間一髪クレアがレティシアさんを抱えて転がるように逃げた。今のはギリギリだった!
「岩盾!」
バリン!
ユイが防御魔法でクレアとレティシアさんを援護する。
その後、再度、クレアが頭から血を流しているヨルムンガルドの頭を叩くように斬った。
「グオォォォーーーン!!!!」
どんっと大きな音を立ててヨルムンガルドは、ついにその巨体を地面に横たえた。
よし! 後一体だ!
(黒炎弾!)
(黒炎弾!)
僕は最後の一体の目を狙って黒炎弾を放つ。レティシアさんも硬直したまま氷槍を使っている。ただし僕ほど短期間で使うことはできないらしく、ときどきといった感じだ。
ユイとクレアは目を見ないように移動しながら攻撃している。クレアはユイを守ることを優先している。今の状態はイデラ大樹海のときに似ている。あのときも硬直している僕がヨルムンガルドの目狙うことでなんとか倒せた。ここまでくれば、なんとかなりそうだ。
(あ!)
ヨルムンガルドが突然僕に尻尾攻撃をしてきた。黒炎弾を連続して使っているので防御魔法を使うことができない。硬直している僕は思わず目を瞑った。
「ハル様!」
クレアが僕の前に飛び出して赤龍剣でヨルムンガルドの尻尾攻撃を受けた。
バシッ!
クレアは大きく飛ばされた。
(クレア!!)
「クレア!!」
ユイが走って倒れているクレアに近づく。視界の端にクレアを助け起こそうとするユイが見える。クレアはぐったりしたままだ。クレアの頭に赤いものが見える。目すら動かせないので詳しく見ることができない。
クレア・・・。
「超回復!」
「ユイ様・・・。ありが・・・。危ない!」
ドンという音とゴロゴロと転がるような音が聞こえると視界からユイとクレアが消えた。しばらくすると、視界の中にユイとクレアが戻ってきた。
よかった・・・。無事だったらしい。
その後は少し時間はかかったが、僕の黒炎弾で最後の一体の両目を潰すことに成功した。レティシアさんの氷槍はヨルムンガルドの目に当たることはなかった。それどころかヨルムンガルドに一回掠っただけだ。
最期はクレアの剣で弱ったヨルムンガルドをユイの火属性上級魔法の炎柱が焼き払った。
こうして、すべてのヨルムンガルドが魔石に変わった。
「いやー、硬直するのは思った以上に怖いな」
硬直の解けたレティシアさんがそう言って背伸びをしたりしてからだを動かしている。
「いやー、ヨルムンガルドの尻尾が硬直した私の目の前まできたときは、ちょっと、も・・・」
レティシアさんはもじもじして赤くなった。いや、レティシアさんのそんな態度に需要はありませんよ。いや、あるのか・・・。
「とにかく、僕の気持ちを分かってもらえて良かったです」
「範囲回復!」
ユイの魔法で全員回復し元気を取り戻した。やっぱり5階層攻略には優秀な聖属性魔導士が必須だ。その点ユイがいることは僕たちにとって大きなアドバンテージだ。実際ユイがいなかったら今回も無理だった。
「ハル様、何か光っています」
見ると僕のすぐそばに何か光るものがある。僕が拾い上げてみるとそれは指輪だった。
「またお宝が落ちたようだな。ちょっと見せてみろ。・・・これは・・・たぶんだけど、凄いお宝かもしれない」
「え、どんな?」
「分からない」
「?」
「私にも分からないくらいだから凄いものだと思う」
どうやらレティシアさんの鑑定魔法でも鑑定できなかったらしい。とりあえず僕はそれをアイテムボックスに仕舞った。呪いの指輪とかだったから困る。とりあえずは着けずに持っておこう。そもそも魔石やお宝の分配は後で決めることにしている。
「よし、私たちの予想が正しければ、この辺りに石碑があるはずだ」
レティシアさんの掛け声で僕たちは石碑を探す。
「ハル、あれじゃない」
「ほんとだ。遺跡の壁のようなものが見える」
「行ってみよう」
近づいてみるとやはり西奥にあったのと同じで遺跡のような壁に囲まれた石碑がある。立派な台座の上に建てられていて墓石のように見えるのも同じだ。
「これって魔族?」
やはりレリーフが施されているが、西奥が勇者一行らしいレリーフだったのに対してこれは・・・。
「魔族っていうか、魔王一行に見えるね」
「ハルくんの言う通りだな」
勇者一行に続いて、今度は魔王一行なのか? 魔王と4人の魔族が描かれている。魔王と四天王なのか・・・。
「とにかく、魔力を通してみるぞ」
レティシアさんが石碑に触れる。レティシアさんは、こうした行動と決断が速い。
西奥のときと同じでレティシアさんの魔力に呼応して石碑が光り始めた。魔王たちのレリーフが強い光を放つ。
ま、眩しい!
直視できないくらいに眩しくなった石碑は、しばらくすると光るの止めて元に戻った。
その後、前のときと同じように全員が魔力を流した。これまた前のときと同じで全員の魔力に反応して石碑は光った。そして、それ以上何も起こらなかったのも前と同じだった。




