6-12(5階層その6).
僕たちはヨルムンガルドが3体出るという5階層東最奥よりちょっと手前でタラスクを探した。しかし、遭遇するのはヨルムンガルドばかりだ。ヨルムンガルドを倒すのが目的じゃないので戦闘はせずに逃げた。
「よく考えてみれば、ヨルムンガルドはそこまで移動速度が速くないんだから、一匹倒した後は逃げればよかったのでは?」
「そう言えば、そうだよね。私たちの目的って魔石とかじゃないもんね」
「何回も僕が硬直する必要はなかった気がする」
「ハル様・・・」
「まあ、いいじゃないか。5階層の伝説級の魔物の魔石なんて持っているに越したことはないだろう。それに攻略法も見つけたんだから」
「いや、その攻略法が・・・」
「ハル様、音が」
耳を澄ませてみる。
「ハル」
「うん、近くに川があるのかな?」
イデラ大樹海でタラスクに会ったのは川のそばだ。
「レティシアさん、行ってみましょう。前にタラスクに遭遇したのも川の近くです」
「分かった」
その後、僕たちは川に沿ってタラスクを探した。
「いたな」
「いましたね」
僕たちは、ついにタラスクを発見した。かなり離れた岩陰からタラスクを観察する。やっぱり動きはゆっくりしている。
「ハルくん、タラスクに弱点はあるのかな?」
「タラスクは物理攻撃にも魔法攻撃にもやたら強いです。耐久力だけなら神話級クラス、もしくはそれより上くらいです。それと火の球みたいなのを吐くので、それにも要注意です」
「なるほど。厄介そうだな。それにしても、ハルくんは神話級を見たことがあるのか?」
しまった。僕はレティシアさんの質問を華麗にスルーして話し続けた。
「ですが、腹が弱点です。腹だけは攻撃が通ります。それに腹に攻撃を受けるとただでさえ速くない動きがより遅くなります。そうなったら、いくら堅いと言っても時間の問題で倒せると思います」
レティシアさんは僕に質問をスルーされたことを華麗にスルーして「しかし、あの巨体だ。どうやって腹を狙うかだな」と言った。
「ハル様。あのときと同じ方法でいきましょう」
「でも、それじゃあ、クレアが危険だよ」
クレアが手招きするので近くに行く。
「あのときは私がタラスクの腹に潜り込んで剣を突きたてた後、ハル様とエリル様の防御魔法で守っていただき脱出できました」
「うん、そうだった。クレアがいきなり突っ込んだからびっくりしたよ」
「今では攻撃魔法だけでなく防御魔法もハル様が言うところの限界突破できることが判明しています。しかも二重発動で一度に2つの限界突破した魔法を使えます」
「なるほど。クレアがタラスクのお腹の下に潜り込んで攻撃した後、限界突破した黒炎盾を2つ用意して、クレアを守るってことだね」
「はい」
なるほど、それならエリルがいなくてもクレアが脱出する時間を稼げそうな気がする。でも逃げるタイミングとかもあるし心配だ。
「ねえ、二人でなんの相談してるの?」
「ああ、ユイ、実はね、クレアのアイデアなんだけど」
僕がクレアの案をユイにも説明する。
「なるほどね。前はそんな方法で倒したんだ」
「タラスクの腹を攻撃するには、下に潜り込むしかありません」
「クレア、私の岩石錐なら下からでも攻撃できるよ」
その手があった!
「あと、炎柱も下から炎の柱が吹き上がる感じだからいけるんじゃないかな? それに、竜巻系の合成魔法をタラスクの下に発生させれば・・・」
今回はユイがいる。ユイはすべての属性の魔法を使いこなす。岩石錐は土属性中級、炎柱は火属性上級魔法だ。弱点の腹には十分効きそうな気がする。それにユイの最強魔法である竜巻系の合成魔法ならタラスクの腹を攻撃できるだけでなく晒すこともできるかも・・・。
「それで、相談はまとまったのかな?」とレティシアさんが訊いてきた。
僕は「はい」と答えると、ユイの魔法でタラスクの腹を攻撃すると説明した。
★★★
「あっけなかったな」
「そうですね」
ユイの魔法攻撃で、ほんとうにあっけなくタラスクは倒され魔石に変わった。ユイは岩石錐や炎柱でタラスクの腹を攻撃した後、氷竜巻をタラスクの真下の発生させた。
氷竜巻はタラスクの腹にダメージを与えただけだなく、タラスクを下から押し上げた。ユイ以外もタラスクの腹を攻撃することができるようになり、あっさりタラスクは魔石に変わったというわけだ。腹を直接攻撃できればこれまでの伝説級の中で圧倒的に弱く、逆に腹を攻撃できなければ神話級以上に耐久力がある。それがタラスクという魔物だ。
「それにしてもお前たちがタラスクの弱点を知っていて助かった。タラスクなんて伝説級の魔物の中でもあまり聞いたことがないから運がよかったな。まあ、ヨルムンガルドも似たようなものだけど特徴の似ているバジリスクがいるからな」
「そうですね」と僕はタラスクの大きな魔石を拾いながら言った。やっぱり硬い甲羅のような鱗とか素材が採取できないのは寂しい気もする。
「いや、待てよ、特徴がバジリスクに似ていると言ってもヨルムンガルド自体も相当珍しいというか。ここに来るまで聞いたことすらなかった。そもそも特徴がバジリスクと同じだってなんで知ってたんだ?」
レティシアさん、その疑問は今更ですよ・・・。
「いえ、まあ」
「こないだは誤魔化されたが。やっぱりヨルムンガルドやタラスクに遭遇したことがあるなんておかしいぞ。まさか、以前にもここに来たことがあるとかじゃないだろうな?」
拠点で追及されたことが蒸し返されてしまった。
「いえ、エラス大迷宮は本当に初めてですよ」
「だろうな。経験があるようには見えなかったし、お前たちが演技しているなんて私も思ってない。特にハルはそんなことはできそうにない」
「とすれば・・・中央山脈の奥地とか、それとも・・・イデラ大樹海の奥地・・・とか?」
「いえ、まさか、そんな・・・」
「ふーん」
レティシアさんは僕の顔を覗き込むように見ると「お前たちの強さと何か関係がありそうだな」と言った。
「それは、強い魔物と戦って鍛えられたって意味ですか?」
「もちろんそれもあるが、そもそも大樹海や巨大な山脈の奥地のような魔素の濃い場所に長い間いると魔力適性が上がるという説がある」
なるほど、僕とクレアはイデラ大樹海に1年近くいた。それにもしかするとタイラ村の人たちのあの強さは・・・。あの人たちは生まれたときからイデラ大樹海の中層にいる。
「その説はよく知られているんですか?」
「いや、そういうわけではないが・・・」
レティシアさんは言葉を濁した。ふっと隣を見るとクレアが何か考え込んでいる。
「魔素の濃い場所では魔力適性が上がる・・・」
クレアが呟いている声が聞こえた僕は「魔力適性が上がるとどうなるんですか?」とレティシアさんに尋ねた。
「まず、分かりやすいのはクレアのような剣士だ。単純に身体能力強化が向上する。魔術師に関しては生まれつき使えない魔法が使えるようになるわけじゃない。ただ、同じ魔法を使っても威力や効果が向上する」
なるほど、それはよく理解できる。
同じ魔法でも人によって威力が違う。もちろん練習でも威力が上がる。練習で魔法の精度だって上がる。それは僕自身が実感していることだ。おそらく魔力の使い方が効率化できるようになるとかがその理由だろう。だけど、練習だけじゃなくて、異世界人である僕たちはもともと魔力適性が高いと言われている。
「ハル、同じ魔法でも私とマツリさん、それにカナさんとじゃ最初から威力が違ってた。たぶんカナさんの魔力適性が一番高いよ」
ユイの言う通りだ。カナさんの魔法の威力は最初からびっくりするほど高かった。それに魔法探知も僕たちのなかで一番だ。たぶんカナさんは僕たちの中で一番魔力適性が高い。レティシアさんの話が本当なら、魔素の濃い場所に長い間いれば後天的に魔力適性を上げることができることになる。
「ハル様、ユイ様、ちょっと話したいことが」
クレアが呼んでいるので「レティシアさん、すみません。ちょっと個人的な話があるようなので」とレティシアさんに断って僕たちは3人で集まった。
「どうしたのクレア?」
「以前、騎士団の訓練で迷宮に行ったことがあると話をしたことを覚えていますか?」
「確か、サクラ迷宮だよね。ユウトたちがセシリアさんを助けた」
「はい」
「迷宮での訓練は効果が高いと言われていて、ときどきやってました。ただ、子供が魔素の濃い場所にあまり長い間いると危険だと言われています。えっと、言い難いのですが・・・」
「どうしたのクレア?」
ユイがやさしく問いかけた。
「はい。子供が魔素の濃い場所に長い間いるとアカネ様と似た病気になることがあると・・・」
魔素不適合症か・・・。
迷宮は基本冒険者資格がないと入れない。資格が取れるのは15才からだ。騎士団の訓練の場合、国がどのように決めているのかは分からないけど、普通は子供が入ることはないだろう。
「私は騎士団に入る前、騎士養成所でもサクラ迷宮で訓練した記憶があります。あそこはこの大迷宮の1階層と同じで地下空間型ですから馬車に乗せられたまま連れていかれたのです」
馬車で・・・セシリアさんたちが誘拐されたときもそうだった。
「子供の頃に?」
「はい。さっきレティシア様の話を聞いて思い出したのです。それに騎士養成所の訓練で偶に体調が悪くなって、それっきり姿を見かけなくなった子供が何人かいました」
「それって、アカネちゃんと同じ病気で?」とユイが尋ねた。
「分かりません。でも、さっきの話を聞いて、もしかしたらと思ったのです」
でも、迷宮の中で多少訓練しただけで、そんなに効果があるのだろうか? 子供ならあるのか?
そもそも最近多くの強者を生み出す帝国の騎士養成所は不思議だった。クレアに訊いても、とにかく訓練が厳しかったとしか答えは返ってこなかった。もしかすると迷宮での訓練だけじゃなくてなんらかの方法で小さいころから魔素の濃い場所で訓練を、いや生活自体をさせていたとすれば・・・。でも、そんなことができるのだろうか? 魔素の濃さをコントロールするなんてことが・・・。
そうだ、タイラ村はどうだろう?
タイラ村はイデラ大樹海の中層にある。深層ほどではなくても魔素が濃い場所だろう。代々あそこで生活していれば村人たちに魔素に対する耐性がつくとか・・・。タイラ村の戦士たちはとても強かった。




