6-11(5階層その5~東へ).
5階層東に向かった僕たちは、まもなくヨルムンガルドに遭遇した。西のときは三日目に初めてベヒモフに遭遇したが、今回は初日から魔物に遭遇した。
「ユイ、目を見ちゃだめだからね」
イデラ大樹海での羞恥プレーを思い出しながら僕はユイに注意喚起した。
「分かってるよ」
僕たちは4人はヨルムンガルドの目を見ないようにグルグル回りながら攻撃する。
「それにしても大きいな」
レティシアさんがヨルムンガルドの大きさに驚いている。確かに大きい。イデラ大樹海のときと同じで小山のようだと思った。
「どうして、これをバジリスクと間違ったのか不思議です」とクレアが言った。
まあ、あのときは、精神的にもそれどころじゃなかった。それより、あの段階でこれを倒せたことのほうがもっと不思議だ。あのとき僕はまだ限界突破も魔法の二重発動もできなかった。黒龍剣だって持ってなかったのだ。
ズサッ!
クレアの赤龍剣がヨルムンガルドの胴体に傷をつけた。あのときと違ってクレアの持つ赤龍剣はヨルムンガルドの硬い鱗を斬り裂いている。
「うーん、私もその剣がほしいな」
「あげませんよ! これはハル様が私に授けてくださった大切な剣です」
「冗談だクレア。私に大剣は使えない。盾を持てなくなるしな」
レティシアさんはクレアを相手に軽口をたたきながら剣で攻撃するが、クレアとは違って鱗に跳ね返されている。
「黒炎弾!」
僕は二段階限界突破した黒炎弾を放った。
ズジュ!
「ぐごぁーー!!」
黒炎弾はヨルムンガルドの胴体に大きな穴を開けた。青色の体液のようなものが溢れ出す。血・・・なのか?
「岩石雨!」
ユイの放った土属性上級魔法により鋭く尖った岩石が雨あられとヨルムンガルドに降りかかる。ヨルムンガルドは、グギャとかガギューとか変な声を上げて巨大な体をくねくねと動かしている。気持ち悪い。
しばらく同じような攻防が続く。
「キリがないな」
レティシアさんの言う通りだ。僕たちは目を見ないように常に動き回って攻撃しているので、短時間に畳み掛ける攻撃がしづらい。それに対して伝説級魔物の回復力は高い。僕たちの疲労も蓄積している。さっきは僕がヨルムンガルドの尻尾攻撃を受けて3メートルも飛ばされた。かなりのダメージだったが、すぐにユイが治療してくれた。やはりユイの魔法があるのは心強い。だけど、聖属性魔法は連続で使うと効果が落ちたり再使用までの時間が延びたりする欠点がある。特に上級や最上級はその傾向が強い。
ユイの回復魔法頼りでは討伐できない。やっぱり、イデラ大樹海でクレアと二人で倒せたのは奇跡だ。だけど、あのとき経験を生かすとすると・・・。
僕は魔法の二重発動を使って二つの黒炎弾を準備した。しばらく魔力を溜めてどちらも限界突破する。
「クレア! あのときと同じことする。僕はすぐに硬直すると思うから守ってね」
「はい。お任せください!」
僕はできるだけヨルムンガルドに近づく。
ヨルムンガルドが僕の方に顔を向ける。
僕は逃げるのではなくヨルムンガルドの方にさらに一歩踏み出した。その瞬間、僕の体は硬直した。
ヨルムンガルドは大きく口を開けた。口から覗く牙が目の前だ。牙から涎のようなものが滴っている。
(黒炎弾!)
(黒炎弾!)
僕は2発の限界突破した黒炎弾をヨルムンガルドの左右の目に向かって放った。この距離なら外さない!
「ぐぎゃあああああーーー!!!」
僕の黒炎弾はヨルムンガルドの両目を潰すことに成功した。この世のものとは思えない不気味な咆哮が辺りにこだまして木々を揺らす。
僕は硬直して動けない。ヨルムンガルドの目を見たからだ。目を狙うには目を見ないわけにはいかない。目を潰され悲鳴を上げながらも、ヨルムンガルドの鋭い牙が覗く巨大な口が僕に迫る!
ああー!
まさにヨルムンガルドの巨大な口が僕を飲み込もうとしたその瞬間、黒い影が僕を抱えてその場を走り去った。
クレアだ! 助かった・・・。でも、また・・・。冒険者にとって動けないというのは想像以上に怖い。
その後はヨルムンガルドが両目を潰されたため、全員が遠慮無く正面からも攻撃できるようになった。僕も硬直したまま魔法使って攻撃する。だが、まだ油断はできない。ヨルムンガルドは両目を潰されたにもかかわらず的確に攻撃してくる。目以外の感覚器官が僕たちを捉えているのだろうか? 硬直した僕に尻尾が掠りそうになって肝を冷やした。
それでも、両目を潰したことでヨルムンガルド最大の武器である硬直は封じられており、こっちが有利になったことは間違いない。しかも、あのときと違って今回は4人いる。4人の攻撃は的確にヨルムンガルドを捉え、時間はかかったものの、無事ヨルムンガルドを討伐することができた。
「ほんとに動かないなー。眼球も動いてないぞ」
レティシアさんが僕をツンツンとつつく。
あのときと同じでヨルムンガルドが倒されても僕の硬直はすぐには解けない。
「まあ、これで攻略法も分かったし次もこれで行こう」とレティシアさんが言う。僕は硬直しているので反論できない。
「うーん」と言いながらユイも僕をつついている。
二人とも僕の股間をチラっと見たが何も言わない・・・。
しばらくすると僕の硬直も取れたので、再び東に歩みを進めた。しかし、その日はそれ以上魔物は現れなかった。西へ行ったときと同じで、地図で安全地帯を確認し野営する。ちょうど都合のいい場所に安全地帯がある。まるでゲームのセーブポイントのようだ。
夕食を取った僕たちは、安全地帯なので安心して眠りについた・・・。
・・・・・・。
「!?」
夜中に目が覚めた。何か重要な夢を見たような気がする。5階層に来てから前にも同じようなことがあった。
これは、一体何なんだろう? 何か見た気がするんだけど思い出せない・・・。
ん? あれは? レティシアさんだ。最初に会ったときのように体育座りをして何か考えている。昼間の陽気なレティシアさんとは違う表情を見た僕は、何か見てはいけないものを見たような気がした。僕はレティシアさんと反対のほうに顔向けて眠ろうと目を瞑った。
・・・・・・。
「うーん、眠い」
朝、ユイの声が聞こえて目を覚ますと、ユイが両手を上げて背筋を伸ばしていた。僕が見ているの気がつくと「夕べ変な夢を見て目が覚めたの」と照れたように言った。
「変な夢?」
「うん、でも覚えてないの」
「そうなんだ」
僕と一緒だ。僕とユイの共通点と言えば異世界人、日本人だってことだけど・・・。
「さあ、今日も頑張ろう!」
レティシアさんのいつもの元気な声がした。あれは夢・・・だったのか?
朝食を終えた僕たちはさらに東を目指して出発した。
その後の東の探索は順調だった。魔物はヨルムンガルドしかでない。途中で5階層到着初日に会ったブラッドレーのパーティーを見かけたが声はかけなかった。
「ハルが硬直する攻略法は完璧になってきたな」
レティシアさんが硬直している僕をつつきながら言った。この攻略法はなんか納得できない。でもおかげで探索が順調なのは事実だ。もう「始まりの村」を出て一週間だ。もう少しで最東だ。
「ここからさらに東ってヨルムンガルドが3体出るんですよね?」
「そうだ」
硬直している僕をほっておいてユイとレティシアさんが会話している。
「このまま進むか?」
「待って下さい」
やっと硬直が解けた僕は会話に参加する。
「東に出るもう一種類の魔物、タラスクも討伐したほうがいい気がします」
「なるほど。西のときはベヒモスとサイクロプス両方倒した。そしてあの石碑に魔力を通したら石碑が光った。それが5階層攻略に関係がある。ハルくんはそう思っているのだな」
まさにそれが僕の考えていたことだ。
「ふふ、少年が考えることくらいお見通しさ。いいだろう。もっと東へ行く前に、しばらくこの辺りでタラスクを探そう」
いや、僕はもう少年というような年齢ではないと思うけど・・・。
僕とレティシアさんの会話を聞いていたクレアが「ハル様、それが5階層攻略の鍵だとしたら、少し簡単過ぎる気がします」と小声で言った。
クレアの言う通りだ。5階層を攻略したイネスさんも一旦攻略を中断して10年以上たってから攻略を再開している。そして再開してからは割とすぐに6階層に行っている。セラフィムさんがそう言っていた。
まだ謎があるはずだ・・・。




