6-10(5階層その4).
僕たちは最初の5階層探索を終えて『始まりの村』に帰還した。探索に出て2週間振りだ。
とりあえず冒険者たちの情報交換の場になっている『神々の黄昏』の拠点に寄ってみることにした。建物に入ると最初の広間にアンガスとフランシス、それにもう一人の横幅の広い男が座って談笑していた。初めて見る男の体格はなんとなくデルガイヤさん思い出させた。盾役だろうか。ブラッドレーたちはいない。探索にでかけたのだろう。
「どうやら無事に帰ってきたようだな」
「なんとかね」
レティシアさんが代表して返事をした。
「確か西へ行ったんでしたよね。サイクロプスはどうでしたか? 人型は意外と知恵もあるし大変だったでしょう」
フランシスが大変だったでしょうと言いながら、全然大変そうではない口調で尋ねてきた。
「私たちにかかれば大したことはない。最後は3体まとめて倒したぞ。それに最初はサイクロプスじゃなくてベヒモフが出た。あれは大きかったな」
「馬鹿を言うな。サイクロプス3体を一度にだと、それにベヒモフもだって4人パーティーのくせに」
「別に信じなくていいさ。サイクロプス3体をまとめて倒したときこれを拾ったんだ」
そういうとサイクロプスのドロップ品である腕輪を取り出したレティシアさんはそれを指でぐるぐると回して見せびらかした。
「これは、今年の武闘祭の優勝賞品と同じ身体能力強化が少し上る腕輪だ。いいだろう?」
レティシアさんは、なんと鑑定魔法が使えるのだ。クラネス王女とは違って人は鑑定できないと言っていた。それで腕輪を鑑定した結果、武闘祭でコウキが貰った腕輪と同じ種類のものだと判明した。迷宮のドロップ品としては比較的よく見られるタイプのお宝らしいが、4年に一度の武闘祭の優勝賞品になるくらいには貴重なものだ。
レティシアさんの態度とは裏腹に場の空気が一気にピリピリしたものに変わった。
「まさか、本当に4人で一度に3体倒したのか・・・」
「だからそう言ってる」
「確かに西の最奥にはサイクロプスが3体出る。それに倒すと稀に腕輪型のお宝が落ちるという話は聞いたことがある」
「えっと」
「ザビルだ」
「ザビルさん、落ちるお宝って決まっているんですか?」
どこで何が手に入るって決まっているんだろうか?
「いや、はっきりとは決まっていない。そもそもお宝が落ちる可能性は極めて低い。だが、場所によって落ちやすいお宝があるのは過去の経験から知られている。その腕輪はサイクロプスが落としやすく、特に西の最奥で3体まとめて出たサイクロプスを倒すと落とす確率が高いと聞いたことがある。それでもめったにないことだ」
なるほど。これまたゲームによく似ている。
「へえー、初回の討伐で伝説級3体をまとめて倒すことに成功したなんて、しかも4人で。これはイネスさんたちに続く6階層到達パーティーになるかもしれませんね」
フランシスの言葉はますますこの場の緊張感を高めた。本人はまるでそれに気がついていないかのように話し続けた。
「でも、注意したほうがいいですよ。これまで有望なパーティーがここでは」
「フランシス、余計なことを言うな!」
アンガスがフランシスの話を遮り沈黙が場を支配した。
フランシスは何を言おうとしたのだろう? それに、レティシアさんの表情が一瞬険しくなったのは気のせいだろうか・・・。
「それで他に何か気がついたことがあったのか?」と沈黙を破ってアンガスが尋ねた。
「それだけだ」
レティシアさんは石碑のことは話さない。
「そうか」
アンガスの表情からは何も読み取れない。アンガスたち『神々の黄昏』はもう何年にも亘って5階層を探索している。パーティーメンバーには入れ替わりもあるかもしれない。でも、あの石碑のことを知らないとは思えない。
この場にいる他の人たちだって、それは同じだろう。その後は当たり障りのない話題に移った。
やっぱりブラッドレーのパーティーは探索に出たらしい。ザビルは予想通り『神々の黄昏』所属でアンガスのパーティーの盾役だ。フランシスは魔導士らしい。残り二人のメンバーは自分の部屋にいる。アンガスのパーティーは、今探索に出ている『神々の黄昏』所属のパーティーが帰ってきたら入れ替わりに探索に出るらしい。もう一つの『神々の黄昏』所属パーティーは物資の調達に地上に戻っている。考えてみれば物資を調達するため地上に戻って、またここに帰ってくるには相当時間がかかるだろう。
★★★
「ちょっと嫌な雰囲気だったね」
自分たちの拠点に戻った僕たちは夕食を取りながら話をしている。
「まあ、それだけ私たちが優秀なパーティーってことで警戒されたんだろう」
ちょっとレティシアさんの顔色が変わった場面があったような気がしたけど、気のせいだろうか・・・。
レティシアさんは自分で言う通り凄く優秀だ。僕もできない魔法の三重発動ができて剣の腕もクレアに匹敵する。盾を持ったレティシアさんが魔導士のユイを守る役目を引き受けてくれるので、クレアもいつもより動きやすそうだ。今更だけど、それほど優秀なレティシアさんがあんな場所で一人で何をしてたんだろう?
「うん? なんだハルくん、私のことをじろじろ見て。ははあー、なるほど。男一人だといろいろあるだろう。今夜、お姉さんの部屋に来てもいいぞ」
「え、いや、そんな」
「ハル、そうなの?」
「ハル様・・・それなら・・・」
なんかユイとクレアまで動揺している。
「冗談はさておいて」
やっぱり冗談だったのか・・・。別に残念ではない。
「二三日休んだら、次は東に向かってみよう」
5階層は扇のような形をしていて、「始まりの村」は南の要の部分にある。従って探索する方向としては西、北、東、の三方向ということになる。どこに6階層入り口があるのかは不明だ。北が一番魔物が強いらしくフェンリルとグリフォンという4つ足の獣系魔物が出る。グリフォンは羽があって空も飛べる魔物だ。それに対して東はタラスクとヨルムンガルドだ。
「えっと、東はタラスクとヨルムンガルドかー。ハルとクレアはどっちも戦ったことがあるんだよね」
「うん」
「まさか、それは本当か?」
レティシアさんが僕とユイの会話を聞いて驚いている。
「ええ、まあ」
「エラス大迷宮以外にも伝説級の魔物が出る迷宮があるのか・・・」
「いえ、迷宮ではなくて・・・」
「まさかとは思うが、本物のタラスクやヨルムンガルドと遭遇したのか?」
「はい」
「タラスクもヨルムンガルドもあまり人の住む場所に現れることのないタイプの魔物だと思うが? 私も書物の中でしか見たことがない。なぜそんなものがいる場所に?」
「いや、たまたま迷ってです」
「・・・」
レティシアさんは疑わしそうな目で僕を見た。
「え、えっと、他の魔物は目撃例があるのですか?」
僕は誤魔化そうと逆にレティシアさん質問した。
「5階層に出現する魔物では・・・そうだな、人型のサイクロプスが一番目撃例が多いかな。ベヒモフも私が討伐経験があるくらいだから全く見ないわけじゃないな。それでも珍しことに変わりはない。そういえばグリフォンはイネスさんが討伐したことがあるはずだ」
「それは僕たちも聞きました。イネスさんの故郷でグリフォンが出た有名な事件があって、そのとき討伐隊に加わって活躍したとか」
「ああ、私はまだ子供の頃だが噂で聞いたことがある」
その後もレティシアさんは僕とクレアがどこでタラスクやヨルムンガルドに遭遇したのか聞き出そうとした。僕は「まあ」、「それは、ちょっと」とか言って詳しい話をするのを避けた。
そんな僕の態度にレティシアさんは、ふーっとため息を吐くと「まあいい、それなら次は東で決まりだな」と言って話をまとめた。やっと諦めてくれたようだ。
その日は討伐で疲れていたこともあり早めに寝た。レティシアさんの部屋を訪ねることはなく、もちろんユイやクレアの部屋を訪ねることもなかった。
「ん!」
気がつくと目が覚めていた。何かさっきまで重要な夢を見ていた気がするんだけど思い出せない。そういえば安全地帯で野営していたときにも似たようなことがあった。5階層まで来て神経質になっているんだろうか。
僕はベッドから出ると窓の方に向かう。迷宮は不思議な場所だ。太陽はもちろん月も星ない。なのにいつも一定以上の明るさがある。しかもまるで昼と夜の区別がつくよう配意されているかのように、その明るさは時間により多少変わる。結果として昼は地上の昼より暗く、夜は地上の夜より明るい。
あれは・・・。
窓の外に二人の人影が見える。レティシアさんなのか? もう一人はレティシアさんらしき人の影になっていて分からない。しばらくするとレティシアさんは建物に戻りもう一人の人影も消えた。
今のはなんだったのか? 夢・・・だったのか?
翌朝、僕は朝食を食べているレティシアさんを観察した。どう見ても普段通りのレティシアさんだ。やっぱり、あれはレティシアさんじゃなかったのか・・・。
「ハル!」
「ハル様!」
またレティシアさんをじろじろ見ていると思われた僕はユイとクレアに叱られた。
「まあ、まあ、ユイさんにクレアさん、ハルくんくらいの男の子が私の魅力に抗えないのは仕方ないさ。二人ももう少しすれば私ぐらい魅力的になる素質はあると思うぞ。それに正直に言うとハルくんは私の好みではない。まあ、どうしてもって言うんなら考えなくもないが・・・」
何がどうしてもなんだ?
「私の好みはもっとイケメンで頼りになりそうな・・・。そうだ、武闘祭で見た勇者なんかが好みだな」
くそー、コウキの奴め。やっぱり負けてやるんじゃなかった。
そして、その数日後、十分休息をとった僕たちは5階層東へ向かった。
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