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6-8(5階層その2~西へ).

「5階層には伝説級しか出ない」


 地図を見ながらレティシアさんが言った。


 5階層入り口の安全地帯は『始まりの村』という皮肉の効いた名で呼ばれている。アンガスさんのアドヴァイス通り、その『始まりの村』の使われていない建物の一つを拠点と定めた僕たちは広間のような一番広い部屋に集まっている。広間を囲むように各人の部屋がある。広間には椅子やテーブルの他にちょっとした調理ができる魔道具も設置されている。

 さっきまで全員で掃除をして、持ってきた野営道具などでとりあえず拠点としての体裁を整えた。食料も大量に持ってきているのでしばらくは攻略に集中できる。しかしここに建物を建てるのは大変だったと思う。いつの時代に建てられたのかは分からないが、先人に感謝だ。 


「ハル様、6階層への道は描かれていませんね」


 テーブルの上に広げられた地図を見ながらクレアが言った。


「まあ、ここまで来るとお互いライバルだから仕方がない」


 僕はレティシアさんに頷くと「この地図を売ってくれただけでもよしとするしかないですね」と言った。


「でもすっごく高かったよね」


 『神々の黄昏』のアンガスが地図を売ってくれたが、なんと大金貨3枚、300万円相当もした。しかも地形やよく出る魔物、安全地帯などは分かるが6階層への入口がどこにあるのかは描かれていない。


「地図によると5階層は4階層の半分位の広さだ」

「それでも十分広いですね」

「ああ」


 4階層は地図を見ながら最短ルートを通って5階層入口まで二週間かかった。もし地図が無かったら、あの広大な迷路のような4階層を攻略するには気の遠くなるほどの時間がかかっただろう。実際危険な罠も多く魔物も強力であるため、4階層の攻略には100年単位の時間を費やしている。しかも4階層の地図は未だに完璧なものではなかった。エラス大迷宮の仕様により4階層からは厳密に5人以内のパーティーで挑む必要があるのも影響しているだろう。


「とにかく地図を見ながら慎重に攻略を進めよう」

「レティシアさん、その地図を信用しすぎるのは危険です」

「そうだよねー」

「ああ、クレアさんの言う通りだ。4階層の件もある。5階層は4階層と違って地上に近い空間だから罠のある部屋とかはないだろうが、それでも注意するに越したことはない」


 レティシアさんがそれが地なのか、それともわざとなのか、ずいぶんのんびりした口調で言った。


「4階層を踏破し5階層に至った者はエラス大迷宮に挑んでいる全冒険者の憧れだ」


 レティシアさんの言っていることは正しい。これまで経由してきたエラス大迷宮の中にある町などでは6階層まで到達しているイネス・ウィンライトのパーティーはもちろん、5階層を攻略中の5つのパーティーについても少なからぬ憧れと敬意を持って語られていた。


「とりあえず、明日から攻略開始だ。まず西に向かうっていうのはどうかな?」

「いいですね」


 西エリアに出現する魔物はサイクロプスだ。サイクロプスはイデラ大樹海で戦ったことがある。まれにサイクロプスよりも大きいベヒモフとかいう巨人が出現することもあるらしい。


「西はサイクロプスの縄張りね。サイクロプスはジークたちと戦ったことがあるし私も最初は西で問題ありません」

「ハル様とユイ様に従います」


 みんなの同意を得たレティシアさんは「じゃあ、決まりだ」と言ってニッコリすると「それにしても今日は疲れたよ。そろそろ夕食にしよう」と言った。


 レティシアさんはすっかりパーティーのリーダーになっている。





★★★





 僕たちは「始まりの村」に到着した翌日から5階層探索のため西へ向かった。

 初日は全く魔物に遭遇しなかった。地図を頼りに安全地帯で野営した僕たちは、さらに西へ向う。二日目も魔物に遭遇しない。そして最初の魔物であるベヒモフに遭遇したのは三日目の昼前のことだった。


 で、でかい! あきらかにサイクロプスよりでかい。


 主にサイクロプスが出ると聞いていたのに最初に出たのはベヒモフだ。牛のような頭をした巨人だ。いやどっちかと言うとカバなのか。牛の頭だとケンタウロスだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。


「私は故郷でベヒモフを討伐したことがある。任せろ!」


 レティシアさんが、ベヒモフに突っ込んでいった。いやレティシアさん、盾を持っているレティシアさんの役目はユイを守りながら戦うことですよ。


岩石錐ロックニードル!」


 ユイの魔法で地面から巨大な岩のドリルが出現する。


「ぶおっ!」


 岩のドリルに躓いたベヒモフは変な声を上げて踏鞴を踏んでいる。


 ズサッ!


 そこにクレアが風属性魔法の補助も使ってジャンプして斬り掛かる。クレアの剣がベヒモフの顔から肩にダメージを与えた。でも結構平気そうだ。面の皮が厚いとはこのことだ。


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」


 バシュ!


「うがーー!!」


 クレアが斬ったところに僕の一段階限界突破した黒炎弾ヘルフレイムバレットが命中した。ベヒモフの耳のあたりが抉れて吹っ飛んだ。

 すかさずベヒモフの足をレティシアさんが下から斬り上げた。上からはクレアがまた襲い掛かっている。ベヒモフはサイクロプスより大きいが動きはサイクロプスより遅い気がする。ただ耐久力は高い。


 ベヒモフは両手で地面を叩きつけるように攻撃してきた。これは意外と速い。


 ドン!


 砂埃が舞い上がる。


 ガキッ!


 ベヒモスの太い腕を盾で受け止めたレティシアさんが3メートルくらい後退した。ベヒモフは両手を地面に叩きつけた後、すぐにその手を振り回すようにして攻撃してきたようだ。


 案外頭がいいのか?


 両手を地面に叩きつけたのは、フェイントか砂埃を舞い上げるためだったのかもしれない。しかし、それもレティシアさんが盾で受け止めた。


 レティシアさんは落ち着いている。勝手にリーダーを名乗るだけのことはある。ベヒモフを討伐したことがあるというのは本当なのかもしれない。


 ベヒモフはレティシアさんを後退させたことで、今度はユイの方に向かってきた。


 ズサッ!


 ジャンプしたクレアが後方からベヒモフの頭に赤龍剣を叩きつけた。さっき耳の辺りを吹っ飛ばされた上、今度は頭から大量の血を流している。


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」


 僕も魔法でクレアに続く。


 だが、それも気にせずベヒモフはユイに迫る。

 僕とレティシアさんが慌ててユイの方に向かう。クレアも後ろから追ってきている。


岩石錐ロックニードル!」

「ぶほっ!」


 急いでユイを攻撃しようとしたベヒモフはまたも岩のドリルに躓き変な声を上げて踏鞴を踏んだ。


 学習してない・・・。やっぱり馬鹿なのか?


 僕はその隙にユイのところまで到達するとベヒモフの方を振り返った。すると目の前にベヒモフの太い腕があった。学習してたのか・・・。


 ガンッ!


「ハル様、ユイ様!」


 ギリギリで黒龍剣で受けたが、僕とユイは吹っ飛ばされてゴロゴロと地面を転がった。すぐに立ち上がろうとするがクラクラして体がいうことをきかない。目に何かが流れ込んでよく見えない。


「ハル!」


 ユイのほうは僕が盾になったおかげで無事みたいだ。よかった。


大回復メガヒール!」

「あ、ありがとう」


 ユイの魔法で楽になった。すでにレティシアさんが盾を持って僕たちの前に立っている。後ろからはクレアがベヒモフに斬りつけながら「ハル様!」と声をかけてきた。


「クレア、僕は大丈夫だよ」


 やっぱり、伝説級は強い!


 その後は4人全員で慎重にベヒモフを攻撃した。


黒炎盾ヘルフレイムシールド!」

炎竜巻フレイムトルネード!」


 僕は魔法の二重発動で片方は常に防御魔法を用意している。ユイは竜巻系混合魔法でベヒモフの動きを牽制している。レティシアさんは同じ失敗を繰り返さないようにユイのそばを離れない。


 ズサッ!


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」

「うおー!」


 クレアの剣に、僕の魔法、そしてレティシアさんもユイを守りながら攻撃にも加わる。ベヒモフが反撃しようにもレティシアさんの盾、僕の防御魔法がそれを阻む。ユイも炎の竜巻をコントロールしてそれを援護する。


 すでに顔に大きなダメージを受けていたベヒモフは徐々に動きが鈍くなった。あれじゃあ、目もよく見えないだろう。


 明らかに僕たちが押している。なのにベヒモフはなかなか倒れない。それにときおり思い出したように両手を振り回して攻撃してくる。


 そんな攻防が何度も繰り返される。本当にしぶとい・・・。


黒炎盾ヘルフレイレイムシールド!」


 どす! どす!

 バキン!


 ベヒモフのパンチを何発か受けた僕の黒炎盾ヘルフレイレイムシールドが破壊された。ベヒモフは更に闇雲に手を振り回して攻撃してきた。


「うおぉぉー!」


 気合を入れたレティシアさんが盾でベヒモフの攻撃を防ぐ。


「はあー!」


 ズサッ!


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」

炎竜巻フレイムトルネード!」


 レティシアさんが盾で防御している間にクレアが剣で、僕とユイが魔法で攻撃する。


 やがてベヒモフは両手をだらりと下げてほとんど動かなくなった。さっきのは最後の力を振り絞っての攻撃だったみたいだ。


 お前は、よく頑張ったよ・・・。


 その後しばらくして、さしもの耐久力の高いベヒモフもその場に崩れ落ちると魔石となって消えた。


 つ、疲れた・・・。なんて耐久力だ・・・。


「大きいね」

「うん」


 同じ伝説級の魔石でも迷宮産のほうが大きくて透明度も高い。迷宮の魔物はすべて魔素でできているんだから、まあそうなのだろう。ただ、値段は迷宮産でない本物の魔物の魔石のほうが高いそうだ。実用的な価値とは別に希少価値があるからだ。とはいえ、迷宮でも伝説級の魔物を倒せるパーティーは限られているので、この魔石も相当な価値がある。地上で伝説級の魔物が現れたら大人数の騎士団で対応に当たることもできるけど、ここでは5人までのパーティーで討伐しなければならないんだから当然だ。


「レティシアさんは伝説級のベヒモフを倒したことがあったんですね」

「ああー、しかも私はまだ10代で冒険者になって間がなかった。今もそうだが、今以上にピチピチだった頃だ」


 レティシアさんは僕の顔を覗き込む。顔が近い・・・。


「そんな若いころに伝説級を?」

「まあ、討伐隊に参加しただけだけどな。S級やA級の人に交じって参加した。私はまだC級だったが将来有望と目されていたから、討伐隊の末席に加わったって感じだな」

「で、活躍したんですか?」

「いや、ぜんぜん。でもどさくさに紛れて一太刀は入れたぞ」


 それって討伐したって言えるんだろうか? まあ、討伐隊に選ばれただけでも凄いのか・・・。 


 その後、三日間に亘って辺りを探索し2体のサイクロプスを倒した。サイクロプスも伝説級であり決して楽な相手でないが、イデラ大樹海での討伐経験があったし、エリルから角が弱点だと教わっていたのでなんとかなった。クレアが少し傷を負ったがユイがすぐに治療した。


「ここからさらに西に行くと、サイクロプスが複数体出るようだな」


 レティシアさんが地図を確認する。すでに『始まりの村』を出て7日目だ。


「複数体ってどれくらいだろう」

「3体と書いてあるが・・・」


 伝説級が3体一度に・・・。さすがに6階層は難関だ。


 とにかく最西まで行くぞ、と言うレティシアさんに連れられて僕たちはさらに西を目指した。

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