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6-7(5階層その1~不穏な空気).

 5階層へは4階層の迷路の続きのような階段で繋がっていた。


「ついに5階層かー」


 レティシアさんはそれが地なのか、それともわざとなのか、ずいぶんのんびりした口調だ。まあ、いつも通りってことだ。


「4階層を踏破し5階層に至った者はエラス大迷宮に挑んでいる全冒険者の憧れだ」


 レティシアさんの言っていることは正しい。これまで経由してきたエラス大迷宮の中にある町や村では、6階層まで到達しているイネス・ウィンライトのパーティーはもちろん、5階層を攻略中の5つのパーティーについても少なからぬ憧れと敬意を持って語られていた。


 階段を降りた先に広がっている安全地帯と思われる場所は村というには寂れており、かといってただの野営地と呼ぶのは憚られるくらいの数の建物が建っていた。建物のほとんどが平屋だけど一つだけ大きな建物があって、それだけはどうやら2階建てのようだ。

 5階層は3階層までと同じで広い地下空間だ。見上げると雲というより霧がかかった様な空が見える。霧が晴れたら太陽が現れるんじゃないかと勘違いしてしまいそうなほど地下とは思えない場所だ。3階層までもそうだったのだが、やっぱり迷宮とは不思議な空間だ。


「思ったよりたくさん建物があるよね」

「うん、千年以上に亘って攻略している先人たちのおかげかな」

「それにしては。むしろ少ないのでしょうか?」

「うん。それだけ、ここまで来るのが難しいってことだね」


 4階層最後の部屋は上級魔物であるキングオーガが5体と中級魔物のブラックハウンド30匹が一度に出る。S級冒険者の目安は上級を単独で倒せる者だ。30匹ものブラックハウンドに囲まれて5体の上級を倒そうとすれば、最大の5人パーティーで挑んだとしても相当な難関だ。


 特別なパーティーだけをふるいにかける絶妙な難易度にも感じるけど・・・。


「この世界にS級冒険者って何人いるんだろう? SS級は二人だけだよね」

「S級冒険者、騎士で言えば剣聖クラスだ。どうだろう、50人もいない気がするが」


 僕の問に答えてくれたのはレティシアさんだ。ある程度大きな国に3人から5人としても全部でそんなものか。もう少しいそうな気もするけど・・・。


「ハル、だとすると、ここ5階層に5パーティーで25人。6階層にイネスさんのパーティーの5人として、半分近くがここにいることになるのかな?」

「いや、ユイさん、5階層を攻略中のパーティーのメンバー全員がS級ってわけじゃない。半分くらいはA級だろう。パーティーとしての強さには連携も含まれるからな」


 確かに連携は大事だし魔法や剣技の相性などもあるだろう。


「ただ、おそらく各パーティーに中級以上の聖属性魔法が使えるものが必ず一人は含まれていると思う」

「それは?」

「もちろん、5階層にいるようなパーティーであれば回復薬も大量に用意しているだろう。上級の回復薬だって持っていると思う。だが聖属性魔法で自分以外の戦闘中のメンバーを回復できるのは大きい。大怪我なら自分で回復薬を使えないことだってあるだろう。聖属性魔法の中級は大回復メガヒールだ。たいていの怪我ならその場で治療できる。ユイさんのように上級聖属性魔法の範囲回復エリアヒールを使える者がいれば理想的だが、そこまではなかなか難しい」


 確かにさっきの部屋もユイの回復魔法がなければ危なかった。そう考えると、レティシアさんの言う通りで、ここまで来るには優秀な聖属性魔導士がパーティーに一人はいないと難しそうだ。


「そういうことですか」

「うん。効果だけなら範囲回復エリアヒールは中級の回復薬程度だが戦闘している最中に一度に全員を回復できる。これは大きい。さっき経験した通りだ。だが、さすがに上級回復魔法が使える魔術師を見たのは私もユイさんが初めてだ」


 僕たちにユイがいることは恵まれている。ユイは上級どころか最上級も使える。最上級の聖属性魔法は超回復エクストラヒール超範囲回復エクストラエリアヒールの二つだ。これが使えるユイは神聖シズカイ教国では神の使いと見做されていた。


「やっぱりユイ様は凄いです」


 クレアが小さな声で囁くようにいった。声は小さかったけど得意そうだ。使えるのはユイなのに、僕は思わず笑ってしまった。


「クレアさん、何か言った?」

「いえ、なんでもありません」


 辺りを見回したが人影はない。全員攻略に出かけているのだろうか?


「とりあえずあの一番大きな建物に行ってみよう」


 いつの間にかこのパーティーのリーダーのようになっているレティシアさんに従って僕たちはここで一番大きな建物を目指した。


 その建物の扉の上には鎧を着て馬に乗っている女性騎士の姿を描いた絵とこの世界の文字で神々の黄昏と書かれた看板のようなものが掲げられていた。


「そうか。ここは『神々の黄昏』の拠点なのか」


 レティシアさんがちょっと眉を顰めたように見えたのは気のせいだろうか。


「レティシアさん『『神々の黄昏』とは?」

「『神々の黄昏』はエラス大迷宮を攻略しているクランの一つだ」

「クラン。パーティーより大きな集まりってことですか」

「そうだ。攻略情報を交換したり、よいパーティーメンバーと巡り会えたりとクランに入るメリットはいろいろある。その中でも最大規模のクランの一つが『神々の黄昏』だ。100人以上の冒険者がいるはずだ」

「それは大きいですね」


 レティシアさんの説明によると、ここエラス大迷宮には攻略クランが複数ある。その中でも一番有名なのが『神々の黄昏』らしい。


「だが、『神々の黄昏』が有名なのは規模が大きいからだけじゃない。ここ5階層を攻略中の5パーティーの内3パーティーが『神々の黄昏』所属のパーティーだからだ」


 なるほど、憧れの5階層到達パーティーが3組も所属しているクランか。それは有名になるはずだ。


「で、どうします」

「まあ、ここでの最大勢力だろうから、挨拶くらいしとくか」そう言いながらレティシアさんは扉に手をかけた。


 扉を開けてすぐの部屋はかなり広い。いくつかのテーブルや椅子が並べられている。ギルドではないので受付カウンターとかはない。バラバラに座る数人の冒険者が僕たちが入ってきた音に顔を上げた。冒険者たちのくつろいだ態度とは裏腹に部屋の中の緊張感を僕は感じていた。


「みなさん、こんにちは。たった今5階層に到着したパーティー『レティシアと愉快な仲間たち』です」


 冒険者たちは全く愉快ではないといった雰囲気でこっちを見ている。


「今、到着しただと!」

「ほー、久しぶりの新入りだ。二年ぶりか?」

「いや、ヘクターたち以来だから1年半だ」


 いかにも上位冒険者といった雰囲気を漂わせた3人の男が口々に勝手なことを言っている。


「しかも女3人に男一人ときた」

「一人を除いてずいぶん若いな」

「で、なんだっけレティ」

「『レティシアと愉快な仲間たち』です」

「そんなふざけた名前のパーティーは聞いたことがない。その聞いたことがないパーティーがここまで来るとは・・・」


 レティシアさんは結構有名だと言っていたが、ここにもレティシアさんを知っている人はいないようだ。


 その後、色々話して分かったのは、ここにいる3人の男たちの名前がアンガス、ブラッドレー、アーノルドで、短髪で目つきの悪いのがアンガス、髭面がブラッドレー、粘着質な雰囲気の目が落ち窪んだ男がアーノルドだということだ。

 ここが『神々の黄昏』の拠点だというのは予想通りだった。だが3人のうち『神々の黄昏』のメンバーはアンガス一人だけで、ブラッドレーとアーノルドはブラッドレーをリーダーとするパーティーのメンバーだ。ブラッドレーたちは攻略から帰ってきたばかりだ。他のメンバーは自分たちの拠点で休息しているらしい。

 『神々の黄昏』の3パーティーのうち一組は攻略中、一組は迷宮の外に物資の調達に行って不在。アンガスのパーティーだけが拠点で留守番だ。『神々の黄昏』の3パーティーはこれをローテーションしているらしい。残りの1パーティーはアルベルトという名の人をリーダーとするパーティーで今は攻略中だ。そこに僕たち『レティシアと愉快な仲間たち』が今日から加わったということになる。

 この『神々の黄昏』の拠点の一階は『神々の黄昏』のメンバー以外にも解放されており情報交換の場になっているとのことだ。だが雰囲気は情報交換って感じではない。他のパーティーの動向を探っていると言ったほうが正しいだろう。ここまで来ると他のパーティーはすべてライバルってことだ。


「まあ、久しぶりの新入りを歓迎するよ。ここにはいつ来てくれても構わない。後は空いている建物のどれかを拠点にするんだな。物資を売っている商店などはここにはない。だが、『神々の黄昏』で余裕のあるものは適切な値段で譲ってやる。適切な値段でな。あとは、そうだなここでお宝を見つけたら買い取りも考える。まあ、これも適切な値段でな」


 目つきが悪いと思ったアンガスだが意外と親切に説明してくれた。


「なんだか騒がしいね」


 眠そうな顔をして2階から降りてきたのはここにいる3人よりかなり若そうな男だ。


「フランシス、新入りだ」

「え、そうなの! それは珍しいね」


 そう言って僕たちをジロジロ見たフランシスと呼ばれた男は「えっと全員で4人だけなの?」と訊いてきた。


「ああ、我ら『レティシアと愉快な仲間たち』は全員で4人だ」


 一瞬の沈黙の後、「そう言えば、お前たち4人だな」とアンガスが呟いた。アンガスたちは僕たちが4人だけなのに今気がついたようだ。おそらく彼らにはここまで来るのは5人パーティーだというのが常識だったのだろう。


「4人でここまで到達したのは・・・俺が知っている限りでは勇者パーティーだけだ」

「ああ、勇者カキモトのパーティーだ。魔王テリオスを討伐したパーティーだな」


 部屋全体に緊張感が漂っている。


 僕たちがただの新入りではなく強力なライバルだと認識された瞬間だった。

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