6-6(4階層その3).
「黒炎弾!」
僕が放った二段階限界突破した黒炎弾はキングオーガの頬を掠ったが仕留めることはできなかった。
「撤退だ!」
レティシアさんの号令で全員部屋を出て走って逃げる。
ある程度逃げると魔物は追ってこない。とはいえ、足の速いブラックハウンドが30匹もいるので逃げるのも命がけだ。盾を持ったレティシアさんが殿を務めてくれるのは助かる、そこを僕とユイが防御魔法で援護しながら撤退するのがパターンとなっている。
「ふうー」となんとか逃げ切った僕はため息を付く。全員肩で息をしている。
「これで何度目だっけ?」
「7度目です、レティシアさん」
レティシアさんの質問にクレアが冷静に答える。クレアの赤龍剣がブッラクハウンドの血で赤くなっている。逃げるときに多少戦闘になったからだ。僕たちは4階層最後の部屋にすでに7回挑んでいる。
レティシアさんから指示されたのは、部屋に入ってすぐに僕が武闘祭でザギに使った高威力の黒炎弾を使って2体のキングオーガを倒せというものだった。レティシアさんは僕とザギの戦いを見ていて、僕が剣を折るほどの威力がある黒炎弾を打てることを知っていた。そして驚いたことに「それは、何発続けて打てるんだ」と訊いてきたのだ。僕は迷ったけど、正直に2発だと答えた。4階層を攻略するためには出し惜しみはできないと判断したからだ。エラス大迷宮攻略はそんなに甘いものではない。
しかし問題がある。
2発で2体の上級魔物であるキングオーガを倒すためには2発とも急所に当てなければダメだ。たくさんの魔物が襲いかかってくる中、それはとても難しい。それにいくら黒炎弾が速いといってもキングオーガだって避けようとしたり、大きな斧で防ごうとするからだ。昨日キングオーガを5体相手にしたときには一体倒すのに2発とも使った。
「まあ、成功するまで何度でもチャレンジすればいいんだから問題ない」とレティシアさんは言った。僕がそれでもまだキングオーガが3体とブラックハウンドが30匹も残りますけど」と言うと「残り3体のキングオーガは私がなんとかするから心配するな」と言った。
ユイとクレアが疑わしそうな顔でレティシアさんを見ていたが、結局、他にいい案もなくレティシアさんの作戦が採用されたのだ。
「他の冒険者たちはどうやって攻略してるのかな?」
「今5階層にいるのは5組だけと聞いている。その5組はいずれもA級とS級ばかりだ」
「僕たちは4人ですが全員S級ですよ」
「おまけに私はSS級より強い」
今まで見たところでは、レティシアさんが強いことは間違いないけど、SS級より強いかどうかはなんとも言えない。
「各パーティーによっていろいろ作戦はあるだろう。今私たちがしているように何度でも挑戦できるんだから、その中で攻略法を見つけたパーティーだけが5階層へ到達したんだろうな」
「逃げるのも命がけだけどね」
そう、この中で一番身体能力強化に劣り逃げるのが大変なのはユイだ。その分部屋に入ったとき一番逃げやすい位置にユイはいる。
「まあ、確かに何度でも挑戦できるんですからA級やS級ばかりならなんとかなったんでしょうね」
「そういうことだ。たとえば部屋から足の速いブラックハウンドだけ先に釣って倒すなんていうのもありかもな」
レティシアさんが言ったのはまるでゲームの攻略法のような作戦だ。
「それですよ。レティシアさん。部屋より通路のほうが狭いからそのほうが安全に相手できるのでは?」
「でもハル様、狭いと言っても・・・」
クレアの言う通りだ。部屋よりは狭いと言ってもこの通路はかなり広い。すぐに乱戦になりそうだ。
「とにかくだ。8回目をいくぞ! ハルくんの魔法が命中するかどうかにかかっているんだから頼むぞ!」
ユイの回復魔法を使って準備を整えた僕たちは4階層最後の部屋に向かった。8回目のチャレンジだ。
その部屋は部屋といっても扉があるわけではなく通路の先が広くなっているだけだ。僕を先頭にジリジリとその部屋に近づく。部屋の中には5体のキングオーガと30匹のブッラクハウンドがいる。さっき7度目のチャレンジで倒した魔物はすでに復活している。本当にゲームのようだ。毎回魔物の配置は異なるがいくつかの似たようなパターンに分かれていることに僕は気がついていた。
僕たちは僕を先頭に部屋に入った。僕はすでに二段階限界突破した黒炎弾を二発用意している。僕は部屋に入ってすぐ魔物配置を確認した。
比較的狙いやすい配置だ。今度こそ外さない!
「黒炎弾!」
僕が最初に放った黒炎弾は一体のキングオーガの額を捉えた。そのキングオーガは、いきなりの黒炎弾を防ぐことができず「ぐふっ」と小さく呻いただけで頭を反らして仰向けに倒れた。即死だ。
一発目は成功だ!
僕が次に狙っていたキングオーガが巨大な斧を振り上げている。
「黒炎弾!」
ズゴッ!
「グギャァァァー!!」
二段階限界突破した二発目の黒炎弾は斧を振り上げたキングオーガの心臓の辺りを捉えた。そのキングオーガは斧を高く掲げたまま崩れるように倒れた。
上手いタイミングで当てることができた。成功だ!
「よくやったハルくん!」
レティシアさん残り3体のキングオーガ頼みましたよ。でもすでに魔物たちが迫ってきている。特にブラックハウンドは速い。
「ユイさん、例の竜巻の魔法で牽制してくれ!」
レティシアさんがユイに指示する。
「炎竜巻!」
ユイはレティシアさんに返事する間も惜しんで、すぐに魔法を発動した。
「氷槍!」
「氷槍!」
「氷槍!」
なんだって!
レティシアさんは同時に3つの巨大な氷の槍を生成すると、ユイが魔法で魔物たちを牽制しているところに次々と放った。それぞれが3体のキングオーガを狙っているようだ。その上、すぐに剣と盾を手に持ってブラックハウンドの攻撃からユイを守っている。
巨大な氷の槍が3体のキングオーガに向かう。氷槍は中級魔法だが単体相手には強力な魔法だ。
巨大な氷の槍の一つがキングオーガの心臓辺りを捉えて倒した。いくら単体には強いといっても僕の二段階限界突破した黒炎弾には威力は劣ると思う。だけどレティシアさんの氷槍は思ったより威力が高い。魔力適性が高いのかもしれない。僕はカナさんのことを思い出した。同じ魔法でもカナさんが使うと威力が高かった。レティシアさんは異世界人ではない。レティシアさんの魔法はこの世界の人としては破格の強さじゃないだろうか。
2発目の氷槍は炎竜巻を避けようとしたキングオーガの胸の辺り捉えたが僅かに急所を外したようでよろよろとこっちに向かってくる。
ズサッ!
手負いのキングオーガの心臓をジャンプしたクレアの赤龍剣が貫いた。これでキングオーガはあと一体だ。
3本目の巨大な氷の槍は・・・キングオーガに簡単に避けられ部屋の壁に当たって消えた。
レティシアさん・・・。
クレアがブラックハウンドの間を縫うように最後のキングオーガに向かって走ると、足元から斬り掛かった。キングオーガは斧を振り上げクレアに向かって叩きけた。
ガン!
でも、すでにそこにクレアはいない。キングオーガは床にめり込んだ斧を抜こうとしている。
ユイの前にはレティシアさんが立ち、ブラックハウンドの群れを相手にしている。僕も黒龍剣を抜いてそれに加わる。キングオーガから離れたクレアもブラックハウンドを相手にしている。
「黒炎弾!」
僕は、黒炎弾を最後のキングオーガに向かって放った。当然限界突破はできていない。床にめり込んだ斧をやっと抜いたキングオーガは、僕の黒炎弾をぎりぎりで躱した。
でも・・・。
「氷槍!」
ユイがレティシアさんの後ろから、僕の黒炎弾を躱した最後のキングオーガに氷槍を放った。
「ぐぎゃうー!!」
ユイの放った氷槍は僕の黒炎弾を躱したばかりのキングオーガの頭をふっ飛ばした。斧を持った頭のないキングオーガは自分に何が起こったのか分からないようにしばらく立っていた。
えぐい!
うーん、ユイの魔法も威力が高い。ユイが氷槍を使ったのはレティシアさんに対抗したんだろうか?
「ユイさんナイスだ。これで計画通りだ!」
「え? 計画では・・・」
とにかくこれで、キングオーガー5体は倒され、残りは中級のブラックハウンドだけになった。しかも、すでに30匹からいくらか数を減らしている。
「黒炎弾!」
「黒炎弾!」
僕は得意な魔法の高速発動に加えて二重発動も使って黒炎弾を連発する。黒い鋼の弾丸がまるで銃を使っているようにブラックハウンドを襲う。
「炎竜巻!」
ユイ得意の合成魔法、炎竜巻がジグザグに動いてブラックハウンドを次々に巻き込む。炎竜巻に怯んだブラックハウンドは次々にクレアの赤龍剣の餌食になっている。レティシアさんはユイを盾で守りながら襲いかかってくるブラックハウンドを剣で倒している。
レティシアさんは口だけではなかった。いや、マジで強い・・・。しかも魔導士であるユイを盾で守りながらこの強さだ。まさか、本当にSS級より強いのか・・・。
それでもブラックハウンドは数が多い。しかも速い。こっちは4人だ。致命傷ではないものの全員多かれ少なかれ傷を負っている。クレアの肩や腿からも血が滲んでいる。僕も目に血が入って戦いにくい。それに比べてレティシアさんは盾を使って巧みにブラックハウンドの攻撃を防いでいる。それでも全く無傷とはいかない。レティシアさんに守られているユイのローブにもいくつかの裂け目が見える。
「範囲回復!」
ユイの回復魔法で全員の傷が治っていく。ありがたい!
「ユイさん、それは上級の・・・」
レティシアさんはユイの上級聖属性魔法に驚いている。そういえば、ユイが範囲回復まで使ったのは、レティシアさんが加わってから初めてだ。
その後、ブラックハウンドを全滅させるまでに、ユイは範囲回復をもう一度使うことになった。とにかく、ユイの回復魔法とレティシアさんの作戦が成功? したおかげで、僕たちは4階層最後の部屋をなんとかクリアすることができた。
「いやー、思ったより苦戦したな。それに私の氷槍を避けるとはあいつは特殊個体だったのかな?」
いや、ユイの氷槍一発で死んでたし普通のキングオーガで間違いない。
「それにしてもユイさんが上級の聖属性魔法を使えるとは。やっぱりこのパーティーは当たりだったな」
「それよりレティシアさんが最初に使ったのは・・・魔法の三重発動ですよね?」
「驚いたか?」
「驚きました」
僕は正直に答えた。ルビーさんやコウキのように僕と同じくらいかそれ以上に魔法の発動が速い者はいる。まあ、コウキは異世界人だけど・・・。それにルビーさんは身体能力強化を使いながら属性魔法も使っていた。ここまでは、この世界の人には凄く難しいけど、できる人も少数だけどいる。でも魔法の二重発動や限界突破は僕だけの技だと思っていた。なんせユイにだってできないのだ。なのに僕にもできない三重発動を使える人がいるなんて・・・。たぶん、これはルビーさんの氷弾を一度に5つ発射する技と同じでレティシアさん固有の技なんだろう。
「私も武闘祭でハルくんの黒い弾丸魔法を見たときには驚いたから、これでお相子だな。あれを見てとてもハルくんに興味が湧いたよ」
だからレティシアさん、顔が近いんですって。
「ハル!」
「ハル様」
と、とにかくレティシアさんは、その軽い口調にもかかわらずかなりの実力者だ。SS級以上だと自慢するのもまんざら嘘でもない。
「ま、まあ、とにかくこれで5階層に行けるね」
僕は顔が赤くなっているのをごまかすように言った。相変わらず僕を睨みながらもユイとクレアは頷いてくれた。
この先はたった5つのパーティーしかいない5階層だ。




