6-3(1階層~3階層).
エラス大迷宮1階層の入り口付近にある町エランドに到着した次の日から、僕たち3人は大迷宮の攻略を開始した。
「まるで地上にいるみたいだね」
ユイの言う通りで、エラス大迷宮1階層はゲームのダンジョンでイメージする迷路のような場所ではなく広大な地下空間だ。
「これならプニプニを連れてきてもよかったかもしれません」
プニプニや僕の馬は迷宮の外で預かってもらっており連れてきていない。迷宮の攻略にどのくらいかかるか分からない。プニプニを預けるときクレアが寂しそうな顔をしていた。僕もそれを見て少し思うところがあった。プニプニはキュロス王国のトドスからここまで僕たちと一緒に旅をしてきた。
「黒炎弾!」
黒炎弾はスライムの核に命中しスライムは小さな魔石となって消えた。
「次は私ね」
この辺りに現れる魔物はスライムばかりだ。僕とユイがバレット系の魔法で核を狙って倒している。バレット系魔法の精度を上げる練習になるし、スライムのことを可愛いと言っているクレアがあまり倒したがっていないような気がしたからだ。
「迷宮を攻略するなんて冒険者みたいだよね」
「ユイ、僕たちは冒険者だよ」
「そうなんだけど・・・」
ユイの言いたいことは分かる。迷宮攻略と言えば冒険者、冒険者と言えば迷宮攻略だ。
「こうなるとさ、冒険者らしいパーティー名がほしいよね」
「ユイ様、それは名案です! ハル様とユイ様に相応しい英雄らしいパーティー名がいいですね」
クレアは顔を輝かせて「私もそのパーティーの一員ならとても誇らしいです」と付け加えた。
なるほど、僕はちょっと考えてみた。僕とユイは黒髪黒目だ。僕もクレアも黒っぽい格好だ。僕に至っては武器の黒龍剣も黒い。黒にちなんだ名前はどうだろう・・・。いやユイのローブは白い。そしてクレアの髪は青みがかっている銀髪だ。白といってもいいだろう。それなら・・・「黒と白」、「シュヴァルツヴァイス」、「ノワール・エ・ブラン」、うん、どれもカッコいい。
「クレア、やっぱりパーティー名は止めとこうよ」
え、なんで?
「ハルに決めさせたらきっと恥ずかしい名前に・・・」
ユイが何か呟いている。
「そうですか。名もない謎に満ちたパーティーっていうのもいいかもしれませんね」
「そうそう」
結局パーティー名を付けるというのは無しになった。ちょっと残念だ。
その後も僕たちは1階層の攻略を続けた。迷宮の中は場所によって、出てくる魔物はだいたい決まっている。ゲームのようだ。1階層では下級の魔物しかでない。正直、今の僕たちにとっては全く問題ない。
その後も僕たちは順調に迷宮攻略を進めた。ユウトが拠点にして活動していていたというサリスやイーブランの町にも寄った。
サリスの町の冒険者ギルド職員のネルさんはユウト・・・ユウジロウと名乗っている・・・のことを話すとずいぶん懐かしがってくれた。ユウトはここでも好かれていたようだ。ユウトが女性に好かれるスキルを持っているような気がするのは僕だけだろうか? そういえばクーシーも雌だと言っていた。
別に羨ましくはない。
「ハルどうかしたの?」
「別に」
クレアも首を傾げている。
こうして僕たちは1階層、2階層、3階層と順調に攻略を進めた。
ここまでは全て広大な地下空間のような場所だった。本当は3階層までにも迷路みたいな場所はあるらしいけど僕たちは寄り道はせずに最短距離で進んだ。時間があれば地下空間を流れる大河や3階層にあるという滝や湖なども見てみたかったが今回はパスだ。
3階層までは詳細な地図があって危険な場所は記載されている。
ありがたい。先人に感謝だ。
もし地図が無かったら、大量の魔物が次々に現れる部屋や全く違った場所に転移させられる転移魔法陣など多くの罠を避けることは難しかっただろう。そもそも広大なエラス大迷宮のどこに次の階層に繋がっている通路があるのか見つけるのはかなり難しい。なんせ小国くらいの広さがあるのだから。
とにかく先人が残してくれた知識のおかげで僕たちは順調に攻略を進め4階層入り口付近の町サルマルに到着した。順調とはいってもエランドの町を立ってからすでに一ケ月以上が経過している。3階層までの魔物に苦戦することはなかったので、ほぼ移動時間だ。エラス大迷宮は広い。
4階層はこれまでと違い、全体が迷路のような通路が続くゲームのダンジョンのようになっている階層だ。深い階層になるほど総面積は狭くなっていて4階層は1階層の10分の1の広さしかない。それでも十分広い。そして出現する魔物は強力だ。4階層の迷路を攻略し尽くすのは大変だったようだ。3階層までと比べて4階層の攻略には最も長い時間がかかっている。それは数百年に及んだと聞いている。
「4階層の地図はいらないかい。最新版だよ」
ちょうど、露天商からそんな声がかかったので代金の金貨2枚に大銀貨4枚と引き換えに地図を受け取った。僕の勝手換算で24万円だ。地図としてはかなり高いがそれだけ価値のあるものだ。地図はかなり分厚い本のようになっていて詳細な解説が付いている。これで命の危険が減らせるのなら安いものだ。
「こんな広大の迷路を攻略するなんて、なんか凄いよね。ここに籠ってずーっと攻略するなんて私には無理だよー」
ユイが地図を覗き込んで感想を言う。
地図をよく見ると、それでも完璧なものではない。ところどころに空白がある。まだ攻略が続いているのだ。それで最新版だと言ってたのか・・・。だけど、5階層に行くだけならこの地図で十分だ。5階層までのルートはキチンと書かれている。
「ハル様、ユイ様、エランドと比べるとずいぶん寂しい感じになってきましたね」
クレアが通りを見回して言った。
サルマルの町は一階層入り口の町エランドに比べるとかなり規模が小さい。ちゃんとした店よりも露店のような店のほうが多い。冒険者ギルドはあるが小さい。そしてここから先には冒険者ギルドはない。この先は小さな村が2つあるだけだ。
サルマルというのはエラス大迷宮攻略に挑んだ勇者パーティーの魔術師の名前だそうだ。4階層にはそのときの勇者であるカキモトの名を冠する村もある。勇者カキモトのパーティーは4階層攻略に大いに貢献したそうだ。
ちなみに5階層からはちゃんとした町や村はないと聞いている。5階層入口付近の安全地帯が冒険者の野営する場所になっているくらいらしい。なので、ある程度大きなアイテムボックスを持っていて、長期間攻略するための準備ができる冒険者しか5階層以上には行くことができない。そもそも5階層以上を攻略している冒険者パーティーにはA級以上の冒険者しかいないのでアイテムボックスを持っていないとは考えられない。
「とにかく今日はゆっくり休んで、明日からの攻略に備えよう。それから必要なものを買っとかないとだね」
「この感じだと観光地のお店と同じですべてが高そうな気がするよ」
確かに、アイテムボックスがあるのなら迷宮に入る前に十分な準備した上で挑むべきだ。
★★★
「それで、そのハルという冒険者が武闘祭でザギを倒した謎の仮面男だというのか?」
「はい。大剣使いと魔術師を加えた3人で冒険者をしているようです。大剣使いの名はクレア、魔術師の名はユイです」
皇帝ネロアは宰相からの報告に少し考え込んだ。イズマイルが地下通路で会った3人組だろう。
「クレアとは」
「はい。騎士養成所出身の『皇帝の子供たち』の一人をルヴェリウス王国へスパイとして送り込むに当たって我らが与えた名です」
「ふむ。確かビダル伯爵の」
「ええ、あの忌々しいサイモンの義娘で名はアデレイドです。ビダル家に引き取られていたため、『皇帝の子供たち』にもかかわらず白騎士団に入団した娘です。養成所でも優秀であったと報告を受けています」
ネロアは考える。ハルとユイという名の魔術師の娘は黒目黒髪だ。イズマイルは異世界人で間違いないと言っていた。年は勇者コウキと同じくらいらしい。だが勇者と一緒に召喚された異世界人だとすると、なぜルヴェリウス王国を離れて冒険者として自由に活動しているのかが分からない。
「理由は分からないが、ハルとユイが異世界人だとすると、我らがスパイとしてルヴェリウス王国へ送り込んだサイモンの義娘となんらかの接点があってもおかしくはないな」
「仰る通りです」
帝都ガディスを揺るがした帝国白騎士団の若手による内乱事件。ネロアが強引に幕引きを図ったが、未だに動揺は収まっていない。功を焦ったネイガロスとエドガーがヴァルデマール侯爵を巻き込んでことを起こしたというのがネロアが描いた筋書きだが、これにはもともと無理がある。サリアナたちを目撃した騎士も大勢いる。落ち着くにはもう少し時間がかかるだろう。
それにしても、ハルとやらは目障りだ!
ジーヴァスの人族を支配しようとする計画は大きく後退した。武闘祭でルヴェリウス王国の勇者コウキはその力を示した。一方で帝国の代表ザギは謎の仮面男に敗れた。さらにネイガロスとエドガー、二人の『皇帝の子供たち』を失った。その裏にはハルたち3人組がいたらしい。それにサリアナも・・・。
魔王エリル、思った以上に切れ者なのか?
魔王エリルも人族の中に手練れの協力者を確保しているのか?
そうでなければなぜハルとやらとサリアナが・・・?
「それで、その3人をエラス大迷宮で見かけたと言うのだな」
「はい。エランドに3人の若いS級冒険者が現れたと報告を受けております」
S級冒険者だけの3人パーティー、しかも若いとなると間違いないだろう。ネロアはこれはチャンスかもしれないと思った。迷宮とはある意味外の世界とは切り離された世界だ。エラス大迷宮といえどもそれは同じだ。特に下層に行くほどそうだ。
「『神々の黄昏』と連絡をとれ。できれば3人を迷宮で始末させろ」
「分かりました。ただし、エラス大迷宮の下層にいる彼らに連絡を取るには時間がかかります」
「分かっている。だが、できるだけ急げ」
「はい」
「まだ、何かあるのか?」
「カイゲルのやつが、追加で人を借りたいと。手練れを30人もです」
「ふむ、黒騎士団の中から適当に貸してやれ。ただし騎士とは悟られぬようにな」
「分かりました。その手の任務に向いている者を適当に見繕いましょう」
帝国黒騎士団は大規模な騎士団ではあるが、ネロアの私兵のような性格も持っている。特に騎士養成所出身者の多くがそうだ。カイゲルはネロアが貸してやった人材を使って、もう何年も前から各地で良からぬことに手を染めている。ネロアとしては人族が混乱したり憎しみ合ったりするのも悪くないと思い協力してやっている。それにカイゲルは帝国に富をもたらし貢献してくれる。




