6-2(エラス大迷宮).
「凄いねー」
ユイは巨大な迷宮の入り口を見上げている。
確かに凄いとしか言いようがない。さっきから僕とユイ、それにクレアも含めて、凄いとか、大きいとかの言葉しか出てこない。ブリガンド帝国のバセスカ迷宮の入り口もまるでエジプトの神殿のような外観で大きかった。観光名所にもなっていた。しかし、それと比べても遥かに巨大だ。入り口だけでも小山のような大きさで、その小山に大神殿の入り口である建造物が嵌め込まれているような感じだ。
入り口の前には多くの人がいる。
「観光客もいるんだろうね」
「うん、ていうかほとんど観光客のような気もするけど」
見ているとほとんどの人は入り口付近にいて、それ以上中には入っていかない。
僕たちは入り口を入ってすぐの安全地帯にある迷宮の町エランドで一泊する予定だ。エランドは町といっても街に近い規模があり、エラス大迷宮の中にあるいくつかの町や村の中で最も大きい。冒険者ギルドもある。エランドの冒険者ギルドはなんとエニマ王国の冒険者ギルドの中で一番大きい。エニマ王国の冒険者ギルドの本部なのだ。
僕たちは、そのまま観光客をかき分けるように迷宮の中に入る。通路は入ってすぐ下りになった。通路はとにかく広い。両側には僕たちにはお馴染みの龍のレリーフがある。よく見ると勇者や魔導士、なんと魔王らしき角がある人物まで描かれている。それに、あれはエルフなのか・・・。人族や魔族に加えて獣人やドワーフ、エルフなど様々な人種が描かれている。
この迷宮は一体いつ造られたのだろうか?
しばらく歩くと広大な空間に出た。エランドの町だ。思った以上に大きい。これは、確かに街と呼んでも間違いとは言えない規模だ。
エランドの入り口に数人の門衛が立っている。エニマ王国の騎士のようだ。僕たちは冒険者証を見せる。門衛を務める騎士は少し眉を顰めたが、これまでよくあったような「その若さでS級とは」みたいなことは何も言わず黙って僕たち3人を通してくれた。ここから先は冒険者かエニマ王国から許可された者しか入れない。
エランドは普通の町とあまり変わらない。違うのは歩いている人のほとんどが冒険者だということだ。僕たちは迷うことなく町で一番大きな建物である冒険者ギルドを訪ねることができた。
「大きいねー」
「うん」
「町の住民というか滞在者のほとんどが冒険者ですから、このくらいの規模が必要なのでしょうか」
ほんとうにここの冒険者ギルドは大きい。大きな冒険者ギルドといえば、冒険者ギルド全体の総本部でもあるガルディア帝国の帝都ガディスの冒険者ギルドだ。僕は、その総本部の日本人のような名前をしたギルドマスターのことを思い出した。僕たちとジークフリートさんたちの会話にもあまり加わらず、かといって無口とも違う不思議な雰囲気を持った人だった。
僕は受付で僕たちがS級冒険者であることを告げ、しばらく迷宮を探索すると伝えた。この迷宮のことを少し知りたいと言うと「ちょっと待ってください」と言って受付嬢はカウンターの奥に消えた。
しばらくすると僕たちはギルドの一室に通され、なんとギルドマスターから説明を受けることになった。やはりS級冒険者3人からの要望であればギルドとしてもそれなりの対応をする必要があるということなのだろう。ちょっと迷惑をかけてしまったかもしれない。
「すみません。まさかギルドマスターから直々に説明いただけるとは。エラス大迷宮のことを書いた本のようなものでもあればと思ったのですが」
「もちろん、そう言ったものもあります。とりあえずこれをお渡しします」
ギルドマスターのセラフィムさんがそう言って僕に手渡してきたのは本というより冊子といったほうがいいものだった。
「地図とかは有料で売っています。もっとも5階層から上はまだ探索中で正確なものはありません。4階層も完全なものとは言えませんね」
「今は6階層を攻略中なんですよね」
「そうです。といっても6階層を攻略中なのはイネスさんのパーティーだけです。とにかく一つの階層が国のように広いですから隅々まで探索するには気の遠くなるような時間がかかります」
それは分かるが、それにしてもこの迷宮が見つかってから千年単位の時が経過しているはずだ・・・。今は入り口がきれいに整備されているが、発見される前はあの大神殿のような入り口は山に埋もれていたのだ。
「それにしても時間がかかり過ぎだと思っているのですね?」
「ええ」
「まず5階層が難関です。5階層を攻略したパーティーしか6階層に挑むことができません。実は私もどうやってイネスさんたちが5階層を攻略したのかは知りません」
「なるほど」
「それに・・・」
「それに?」
「5階層以上に挑む冒険者は自分たちの攻略情報をあまり共有しようとしない傾向にあります」
深い階層ほど凄いお宝が眠っているとすれば、情報を人に教えてたくないのは分かる。
「ハルさんたちも、5階層以上については自分たちで行って確かめて下さい。もちろん行ければですけどね」
セラフィムさんは、僕たちを値踏みするような目で見た。僕たちが5階層まで行けないと思っているのか。それとも・・・。
「SS級冒険者イネス・ウィンライトさんのパーティーだけが5階層をクリアして6階層に挑戦中なんですよね」
「ええ、イネスさんはもう3年近く、6階層を探索しています」
迷宮に取り憑かれた男と言われているSS級冒険者イネス・ウィンライト。僕が武闘祭で戦ったケネスさんのお兄さんだ。
セラフィムさんはまだ何か言いたそうな顔している。僕はセラフィムさんの次の言葉を待った。
「イネスさんは若い頃にも5階層まで行っています。5階層攻略に4年くらい挑戦した後、一旦攻略を諦めたんです」
「一旦、諦めた?」
「ええ、それで今から3年ほど前に最初とは違うパーティーで挑んで、今度は5階層を攻略し6階層に到達しました。攻略を中断していた期間は10年以上になります」
「10年以上も! イネスは今何歳なんですか?」
「もう40は過ぎていますね」
かなりのベテランだ。だけど、中断していた10年間、イネスさんは一体何をしていたんだろう? 攻略できそうなメンバーを集めていたのか?
「イネスさんってSS級冒険者なんですよね」
「ええ」
「どうやってSS級になったのですか? ジークフリートさんみたいに神話級の地龍を討伐するのに貢献したとか?」
「イネスさんは神話級の討伐には関わっていませんが、伝説級を2体討伐しています」
「伝説級を2体」
「グリフォンとサイクロプスです」
「イネスさんはドロテア共和国出身です。ドロテア共和国にグリフォンが出た有名な事件があってイネスさんはそのときの討伐隊に加わって中心的な働きをしています。イネスさんがかなり若い頃ですね。その後、20代半ばくらいの頃、今度はエラス山でサイクロプスを討伐しています。サイクロプスは中央山脈にも出ますし伝説級の中では比較的目撃例が多い魔物です」
「ジークが、ベツレムでサイクロプスを倒したとき、前にも倒したことがあるようなことを言ってたよ」
なるほど。サイクロプスは伝説級の中では比較的よく見るのか。そういえば、獣騎士団のケルカが使役していた。
「イネスさんは伝説級2体を討伐したことでSS級になったのです。特にサイクロプスのときにはイネスさんのパーティーだけで討伐したのです。そして最初のエラス大迷宮攻略はそのパーティーで挑んだんですよ」
だが、それは失敗した。そして10年以上の間を空けて再チャレンジして6階層に到達した・・・か。
「2回目は割とすぐ6階層に到達したんですね?」
「その通りです。よく分りましたね」
「ですが、6階層で苦戦している」
「はい」
5階層攻略には、攻略を中断していた期間、イネスさんが何をしていたのかが鍵を握っている気がする。
「イネスさんは、6階層の攻略まであと一歩のところまで来ているという噂があります。その一歩が大変な難関だとか・・・。これまでの経緯からしても、そこを攻略すればもしかすると・・・」
「それで迷宮自体が攻略となるのか、もしくはそれに近い何かがある」
「そうですね。私たちもそう考えています」
そうなれば歴史的な偉業になる。イネス・ウィンライトが諦めずに挑み続けている気持ちも分かる。
「ハル、何百人とか、それこそ千人とかの騎士を使って攻略するなんてダメなんだよね?」
確か同じような話をブリガンド帝国のバセスカ迷宮で若手冒険者のコルトたちとした。
「ユイさんでしたか。それはいい質問です。同じことを考えた人というか王は過去にいました。でもダメだったんです」
「やっぱり」
「ええ、まずここエラス大迷宮には大人数には向かない狭い迷路のような場所もあります。特に4階層は全体が迷路になっています」
「そうなのかー」
「でもユイさん、それは第一の理由ではありません。一番の理由は大人数で攻略しようとすると魔物のほうも大量に現れます」
バセスカ迷宮でコルトたちから聞いた話と同じだ。
「過去にいろいろ試した結果、迷宮は5人くらいまでで攻略するのが適切だと分かっています」
あのときも思ったけど、やっぱりゲームのダンジョンのみたいだ。ゲームならダンジョンに100人とか1000人で挑むことはできない。パーティー人数の上限は決まっている。
「でも、それでは例えば苦戦しているパーティーを他のパーティーが援護したりしたらどうなるのですか?」
「3階層までならその辺りは特に問題ないようですね。5人を越えたらすぐに大量の魔物が現れるわけではありません。野営道具などを運ぶ荷物持ちがいる場合だってあります。でも極端に大人数で攻略しようとするのは止めたほうがいいでしょう」
「まるで迷宮が意思を持っているようですね」
僕の言葉にセラフィムさんは頷いた。
「3階層まではあまり気にする必要はありませんが、4階層から上はそうはいきません。迷宮のルールが厳格に適用されます。4階層以上では苦戦しているパーティーを見つけても安易に援護してはいけません」
自力で何とかできる実力がなければ4階層以上には来るなってことか・・・。
「ハル様、過去には勇者パーティーが挑んだという話を聞いたことがあります」
「勇者が?」
「クレアさんの言う通りです。過去にエラス大迷宮に挑んだ勇者パーティーは3組あります。そのうち一組は6階層まで行ったと伝えられていますが攻略はできなかったようですね」
「他にも何か?」
僕はセラフィムさんの表情を見てそう尋ねた。
「これは確認できていませんが、魔王パーティーが挑戦したことがあるという話が伝わっています」
「魔王がですか?」
「はい。おとぎ話のような話です。1000年以上前、人族と魔族との戦いの形勢が今より魔族側に傾いていた頃、この辺りは魔族の支配する地域となっていました。その後、勇者様の活躍で押し返したのですが、ここが魔族の支配地域だった頃、魔王がエラス大迷宮に挑んだという話があります。当然真偽は不明です」
本当だとすると勇者も魔王も攻略には失敗したってことになる。これはますます僕たちには無理そうだ。ひょっとすると異世界人であることが鍵になるのではと思ったが、過去に勇者パーティーが3度も挑戦しているとなると・・・。
「ところでハルさんたちは3人パーティーですか?」
「はい」
「うーん、確かに3人とはいえ全員S級というのは凄いですが、それでも、もし4階層以上に挑むのなら、迷宮が許す最大人数の5人で行くことをお勧めします」
セラフィムさんはそうアドヴァイスしてくれた。だけど僕たちは、コウキたちやユウトたちがいれば別だけど、これ以上パーティーメンバーを増やすつもりはない。
「ハル、ちょっと無理な気がするね」
「そうだね。さすがに勇者や魔王でもダメとなるとね・・・」
「本当にそうでしょうか?」
クレアが珍しく僕たちに同意しなかった。
「ハル様とユイ様なら、できるような、なぜかそんな気がします」
「クレアがそう言ってくれるのはうれしいけど、さすがに勇者パーティーや魔王パーティーより上ってことは・・・」
それとも強さ以外に何か攻略の鍵のようなものがあるのだろうか? クレアは真剣な表情で僕とユイを見ている。
「とにかく、やってみようか?」
「そうだね。何事もやってみないとね」
「はい」
その後も、セラフィムさんから話を聞いた上、1階層から3階層までの地図を買ってエランドの町に宿を取った。
明日からはエラス大迷宮攻略開始だ!
これはゲームじゃないし本当の意味で危険だ。それが分かっていても、僕はわくわくする気持ちを抑えるのに苦労した。その夜は遠足前の子供のようになかなか眠れなかった。




