閑話3-6.
次の日になって僕たちの心配通り、マティルダさんが取り調べを受けているという話が聞こえてきた。
「ハル、どうするの?」
「ちょっと、行ってこようか」
僕たちは貴族扱いのS級冒険者だ。無下にされることはないだろう。ほんとうにS級冒険者っていうのは便利だ。それにしても、それを認定する冒険者ギルドは、この世界で大きな力を持っている不思議な組織だ。
僕たちは冒険者ギルドで聞いて、この街の警備にあたっている領主の騎士団の詰め所に向かった。警察署みたいな場所だ。僕たちが話を聞きたいと冒険者証を見せると、期待通りS級冒険者証は威力を発揮して詰め所の一室に通された。
しばらくしてその部屋に入ってきたのは、昨日会ったばかりのゼノスさんだ。僕は内心少しほっとした。ゼノスさんはあのとき、僕の話を聞いてフィルポッドさんの疑いを解いて引き揚げた。少なくとも権力で無理やり犯人をでっち上げるような人には見えなかったからだ。
「また、あなたたちですか」
ゼノスさんはちょっとうんざりしたように言った。中間管理職の悲哀を感じる。
「すみません。マティルダさんが取り調べを受けていると聞いて。マティルダさんとも面識がありまして」
「そうですか。この街には来たばかりと聞いていたのですが、ずいぶんあちこちで活躍しているのですね」
ゼノスさんは皮肉とも本音ともつかない口調で言った。
「それで、取り調べはどうなっているんですか」
僕は単刀直入に訊いた。僕のあまりになんの駆け引きもない言葉にゼノスさんは呆れたような顔をした。
「さすがに捜査上の秘密は」と言いながら辺りを見回すと、近くに他の騎士がいないことを確かめたのか、ゼノスさんは「あの日、マティルダさんは仕事に遅れてきたのです」と小声で言った。
「遅れた理由は分かっているんですか?」
「マティルダさんは体調が悪かったと言っています。そのため午前中のアリバイがありません」
ゼノスさんの話だと、マティルダさんはアンジェラさんが自殺したことにより領主屋敷の使用人を辞めて今は魔道具を販売する比較的大きな店に勤めている。すぐに勤め先が見つかったのは、店主がマティルダさんに同情的だったかららしい。あの日は体調が悪かったと言って昼過ぎになって出勤してきたそうだ。
「それで午前中は誰にも会っていないと言っているんですね」
「ええ、そもそも店が開くのは11時からで朝はあまり早くありません。朝から売れるような商品ではありませんから。それなのにあの日マティルダさんは遅れて出勤してきたのです。従ってリカルド様が殺害された時刻のアリバイがありません」
これは、いかにも怪しい。マティルダさんにはかなり不利な状況だ。
「でも、マティルダさんにC級冒険者のリカルドを殺せそうにないよ」
「ユイ様の言う通りです」
確かに無理そうだ。それに殺した後か、それとも仕事が終わってからなのか、死体をバラバラにして捨てに行くのも大変そうだ。
「確かにそうなんですが、だからこそ油断しているところを突然刺されたとか」
「死因ははっきりしないんですよね」
「ええ、毒殺の可能性だってあります」
この世界の技術ではバラバラ死体から毒を検出するなんていうのも難しそうではある。毒殺なら非力な人でもできる。この世界で毒物が厳重に管理されているとは思えない。
「非力なだけにバラバラにして死体を運んだという考え方もあります」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
「ゼノスさん、僕たちもちょっと調べてみます」
「そうですか。あまり目立たないようにお願いします」
どうやらゼノスさんもリカルドのことがあまり好きではなかったようだ。だからこうやっていろいろと教えてくれるのだろう。娘を亡くしたマティルダさんに同情しているのかもしれない。
★★★
「とりあえず、マティルダさんの家に行ってみよう」
僕たち3人はあのパーティーの夜マティルダさんを送り届けた家に行ってみた。ありふれた家だが割と人通りの少ない辺りにある1軒家だ。親子で領主館の使用人をしていたのだから裕福とは言えないまでも平民としては普通以上の生活をしていたようだ。
「ん? あれは・・・」
マティルダさんの家の前に佇んでいるのはラルフという名の領主館の使用人だ。
「ラルフさん、どうかしましたか?」
「あ、S級冒険者の」
「ハルです」
ラルフは何か心配ごとでもあるのか落ち着きがない。
「失礼ですけど、ラルフさんはリカルドが殺害された日は何をされてました?」
「あの日は休みを頂いて・・・。急に溜まっていた休みをいただけることになりまして家で休んでいました」
「急に?」
「はい。領主様は気まぐれですから」
「なるほど。非番だったのですね。それで今日は?」
「今日はジェイムズ様に頼まれた買い物の途中でちょっと」
ジェイムズ・・・あの初老の執事か。
「マティルダさんはリカルド殺しの容疑者として取り調べを受けています。あの日の午前中のアリバイがないのです」
「午前中のアリバイが・・・」
「ええ、リカルドが殺害されたと推定されている時間帯です。あの日マティルダさんは体調が悪くて仕事場に遅れて来たんです。それでアリバイがないというわけです」
ラルフの額に汗が滲んでいる。
「ラルフさん。僕がプリシラさんに迷惑がかからないようにゼノスさんに伝えましょうか? ああ、ゼノスさんは捜査責任者の騎士の人です」
ラルフは僕の言葉の意味を理解すると驚いたような表情になった。
「どうしてそれを・・・」
「ただの推測です」
「プリシラ様に迷惑がかからないのですか?」
ラルフが念を押す。
「ええ、約束します。ゼノスさんは話の分かる人です。おそらく領主様や殺されたリカルドのことをあまり好いていません。それに僕たち3人はS級冒険者です」
「も、もしそんなことができるのなら、是非お願いします。マティルダさんに迷惑をかけるわけにはいきません」
「分かりました。確認しますけど、あの日の午前中、あなたとプリシラさんの二人はここでマティルダさんに会ったのですね」
「はい」
僕は頷くと「これでマティルダさんのアリバイは証明されました。マティルダさんはすぐに解放されるでしょう」と言った。
ラルフは僕に何度もお礼を言った。そして最後に「プリシラ様のこと、くれぐれもよろしくお願いします」と言って小走りに去っていった。
僕とラルフの会話を黙って聞いていたユイとクレアはラルフが立ち去ると同時に「ハル、説明してよね」、「ハル様、説明してください」と言った。
僕は二人に頷いた。
「プリシラさんとラルフは恋仲なんだ。逢瀬の場所をマティルダさんが提供してたんだ。ここは人通りの少ない場所にある一軒家だからね。ここから先は想像だけど、あの日の午前中、急に非番になったラルフが変装したプリシラさんを連れてマティルダさんの家を訪れた。マティルダさんが仕事に行くちょっと前くらいじゃないかな。仕事の性質からマティルダさんの出勤時間はそれほど早くない。マティルダさんは二人と親しい様子だったから多少雑談なんかもしたかもしれない。マティルダさんはそれで仕事に遅れたんだよ」
プリシラさんは領主の奥さんにしては若い。ラルフは使用人にしてはハンサムで色気のある男だ。それに最初に会ったとき、ラルフは思わずプリシラさんを呼び捨てにしようとしていた。そしてプリシラさんはラルフの瞳の色と同じ緑色の宝石がついた指輪をしていた。クレアの話では好きな人の瞳と同じ色の宝石を身につけるのが庶民の間で流行っているらしい。緑だからエメラルドのようだと僕は思ったんだけど、クレアの話ではそれほど高価な宝石ではないらしいから、ラルフからの贈り物じゃないだろうか。領主の若い三番目の奥さんと使用人の道ならぬ恋だ。
僕は、僕が推測したことを一通りユイとクレアに説明した。
「ユイとクレアがサリーの指輪のことでいろいろ教えてくれたからだよ」
「なるほどね。これじゃあ、マティルダさんもアリバイを話せないよね」
「でもプリシラさんとラルフは本当にマティルダさんが犯人にされそうになったら証言したと思うよ」
「そうかもしれないね」
「ハル様の推理は相変わらず素晴らしいです」
僕たちはこのことをゼノスさんに伝えた。ゼノスさんは予想通りプリシラさんとラルフのことは秘密にすると受け合ってくれた。ゼノスさんは領主には知られないように一応自分でもラルフに確認すると言っていた。しばらくしてマティルダさんはアリバイを証明する者が現れたとして解放された。




