閑話3-5.
その日の朝、僕たちは宿の食堂で遅い朝食をとっていた。今日は狩りには行かずエイダンの街でゆっくりする予定だ。
入口から数人の騎士が入ってきた。
「主はいるか」
「はい」と言いながら厨房から主人のフィルポッドさんが出てきた。女将さんも何事かと顔を出した。
「リカルド様が殺された」
「へっ?」と間の抜けた声を出したフィルポッドさんが「リカルド様が?」と聞き返した。
「そうだ。お前は昨日は何をしていた」
「何って、いつものように宿を経営してましたけど?」
リカルドが殺された・・・。まあ、リカルドは嫌われていたからなー。騎士の質問の仕方からするとフィルポッドさんは疑われているのか。
「午前中はずっとここに居たのか」
「いえ、朝食の提供が終わった後、ちょっと買い出しに行きました」
「それを証明することはできるのか?」
「いや、証明って言っても・・・」
フィルポッドさんはいわゆるアリバイを聞かれているようだ。ということはリカルドさんが殺されたのは昨日の午前中なのだろか。
「じゃあ、とりあえずフィルポッドといったかそれに女将、騎士団の詰め所まで来てもらおうか」
「ちょっと待ってください」
「何だ、お前は関係ないものは黙ってろ」
僕はS級の冒険者証を見せる。
「え、まさか。そう言えば・・・」
「先日はご領主様からも夕食に誘われました」
S級の冒険者は貴族扱いだ。
「あー、こっちの二人もS級冒険者です」
「そ、そうですか。しかし私たちはリカルド様殺しの容疑者を取り調べる必要があります。エジル子爵はとても悲しんで、そして怒っておられます。我々としても」
「そうでしょうね」
僕はフィルポッドさんに向き直ると「昨日の午前中は買い出しに行っていたと言いましたよね」と尋ねた。
「ええ、そうです」
「買い出しに行った店は覚えていますか?」
「もちろん」
フィルポッドさんは食材を売っている店など3ヶ所を上げた。
「その店に行って話しを聞いてきたらどうでしょう? えっと」
「ゼノスだ」
「ゼノスさん、どうでしょうか?」
騎士のリーダーらしきゼノスさんはちょっと考えていたが貴族扱いのS級冒険者証の威力に負けたのか部下の一人に「フィルポッドを連れて行ってこい」と指示した。
「ハル様、私もついて行ってきます」
「クレア、ありがとう」
こうしてゼノスさんの指示を受けた騎士とフィルポッドさん、それにクレアの3人は宿を出ていった。女将さんはそれを心配そうに見送った。
「ゼノスさん、今のお話ではリカルドさんは昨日の午前中亡くなられたようですね。しかも自殺とか事故ではなく殺された?」
あのリカルドが自殺するとは思えないけど・・・。
「自分をバラバラにして自殺する者はいないし事故もありえん」
「バラバラ?」
ゼノスさんはしまったという顔をした。
そのあとS級冒険者証の威力も借りながらいろいろ質問した結果、リカルドが今朝自宅の裏庭でバラバラ死体で発見されたことが分かった。リカルドはエジル子爵の屋敷ではなく別に家を借りて住んでいたらしい。家には悪友たちが出入りしていたらしいから、そのほうが都合がよかったのだろう。その悪友の一人がバラバラ死体を発見した。領主の騎士団の治療師の見立てではバラバラにされた傷口の様子から死亡推定時刻は昨日で、しかも午前中の可能性が高いらしい。この世界の法医学のレベルは分からないが、そんな感じらしい。ブリガンド帝国での事件みたいにアイテムボックスが使われたら死亡時刻はいくらでもごまかせる。だけど、今回はさすがに違うだろう。この街にそんな上位の冒険者がいるって話も聞かない。まあ、いないと確認したわけでもないけど、今のところ事件の関係者に上位冒険者は登場していない。
「ねえ、ハル」
「うん」
「バラバラにされたっていうのは、それだけ恨まれてたってことかな?」
「どうだろ。そうかも知れないし」
「ハルの好きなミステリーなら、死体をバラバラにする理由は、恨み、死体を処理しやすくするため、あとは致命傷になった傷を隠そうとする・・・とか?」
ユイも僕の影響なのか結構ミステリーには詳しい。
「えっと、ゼノスさん、そのバラバラになった死体ですけど、結局どれが致命傷になったのか分かってるんですか?」
「分からない」
ユイの上げた3番目を確かめようと尋ねてみたが分からないらしい。まあ、この世界の医療技術ではそうだろうとは思っていた。
女将さんはそんな僕たちの会話を心配そうに聞いている。そうこうしているうちに確認に行った騎士とクレアがフィルポッドさんと一緒に戻ってきた。
「ゼノス様、主人のフィルポッドの言った通りでした。3つの店でフィルポッドが買い物をしたと確認できました」
クレアも頷いている。
「うーん、主が買い出しの間にリカルド様を殺害してバラバラにして・・・裏庭に・・・。ちょっと無理か。それなら女将が」
「あたしはずーっと宿にいましたよ。旦那がいない間も宿は開けてますからね」
ゼノスさんは考え込んでいる。絶対とは言えないが、そもそもC級冒険者であるリカルドを女将さんが宿の仕事の合間に殺してバラバラにするなんてできるとは思えない。
「隊長、逆にここでリカルド様が殺された上、バラバラにされて運ばれた可能性もあるのではないでしょうか?」
ゼノスさんの部下の騎士の一人が指摘した。なかなか鋭い。死体を運びやすくするためにバラバラにしたとすれば辻褄も合う。だけど・・・。
「それだとフィルポッドさんが出歩いていたのと矛盾しますね」
リカルドを殺害しバラバラにしたのなら当然女将さん一人ではなくフィルポッドさんも一緒でなければおかしいだろう。それとも殺害してからフィルポッドさんは出歩いていたのか。もしかして、そのときにバラバラにした死体を持ち出したのか。
「クレア、買い出しに行ったフィルポッドさんが何か大きな荷物を持っていたとか、そんな話はあった?」
「いえ、特にそんな証言はありませんでした」
「フィルポッドさん、午後からはどこかへ出かけましたか?」
「いえ、ずっとここにいました」
「それを証明する人は?」
「どうでしょうか? 宿泊客の人はいましたけど」
僕は頷くと「ゼノスさん、そもそもここでリカルドを誰にも気づかれずに殺害すること自体が無理な気がします。殺害されたのが午前中だとしたら、まだ宿泊客もかなりいたでしょうしね。買い出しに行っていたのが証明されたのですから、フィルポッドさんが他の場所で殺すのも不可能です」と言った。
「それとも宿泊客に尋ねて回りますか?」
僕の言葉にゼノスさんはしばらく考え込んでいたが「やっぱり無理があるか。お前たち、急いで他を当たるぞ」と部下に声をかけると出ていった。
「いやー、ハルさん、ありがとうございました。おかげで容疑が晴れました」
「とりあえずは、そうみたいですね」
「それにしてもクレアさんが一緒に来てくれて助かりました。S級冒険者が一緒なら騎士もいい加減なことはできませんからね」
フィルポッドさんが宿の立ち退きの件で困っていることはみんな知っていた。フィルポッドさんにとっては死活問題だ。嫌がらせも酷くなっていたし相手は領主の息子だ。裏にはエリック・ホロウ、悪名高いホロウ男爵の息子もいた。それで一番に疑われたのだろう。
フィルポッドさんは「それにしても、誰だか知りませんがリカルド様を殺してくれて助かりました」と小声で言った。
これで裏にいるホロウ商会が諦めてくれればいいんだけど・・・。
皇帝派貴族は、今はそれどころじゃないはずだ。皇帝ネロアはすべての罪をヴァルデマール公爵に押しつけて事態の収集を図った。それでも多くの黒騎士団員と白騎士団員がサリアナたちを目撃している。サリアナは黒騎士団の味方だと演技してくれた。そのためヴァルデマール家だけでなく皇帝が、バルトラウト家が魔族と繋がっているのではないかという噂がこの国に静かに広がっている。
「ところで、フィルポッドさん。リカルドが殺害されたとすればフィルポッドさんたち以外に疑われそうな人はいますか?」
宿を経営しているフィルポッドさんならこの街の人間関係にも詳しいのではと聞いてみた。
「そうだなー。リカルド様は正直、ほんとんどの人に嫌われていた。だが殺すほどってことになると・・・。まあ、やっぱり立ち退きの件で嫌がらせを受けて商売にも影響が出ていた俺たちが確かに一番怪しいってことになるのかなー。やっぱりハルさんたちのおかげで命拾いしたようです」
フィルポッドさんは、改めて安堵の表情を浮かべた。女将さんもそれを見てホッとしたように頷いている。
「俺たち以外ってことになると。やっぱりマティルダさんとサリーたちってことになるのかな」
フィルポッドさんによるとマティルダさんは娘さんを自殺に追い込まれてフィルポッドさんたち以上にリカルドを恨んでいた。実際に死ねばいいとか殺してやるとか言っていた。僕たちも聞いた。
そしてサリーたちだが、毎回のように冒険者として狩りに付き合わされていただけでなく、リカルドはサリーに執着しており、リカルドの立場から簡単に拒絶し難く見かけ以上に困っていたとの話だ。
「俺はマティルダさんやサリーたちを疑っているんじゃありません。あくまで動機があるっていう話です」
考え込んでいる僕を見たフィルポッドさんは、慌ててそう付け加えた。




