閑話3-4
領主館での騒動の後、僕たちは普通に冒険者活動をしている。
今日は猪の魔物であるグレートボアの討伐依頼を受けて紅の森にと呼ばれる狩場に来ている。猪の魔物としてはワイルドボアとグレートボアの2種類がよく知られている。どちらも下級だけどワイルドボアが下級中位なのに対してグレートボアは下級でも上位だ。グレートボアはワイルドボアに比べるとかなり大きく下級とはいえ危険な魔物だ。
僕たちの目的はもちろんグレートボアのほうだ。猪の魔物の討伐依頼はほとんどがその肉を目的としたものでグレートボアのほうが味が良いとされている。
僕たちはこれまであまり猪の魔物の討伐依頼を受けなかった。目的が肉である以上、丸ごと持ち帰る必要があるからだ。僕たちは荷物持ちを頼まずに活動しているので丸ごと持ち帰るのは大変だ。だけど、こないだブラッディベア狩りのときに、プニプニに獲物を運ばせてみたら、意外にプニプニはやる気を見せ、あまり魔物を恐れることもなかった。それで今日もプニプニを連れてきた。
冒険者ギルドで借りた荷車のようなものをプニプニに牽かせている。すでに荷台には3体のグレートボアの死体が積まれている。
「それにしてもグレートボアって思ったより大きいよね」
ユイの言う通りでグレートボアはとても大きい。人だって丸のみにできそうだ。牙も大きい。いくら力持ちのプニプニでもこれ以上載せるのは止めておいたほうがいいだろう。プニプニに無理はさせられない。
クレアが心配そうにプニプニを撫でている。
「まだ早いけど、そろそろ帰ろうか」
いくら巨大猪といっても、下級上位程度では僕たち3人の敵ではない。まだ僕たちには余裕があるし半日も経ってない。だけど、これ以上討伐しても持って帰れない。まあ、無理をすればそれぞれが持っているアイテムボックスに一匹づつなら入るだろうけど、まあ止めておこう。
というわけで僕たちはまだ昼頃だというのにエイダンの街に帰ることにした。
そういえば、今頃コウキたち4人はどうしているだろうか?
コウキはルヴェリウス王国の王になると言っていたが、具体的な計画はまだ無いようだった。なにか隠しているような気もしたけど・・・。
とりあえず武闘祭での優勝により勇者コウキの名声は高まった。ここエイダンでも勇者コウキの噂をよく聞く。それに、あのグノイス王はかなり残虐な王で敵も多いらしい。王都の外に出たのは実践訓練のときだけだったので、あの頃はそこまでは気がつかなかったが、民衆に人気のある王とは言えないようだ。
それでも政変を起こしてコウキを王にするのは簡単ではない。今回の帝国の件を見ても分かる。できれば・・・。
「ハル様」
クレアの声に僕は我に返った。
森を抜けて中央山脈から北西に向かって流れる川に沿った辺りだった。この川は蛇行しながら最後は大河となりシデイア大陸とヨルグルンド大陸の間の海に流れ込む。シデイア大陸とヨルグルンド大陸は別の大陸とされているが実は瓢箪のように間の部分が狭くなっているだけで陸続きだ。
「向こうに冒険者の姿が見えます」
河原に3人の冒険者が見える。昼時だから休憩しているのかもしれない。
「ハル、あれって」
「うん」
あれはリカルドと一緒にいた3人組だ。確かサリー、コール、アデルだったか。向こうも気がついたようでこっちを見てる。
しばらく僕たちを見ていたが、紅一点のサリーが「あっ」と小さく声を上げるとこっちに近づいてきた。
「確かS級冒険者の方たちですよね」
そう尋ねてきたサリーの顔がちょっと赤い。
「えっと、確かサリーさんですよね」
「え、なぜ私の名前を?」
「ちょっと冒険者ギルドで小耳に挟んだんだ」
サリーはちょっと考えて「そうか、リカルドさんと一緒のとこを見たんですね」と言った。
「実はそうなんだ」
サリーは「あの人、色んな意味で目立ちますもんね」と言って苦笑いを浮かべた。
聞いてみると、リカルドは毎日冒険者として活動しているわけではないらしい。ただ、最近では冒険者として活動するときは毎度サリーたちが誘われるようで、断ることが難しいのでサリーたちも困っているらしい。
僕たちはなんとなくサリーたち三人と合流するような格好になった。三人の近くにはプニプニに牽かせているのと同じような荷車が置いてあり一体のグレートボアの死体が載せられていた。僕たちとおなじようにグレートボアを討伐したようだ。
「私たちまだD級なんです。荷物運びを雇うのは贅沢なので自分たちで運んでるんです」
「そうなんだ。でもグレートボアを討伐したんだね。僕たちもだよ」
プニプニが引いている荷車の上を見たサリーは「そうみたいですね。でも3体もなんて。それに私たち本当はグレートボアじゃなくてワイルドボアを討伐するつもりだったんですけど、たまたまクルリがグレートボアを見つけたんで思い切って挑戦してみたんです」
「クルリ?」
「私の従魔なんです」
サリーが空を見上げると小さな鳥のような魔物が降りてきてサリーの肩に止まった。
「ベルナルドさんの言ってたジメルって魔物だね」
「ベルナルドさんから聞いたんですか」
「うん」
「クルリっていうのは私が付けたこの子の名前なんです」
「可愛いですね」
見るとクレアが近くに来て触りたそうにしている。
「触ってもいいですよ」
サリーの言葉に「いいんですか」と言いながら、クレアがそっと手を伸ばした。逃げるんじゃないかと思ったけど、サリーが「クルリ」と小さく声を掛けると、クレアが触ってもクルリはじっとしていた。
「可愛い」と言ってクレアは満面の笑みを浮かべた。それを見たプニプニがなんか鳴き声を上げたような気がした。嫉妬したのかもしれない。ユイも気がついたのかプニプニを撫でている。
「クルリは戦闘には役に立ちませんけど、獲物を見つけてくれたりします。ちょっとした連絡にも使えます。それになんと言っても可愛いんです!」
サリーの言葉にクレアがうんうんと頷いている。
「あ、すみません。私ったら、えっと、こっちはコールとアデルです」
サリーと同じくらいの年の二人の青年が小さく頭を下げる。緊張しているのかサリーと僕たちが話している間も黙ったままだった。サリーもだけど、二人は僕たちと同じか少し年上くらいに見える。二人とも剣士だ。剣だけでなく小さな丸い盾も持っているほうがアデルだ。
よく見ると二人の盾や装備はかなり汚れている。サリーが、ワイルドボアの討伐が目的だったけど思い切ってグレートボアに挑戦したと言っていたから激戦だったのかもしれない。グレートボアはワイルドボアに比べるとかなりの巨体だし下級といっても上位で中級に近い魔物だから若いD級の冒険者にとっては強敵だ。
僕が二人の装備を見ているのに気がついたのか「実は、グレートボアにかなり苦戦してしまって・・・」とサリーが恥ずかしそうに言った。
「でも最後はサリーの岩石弾で倒すことができたんです」
そう言ったのはアデルだ。そういえばサリーはアデルのことが好きなんだと聞いたような気がする。
「僕たちは」
「えっと、ハルさんですよね。それに女性の二人はユイさんにクレアさんですよね」とアデルが言った。
「よく知ってるね」
「当然ですよ」とアデルが答え「エイダンにS級冒険者が来るなんて滅多にないですから。それに私たちと同じくらいの年の人だなんて、すごい噂になってます」とサリーが付け加えた。
それを聞いたユイとクレアは照れくさそうにサリーたち3人に「ユイです」「クレアです」と挨拶した。
僕たちは、よく史上最年少のS級冒険者なんじゃないかと言われるけど本当のところは分からない。
そのときクルリがサリーの肩の上で「ピー」と鳴いた。ほとんど同時にユイが「ハル!」と言った。しばらくすると僕にもその気配が感じられた。僕たち3人の中で一番魔力探知が優れているのはユイだ。
「ハル様、中級くらいの気配です」
「そうみたいだね」
こっちに近づいてきている。グレートボアの血の匂いに釣られているのかもしれない。中級だとサリーたち3人にはきついだろう。
「ちょっと行ってくるね」
僕たち3人が近づいてくる魔物を討伐しに行こうとすると「僕もついて行っていいですか?」とコールが訊いてきた。
僕がユイとクレアのほうを見ると小さく頷いたので「いいよ」と短く返事をして、すぐに気配の方へ向かった。
僕たち3人とコールは河原に沿ってしばらく走ると森へ入った。気配が近づいてくる。
「ブラッディベアか。やっぱり中級だ」
僕たちには問題のない相手だが油断はしない。戦いとは常に実力通りに決着するとは限らないからだ。
「岩石錐!」
こっちに向かってきたブラッディベアは、ユイの魔法により突然足元に現れた岩のドリルに足を取られて前のめりに態勢を崩した。
ズサッ!
ジャンプしたクレアが態勢を崩しているブラッディベアの頭に大剣を叩きつけた。ブラッディベアは頭を庇うように両腕でクレアの剣受けた。
「ぐおー!」
叫び声を上げたブラッディベアの腕は半分千切れたようになって血が滴っている。クレアは更にブラッディベアの腹を横薙ぎに斬った。
どうっと音を立ててブラッディベアが仰向けに倒れた。ブラッディベアはまだ立ち上がろうとしている。さすが中級だ。
「氷弾!」
起き上がろうとしたブラッディベアにユイの氷弾が命中した。しかも傷ついた腹にだ。
「ぐうぅー!」と呻き声を上げたブラッディベアをクレアが袈裟懸けに斬った。今度はうつ伏せに倒れたブラッディベアだが再び起き上がることはなかった。
うーん、僕のすることはなかった・・・。
「凄い! でもこれは参考にならないっていうか、真似するのは無理みたいです」
コールはそう言って僕を見た。
「そうかもね」と言って僕も苦笑いを浮かべる。
こうして無事ブラッディベアを倒した僕たちはサリーとアデルのところへ戻った。
「いやー、凄かった。こんな感じでね」とコールはサリーとアデルに説明している。
倒したブラッディベアをサリーたちに譲ろうとしたが固辞された。確かにユイとクレアで倒した獲物を無理に譲るのは、むしろ失礼な気がした。彼らはD級とはいえ、一人前の冒険者なのだ。
結局、アイテムボックスに一番空きがあるユイがブラッディベアを収納した。僕のアイテムボックスにはイデラ大樹海で得た魔物の素材がまだ入っている。クレアのには野営のための道具など冒険者グッズがいろいろ入っている。
「それじゃあ、僕たちはエイダンに戻るよ」
「はい」
まだ昼をちょっと過ぎたばかりであり、もう少し狩りをすると言うサリーたちと別れて、僕たちはエイダンに向かった。
「サリーとアデルは相思相愛みたいだね」
「確かサリーがアデルを好きなんじゃないかって、冒険者ギルドで聞いたよね」
「アデルのほうもサリーが好きだと思うよ」
ユイが自信たっぷりに言った。
「なんで、分かるの?」
「サリーが青い宝石がついた指輪をしてた」
「それが?」
「もうー、鈍いなー。アデルって青い目をしてたよ」
なるほど。好きな人の瞳の色と同じ色の宝石を身につけているのか。
「ハル様、自分の瞳の色と同じ色のカロル石が付いたアクセサリーを好きな人に贈るのは庶民の間ではよくあることです。あれはアデルがサリーに贈ったんだと思います」と荷車を牽くプニプニを撫でながらクレアが言った。
「庶民? カロル石?」
「はい。貴族は色とかより高価な宝石を好みます。あの宝石はそれほど高価なものではありません。他にも赤や緑などいろいろな色のものがあってカロル石と呼ばれているんです。残念ながら・・・黒はありません」
やっぱりクレアも女の子だ。僕は一人頷いていた。
なんと本作が初めてジャンル別の日間ランキングに載りました。一日だけのランキングかつ総合ではなくジャンル別ではありますが、とてもうれしいです。奇しくも今日で連載を始めてちょうど半年が経ちました。半年間、毎日投稿したご褒美を貰えたのかなと思っています。これもここまで読んで下さっている読者のおかげです。これからもよろしくお願いします。




