閑話3-3.
「領主様が僕たちを招待したい・・・ですか?」
その朝冒険者ギルドに入ると、ギルドマスターのクライフさんが出てきて話しかけてきた。どうやらS級冒険者が街に来ていると知った領主であるエジル子爵が僕たちを夕食に招待したいらしい。
「ああ、S級冒険者がこの街を訪れているって情報を得たらしい。しかも」
「そのうち二人は若くて美人だと聞いた。そんなとこですか?」
「まあ、そうだろうな」
クライフさんはユイとクレアを見る。
どうするか? 断りたいところだけどあの馬鹿な三男のこともある。ちょっと行ってみるか。
「えっと」
「ハルは行ってみようかと思ってるんでしょう?」
「実はそうなんだ」
「いいよ」
「ハル様、私もかまいません」
クレアはあまりそういう場は好きそうじゃないけどそう言ってくれた。まあ、僕とユイもそんなに好きではない。でもなんとなくリカルドのことが気になった。
ユイとクレアの了解も得られたのでクライフさんに招待に応じる旨を伝えて、その日の冒険に出た。クライフさんは明らかにほっとしたような表情をした。なんとなく領主の人となりが伺える。
その日から数日が経ち領主との約束の日になった。約束通り夕方に迎えの馬車が宿にやってきて僕たちは領主館に向かうことになった。領主館に着いた僕たちは広間に案内された。
「招待されたのは僕たちだけじゃなかったみたいだね」
通された広間では30人くらいの人がグラスを手に歓談していた。この街の有力者や領主に仕える貴族たちだろうか。夫婦で来ている人たちもいる。ケモミミの可愛らしいメイドが招待客の間を縫うように動き回り飲み物を配っている。
僕たち3人が広間に入っていくと「あれは?」とか「たぶんS級の冒険者の」などの声が聞こえてきた。中には「凄い美人だな」なんて下心のありそうな声も混じっている。
僕たちはあらかじめ聞いていたのでドレスコードはクリアしているはずだ。ユイもクレアもいつも以上にその美人度が増しているから、その声を一概に非難することはできない。
夕食に招待されたと思ったのだが、実際には小規模なパーティーだった。いわゆる立食パーティーで歓談が主な目的のようだ。ホールの隅には数人の楽団員がいて音楽を奏でている。
「ピアノとかヴァイオリンに似た楽器もあるね」
「ピアノっていうよりチェンバロみたい。ピアノほど強弱が付けられないように聞こえる」
「ふーん、そうなんだ」
ユイとそんな会話をしている間にも招待客が次々に声を掛けてきた。やはりS級冒険者3人のパーティーは珍しいようだ。ましてエイダンはそれほど大きな街でもない。
最初に挨拶を交わしたのは領主であるエジル子爵夫妻だ。エジル子爵は茶色の髪を伸ばした音楽室に飾られている肖像画の一人のようなキザな男だ。夫人のほうは子爵の倍はあろうかというふくよかな女性だ。ここに来る前に聞いた話ではエジル子爵には複数の妻がいるらしいが僕たちと挨拶したのは第一夫人だけだ。夫妻は見たところは普通の貴族だが、リカルドをあれだけ甘やかしているのを知っているのであまり好感は持てない。そのリカルドは今日はいない。その代わり長男と次男、それにその夫人たちとは挨拶を交わした。
領主夫妻から「思った以上に若いですね」などお馴染みの言葉を掛けられた後、これまでの冒険の話を適当にしてお茶を濁した。領主夫妻が帝都ガディスでの出来事をどれだけ知っているのかは分からない。ただ、ネロア様のおかげで魔族も撃退され魔族と繋がっていたヴァルデマール侯爵が捕まって良かったと話していた。
招待客たちと一通りの挨拶を終えた頃、ユイが「ハル、クレアと踊ってきたら?」と言った。
ホールを見ると思い思いに歓談したり料理に舌鼓を打ったりしている人たちの中で、3組ほどのカップルが音楽に合わせて踊っていた。見たところ正式なものではなくお遊びみたいな感じだ。
「それならユイ様が」
「私はちょっと疲れたしいいかな」
ユイが片目を瞑って僕を見た。帝都ガディスではビダル家のこともありクレアは大変だった。幸いクレアは自分の心にけじめをつけることができたようだった。そんなクレアを労えとユイは言っているんだろうか。
「それじゃあ、クレアいいかな」
「は、はい」
僕はダンスなんかしたことはない。だけど、この場は正式なダンスパーティーってわけではなく、ほかの踊っている人たちを見ても話をしながら戯れている程度だ。
僕はクレアの手を取ってホールの空いている辺りまで進む。そして、僕とクレアはお互いにお辞儀をして踊り始めた。踊りと言っても曲のリズムに合わせて体を動かしているだけだ。クレアはもともと運動神経がいい上に、ビダル家で一応貴族としての作法は習っている。僕はクレアにリードされ思ったより気持ちよく踊ることができた。
「ハル様、ビダル家のこと、レオナルド様のこと、ありがとうございました」
「ううん。それよりクレアは義理とはいえビダル家の娘だ。ビダル家に残らなくて良かったの?」
「ハル様」
ちょっと怒ったような顔したクレアは「私の居場所はハル様とユイ様のおそばです」と言った。そんな僕とクレアをユイが見守るように眺めている。
そのとき突然大きな物音がすると中年の女性がホールに入ってきた。あれは確か・・・。
「マティルダ、止めるんだ」
そうだマティルダさんだ。宿でリカルドことを「あんなやつ死ねばいいんだ」って言っていた女の人だ。
執事らしき人がマティルダさんを止めようとしているが、それを振り払って広間に入ってきたマティルダさんは「今日はリカルドはいないのかい」と叫ぶように言った。
「マティルダさん困りますな。今日は御覧のように親しいものを呼んでのちょっとしたパーティーなんですよ。マティルダさんは招待してないはずですが」
エジル子爵が皮肉な口調でマティルダさんに言った。
「そりゃそうだろうね。もうアンジェラはいないんだから。今日はこれを返しに来たのさ!」
マティルダさんが何か袋のようなものを床に投げつけた。バンと思った以上に大きな音がした。床に落ちたその袋からは金貨が覗いていた。
エジル子爵の表情が一変した。
「もともとアンジェラのことは当家とはなんの関係もないことだ! 一応心遣いをしてやったというのに。恩を仇で返すとはこのことだ!」
エジル子爵の顔は怒りで真っ赤になっている。
「なんの関係ないだって! お前のとこのバカ息子のせいだろう!」
「言葉が過ぎるぞ!」
エジル子爵の声がますます大きくなる。
「いいや、まだ足りないくらいだよ」
マティルダさんは一歩も引かない。
「ジェイムズなんで入れたんだ」
エジル子爵は今度は執事を叱責する。
「旦那様申し訳ありません。どうやら使用人の中に手引きしたものが」
「くそー、すぐに探し出して首にしろ」
「そうは言われましても、一体誰が」
「うるさい、急げ。それとドミトリーに言ってマティルダをつまみ出せ!」
「は、はい」
しばらくすると大柄な騎士が部屋に入ってきた。たぶんこの騎士がドミトリーなんだろう。ドミトリーはマティルダさんの手首を掴むとそのままねじ上げようとしたが、それはできなかった。
僕がドミトリーの反対の手をねじ上げたからだ。異世界人の身体能力強化を使えばこんなもんだ。
「い、痛い、痛い! 離せ!」
「ね、こんなことされたら痛いでしょう。まして女性になんて褒められたことではありませんね」
なんだか一同の注目を浴びてしまった。
「ユイ、クレア」
ユイとクレアが僕の合図でマティルダさんの両側に立つとそのまま3人で部屋を出て行った。
「僕も行ってきますね」
領主夫妻を始め一同は唖然として僕たちを見送った。僕たちは3人ともS級冒険者で貴族扱いだ。子爵なら同格か僕たちのほうが上くらいだろう。
屋敷を出てしばらくすると「もう暴れたりしませんから」とマティルダさんが言うのでユイとクレアは手を離した。
「一体なんであんなことを」
「リカルド様がマティルダさんの娘のアンジェラさんを弄びその結果アンジェラさんが自殺したからですわ」
振り返ると女性が立っていた。明らかに使用人ではない。エメラルドような宝石がついた指輪を嵌めているし、だいたい服装が貴族のそれだ。
「貴方は?」
「この屋敷の主の3番目の妻ですわ。プリシラといいます」
エジル子爵の妻というわりにはずいぶん若い。
プリシラさんから話を聞いてみると、マティルダさんと娘のアンジェラさんは親子でこの屋敷に勤めていた。アンジェラさんはなかなかの美人で性格も良かったそうだ。だがそれが悪かった。リカルドの目に留まったのだ。リカルドは強引にアンジェラさんに迫った。アンジェラさんは拒否していたが相手は領主の息子。最後は断り切れず、まあ、なんだ、そんな関係になったらしい。リカルドはアンジェラさんを側室するとか、そんなことを言っていたらしいが、リカルドは結局アンジェラさんに飽きた。そしてアンジェラさんは捨てられ自殺した。アンジェラさんは妊娠していたらしい。つい最近のことだという。しかもリカルドはアンジェラさんの前にも使用人に手を出し似たような事件を起こしているらしい。間違いなくクズだ。
そんな胸の悪くなるような話を僕たちは聞いた。
ユイは形の良い目を吊り上げて怒っている。クレアは灯りの付いた屋敷を方を睨んでいる。
「私はアンジェラと似たような経緯でこの家の一員となったのです。親子で似たようなことをしているのです。私がアンジェラと違っていたのは、私の実家が平民とはいえ多少裕福だったこと、そして私がアンジェラほど繊細ではなかったことですわ。おかげで今では領主の第三夫人におさまっているというわけですの」
そのとき使用人の男が近づいてきた。濃い緑色の髪に髪と同じような色の瞳だ。使用人にしては品がいいというかちょっと色気のある男だ。
「プリシラ・・・様、早く会場に戻ったほうが。プリシラ様がいないことに伯爵様が気がつくかもしれません」
「ふん、私のことなんて気にしているとは思えないけど・・・。まあ、ラルフの言う通り戻ることにするわ。それじゃあ、S級冒険者さん、マティルダを助けてくれてありがとう。ドミトリーが全く相手にならないなんて、やっぱり凄いわね。ちょっと気分がよかったわ」
そう言ってプリシラさんは屋敷のほうに去った。
「マティルダさん、行きましょう」
僕たちはマティルダさんを連れて屋敷を出ることにした。そういえば門はどっちだっけ?
「こっちです」
僕が迷っていることに気がついたラルフという名の使用人が先に立って案内してくれた。もしかするとマティルダさんを屋敷に入れたのはこのハンサムな使用人ラルフかもしれない。
「ラルフ早く持ち場に帰れ」
振り返ると初老の執事がいた。
「このことは旦那様には黙っているから、気付かれないように持ち場に帰れ。それからハル様、マティルダをよろしくお願いします」
「分かりました。突然の退席となってしまいましたが領主様にはよろしく伝え下さい」
「かしこまりました」と言うと初老の執事は歳の割にはしなやかな動きで踵を返した。領主親子はずいぶんと嫌われ者のようだ。無理もない。
第5章の最後に「第5章までの登場人物紹介」を挿入しました。




