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閑話3-1.

 短編ミステリー仕立ての閑話ですが、本編に関係のある記述も含まれていますし、本編に関係のある人物も登場しますので飛ばさないで読んで下さいね。

 僕たちは帝都ガディスを出て北東に進んでいる。ガルディア帝国北東の国境線は中央山脈の北でドロテア共和国とエニマ王国の二つの国と接している。

 僕たちの目的地はドロテア共和国を形成する5つの公国の一つジルギル公国だ。四天王サリアナに行ってみろと言われた場所だ。


 僕たちが到着したのはエイダンと呼ばれている街だ。エイダンは、僕たちにもお馴染みのハヴィランド家が治める帝国3番目の都市エーデルシュタッドを領都とする地域からさらに北東に行った場所にある街だ。国境付近には黒騎士団が常駐している砦もある。そしてこの辺りを治めるのはエジル子爵でエイダンは領都だ。


 エイダンの街に入った僕たちはプニプニと僕が乗ってきた馬を預けると冒険者ギルドに向かった。僕たち3人は貴族扱いされるS級冒険者であり冒険者ギルドがある街に到着した場合、一応ギルドに報告するようにしている。コウキたちからの連絡が入っていないか確認の意味もある。


「こんなに若いS級冒険者には初めて会ったよ。しかも3人ともとは」


 ギルドマスターのクライフさんから、いつものように僕たちの若さを驚かれた後、挨拶を済ませた僕たちは宿を取るためギルドを出た。現状僕たちは旅を急いでいるわけではないのでしばらくこの街で冒険者として活動するつもりだ。

 ギルドを出るとき4人の冒険者にすれ違った。リーダーらしい30才前後の男が3人の若い冒険者を従えている。リーダーらしき男がチラっとユイとクレアに目をやったのに気がついたが、そのまますれ違った。ユイとクレアは美人なのでよくあることだ。ただ、その男の目つき悪かったのと若い3人と比べて一人だけずいぶん高級そうな装備に身を包んでいたのが記憶に残った。


 通りをしばらく歩いた後、ユイが「さっきの男の人、なんか感じが悪かったね」と言った。それにクレアと僕も頷いた。


「一人だけいい装備だったから貴族かもしれないね」

「そうね」


 この世界では貴族でも家を継がない人が冒険者になることはある。ユイがキュロス王国で入っていた『聖なる血の絆』もそんな貴族の子弟が集まったパーティーだった。


「そういえばオスカーさんたち元気かなー。ユウトくんにも伝えたから私が元気だって伝えてくれるといいんだけど」


 ユイは大陸の南に行くといったユウトたちにギネリア王国のことや『聖なる血の絆』のことも熱心に話していた。


 神聖シズカイ教国の事件の後、僕たちはギネリア王国のテルツに寄ってオスカーさんたちに、無事僕とユイが再開したことを報告した。その夜、みんなで大騒ぎをしたことを僕は懐かしく思い出した。


 僕たちはギルドにほど近い場所に宿を取った。エイダンは帝都ガディスやエーデルシュタッドほど大きな街でない。ギルドのある辺りが街でも一番賑やかな区域のようだ。

 いつものように二部屋を取った。これもいつものように僕が一人部屋だ。そして夕食までの間、僕の部屋で3人で雑談をしている。

 ユイとクレアは髪型がどうだとか、日本と比べてこっちの服がどうだのと女の子らしいことを話している。クレアはユウトの仲間のルルさんやシャルカさんの服装が気になっていたみたいだ。あれは素晴らしかった。こうしてみるとユイとクレアはずいぶんと仲良くなった。相変らずクレアは僕とユイに対して丁寧に喋るし使用人のような態度を崩さないが、二人の間にある雰囲気には姉妹のようなものがある。実際の年齢とは逆でユイがお姉さんのようだ。


「ハルどうかしたの?」

「ううん、なんでもない」

「・・・」


 クレアは首を傾げて僕とユイを見ている。なんとなく僕はおかしくなって「ちょっと幸せだよね」と言った。僕の言葉に今度はユイとクレアが顔を見合わせている。 


そのとき何か下のほうで人が争うような声が聞こえた。


「なんか騒がしいね」

「うん」


 僕たち3人は好奇心には逆らえず一階に降りていった。


「おい、いつになったら店をたたんで出て行くんだ!」


 男が宿の主人と女将さんに凄んでいる。


「ハル、あの男の人って」

「うん、さっきギルドで見た冒険者の人だよね」


 間違いない。さっきギルドですれ違った感じの悪い冒険者だ。


「あれはリカルド、ここの領主の三男さ」


 僕たちと同じように男の様子を観察していた中年の男の人がそう教えてくれた。男の人は宿泊客ではなく夕食を食べに来たようだ。


「今日は他へ行くかな。ここの飯は旨いんだけどな」と言って男は出て行った。

「これって、営業妨害ってやつだよね」とユイが言った。隣でクレアも怖い顔で頷いている。


 男はしばらくあれこれと反社会的勢力の人のように凄んだ後、やっと出て行った。その間に食堂にいた客はほとんど出て行ってしまった。残っているのは僕たちと同じ宿泊客だろう。


「お客さん、すみませんね」

「いえー」

「これじゃあ、食堂のほうは商売上がったりだ」


 主人は暗い顔で言った。


「あんたどうするんだい」

「どうするも何も、俺たちにここで宿屋をやる以外に何ができるってんだ。昔からの馴染みの客だっているのに」

「えっと」

「フィルポッドだ」

「えっとフィルポッドさん。あの領主の三男とかいうリカルドでしたっけ。一体なんであんなことを」

「なんでも、王都で有名な商人がこの場所に支店を出したいそうなんだ」

「それと、リカルドに関係が」

「ああ、その商店の息子っていうのがリカルド様の学生時代の友人とかいう話だ。たしかエリック・ホロウだ」

「ホロウ!」


 ホロウと言えばカイゲル・ホロウ男爵だ。ホロウ男爵は評判の悪い新興貴族だ。商人から成り上り白騎士団蜂起の切っ掛けにもなった皇帝派の貴族だ。ホロウ男爵は東側諸国との交易、その中には違法奴隷取引や密輸に近いものも含まれる、で財を成し男爵に成り上った。ホロウ男爵は領地は持たないが、ホロウ商会を経営しており財力がある。帝都の本店のほかエーデルシュタッドにも支店があった。なるほどエーデルシュタッドよりさらに国境に近いここエイダンに支店を構えれば交易に便利かもしれない。だけど、そこまで重要性が高い街にも見えない。


 なんにせよ、地上げということだろう。嫌がらせをしてここを売らせるってことか。学生時代の友人かなんか知らないけど、親と同じでその友人ってのもたぶん碌なもんじゃないんだろうな。まあ、お金も絡んでいるんだろうし、二人とも親にいい顔をしたいのかもしれない。


「それで毎日?」

「いや、さすがに毎日ってわけじゃないが、頻繁にやってきてはさっきみたいに大声を上げたり、後はそうだな、料理にケチをつけて喚いだりだな」 

「なんとかならないんですか?」とユイが尋ねた。

「うーん、なんともなー。あれでも領主の息子だからな」


 領主も息子に好きにさせている時点でお察しだ。いや、領主自身も最近勢いのあるホロウ男爵にいい顔をしたいのかもしれない。エジル子爵は旧貴族派ではないと聞いている。あんな息子を育てたんだから親だって碌でもない奴に違いないと、僕は勝ってに決めつけて腹を立てた。


「ハル」とユイが僕を見た。クレアも隣で僕を見ている。二人の期待に応えたいけど、すぐにできることは思いつかない。

「あんた、このままじゃ商売が」

「あいつが提示している立退料じゃあ、とてもじゃないが他で商売なんてできない。だいたいエイダンではこの辺りが一番賑やかなんだ。冒険者ギルドも近い。かといってこの年で他の街に移るなんて無理だ」


 話を聞いていると思った以上に深刻な感じだ。ますますなんとかしたいけど・・・。


「あ、お客さん、すいません。つい関係無いことまで喋っちまって、すぐ夕食にしますから、好きなところに座って待っていてください」


 フィルポッドさんはそう言ってがら空きの食堂を指して首をすくめた。僕たち3人が適当な席に座ろとしたとき「あんなやつ、死じまえばいいんだ」と僅かに残っていた客の一人である中年女性が急に声を上げた。


「マティルダさん、声が大きいよ」


 女将さんがその中年女性を慌てて窘めた。


 リカルドと言う男はずいぶんあちこちで嫌われているようだ。

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