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5-40(エリルとサリアナ).

 魔王城のエリルの執務室でサリアナはエリルに問い詰められていた。サリアナはケルベロスの背に跨り数日かけてゴアギールに戻って来たばかりだ。


「それで、なぜ人族の争いに介入した?」

「申し訳ありません」


 サリアナはただ謝罪の言葉だけを口にした。


「私のためか・・・」

「・・・」


 サリアナは黙って俯いている。


 エリルはサリアナを信用している。それは今も揺るぎない。サリアナがエリルに黙って何かをしたとすれば、それはエリルのためだ。


「何も言わないということは同意したということだぞ」

「・・・ガルディア帝国は皇帝ネロアの下・・・力を付け過ぎておりました」

「それが、私の人族との融和策にマイナスになると」

「はい」

「だが、思った通りにはならなかったようだな。バルトラウト家は健在だ。黒騎士団とやらもな」


 確かにサリアナの思った通りにはならなかった。もう少し黒騎士団を痛めつけようと思っていた。だが、多少ガルディア帝国をごたごたさせることはできた。それに・・・。


「黒騎士団は健在ですが、『皇帝の子供たち』のうちザギ、ネイガロス、エドガーの3人が表舞台から消えました。これは黒騎士団にとって、いえ帝国にとって大きな痛手です」

「ふむ。中でもザギは、お前が人族で英雄と称されている者たちと同等かそれ以上、いわば勇者並みに警戒すべきとだと言っていた男だったな」

「はい。そのザギは武闘祭で謎の仮面男に敗れ無力化されました」

「ふむ。謎の仮面男、ふざけた名前だな。だが人族に新たな危険人物が現れたということだな」

「いえ、エリル様、謎の仮面男はハル・・・ハル様です」


 サリアナは武闘祭を観客に紛れ込んで観戦していた。勇者の力を図るためデロンを出場させることさえしていた。


 ザギはルビーとやらの恐ろしく速い氷弾アイスバレットを、しかも5発同時に至近距離で放たれたそれをすべて防いでみせた。あれを見たときにはサリアナも驚いた。おそらく魔族一の剣士であるインガスティに近い身体能力強化を持っている。もちろんS級冒険者だというルビーより強い者は魔族にも人族にも少なからずいる。しかし、初見であれをすべて避けることができる者が何人いるだろうか? だが、そのザギは謎の仮面男に敗れた。


「それは本当か?」

「ハル・・・様はデロンに対して謎の仮面男と同じ黒い弾丸の魔法を使っていました」


 サリアナはザギと謎の仮面男との戦いを思い出す。


 謎の仮面男は剣と魔法を組み合わせた戦いをしていた。ザギの強力な剣をシールド系の魔法で防ぎながら、バレット系の固有魔法でザギを仕留めたのだ。バレット系の魔法は初級魔法だ。なのに至近距離から放たれたその黒い弾丸はザギの剣を真っ二つにしてザギの腹を貫いた。黒い弾丸魔法は剣で防げるはずだった。それまでがそうだったからザギは騙されたのだ。


「謎の仮面男の剣技は優れたものではありましたがザギには劣っておりました。しかし奇妙な魔法を操っており、それが非常に速度に優れた躱しにくい魔法で」

「ほうー、奇妙な魔法」

「はい。小さな黒い金属の弾をすごい速さで発射するというものです。威力もなかなかのもので、その速さにより避けるのが困難という厄介な魔法です。おまけに発射する間隔も非常に短く・・・。しかも、ほとんど同時に防御魔法まで使っていたのです。正直に言えば驚きました。ただ、ザギが謎の仮面男の特徴を最初から知っていれば勝負の行方は変わっていたかもしれません」


 エリルはハルがサリアナとデロンの前に現れたと報告を受けていた。そのハルはザギを無力化した謎の仮面男だとサリアナは言う。


 確かにハルは魔力を溜めるのが速かった。しかし黒い金属の弾丸とは・・・。


「それとハル様はデロンに黒い炎の魔法を使おうとしていました」

「黒い炎だと!」

「はい」


 ルヴェリウス王国に知られないためにハルが仮面をしていたとすれば筋は通る。ハルがサリアナとデロンの前に現れたときには、魔族のような髪をした大剣使いと黒髪の魔術師の女を従えていたという。大剣使いはクレアだろう。もう一人の黒髪はハルが探していたユイとかいう異世界人の女で間違いない。


 そう、二人はイデラ大樹海を脱出できたのだ!


 エリルはハルとクレアのことを思い出すとつい頬が緩んでしまうのを抑えられなかった。ユイとやらとも無事再会したらしい。まあ、良かったと言っておこう。イデラ大樹海でハルとクレアと過ごした3ヶ月はエリルにとっても忘れられない経験だ。

 

「勇者は、勇者はどうだった?」


 エリルはもっとハルの様子を知りたい気持ちを抑えて勇者のことを尋ねた。


「よく分かりません」

「分からない」

「はい。確かに謎の仮面男、ハル様に勝って優勝しましたが、それがなんとも」


 サリアナが分からないとは、むしろ得体がしれない。ただエリルは勇者たちとは戦わずに融和を目指す方針だ。そのためにハルとクレアが手助けしてくれるはずだ。


「それにしてもハルとクレアも帝国にいたとはな。しかもお前の企みを防がれてしまうとは」


 エリルの言葉にサリアナはあのときのことを思い出した。


「サリアナ、悔しそうだな」

「いえ」

「だが、お前を悔しがらせるほどだ。しかも、あそこにいたということはイデラ大樹海を脱出したということだ。ハルとクレアについて私の見る目が間違っていなかったことは認めるだろう?」

「妙に肝が据わっていたのは確かです。それに魔族と人族の融和に協力すると話しておりました」

「そうか」

「エリル様への感謝の言葉を口にしておりました。それとネイガロスとエドガーは死んだと教えてくれました。それに・・・」

「それに?」

「エリル様の夫の命令に従えないのかと言われました。そのため、わたしも引かざる得ませんでした」

「・・・」


 エリルはサリアナの言葉に黙ったままだったが、頬に薄っすらと朱がさしたのをサリアナは見逃さなかった。


 やはり、引いて正解だった。


 ハルとクレアと争っていたらエリル様はもっと怒り狂っていたのではないかと思い。サリアナはため息をついた。


「それよりエリル様」

「あー、もっと重要な問題があるな」


 エリルはそれをすでにサリアナから報告を受けていた。


「ワイバーンを使役していた女魔術師のケルカはキケロアで間違いないんだな」

「はい。ワイバーンだけでなくサイクロプスを使役していました」


 サリアナと対峙した女魔術師ケルカ、あれはジーヴァスの配下の一人キケロアで間違いない。使役魔法が得意で何かとサリアナに張り合ってくる馬鹿だ。

 キケロアはエリルが魔王に選ばれたとき自分が四天王になれなかったのを恨んでいるのだ。キケロアはジーヴァスの配下であることに満足しているわけではない。魔王が現れてしばらくすると四天王が選ばれる。だが選ぶのは魔王ではなく混沌の神バラスだ。四天王に選ばれると体のどこかに四天王を示す紋様が現れる。サリアナはエリルが闇魔法を使えるようになり魔王だと分かってから1年くらいして自分が四天王に選ばれたことに気付いた。選ばれると魔力適性などが強化される。ジーヴァスとメイヴィスはもともと四天王だった。おそらくエリルの前の魔王ドラコのときに選ばれたのだろう。だから空席は二つだった。その席はサリアナとデイダロスによって埋められた。二人とも由緒ある一族の長であり実力も十分だったから多くの魔族にとって納得のいくものだったはずだ。 


「それが、本当なら、皇帝ネロアとは誰だと思う?」

「おそらく、ジーヴァスの側近、炎の化身アグオスかと」

「私も同意見だ」


 サリアナは以前からジーヴァス派の動向を探っている。暴風のルドギスが普段ルヴェリウス王国での諜報活動に携わっているのは間違いないと思っている。エリルにもそう報告している。そして剣魔インガスティはジーヴァスと行動を共にしていることが多い。アグオスについては今一つその動向が掴めなかったが、まさか人族の国家ガルディア帝国の皇帝をしているとは・・・。


「サリアナ、私はバルトラウト家の初代皇帝、ガニス・バルトラウトとはジーヴァス自身ではないか思う」


 龍殺しのSS級冒険者ガニス・バルトラウト・・・約200年前に帝国に入り込み黒騎士団を創設して皇位を簒奪した男だ。


 エリル様の言う通りだ。ガニスはジーヴァスだろう。


「それでは、滅多に姿を見せない黒騎士団長にしてガルディア帝国剣神イズマイルとは?」とエリルが尋ねた。

「剣魔インガスティかと。ハル様の話では二振りの曲刀を操っていたとか。それにネイガロスとエドガーを殺したのはインガスティらしいです。その二人とクリストフの3人に今回の件の責任をかぶせて幕引きを図るようです」

「なるほど。二振りの曲刀を操っていたのなら、イズマイルがインガスティなのは間違いないな。インガスティは普段ジーヴァスと行動を共にしているから、滅多にガルディア帝国で姿を見ない。辻褄が合う」

「はい」

「それと、サリアナ、おそらく転移魔法陣がある」

「転移魔法陣が?」

「ああ、ゴアギールとガルディア帝国を繋ぐ転移魔法陣がな」


 サリアナは他にもゴアギールから人族の支配地域に繋がる転移魔法陣があることを知っている。エリルの言う通りゴアギールとガディスを繋ぐ転移魔法陣があってもおかしくない。


「ゴアギールとガディスの間を繋ぐ転移魔法陣なら数週間で魔力の充填が可能だろう」

「そうですね」とサリアナは頷く。


 魔王城とイデラ大樹海深層を繋ぎ魔王にしか起動することができない例の魔法陣は魔力を溜めるのに数ヶ月もかかる。しかしすべての魔法陣がそうであるわけはない。むしろあっちの方が特別なのだ。


 そういえばとエリルはメイヴィスが連れてきた火龍を思い出した。


 あれがあのときの火龍だとするとメイヴィスもイデラ大樹海深層へ行く手段を持っていることになる。だが、イデラ大樹海深層は特別な場所だ。誰でも行けるとは思えない。もしかしたら四天王だけが使えるような魔法陣があるのかもしれない。


「我々の知らない転移魔法陣は案外多く存在するのかもしれないな。火龍の件もある」


 サリアナもエリルの言う通りだと思う。あの火龍を見たときにはサリアナも驚いた。


「それでエリル様、ジーヴァスの目的はなんなのでしょうか? わたしには・・・」


 サリアナにはジーヴァスの目的が分からない。いや目的が人族を支配することだとして、なぜエリルに報告していないのかそれが分からない。エリルが魔王になる前から人族と争っているのだからジーヴァスが人族の国家に楔を打ち込んでいたとしても隠す必要はない。200年前に皇位を簒奪したのなら、とっくに報告していてもいいはずだ。


「ジーヴァスの目的は、自分自身が魔族だけでなく人族の王になる。いや、この世界の支配者になることなんだろうな。やっと奴が何を考えているのが腑に落ちた」


 この世界の王に? ジーヴァスが? そうか・・・。


「奴は魔族のためでも、もちろん人族のためでもなく、自身のためだけに行動している。自身がこの世界の支配者になるためだけにな。うん、これなら奴の性格にピッタリだ。ジーヴァスの目的が分かっただけでも今回の件は私にとっては十分な成果だ、よくやったサリアナ!」


 エリルは自身の考えにうんうんと頷いている。


「これまで奴が何を考えているのか今一つ分からなかった。ある意味それが一番不気味だ。だが今や、奴が魔族と人族を束ねるこの世界の支配者を目指していると理解できた。目的が分かれば対処のしようもある。こっちにもハルという味方が人族の中にいる」


 確かに、こうなってみるとエリルが人族の中に味方を得ているのは大きいとサリアナも思う。しかもハルは勇者とも繋がりがある異世界人なのだ。 


 サリアナはエリルを見る。


 この方はやっぱり魔王に相応しい。わたしの仕えるべきはエリル様だけだ。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。あと一話で第5章も終わりです。

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