1-19(月の光).
前話に続きまた少し長いです。
昼間のハルとコウキくんと模擬戦を思い出す。
ハルは頑張っていた。本当に頑張っていた。でもハルは負けた。ハルが本当はすごく負けず嫌いなのを私は知ってる。
昼間はあまりうまく元気づけてあげられなかった。なんかもどかしい。
あー、なかなか寝付けない。
なんとなく窓から外を見る。外は街灯みたいな魔道具でぼんやりと照らされている。
あれ?
建物の下のちょっとした広場というか庭みたいになっている場所に人影が見えた。ハルだと直感した私は急いで部屋を出た。建物の外に出て人影を探す。
やっぱりハルだ。
広場にある石でできたベンチみたいなのに座っている。今日のことで落ち込んでいるんだろうか? でも、ハルはすごく頑張った。
「ハル」
「ユイちゃん」
私はハルに近づくと黙って隣に座る。
ハルの目を見てそっと手を握った。
びっくりしたような顔してハルがこっちを見ている。
「どうしたの、なんかボーっとしてたみたいだけど、今日のことを気にしてるの?」
「ユイちゃんこそ、こ、こんな時間にどうしたの?」
「窓からハルが見えたから、それで・・・」
「あー 心配させてごめんね。やっぱ僕ってだめだなー」
「そんなことないよ。ハルは頑張ってるよ」
「コウキって、思ったよりいいやつだな。勇者に選ばれるのもわかるよ。なんか本当に負けたーって気分」
正直、私もコウキくんのことはちょっと見直した。でも私が好きなのはハルだ。
「ねえハル、あのときのこと覚えてる?」
「あのときって?」
「小学校6年のときだったかな。いじめられたハルを私が庇って、そうしたら、タイキくんが、本気で私を殴ってきたとき」
ハルは、はっとしたような顔して、私の方を見た。
「大西大貴・・・。何で忘れてたんだろー」
「あのとき私を庇って、ハル、怪我しちゃって。わ、私、すごく怖かったの。もう中学生くらいの体格のタイキくんが本気で殴ってきて。でもハルが守ってくれた」
「それからだよね? ハルがなんか本気出さなくなったっていうか、何かと目立たなくしようとするようになったの」
ハルは、ずっと私を見つめて黙っている。
なんか、顔が熱い。
「私、思ったの。ハルはいじめを怖がるような人じゃない。目立つようなことをしないでトラブルとかを避けようとするようになったのは、よくハルの近くにいる私がまたあんな目にあったりしないようにって、そ、それでそうしてるんじゃないかって」
あー 何を言いたいんだか・・・なんか混乱してきた。
「ねえハル、もしかして、身体能力強化が弱いから、だから、私のこと守れないとか、えっと・・・私の方が使える魔法の種類が多いから、むしろ私のほうが強いとか、なんか、その・・・わ、私が賢者ってことがハルのことを苦しめたりしてない?」
「・・・」
「あー、なんか、私、変なこと言って、ご、ごめんね」
私はハルの目が見れないで俯いてしまう。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
もう考えが纏まらない。
それで自分でもびっくりするような言葉が出てきてしまった。
「ハル! わ、私はハルのことが好き。大好き」
あーもう、私って、急に何をいってるんだ。あー体が熱い。
★★★
今日のコウキとの模擬戦のこと、コウキに言われたこと、色んなことを考えてたら、眠れそうになかった僕は、頭を冷やそうと、僕たち専用の建物の外に出て、建物の前の広場にある石のベンチに座っていた。広場は、街灯みたいな魔道具でぼんやり照らされていて、少し離れたところには魔道技術研究所が見える。
俯いて、今日のことをいろいろ考えていたら、ますます落ち込んできた。
「ハル」
僕を呼ぶ声に顔を上げると、いつの間にここに来たのか、心配そうな顔をしたユイちゃんがいた。
「ユイちゃん」
ユイちゃんは、僕の隣に座ると、そっと手を握ってきた。
ユイちゃんの手はとても柔らかくて、ちょっと暖かかった。
ユイちゃん・・・。
「どうしたの、なんかボーっとしてたみたいだけど、今日のことを気にしてるの?」
「ユイちゃんこそ、こ、こんな時間にどうしたの?」
「窓からハルが見えたから、それで・・・」
僕は、またユイちゃんを心配させてしまったみたいだ。
「あー 心配させてごめんね。やっぱ僕ってだめだなー」
「そんなことないよ。ハルは頑張ってるよ」
「コウキって、思ったよりいいやつだなー。勇者に選ばれるのもわかるよ。なんか本当に、負けたーって気分」
まあ、創生の神イリスだっけ? 神様が勇者に選ぶようなやつが、そんなに悪いやつのはずはないよな。どっかのラノベみたいに、勇者が、すごい悪者だったなんてことになったら、選んだ神様は何見てんだよってことになるもんなー。
「ねえハル、あのときのこと覚えてる?」
ユイちゃんは、突然そう聞いてきた。
「あのときって?」
「小学校6年のときだったかな。いじめられたハルを私が庇って、そうしたら、タイキくんが、本気で私を殴ってきたとき」
・・・タイキ・・・くん? ・・・そうだ!
大西大貴!
なんで・・・何で忘れてたんだろう? 体格のいいちょっと乱暴なやつで、中学生の不良とつるんでいるって噂もあって、それでみんな恐れてたやつだ。
「大西大貴・・・。何で忘れてたんだろー」僕はユイちゃんの方を見て思わずそう声に出していた。
「あのとき私を庇って、ハル、怪我しちゃって。わ、私、すごく怖かったの。もう中学生くらいの体格のタイキくんが本気で殴ってきて。でもハルが守ってくれた」
もう理由も思い出せないけど、たしか何かのことでユイちゃんが僕を庇うような発言して・・・そしたらタイキがユイちゃんを・・・。
そうだ、あのとき僕は怖かった。ユイちゃんがタイキに殴られたらって思うと、思わず飛び出してユイちゃんの代わりにタイキのパンチを受けた。倒れた僕をさらに痛めつけた後、タイキはそのまま教室を出ていった。それは、かなり本気のパンチですごく痛かった。ちょっと怪我したんだっけ。
「それからだよね? ハルがなんか本気出さなくなったっていうか、何かと目立たなくしようとするようになったの」
僕は自分が殴られたことより、もしタイキのパンチがユイちゃんに当たっていたらと思うと怖かった。その後も、タイキがつるんでるっていう不良の中学生がユイちゃんを襲ってきたらとか、悪いことばっかり想像して、すごく怖かった。
幸いそんなことはなかったけど・・・。
今、思えば、タイキはユイちゃんのことが好きだったのだと思う。だからユイちゃんの僕を庇うような発言が許せなかった。6年生とはいってもまだ子供。自分を抑えられなかったのだ。
ただ、そのときはそんなことは思わなかった。ただ怖かった。これからもユイちゃんが傷つけられるのは絶対にダメだって、そう思った。そもそも僕なんかではユイちゃんにふさわしくない。そんな僕をユイちゃんが気にかけてくれるから、僕がそれに甘えているから・・・。だからこんなことに。僕なんかじゃユイちゃんを守れない。僕なんかユイちゃんにふさわしくない。
僕なんか、僕なんか、僕なんか・・・。
あー、今と同じじゃないか。僕は何も進歩していない。
それからの僕はそうやって逃げていた。
ほんとはユイちゃんが大好きでしかたがないのに。
「私、思ったの。ハルはいじめを怖がるような人じゃない。何かと目立たなくしてトラブルとかを避けようとするようになったのは、よくハルのそばにいる私がまたあんな目にあったりしないようにって、そ、それでそうしてるんじゃないかって」
違うよ。ユイちゃん、それは買い被りだ。僕は臆病だっただけだ。異世界へ転移してもやっぱり変わってない。僕は臆病で弱くてユイちゃんを守れない。
「ねえハル、もしかして、身体能力強化が弱いから、だから、私のこと守れないとか、えっと・・・私の方が使える魔法の種類が多いから、むしろ私のほうが強いとか、なんか、その・・・わ、私が賢者だってことがハルのことを苦しめたりしてない?」
「・・・」
「あー、なんか、私、変なこと言って、ご、ごめんね」
ユイちゃんは、恥ずかしそうな顔して俯いた。何かしばらく考えていたユイちゃんが、顔あげて、真っすぐ僕を見た。
それは、突然の告白だった。
「ハル、わ、私はハルのことが好き。大好き!」
自分の言ったことに、動揺しているのか、真っ赤になったユイちゃんの肩が、少し震えている。ユイちゃんは、不安そうに、僕の胸に顔近づけて、両手を合わせた姿勢で身を寄せてくる。
「・・・ユイ・・ちゃん」
ユイちゃんの大きく開かれた目、吸い込まれるような瞳。
なんかおろおろして、涙が溢れそうになっている。
可愛い。
本当になんて可愛いんだろう。
こんなことをユイちゃんの方から言わせるなんて、僕はどうしようもない馬鹿だ。
僕はやっぱり臆病で弱くでダメな奴だ。
でも、それでも、臆病でも弱くても・・・。
僕は自分がどうすべきなのか、いやどうしたいのか、それがやっと分かった。
僕は、ユイちゃんの肩をそっと抱きよせた。
「僕もユイちゃんのことが好きだ」
そうだ、僕はユイちゃんのことが好きだ。
いや大好きだ。
それもずーっと前から。
「本当は僕の方から言わなきゃいけないのに、勇気がなくて・・・。僕は、平凡なやつで、この世界に来てからも僕は、全然弱くて、それで・・・ユイちゃんの方がずっと強いし、ユイちゃんのこと守れないんじゃないかとか・・。だから・・・ご、ごめん」
「うん」
「ずーっと前から、大好きだよ・・・」
「ユイって、ユイって呼んで!」
「大好きだよ。ユイ!」
その瞬間、ユイちゃんの大きく開かれた目から涙が溢れ、頬に一筋の美しい雫が流れ落ちた。
「私、ずーとハルのそばにいたい。絶対に離れたくないの。家族とも離れちゃって、この世界にハルがいて良かった」
「うん。ずっとそばにいるよ。約束する」
ユイちゃんは、いやユイは、ぽろぽろと涙をこぼしながら、本当にうれしそうに微笑んでいる。そんなやさしい笑顔のユイを見て僕も本当に暖かく幸せな気分だ。
「私、この世界に来て今が一番幸せだよハル。幸せだと涙が出るなんて初めて知ったよ」
僕は、両手でユイの頬にやさしく触れる。そして頬を伝う涙をそっと拭った。
ユイちゃんが僕を見上げて瞳を閉じる。僕は生まれて初めて女の子にキスをした。それもずーっと昔から大好きだった女の子に。しばらくそうして、ユイを抱きしめていた。ユイの肩はもう震えていない。安心したように僕に身を任せている。
見上げると、満天の星空とはいかないけど、雲間からいくつかの星の輝きと半月が神秘気的で柔らかな白い光を放っているのが見える。
この世界には月が三つある。大の月、中の月、小の月だ。そのうち大の月は元居た世界の月と同じくらいの大きさで色もよく似ている。中の月はもっと赤っぽく、小の月はさらに赤い。ちなみに太陽の方は元居た世界と同じで一つだ。三つの月はそれぞれ公転周期や軌道が異なるのか、様々な組み合わせで夜空を彩る。それを見ると改めて異世界に来たんだと実感させる存在だ。この世界に来て最初の夜には大の月と小の月の二つが見えた。
今夜は大の月だけが夜空に浮かんでいた。奇麗な半月だ。それは、子供ころユイちゃんと・・・ユイと一緒行ったキャンプ場で見た日本の夜空とそっくりだった。思えばあのときすでにユイのことが好きだった。今日の夜空に限っては、ここが異世界だなんて信じられない。何より、あのときと同じで僕の隣にはユイがいる。
「昔からユイは真っすぐで誰にでも優しくて人気者だった。僕にはそれがとっても眩しかったんだ」
「ハルはね。いつだってみんなに気づかいができる人だった。子供なのに誰かの悪口とかの話になりそうになったら、さりげなく話題を変えたりして。フフッ、ちょっと子供らしくないよね」
「それは臆病なだけだよ」
「ううん、ハルっておとなしそうに見えて絶対そういうとき迎合するようなこと言わないもん。知ってるよ。私、ハルのことは良く知ってる。ずいぶん前から好きな人だもの」
「ユイ・・・」
もう一度のユイのかわいらしい唇に自分の唇をそっと重ねた。
さっきより少しだけ強くユイを抱きしめる。
僕はまだまだ弱いけど、魔王を倒す勇者でなくても僕にとってのお姫様を守る騎士になるんだ。ユイだってただの16才の女の子だ。勝手に異世界に連れて来られてすごく不安なんだ。
今日はコウキに負けた。あらゆる意味で負けた。この世界でこれからも何があるか分からない。この世界には魔物もいるし人間同士の小競り合いも日常茶飯事だ。日本よりずっと危険なのだ。
僕はもう迷わない。本当の意味でもっと強くなる。
僕には守るべき女がいる。
その後もしばらく、二人で手をつないで、並んで座っていた。いつまでも離れたくない、そんな気持ちだった。どのくらい時間が経ったのだろう。
「ハル、お月様がとっても奇麗だね」
ユイにつられて、また夜空を見上げる。
「うん」
「それに今日のお月様は一つだけで日本にいるみたいだね」
「うん」
そういえば、ユイちゃんは小さいころからピアノを習っていて月や月の光にまつわる曲が大好きだって言ってた。特に好きなのは・・・ドビュッシーの月の光っていう有名なピアノ曲だ。ユイちゃんが弾いているのを聞かせてもらったけどとても神秘的で美しい曲だ。ユイちゃんは、ドビュッシーには月の光っていう歌曲もあってそっちもすごくきれいな曲だよって教えてくれた。僕が知ったかぶりをして、それってフォーレじゃないのって聞いたらドビュッシーの歌曲にも同じ題名のがあるんだよって教えてくれた。やっぱり月は多くの芸術家の創作意欲を掻き立てるみたいだ。
「満月じゃないけどね」とユイは、小さく微笑んだ。
「その方がいいよ。満月だと花の下で死んじゃいそうだよ。なんか幸せ過ぎるよ今日は」
「それ、なんなの?」
「なんでもない。でもそろそろ部屋に戻らないと」
「うん、そうだね」
書きたかった場面です。その想いが伝わるように書けていればいいんですが・・・。
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