5-39(ジーヴァス).
「謎の仮面男、武闘祭でザギに勝ったという?」
「はい。あれは謎の仮面男で間違いありません。大剣使いと魔導士を連れていました。それに謎の仮面男と魔導士は異世界人です」
「異世界人、間違いないのか?」
「はい」
イズマイルの異世界人という言葉にジーヴァスは少しの間、何かを考えていた。
ここは帝都ガディスにある皇宮の一室だ。ジーヴァスはゴアギールと中央山脈を繋ぐ転移魔法陣でここにやって来た。もともとこれがあったから200年前ジーヴァスは帝国に関わることができたのだ。ジーヴァスの前には二人の男が座っている。一人はガルディア帝国の皇帝ネロア・バルトラウトだ。そしてもう一人は黒騎士団長にして剣聖のイズマイルである。2週間後にはジーヴァスとイズマイルは同じ転移魔法陣でゴアギールに帰還する予定だ。この世界には稼働可能な転移魔法陣が意外と多く存在しているが、ほとんどの場合、国家や一族などなにがしかの勢力によって秘匿されている。
「それにしてもお前が何もせずに引き揚げたとは・・・」
「大剣使いが凄腕だというのはすぐに分かりました。それに魔導士からも尋常ではない魔力を感じました。まあ、それでもなんとかなるとは思ったのですが。3人を相手にするのは止めておきました」
「ふむ。お前にしてはずいぶんと慎重になったものだな」
「恐れ入ります」
イズマイルはジーヴァスに頭を下げた。
破壊の王ジーヴァスには暴風のルドギス、炎の化身アグオス、剣魔インガスティと3人の側近がいる。ジーヴァスと同族の魔族でジーヴァスの分身のような存在だと言われている。それは言葉通りの意味で正しい。3人は本当の意味でジーヴァスの分身である。ジーヴァスの最大の武器である固有魔法は自身の分身を作り出しすことである。そして分身は、それ自体意思を持ち物理的な実態を持つ。例えれば迷宮の中の魔物のような存在だ。迷宮の魔物も実態があるが倒すと魔石に変わる。本物の魔物とは違う存在だ。分身はジーヴァスの魔力と周囲の魔力を集めて形成されジーヴァスの力の一部を分け与えられている。
メイヴィスが死者を蘇生して操るのと同じくらい強力な固有魔法だ。強力な魔法ゆえにメイヴィスの魔法と同じく制限もある。メイヴィスと違うのはジーヴァスの固有魔法が魔族の中でさえ誰にも知られていないことだ。
「それと、反乱軍にサリアナが手を貸していたようです」
皇帝ネロアが報告する。
「そうか」
「魔王派のサリアナがなぜ関わっていたのでしょうか?」
「人族の国家がこれ以上力を付けると魔王様の人族との融和策にマイナスと考えたサリアナが汚れ役を買って出た・・・まあ、そんなとこだろう」
帝国の皇位を簒奪して以来、ジーヴァスは帝国の軍事面での強化に努めてきた。騎士養成所も最近では目覚ましい成果を上げている。それにルヴェリウス王国には勇者たちが現れた。魔王エリルの人族との融和政策からすれば人族が力を持ち過ぎることは好ましくないだろう。
「なるほど。だとすれば皮肉ですね。実際に力を付けている人族国家ガルディア帝国はジーヴァス様の支配下にあるのですから」
そう言った皇帝ネロアはジーヴァスの分身で炎の化身と呼ばれるアグオスである。炎の化身と呼ばれるにふさわしい赤い髪をしている。赤い髪といえば魔法エリルもそうだが。アグオスの髪はエリルと違い暗い赤色だ。むしろアグオスの髪の色のほうが魔王らしいだろう。アグオスは、普段はゴアギールにはおらずジーヴァスの命でガルディア帝国の皇帝として行動している。
約200年前に帝国の皇位はバルトラウト家のものになった。ときの皇帝を弑逆したガニス・バルトラウトとはジーヴァスその人だ。実はジーヴァスの一族は外見的には人族に近い者が多い。ジーヴァス自身もその尋常ではない威圧感やオーラを除けば角もなく外見は人族に近い。人族国家の中で最も力を持つガルディア帝国を魔族が治めていると一体誰が思うだろうか。
「帝国が、その国力、特に軍事力を高めたことは、周りの人族国家だけでなく、サリアナにも危機感を抱かせた・・・そういうことですか」
帝国ではイズマイルと名乗っているインガスティの言葉にジーヴァスは頷いた。
剣魔と呼ばれ二振りの曲刀を操るインガスティは、アグオスとは違い普段はジーヴァスのそばにいる。そのため帝国の黒騎士団長であり剣聖であるにもかかわらず帝国でその姿を見ることは少ない。
「結果的にサリアナの望んだ通り、今回の件で帝国の戦力は削られました」
「お前がネイガロスとエドガーを殺したからだろう?」
アグオスの指摘にインガスティは「まだ帝国が魔族の支配する国だと知られるわけにはいかない。ネイガロスとエドガーそれにクリストフの3人に責任を押し付けるのが最善だと判断しただけだ。それにエドガーは利き腕を失っていた。ネイガロスとエドガーの代わりなどまた育てればいいだろう」と反論した。
「ふん、人の苦労も知らずに。そもそも、その謎の仮面男やらも含めて皆殺しにすればよかっただろう。あの場には黒騎士団だっていたんだろう?」
インガスティはあのときのことを思い出す。
ネイガロスとエドガーは戦える状態ではなかったが、アグオスの言うようにあの場には数十人の黒騎士がいた。謎の仮面男たち3人とレオナルドや白騎士たちを殲滅することはできたかもしれない。だがインガスティはそうはしなかった。危険だと感じたからだ。
「結局、ザギに加えて二人を失った。その上、サリアナがおかしな動きをしたせいで旧貴族派に妥協せざる得なくなった。冒険者ギルドもギーズの死体を確保して口を出してきたしな」
そうだ、アグオスとしてはギーズが冒険者などに殺られたのも計算外だった。ギーズはアグオスの側近の一人で調子に乗りやすく性格に多少の難はあったが剣の腕はそれこそネイガロスたちに劣らず確かなものだった。
冒険者ギルドが国の内政に関わることはない。だが、事実を事実として公表はすることはできる。ギーズの死体を冒険者ギルドに押さえられたのは不味かった。
まさかギーズがその辺の冒険者などにやられるとは・・・。おそらく調子に乗って油断でもしたのだろうが。
「まあいい。それよりこれからのことだ」
ジーヴァスの言葉にアグオスとインガスティの二人は居住まいを正した。
「黒騎士団の中で使えそうな者はどのくらい残っている?」
「はい。『皇帝の子供たち』であるネフィーとアザエルの2人は間違いなく勇者たち異世界人ともいい勝負をするでしょう。ネフィーは剣士でアザエルは魔術も使う剣士です。剣士ジャズベルも二人に次ぐ力があります。他にも3人ほどではなくとも使える者は多くいます。今でも黒騎士団が人族最強の騎士団であることに変わりはありません」
ジーヴァスの質問に皇帝であるアグオスが答えた。
「ネイガロスたちクラスは2人か」
「本当は養成所にもう一人有望な女剣士がいたのですが・・・」
「まあ、いい」
結局、サリアナの目的はある程度果たされ帝国の戦力は削られた。だが、『皇帝の子供たち』が多く在籍する黒騎士団は健在だしケルカもいる。ケルカが率いる獣騎士団は人族には脅威だろう。それもそのはずだ。ケルカ自身は本当はキケロアという名のジーヴァス配下の魔族だ。獣騎士団には他にも魔族が混じっている。ケルカは魔族の中でも四天王であるサリアナをライバル視しているくらいに使役魔法が得意だ。
「それとザギのことなんですが」と今度はインガスティが話し始めた。
「武闘祭で謎の仮面男に利き腕を斬り落とされたと聞いたが?」
「ザギは私が回収しております」
「まさかエリクサーを使うつもりか?」
「いえ、エリクサーはさすがに・・・」
エリクサーはまさに万能薬だが、極めて貴重だ。あれを使うとすればそれこそジーヴァス自身が深手を負ったときとかだろう。
「それなら、なぜだ? 利き腕を失った剣士に用はない。同じく利き腕を失ったエドガーを殺したのはお前だろう」
「私の側近にしてゴアギールで鍛えようと思っています。確かにザギは利き腕を失いましたが、エドガーとは違いまだ役に立ちます。性格に難があるのが欠点でしたが、今回の件はいい薬になったでしょう。私がジーヴァス様に忠誠を誓う隻腕の一流剣士に育てようと思います。ザギはまだ若いですし、なんと言っても謎の仮面男や勇者を心の底から憎んでおります」
「なるほど」ジーヴァスは笑みを浮かべると「分かった。インガスティお前に任せる」と言った。
インガスティは恭しく頭を下げた。
「アグオスは今後もガルディア帝国の増強に努めよ。いずれ私と我が一族が魔族はおろか人族をも束ねるこの世界の支配者となる」
「畏まりました」
魔王エリルは魔族と人族の争いを終わらせると言う。それにはジーヴァスも賛成だ。だがその方法は違う。魔王エリルに比べるとジーヴァスは人族の中にガルディア帝国という駒を持っている。エリルは人族に対してはなんの影響力も持たない。これはジーヴァスがエリルに対して有利な点だ。だが、ジーヴァスはもうずいぶん長く生きている。ジーヴァスとて永遠の命を持っているわけではない。そろそろ急がねばならない。
ジーヴァスが魔族も人族も統べるこの世界の王になれば魔族と人族の戦いは終わる。この世界に魔王も勇者も必要ない。
ジーヴァスは思う。そうなれば魔王様は喜んでくれるだろうか?




