5-38(落としどころ).
僕、ユイ、クレアの3人はビダル伯爵に呼ばれて帝都のビダル家の屋敷を訪ねている。
サリアナたちが嵐のように去った後、今回の件についてクラッグソープ伯爵やビダル伯爵を中心とした旧貴族派と皇帝の間で話し合いが持たれた。それについてビダル伯爵から話があるという。
僕たちが通された部屋にはビダル伯爵とレオナルドさんがいた。獣人系のメイドの人がお茶を配った後、すぐにセシリアさんが入ってきて挨拶を交わすと「ユウト様にくれぐれもよろしくお伝え下さい」と言って退出した。
その後、挨拶もそこそこに、僕たちはビダル伯爵から今回の件の落としどころについて説明を受けた。
「そうですか。結局ビダル家はお咎めなしということに」
「いや、全くお咎めなしではなく、私は白騎士団の副団長を退く」
「俺は謹慎だ」
そうかレオナルドさんは謹慎で済んだのか。
「ダニエルも予定通り騎士団長を退く。ただ後任は息子のグレゴリーだ」
あの後、僕たちはグレゴリーさんが率いていた白騎士団と一緒に魔族たち・・・サリアナとデロンだ・・・を追い払ったと報告した。おかげで僕たち3人は皇帝ネロアに呼び出されて感謝された上、報奨金まで貰った。そして僕たちと一緒に魔族を追い払ったことになったグレゴリーさんは白騎士団の団長に抜擢された。カイゲル・ホロウの白騎士団長就任は撤回されたのだ。
「それにしても、あの魔族の動きは奇妙だった」
レオナルドさんが探るように言った。
「そうですね」と僕はとぼけた。
結果的には僕たちとグレゴリーさんは皇帝に呼び出されて感謝された。だけど、その後の今回の一件の落としどころについては僕たちは関わっていない。
「あのー、メンター家はどうなるんですか?」とユイが尋ねた。
僕も気になっていた。ヒューバートさんの妹のアリスさんの顔を思い出した。
「真っ先にクリストフの誘いに乗ったのはヒューバートだ。だが、ある意味一番の被害者でもある。それにヒューバートは死んだ。メンター家は子爵に降格の上、存続することになった。多少領地は狭くなったがな」
アリスさんはあんなに慕っていた兄を亡くした。とてもよかったとは言えない。それでも・・・。
「ハルの知り合いの冒険者だというユウト殿には感謝しないといけないな。ギーズとかいう魔族の死体は役に立った。おまけにセシリアたちを生きて助け出してくれた。人質まで取られて唆されていたということが証明できてレオナルドたちの罪を軽くすることができた」
うん、やっぱりユウトはさすがだ!
ギーズの死体が回収されたことにより、少なくともヴァルデーマール侯爵が魔族とが繋がっていたことは証明された。ギーズは銀髪で青白い肌、額には小さいが角を生やしていた。典型的な魔族の容姿だ。言い逃れはできない。そのヴァルデマール侯爵はすでに拘束されて牢の中だ。いずれ処刑されるだろう。これでバルトラウト家が皇位を簒奪する前の皇帝であるトリズゼンの血を引く有力な貴族家が無くなることになる。皇帝側にも一定の成果はあったということだろうか?
いや、もともとヴァルデマール侯爵は皇帝派だったのだから、皇帝派はネイガロスなどの戦力を失っただけだ。僕たちは皇帝派から恨まれているかもしれない。
冒険者ギルドのマスターであるカサマツさんも王族と同じ立場であるSS級冒険者であるジークフリートさんも今回の件に関わらないと言っていた。でもなんらかの協力をしてくれた可能性はある。特にジークフリートさんは僕たちのことを、特にユイのことを気にかけているのは間違いない。
「結局、今回の件の主犯はクリストフ・ヴァルデマール、それにネイガロスとエドガーが協力したということで落ち着いた」
今回の件は、ヴァルデマール侯爵と黒騎士団のネイガロスとエドガーが結託して、白騎士団を弱体化させるため、白騎士団の若手たちを唆して反乱を誘発したと結論付けられた。そしてそれに気がついた黒騎士団のイズマイル団長がネイガロスとエドガーを殺害してこれを止めたというわけだ。だけど、皇帝ネロアがカイゲルを白騎士団の団長に抜擢したことがことの発端なのだから、この結論にはかなり無理がある。
「今回の件にネロア様は感知していない」
ということにされたわけだ。
クリストフに唆されたとはいえ旧貴族派にも弱みがあるから、まあ、仕方ないというか、むしろ上出来なのだろう。
「そうですか」
あくまで3人が皇帝には無断でしかも魔族と結託して事を起こしたとされたのだ。ケルカを始め他の黒騎士団員たちはあくまで指示に従っただけということだ。
僕にはケルカも魔族にしか見えなかった・・・。
実際に反乱を起こした白騎士団の若手たちはヴァルデマール侯爵に唆されただけだとして温情ある処分となった。ユウトのおかげで魔族が関わっていたこと、それに家族が人質に取られていたことが証明できたのが大きかった。ギーズの死体という証拠がある上、サリアナとデロンは多くの白騎士団員、黒騎士団員双方に目撃された。サリアナの演技にも助けられた。サリアナは紺碧の髪に立派な角、そして青白い肌とギーズ以上に一目で魔族と分かる容姿をしているのだ。おまけにケルベロスを連れていた。クレアのファインプレーのおかげだ。さすがの皇帝も魔族の関与を否定することはできなかった。魔族が関わっていることが否定できない状況では、一方的に白騎士団の若手たちだけに罪を押し付けるのは難しかったのだろう。
しかし、もちろん本当の真相は別にある。
サリアナとケルカは顔見知りらしかったし、以前からヴァルデマール侯爵は皇帝派だった。それに僕たちの見た黒騎士団の団長イズマイルはエリルやサリアナと同じようなオーラを纏っていた。いや不思議なことにそれ以上の魔力を感じた。
魔王以上の魔力の気配なんて気のせいかもしれない。でも・・・。
「とにかく、ハル、ユイ、それに・・・クレア、お前たちのおかげだ。レオナルドもこうして生きているしビダル家も存続できた。感謝する」
「いえ、それより皇帝自身が魔族と関わりがあることは間違いありません」
「ああ」
「伯爵はあまり驚いていませんね」
「そうだな。お前たちもケルカとその従魔を見たのだろう? それにイズマイル団長も」
「はい」
なるほど。ビダル伯爵もうすうす気がついていたのだろう。皇帝が魔族となんらかの関わりがあることに。だけど、僕にはビダル伯爵が考えている以上に帝国と魔族の関係は深いように思う。
「あのー、ビダル伯爵はイズマイル団長に会ったことがあるのですよね?」
「ああ、たった二度だけだがな」
2回だけ・・・。白騎士団と黒騎士団の違いがあるとはいえ、それぞれの団長と副団長が2回しか会ったことがないとは。
「イズマイル団長は剣神でありこの国の貴族だ。だが領地も持っていないし普段その姿を見ることはない。皇帝もそれを許している。不思議なことだ。そしてイズマイル団長とネロア様は同じような気配を持っている。私の気のせいかもしれないがな」
皇帝がイズマイルと同じ気配を・・・。
皇帝に謁見したときはイズマイルと違ってお互いに殺意を持って対峙したわけではないし距離も離れていた。もしビダル伯爵が言ったように皇帝がイズマイルと同じ気配を持っているとすると・・・。
どうやらこの世界は単純な人族と魔族の対立といった構図ではなく、もっと複雑なようだ。エリルも苦労が多い。でも、あのサリアナという四天王は本気でエリルのために行動しているようだった。魔族側でもエリルに味方する者はいるようで少し安心した。
「アデ・・・クレア」
レオナルドさんがクレアに呼びかけた。
「はい?」
「今回のことありがとう。クレアが止めに来てくれなかったら俺は今頃死んでいる。それにハル、ユイ、お前たちが動いてくれなかったらもっと大勢の白騎士団員に犠牲が出ただろう。俺はもちろんだが俺の部下も」
「いえ」とクレアが言い。僕とユイは黙って頷く。
「クレアはもうアディではないのかもしれないが、俺はお前を今でも家族だと、妹だと思っている」
クレアはじっとレオナルドさんを見つめている。
「それは私も同じだ。今でも娘だと思っているよ。あまり良い父ではなかったがな」
「いえ、私も良い娘ではありませんでした。当時は私は周りのことが何も見えていなかったのです。もしかしたら今でも・・・」
レオナルドさんは表情を緩めると「いや、クレアは変わったよ。大体以前のクレアはそんなに喋らなかった。それと、俺がクレアをスパイに推薦したのは白騎士団でのクレアを立場もあったが、やはりビダル家に貢献してもらいたかったというのが理由だ。妹だというのに酷い話だ」と自嘲気味に言った。
「私も良い妹ではなかったのですから、お互い様です。レオナルド様」
「そうか、お互い様か・・・。今回、俺は助かったがヒューは死んだ。親友の真意さえ見抜けなかった俺はクレアをことを分かっていなかったんだろうな。クレアが変わったのがハルたちのおかげだとしたら・・・」
レオナルドさんは僕とユイを見て「ハル、ユイ、クレアを、これからも妹を頼む」と頭を下げた。
「もちろんです」
「はい」
ビダル伯爵はしばらくレオナルドさんと僕たちのやり取りを見守っていたが、その後、僕たちをというより僕の方を見ると何かを納得したように「娘を頼む」と言ってレオナルドさんと同じように頭を下げた。
「責任重大だね、ハル」
ユイは僕にそう言うと、ビダル伯爵にニッコリと笑って「ビダル伯爵様、クレアのことは心配いりません」と請け負った。




