5-37(クレア四天王を叱る!).
サリアナらしき女魔族はケルベロスの背からケルカを観察している。
「そういことか・・・。ジーヴァスのやつめ」
サリアナらしき女魔族は何か呟くと「キケロア、いや今はケルカだったか、わたしとやるつもりか?」と尋ねた。
「無論だ!」
ケルカは即答すると「この世界で最も使役魔法が得意なのはお前じゃなく私だ」と続けた。
「なんだ、そんなことに拘っていたのか・・・愚かな」
ケルカは黒騎士団に指示して各部隊ごとに間隔を空けてサリアナらしき女魔族を囲むように扇形に布陣させた。その中心にはサイクロプスとケルカがいる。各部隊の前衛には使役されている従魔たちが陣取っている。一度に大量に犠牲を出さずかつ相手が動けば全員で掛かろうという布陣だ。
どうやらケルカは見かけよりは冷静で頭も回るらしい。
ケルカに指示された黒騎士団を見たグレゴリーはケルカに遅れて反対側に同じように布陣した。サリアナらしき魔族に助けられた格好になったグレゴリーだが戸惑いながらも冷静だ。その結果、白騎士団と黒騎士団はお互いに対峙しつつ、白騎士団側の中心にはサリアナらしき女魔族とケルベロスが、黒騎士団側の中心にはケルカとサイクロプスがいるという格好になった。
もう、この戦いは無意味なのだからグレゴリーさんたち白騎士団にはこの場を去ってもらいたい。でもケルカたち黒騎士団はそれを許さないだろう。
空には3頭のワイバーンが旋回している。
このままだと伝説級の魔物まで含めた大乱戦になる。そうなれば多数の死者が出るのは避けられない。
どうするのが正解なのか・・・。
「ハル様、ユイ様」
「なに、クレア?」
「?」
「私に考えがあります」
クレアは僕とユイを見て「私に任せていただけますか?」と訊いてきた。僕とユイは顔見合わせた後、クレアに頷いた。
「ハル様、ユイ様、私について来て下さい」
クレアはそう言うと、大きな半円の中心にいるような格好になっているサリアナらしき女魔族とケルベロスを方に向かって走り出した。
そのとき、ベキベキと木々が押し倒されるような音がして森の中から濃い緑の髪をした巨人が現れた。巨大なハンマーを手に持っている。
白騎士団から「うおー」とか「一体どこにこんな巨人が!」などの悲鳴のような声が上がり、まるで巨人に道を空けるように移動した。巨人はそんな白騎士団には目もくれずサリアナらしき女魔族とケルベロスのもとへ駆けつける。そして僕たちがサリアナらしき女魔族とケルベロスに近づくのを遮るように立った。
サイクロプスよりはやや小さいようだが、それでも見上げるような巨体だ。だけどサイクロプスとは違い、その姿は魔物というよりは人のように見える。いや角があるから魔族なのか・・・。しかもなんだか見覚えがある。
「お前は誰だ!」
僕の問いには答えずに、濃い緑髪の巨人は「サリアナ様、ここは私にお任せ下さい」と言うと、巨大なハンマーを構えた。普通に喋ったから、やはり魔物ではないみたいだ。
「ハル様、この巨人、武闘祭で見た大男に似ています」
「え?」
「ほんとだ。クレアの言う通りだよ。あのときよりも大きいし角もあるけど確かにガロデアっていう人とそっくりだよ」
ガロデアは準決勝でコウキと戦って敗れた。なかなか気持ちのいい戦士だった。言われてみると髪が緑になっているし角もあるけど、それ以外はガロデアにそっくりだ。巨大化する魔法なんてあるんだろうか? いや実際に巨大化してるんだからあるんだろう。魔族の固有魔法ならそれもありか・・・。だけど魔法だとすると時間制限があるだろう。某ヒーローと同じで3分程度ならいいんだけど・・・。
「ハル、こいつは強いよ!」
僕たちの中で、最も魔力探知能力の高いユイが警告する。
「うん」
ガロデアはもの凄く強そうだ。だけど、サリアナとケルベロスはたぶんもっと強い。サリアナから感じるオーラはエリルと同じ種類のものだ。
ますます収集がつかなくなった。これって、一体どうしたら・・・。
突然、巨人が巨大なハンマーを振り上げて、僕に襲い掛かってきた。クレアと僕は二人がかりでそれを受け止めた。
す、凄い力だ・・・。
僕とクレアは、なんとか踏みとどまるが、ジリジリと後退させられている。
「炎竜巻!」
ユイが魔法を放つが、巨人ガロデアは炎の竜巻を避けるように後ろに飛びのいた。
巨体のくせに速い!
でも、すでにクレアが風属性魔法を使ってジャンプしている。クレアが空中から赤龍剣を叩つける。巨人ガロデアはクレアの一撃を左腕で防ぐ。
ガキッ!
クレアの一撃を防いだが巨人ガロデアの左腕の防具にヒビが入っている。
「黒炎弾!」
僕は右手を払うように動かし巨人ガロデアに向かって黒炎弾を放つ。
巨人ガロデアは、ハンマーを高速で振り回して黒炎弾なぎ払うが、今度はユイが氷槍を打ち込む。中級だが単体相手にはなかなか威力の高い魔法だ。
巨人ガロデアが「うぐぅ!」とうめき声を上げて後退する。しかし、巨人ガロデアが後退した先にはユイが最初に放った炎竜巻がまだ消えずに残っており巨人ガロデアを襲う。
巨人ガロデアは膝をつきハンマーを持ったまま両手を交差させて防御する。
「黒炎爆発!」
やっぱり3人で協力すると魔力を溜めるのも楽だ。僕はすでに黒炎爆発を限界突破している。
巨人ガロデアの頭上に黒い炎の塊が出現した。
炎竜巻をなんとか耐え切った巨人ガロデアは巨大なハンマーを振り上げる。
だけど・・・。
「ハル様、お待ち下さい!」とクレアが叫んだのと、サリアナが「デロン待て!!」と言ったのはほとんど同時だった。巨人ガロデアはデロンという名前の魔族らしい。
僕は慌てて限界突破した黒炎爆発を消した。
「その剣はなんだ? それに黒い炎とは・・・」と言ってサリアナらしき女魔族は黒龍剣を見ている。
クレアは僕を守るように僕とサリアナらしき女魔族との間に立つと威厳に満ちた声で「あなたたちは、エリル様の許可を得てここに来ているのですか?」と尋ねた。
なるほど、サリアナはエリル派の四天王のはずだ。
「・・・」
「なぜ、私の問いに答えないのです。もう一度聞きます。あなたたちは、エリル様の許可を得てここに来ているのですか?」
クレア怖い! 女優になれる。
「なぜ、エリル様のことをお前が知っている?」
クレアの問いには答えず、反対にサリアナが低い声で問うてきた。こっちも迫力がある・・・。
するとクレアが小声で「ハル様、ここはエリル様の夫として振る舞って下さい」と言った。
「え、でも・・・」
クレアは無言で僕を見ると促すように頷いた。し、仕方ない、ここはクレアに合わせて・・・。
「僕が、妻のエリルのことを知っていたらおかしいのか?」
僕は一歩前に出ると、できるだけ偉そうな口調でそう言った。
「エ、エリル様の夫・・・? まさか・・・いや、でもあの剣は確かに闇龍の剣。エリル様の夫だけが使えるはずの剣。だとすると本当にお前がエリル様の言っていた・・・」
「私たちはエリル様の許可を得て、エリル様の夫たるハル様の側室にして頂いている者です。ハル様の護衛も兼ねています」
クレアって女優になれるんじゃ・・・でもユイは自分も側室と紹介されて不満そうに口を尖らせている。ちょっと可愛い。
ここはクレアに任せて僕は偉そうにしておくか・・・。
ユイとクレアが僕の両側に立っているので、丁度二人を従えるような感じになってる。
「ここまで言っても答えないのですか? エリル様は人族との争いを望んでいないはず。返答によっては許しませんよ!」
お、思わず謝りたくなるような迫力だ!
サリアナはケルベロスから飛び降りると僕の前まで歩いてきた。
「なるほど、エリル様の夫というのは本当のようだ」
サリアナは僕の持つ黒龍剣を確認する。
「今回のことは、わたしが勝手にやったことだ。エリル様は知らない。内乱を利用して人族側の強国である帝国の力を弱めておこう思ってな」
「エリルは、人族との争いを望んでいないはずだが?」
僕は偉そうな口調を崩さない。
「エリル様が人族に甘くしている間に人族側の戦力が強化され過ぎると、人族が融和に応じる可能性が低くなる。ましてやルヴェリウス王国には勇者もいる。その上、最近のガルディア帝国は力をつけ過ぎていた。『皇帝の子供たち』とかいう奴らを始めとしてな」
そういうことか、サリアナはエリルに内緒で、汚れ役を買って出たって感じか。案外いいやつなのかもしれない。とにかくサリアナはエリルが言っていた通りエリル派のようだ。
「サリアナ、お前がエリルのことを考えて行動しているというのはよく分かった。だがもうこの辺で引いてくれ。ザギは武闘祭で戦闘能力を失った。ネイガロスとエドガーも死んだ。3人ともお前が言うところの『皇帝の子供たち』だ。帝国の戦力は十分に削がれたはずだ」
「ネイガロスとエドガーが? お前が殺したのか?」
「いや、殺したのは黒騎士団の団長イズマイルとかいうやつだ」
「イズマイル?」
「ああ、両手に曲刀を持った男だ」
「両手に曲刀・・・。なるほどキケロアがいるんだからそういうことか・・・。分かった。お前の言う通りこの辺りで引くことにしよう」
「それから、エリルのおかげで僕とクレアはイデラ大樹海を脱出してユイにも会えた」
僕は両側に立つクレアとユイを見る。
「エリルにはとても感謝していると伝えてほしい。それからエリルの人族と魔族の融和策にも協力する。そう伝えてくれ」
サリアナは頷くと「ハル、お前を魔王城に堂々と迎え入れられるよう、わたしも全力を尽そう。楽しみに待っているがいい。ただし側室を増やし過ぎてエリル様を悲しませたらわたしが許さない。そうそう、もし機会があればドロテア共和国のジリギル公国を訪ねてみるがいい」と言った。
ジリギル公国?
「僕もまたエリルに会えるのを楽しみにしているよ。それとちょっと頼みがある」
「なんだ?」
「この後、黒騎士団に加勢に来たフリをしてから引き揚げてくれないか? 皇帝の邪魔をすることにもなる」
サリアナは少し考えると「おもしろい。乗った!」と言って頷いた。
僕たちとサリアナたちは軽く戦闘するフリする。その後、サリアナはケルベロスに乗ってケルカを始めとした黒騎士団に近づいた。
ケルカはサイクロプスから降りて戦闘態勢だ。上空の三頭のワイバーンも高度を下げる。
「いやあ、ケルカ、加勢に来るのが遅くなってすまん!」
サリアナが大声で言った。
すかさず僕は「黒騎士団が魔族の手を借りてわざと内乱を起こしたんだ! ヴァルデマール侯爵もそれに関わっている!」と叫んだ。
白騎士団だけでなく黒騎士団にも動揺が広がっている。
ケルカが「サリアナ! 何を言っている!」と叫ぶが、辺りは混乱状態になった。
「クリストフ様がいない!」
誰かが叫んでいる。
見るとクリストフは白い馬を駆ってこの場から離れようとしている。これによって白騎士団は旗頭を失った。一方、黒騎士団も魔族に加勢に来たと言われて混乱状態だ。ワイバーンやサイクロプスもケルベロスや巨人ガロデア改めデロンを警戒して大きくは動けない。
「両軍ともこれ以上戦う意味はない! ヴァルデマール侯爵は魔族と繋がっている! 証拠となる魔族の死体を冒険者ギルドが保管しています! 今、皆さんの目の前にも魔族と魔物がいます。皆さんが戦う意味はありません!」
僕は大声で叫ぶ。
ケルカは僕たちとサリアナ、デロンを交互に見ていたがすべてを相手にするのは危険だと判断したのか。それとも部下の黒騎士団員たちの混乱を見てか「引き上げる!」と吐き捨てるように言うと、再びサイクロプス肩に乗り帝都の方角へ引き返した。黒騎士団も混乱しながらそれに続く。
「どうしたんだケルカ? 白騎士団を皆殺しにするというから加勢に来たのに」
サリアナがケルカの背に呼びかける。サリアナは面白がってまだ演技を続けているようだ。
ケルカは振り返りもせず「うるさい!」と言うと、そのまま帝都の方へ去った。上空のワイバーンも後を追っている。
それを見たサリアナは僕の方を見てニヤっと笑うと何も言わずに元の大きさになったデロン・・・それでも大きいけど・・・をケルベロスの背に乗せると帝都とは反対の方角へ引き揚げた。
「レオナルド、本当にヒューバートは死んだのか」
見るとレオナルドさんとグリゴリーさんが話しをしている。レオナルドさんがいろいろ説明している様子だ。
「そうか、クリストフ様は最初からグルだったんだな。それにネイガロス副団長とエドガー大隊長が・・・」
グリゴリーさんは僕たちの方を見ている。そして僕の方に寄ってくると「そうか、きみがザギを倒した謎の仮面男なのか。しかもネイガロス副団長も」と言った。
「ネイガロスとエドガーを殺したのはイズマイル団長です」
「ああ、レオナルドからもそう聞いた」
結局、この件はどうなるんだろう? なんとか大規模な内乱になるのは止めることができた。ザギ、ネイガロス、エドガー、3人の『皇帝の子供たち』が黒騎士団からいなくなることによって皇帝の、ガルディア帝国の戦力は削られた。
でも、レオナルドさんやビダル家、それにグレゴリーさんたちはどうなるのだろうか? 上手い落としどころがあるといいんだけど・・・。
以前、短編にレビューを頂いた方から本作にもレビューを頂きました。ありがとうございます。




