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5-36(四天王現る).

 これで一件落着・・・なのだろうか? 


 イズマイルは今回の騒動をヴァルデマール侯爵、ネイガロス、エドガー、この3人のせいにしようとしていた。だが、そんなはずはない。もともとこの件は、皇帝が剣を持ったこともない嫌われ者の皇帝派貴族カイゲル・ホロウを次期白騎士団団長に任命したことから始まったのだ。皇帝が反皇帝派を一掃するために挑発したのだ。黒幕は皇帝ネロアで間違いない。


 反皇帝派の別働隊の主なメンバーはレオナルドさん、ゼードルフ、そしてどうやらネイガロスたちに殺されてしまったらしいレオナルドさんの友人のヒューバートだ。 

 僕たちの目的はレオナルドさんを連れ戻すことであり、その目的は達成された。これで『正しき血への回帰』が成功することはなくなった。だけど、そろそろ反乱軍本隊と黒騎士団が衝突してもおかしくない頃だと聞いた。 


 イズマイルはそっちも止める気があるのだろうか? いや、さっきの様子からすると、このまま止めずに反皇帝派の戦力を削いだ上で、魔族の件を指摘されたらヴァルデマール侯爵、ネイガロス、エドガーの3人のせいしてこの件の落着を図る。こんなとこだろう。皇帝派は今のままでは貴重な戦力を失っただけになってしまう。


 反乱軍本隊と黒騎士団が正面からぶつかれば多くの犠牲者が出る。その多くは反乱軍側から出るだろう。もともと彼らは時間稼ぎの捨て駒だ。そして反皇帝派の戦力を削ぐのが皇帝の狙いでもある。今となっては時間稼ぎは無意味だ。別働隊はもういないのだから。意味もなく人が死ぬ・・・。


「内乱を止めよう」


 僕は自然とそう口に出していた。


「ハル、内乱に関わるの?」

「ハル様、私がレオナルド様を助けたいと言ったばかりに。私のせいで」

「いや、クレアのせいじゃない。レオナルドさんたちをだまして反皇帝派を一掃しようとする皇帝ネロアとやらは気に食わない。白騎士団員たちだって自分の国の国民なのに。反乱を止める理由が気に食わないだけじゃダメかな?」

「ううん。いいと思うよ。私も気に食わないもの」

「ハル様、ユイ様・・・」


 結局、先に広間を出たレオナルドさんとその部下と合流した僕たち一行はジャール砂漠に出ると、そのまま帝都を目指した。レオナルドさんの話だと反乱軍の本隊である約500の白騎士団・・・実はこっちが囮なんだけど・・・はすでにヴァルデマール領を出立しているはずだという。


 途中レオナルドさんはクレアに話しかけようとしては思い止まっている様子だ。それに気付いてか気付かないのかクレアは何も言わない。


 それは帝都とヴァルデマール領の間にある森を抜けた辺りだった。


 反乱軍である約500人の白騎士団とその倍以上はいる黒騎士団が睨み合っていた。白騎士団の先頭には白騎士団の名には似つかわしくない黒っぽい馬に乗ったリーダーらしき騎士がいる。


 僕たちはその様子を辺りに点在している木々の後ろに隠れて観察していた。


「グレゴリー・・・」とレオナルドさんが呟いた。


 あれが白騎士団第二大隊の隊長グレゴリー・クラッグソープか。グレゴリーの父であるダニエル・クラッグソープ伯爵は現白騎士団団長だ。近々その座を皇帝派のカイゲル・ホロウ男爵に譲ることになっている。そもそもそれが今回の件の発端だ。


 一方の黒騎士団の先頭には異様な人物がいた。その女騎士はなんと伝説級の魔物であるサイクロプスの肩に腰かけていた。空には3対のワイバーンが旋回してる。


「あれは・・・」と僕が呟いたのに対して、レオナルドさんが「黒騎士団の第三大隊の隊長ケルカだ」と教えてくれた。そして「だが、あの魔物は初めて見た」と続けた。

「あれはサイクロプス。伝説級の魔物です」

「で、伝説級! ま、まさか・・・」

「そのまさかです」


 黒騎士団の第三大隊は大隊と言いながら十数人の使役魔術師で構成された部隊で獣騎士団とも呼ばれている。ケルカとサイクロプスの他にもジャイアントウルフやブラッディベアーなど多くの魔物とそれらを使役している魔術師の姿がある。


「それにしてもあんな数の魔物をどこに・・・」

「帝都の近郊には獣騎士団専用の施設があって広大な敷地が確保されている」

「なるほど」

「ワイバーンを使役しているのもケルカのはずだ」


 レオナルドさんの言葉通りだとするとケルカという名の女魔術師は上級でも上位のワイバーン三体に加えて伝説級のサイクロプスを使役していることになる。

 僕はエリルの言葉を思い出す。エリルはこう言っていた。使役魔法の得意な四天王サリアナでも伝説級なら2体までしか使役できないと・・・。

 エリルの言葉が正しいとすれば、もちろん僕は正しいと思っている、使役魔法の得意な四天王サリアナでさえ使役できる魔物は伝説級なら2体が限界だ。そして今、目の前には伝説級一体に上級上位の魔物を3体使役している魔術師がいる。人族にも使役魔法を使う者はいる。ユウトもそうだ。だがユウトは異世界人でありこの世界の常識が当てはまらない存在だ。魔族より使役魔法が得意ではない人族としてはケルカは明らかに異質な存在だ。 


「ハル様、もしかしてケルカとやらは魔族なのでは?」

「うん」


 ユウトが倒したヴェルデマール侯爵の別邸を守っていた男も魔族だという。そもそもバルトラウト家は200年前に皇位を簒奪したときから魔族の手を借りていたのではないだろうか? それどころか・・・。


「これは、やっぱり止めたいね。エリルの目指す人族と魔族の融和のためにも」

「はい」

「ハルとクレアが会った魔王エリルって人族と仲良くしたいって思ってるんだよね」

「うん」

「じゃあ、皇帝って、魔王に反対している魔族の一派と関係があるのかな?」

「そうだと思う。エリルがこんなことをするはずがない」

「私もそう思います」

「そっか、じゃあ、止めるかー。たくさんの人が死ぬのは見過ごせないしね」


 今にも戦闘が始まりそうな様子だ。でも、白騎士団の先頭に立つグレゴリーさんはともかく、後ろの白騎士団員たちは明らかに怯えている。無理もない。そうでなくても個々の実力が上だと言われている黒騎士団が倍以上の数で待ち構えている。しかも先頭には伝説級の魔物である巨人サイクロプスがいて、空には上級上位の魔物のワイバーンが3体旋回しているのだ。他にも魔物が数多くいる。倍どころの戦力ではない。これでは計画している時間稼ぎだって大してできない。もともと無理だったのだ。


「グレゴリー、これは何事だ! 皇帝に対する反乱と看做していいのだな!」


 ケルカがサイクロプスの上から叫ぶ。


「これは反乱などではない。真の皇帝たるべき方の元に帝国を返してもらうための聖戦だ!」

「真の皇帝?」

「そうだ。トリスゼンの血を引くクリストフ・ヴァルデマール様こそが本来皇帝になるべき方だ。これはクリストフ様の元に皇帝の座を取り戻すための戦いだ」


 グレゴリーは白騎士団の士気を高めるように大声で宣言した。


 グレゴリーの声に白騎士団の一団の中から、今度は白騎士団らしい白い馬に乗った人物が進み出た。クリストフ・ヴァルデマール侯爵だ。


 そのとき、突然レオナルドさんが走り出した。レオナルドさんは白騎士団に向かって走ると「グレゴリー!」と大声で呼び掛けた。


「れ、レオナルド・・・。どうしてここへ」


 レオナルドさんはグレゴリーに向かって走りながら言った。


「グレゴリー騙されるな! クリストフは最初からネロアと繋がっていたんだ。ヒューも俺たちも騙されていたんだ。ヒューはネイガロスたちに殺された。このままでは犬死だ」

「ば、馬鹿な。何を言っているレオナルド。私がネロアと繋がっているなど、なんの証拠があって」


 こうなってみると、ネイガロスとエドガーを連れてこ来れなかったのは痛い。いや、それでもヴァルデマール侯爵が裏切っていた証拠になるかどうか怪しい。まあ、ここにレオナルドさんがいるのが証拠といえば証拠なのだが・・・。


 仕方がない。僕はユイとクレアに合図すると木々の陰から姿を現した。


「お、お前らはレオナルドの部下か?」


 グレゴリーは姿を見せた僕たちに尋ねた。


 僕は質問には答えず「グレゴリーさんですよね。奥さんはサクラ迷宮にあるクリストフ・ヴァルデマール侯爵の別邸に監禁されているところを冒険者に助け出されました」と言った。


「ヴィクトリアは無事なのか」

「はい」と僕は頷いた。

「しかも、ヴァルデマール侯爵の別邸を守っていたのは魔族です」

「ば、馬鹿なことを言うな!」


 ヴァルデマール侯爵が慌てて否定する。


「侯爵、証拠があります。魔族の死体は冒険者ギルドがすでに回収しています。貴方が誘拐していたレオナルドさんの奥さんを始めとした人質も解放されました」


 冒険者ギルドは国を跨ぐ組織で大きな力を持っている。さすがに無視はできないだろう。


「なんだってギーズの死体を・・・」

「クリストフ様、ギーズとは?」

「グレゴリー、その魔族の名だ。ネイガロスもそう呼んでいた!」


 レオナルドさんが大声で説明した。


「ほ、本当にクリストフ様が魔族と・・・。しかも皇帝とも繋がっているのか」


 ヴァルデマール侯爵、語るに落ちたな。

 

 僕は今度は黒騎士団の方を向くと「ケルカさんでしたっけ。あなた魔族なんじゃないんですか?」と尋ねた。


 レオナルドさんが現れてからの一連の動きをケルカは冷静に見ていた。ヴァルデマール侯爵が魔族や皇帝と繋がっていたとレオナルドさんが告げたときには黒騎士団員にさえ動揺が見えた。しかしサイクロプスの上に座っているケルカだけは冷静だった。もともと知っていたに違いない。


「ふん、馬鹿なことを。私のどこが魔族に見えるんだ」


 ケルカは目つきの鋭い小柄な女魔術師だが、髪の色はこの世界で一番普通のちょっと濃いめの茶色だし角もない。顔色は白いがこの程度なら普通だ。だが逆にその程度では魔族でないという証拠にもならない。エリルは言っていた。魔族には外見がかなり人族に近い者もいると。それに人族と魔族の血はかなり混じってきている。魔族が全員いかにも魔族らしい姿をしているわけではないのだ。


「みなさん、おかしいとは思わないんですか? 唯の人がワイバーンに加えて伝説級のサイクロプスを使役しているなど。伝説級の魔物なんておとぎ話の中で魔王が使役してたって話があるくらいなのでは?」


 確か、そんな伝説だかおとぎ話があったはずだ。


「ケルカが魔族だからだと、そうは思いませんか?」 


 僕の話を聞いた黒騎士団員たちに動揺が見える。


「うるさい! 話は終わりだ。皇帝に刃向かう者たちは皆殺しだ!」


 ケルカがそう言った瞬間、ワイバーンたちが急降下してきてグレゴリーたち白騎士団員たちを襲った。見るといつの間にかヴァルデマール侯爵は後方に下がっている。


 ワイバーンが鋭い爪と巨体でグレゴリーを押しつぶそうとしたとき、森から巨大な影が現れた。狼のような魔物だ。しかも背中に誰か乗っている。


 あまりの出来事に全員が思考を放棄して動きを止めている。


 その魔物を警戒したのかワイバーンはグレゴリーさんを攻撃するのを中止して再び上空に舞い上がった。


「あ、あれは・・・」

「ハル、頭が三つある。あれってケルベロスって言うんだよね。ルヴェリウス王国の書庫の図鑑で見たよ。確か伝説級の中でも強いほうだって書いてあった」

「ハル様、伝説級の魔物ケルベロスを使役しているといえば・・・」


 そうだ。あれはケルベロスだ。ケルベロスの背中には女魔族が・・・。白い肌に青みがかった緑の髪、そして額から一本の角を生やしている。赤い目をしたその顔は妖艶と言う言葉がぴったりだ。


 あれは、魅惑の女王サリアナだ!


「ユイ、あれは・・・たぶんエリル派の四天王。使役魔法が得意なサリアナだ」

「ハル、でもエリルは」

「うん。エリルは人族との融和を望んでいる」


 なぜエリル派の四天王サリアナがここに・・・。しかも今グレゴリーを助けたような気がした。反皇帝派に味方したような動きだった。


 クレアもサリアナを見て考え込んでいる。


 何がなんだか分からない。とにかく確かなのは目の前でケルベロスの背に跨ったたサリアナらしき女魔族とサイクロプスの肩に乗った女黒騎士のケルカが睨み合っていることだけだ。

 第4章の最後に「第4章までの登場人物紹介」を挿入しました。

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