1-18(ハル対コウキ).
また、少し長くなってしまいました。動きのある場面で途中で切るのが難しかったです。
召喚されてから半年が過ぎた。
「お前たちも、かなり強くなってきた。そろそろ実践を経験してもらおうと思う」
訓練場に全員を集めて、ギルバートさんはそう宣言した。
「実践を経験って何をするんですか?」
いつものように、コウキがみんなを代表して質問する。
「来週、ギディア山脈の山麓に広がるガドア大森林の近くまで遠征して、魔物を討伐してもらう」
ギディア山脈はシデイア大陸を北部と南部に隔てている大山脈で北部は魔族の支配するゴアギール地域だ。ギディア山脈のルヴェリウス王国側には、今ギルバートさんの話に出たガドア大森林のほかアドニア大森林などいくつかの大森林が広がっている。
「俺たちの実力で大丈夫なんですか? まだ危なそうなのがいますけど?」
コウキは僕の方を見る。相変わらず嫌味な奴だ。
「お前たちは、すでにB級冒険者くらいの実力はある。使える魔法の種類などでいえばそれこそ英雄レベルだが、熟練度などを加味すればそのくらいだろう。今回討伐を予定しているのは、ゴブリンやオークなど下級の魔物だ。目的はあくまで慣れるためだ。普通にやれば何も問題ない」
この世界の魔物は下級、中級、上級にざっくり分かれている。あくまで人がざっくり分けただけの区別なので同じ級でも強さにはかなりばらつきがある。本当はその上に伝説級の魔物たちがいる。だが、それらは、めったに見ることが無い魔物であったり、中には実在すら疑わしい魔物だったりする。まあ、遭遇することを気にするような魔物ではないってことだ。
「たしか魔族は魔物を操るのが得意なんでしたよね。それなら魔物との実践を経験する必要はありますね」
「遠征する辺りでは、最近魔物が活発化している。それでガドア大森林に近い都市カルネから冒険者ギルドにも討伐依頼が出ている。国としても放っておけない。今回それをお前たちにやってもらおうってわけだ」
ユイちゃんと冒険かー。 ちょっと楽しみだ。
「魔物の討伐では二人一組で行動してもらおうと思う。できれば前衛と後衛の組み合わせでいきたいが、それだと後衛が足りないので、ヤスヒコはアカネと組んでくれ。二人とも前衛タイプだが、タイプは違うし実力的にも問題ないだろう」
というわけで、ヤスヒコとアカネちゃんは決まりで、あとはコウキとマツリさん、サヤさんとカナさん、そして僕とユイちゃんでどうかっていうことになった。普段の人間関係からしても自然な組み合わせだと思う。だが、そこでコウキが反対した。
「ハルは前衛として力不足だ。ユイは任せられない。ユイは俺のところに来るんだ! 3人でパーティーを組もう。ハルはヤスヒコのとこかサヤのとこに入れてもらえばいい」
「私はハルと一緒でいいよ」
「コウキ! いい加減にしなさいよ!」
ユイちゃんとアカネちゃんが反論する。
「コウキ、ユイさんもいいって言ってるんだからいいんじゃない?」
マツリさんは、ユイちゃんがコウキのそばにくるのが嫌なんだろう
「いや、これは遊びじゃないんだ。いくら下級魔物が相手でも実践では何が起こるか分からない。ユイは優秀な魔導士だがあくまで後衛だ。しっかりした前衛が付いていないとダメだ」
コウキの言うのはもっともだ。確かにこれは遊びじゃない。ユイちゃんを危険に晒すわけにはいかない。悔しけど、ここは僕が引くべきなのか。
そう考えていたらユイちゃんの視線を感じた。ユイちゃんの目を見ていたら、やっぱりコウキのとこに行かせたくなくなってきた。
「僕がユイちゃんを守るよ。僕もだいぶ強くなったし守れるよ」
「そこまで言うなら、俺と模擬戦で勝負しろ! 俺に勝ったら認めてやろう」
「コウキ、なに言ってんのよ! ハルだけでなく勇者のコウキには誰も勝てないでしょ? イリス様の加護だってあるのに」
「ハルどうするんだ? アカネはああ言ってるけど、戦わずに諦めるのか?」
「やるよ!」
ギルバートさんは、何を考えているのか分からない表情で僕たちを見ている。とりあえず模擬戦を止める気はなさそうだ。
こうして、僕とコウキは模擬戦をすることになった。
僕とコウキは練習用の剣を持って訓練場の中央で対峙する。さすがに光の聖剣は使わない。あれは魔王を倒す剣だ。
みんなは少し離れたとこで見守っている。
ユイちゃんの祈るような視線を感じる。
ヤスヒコの表情は(とにかく頑張れ!)とでも言っているようだ。
アカネちゃんはコウキを睨みつけている。
マツリさんはコウキの勝利を信じているのか心配はしてなさそうだが、ユイのことでコウキが戦うのが気に入らないのか不満そうな表情だ。
サヤさんは興味深そうに僕を見ている。
カナさんは不安そうだ。
「危ないと判断したら俺が止める。それからユイとマツリは、すぐ回復魔法が使えるように準備しとけ」とギルバートさんが指示する。
ギルバートさんの「始め!」の合図でお互いに身体能力強化を発動させる。
すぐにコウキが剣で攻撃してくる。
速い! だけど・・・。
「炎盾!」
ガキ!
僕の発動した炎盾がコウキの剣を防いだ。予想していたこともあって間に合った。それに発動までの時間を短くすることを重視し最小限の範囲で発動させた。
コウキが再度剣をふるうと炎盾は切り裂かれて消えた。コウキはすぐに次の攻撃を繰り出してくる。
僕はバックステップで避けるが、コウキはすぐに間合いを詰めて斬り掛かってくる。
「炎盾!」
また炎盾で防ぐ。
ふー。なんとか2回炎盾でコウキの剣を防ぐことに成功した。
「ハルの魔法って発動がすごく速いよね!」
「たしかにアカネの言う通りだ。魔法でコウキの剣速について行くなんてすごい」
「だってハル、すごく練習してるもん。ハルは、ほんとはとっても強いんだから」
「うん。きっと大丈夫だよユイちゃん」
コウキが僕の真上に高くジャンプして、上段に振りかぶった剣を叩きつけようとしてくる。
炎盾もろとも僕を斬り裂くつもりだろう。
今までと同じ強度の炎盾では防げない!
僕は、ギリギリまで魔力を溜める。さっきまでの炎盾より強度を高め、その代わり、より小さく発動させるイメージで・・・。
「炎盾!」
コウキの剣と炎盾が激突する。コウキの剣は炎盾を切り裂いて僕に迫る。とっさに僕は左に転がって避ける。
うっ! 右肩を切られた。血が流れるのを感じる。
「ハルー!」
ユイちゃんがなにか叫んでいる。
強度を上げた炎盾でもコウキの剣には引き裂かれてしまった。でも僅かにコウキの剣の軌道を逸らすことはできたようで致命傷は免れた。
僕はすぐに立ち上がるとバックステップして距離を取る。僕とコウキは再び対峙する。
くそ、右肩を斬られたせいか右手が痺れる。
左手で剣を持っているので、右手で魔法を発動させているが、もうあんまり長くは持たない。
コウキは僅かに眉を顰めると、剣を持っていない方の左手を払うように動かした。
「光弾!」
光の弾が僕に迫る。僕は素早く後ろに走って逃げる。逃げながら、魔力を溜める。ギリギリまで溜める。
ついに光の弾が僕に追いつき僕を捕らえようとする。
「炎弾!」
僕は火属性初級の攻撃魔法である炎弾を発動した。
バーン!
僕の目の前で、光弾と炎弾がぶつかり爆発する。
僕は、爆風で大きく飛ばされて地面に叩きつけられる。
意識が飛びそうになる。
「ハルー!」
ユイちゃんの悲鳴が聞こえる。
「コウキのやつ、勇者しか使えない光魔法まで使うなんて・・・」
アカネちゃんが何か呟いている。
そろそろ止めるか? と迷っているギルバートさんが視界の端に見える。
くそー まだだ! 僕はゆっくり立ち上がる。
僕の火属性魔法でコウキの攻撃に対抗するためには、もう一段も二段も速く魔力を溜め発動する必要がある。今のままでは時間の問題で僕の負けだ。
右手もそろそろ限界だ。
行くか!!
僕はコウキに向かって走り出す。
「光弾!」
コウキが光弾を放った。
「炎盾!」
僕も炎盾を発動させる。発動までの速さ重視でその分お互い威力や強度は低い。ただ、僕は中級魔法である炎盾を小さく発動させてその分強度を上げている。その僕の炎盾は目の前に迫った光弾を防いだ。
よし!
「光弾!」
だがコウキはすでに次の光弾を放っている。コウキの魔法発動速度もなかなかのものだ。
そして2発目の光弾が僕に迫る。魔法発動の速さ関しては自惚れではなく僕に分があると思う。とはいえ、光弾は初級魔法で炎盾は中級魔法だ。普通は中級魔法の方が発動に時間がかかる。でも・・・。
「炎盾!」
なんとか間に合った。でも即席の炎盾では光弾を完全に防ぐことはできないだろう。もともと完全に防ぐとことが目的ではない。軌道を変えさせることができればいい。
ガキッ!
炎盾によってわずかに軌道を変えられた光弾を最小限の動きで躱して僕はコウキに迫る。
「光弾!」
コウキが続けて3発目の光弾を放つ。初級魔法とはいえ、やっぱりコウキの魔法発動も速い。さすが勇者だ。でも感心している場合ではない。
「炎弾!」
僕は今度は炎盾で防御するのではなく、初級攻撃魔法の炎弾をコウキに向かって放った。そして同時にジャンプする。コウキの放った光弾が僕の左足を捕らえる。
(痛い!)
だが、これでいい。左足くらい犠牲にしないと、コウキに攻撃は当てられない。
今度は僕が最後に放った炎弾がコウキに迫っている。僕の炎弾をコウキが剣で受ければ・・・僕の剣がコウキを捉えるはずだ。
これまで僕が剣を使ってなかったのは、この瞬間のためだ!
左手で持った剣をコウキに振り下ろす。
捉えた!
その瞬間、コウキは剣で僕の渾身の一撃を受け止め、返す刀で僕の胴を払った。
コウキの身体強化能力はすさまじく、そのスピードは到底僕の及ぶところではなく、避けることはできなかった。
「ぐうぉ!」
僕の胴は切り裂かれ血しぶきが上がる・・・。
「キャー!」
悲鳴が聞こえる。
コウキは最後の炎弾を剣で受けなかった。
発動の速さを優先して放たれた炎弾の威力はたいしたことなかった。それを見抜いたコウキは炎弾を剣で受けず避けもせずに、僕の本命の攻撃だった剣を受け止め、僕を斬った。
僕が左足を犠牲にしたように、コウキも炎弾をあえて食らったのだ。僕とコウキは、似たようなことを考えていた。
違ったのは、かなりのダメージを受けた僕の左足とは違い、創生の神イリスの加護のあるコウキに僕の炎弾は大したダメージを与えられえず、コウキの軽鎧を僅かに焦がしただけだったことだ。
コウキは何かを考えるように焦げた軽鎧を見つめている。
ああー、すごく・・・痛い。
「ハルーー!!!」
ユイちゃんが悲鳴を上げながら走ってくるのを視界の端に捉えた。
ユイちゃん、信じてくれたのに、ゴメン。
僕は意識を失った。
「うーん・・・」
気がついたら、ユイちゃんが僕を抱きかかえて、泣いていた。
いつかと同じで回復魔法で治療してくれたようだ。もう血は止まっていたが、なんだかまだお腹と左足が痛い気がする。ユイちゃんは聖属性魔法を最上級まで使える。それは神の御業にも例えられる魔法だ。それでこれだから、かなりの怪我だったんだろう。でも光弾を食らった左足もちゃんと付いているし見たところは完全に治っている。流石ユイちゃんだ。感謝しかない。
今思い返すと、コウキはたぶん手加減していた。コウキの実力なら、あんな魔法勝負をしなくても、もっと簡単に僕を剣で斬り伏せることができたはずだ。僕の魔法や剣技を見ていたような気がする。
やっぱり僕とコウキの間には大きな実力差がある。ずいぶん練習したし、目指すべき戦い方も見つけたと思っていた。
情けない・・・
こんなんじゃコウキの言う通りでユイちゃんを守れないや。
「ユイちゃん、信じてくれてたのに負けちゃってごめんね」
「そんなことないよ! ハルはすごく頑張ってた。頑張ったよ」
「コウキ! 何考えてんのよ。やりすぎよ。一つ間違えばハル、死んでたよ」
いつの間にか僕たちのほうに近づいてきていたコウキにアカネちゃんが抗議する。
コウキは、そんなアカネちゃんをチラッと見ただけで何も答えず、僕を見て言ったのは・・・意外な一言だった。
「ハル、ユイのパートナーはお前に任せる」
「え? 僕は・・・負けたんだよ」
「ああ、俺の勝ちだ。でもユイはお前に任せる。ハル、いつも今日と同じくらいの覚悟でユイを守れ。これからは中途半端な態度は止めろ!」
「コウキ・・・お前・・・もしかして、わざと僕を挑発していたのか?」
コウキは僕の問いには答えず、アカネちゃんのほうを向くと、「殺すくらいの気でやらないと、俺も危なかったからな」とだけ言って、マツリさんたちの方に戻って行った。
★★★
訓練が終わった後、僕は夕食も食べないで部屋に閉じこもっていた。
あー 僕の負けだ。
模擬戦だけでなく、人間としても負けた気がする。
コウキは、なるべく目立たないようにして無難に過ごしながらユイちゃんを守ろうなんていう日頃の僕の態度に思うとこがあったんだろう。日本でならともかく、この世界でそんな態度は通用しないと怒っていたんだ。
ほんとに僕はだめだ・・・。
セイシェル師匠と練習して、正直少しは自信があった。自惚れだった。
あの後、ユイちゃんやヤスヒコたちは、惜しかったとか、僕の魔法発動の速さをすごいとか言って慰めてくれた。けど僕の心は晴れなかった。
みんな、せっかく慰めてくれたのに・・・ごめん。
いつもの僕なら、ユイちゃんのパートナーの座をかけてコウキと模擬戦なんかしなかっただろう。コウキの挑発を無難にやり過ごしただろう。でも、なぜか今日は負けたくなかった。この世界に来て僕自身このままではダメだと、どこかで思っていたんだろう。そしてコウキもそう思っていた。
コウキは強い。コウキだけでなくユイちゃん、ヤスヒコ、アカネちゃん、他のみんなも強い。
ユイちゃんなんて基本四属性魔法に加えて聖属性魔法も使える特別な存在だ。僕が守ろうなんて、とんでもない。
ユイちゃんのほうが強いのに・・・。
僕は弱い。どうしても勝ちたかったとこでやっぱり勝てなかった。人間としての未熟さまで指摘されてしまった。あー、なんか堂々巡りだ。今日は寝られそうにない。
外で頭を冷やしてくるか・・・。




