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5-29(クレアとレオナルド).

「ここも違うみたいだなー」

「なかなか見つからないね。そもそもこんなに失なわれた文明の遺跡があるなんてね」

「ハル様、ユイ様、申し訳ありません」


 僕たちはジャール砂漠で秘密の通路とやらの入り口を探している。キリアンさんたちから、すでに別働隊が秘密の入り口の中に入って準備をしているはずだと聞いたからだ。だけど、もう3つの遺跡を探索したが秘密の通路の入り口らしきものは発見できなかった。


 急がなくては、帝都では、日に日に緊張感が高まっている。


 何かを察した一部の貴族が帝都の屋敷を後にして領地に帰るほどだ。ビダル家、メンター家、クラックソープ家などでは自分たちの息子を切り捨てることになっても家の存続を図るべく準備が進んでいるはずだ。


「とにかく次の遺跡を探そう」と言って僕は額の汗を拭う。


 それは5つ目の遺跡を探索しているときだった。


「ハル様ここに」


 クレアが指し示しているのは行き止まりになっている通路の壁だ。たくさんの龍のレリーフが刻まれている。


「これは・・・似ている」

「はい」


 ユイが尋ねるように僕とクレアを見た。


「シズカディアでドミトリウス殿下が監禁されていた原始シズカイ教の教会の地下、あれの入り口にこれと同じようなレリーフがあったんだ」

「そうだったんだ。私はジェイコブスに連れていかれたんだけど気がつかなかったよ」


 僕はユイと再会したあのときのことを思い出した。最初にあの部屋に入ったとき倒れているシルヴィアさんとジェイコブス、それに鼠色のローブを着せられたユイがいたのだ。ユイと再会できてよかった。


「ハル様、これがあのときと同じ仕組みだとして、どの龍の目なんでしょうか?」


あのときと比べても、この遺跡の通路は広い。そして三方の壁には無数の龍が描かれている。魔物食らっている龍、空を飛んでいる龍、人を襲っている龍、火を吐いている龍、吹雪のような息を吐いている龍、本当にたくさんの龍がいる。


「そうだ! 魔術師と戦っている炎のドラゴンだ。それでこのジャール砂漠ができたって、そんな伝説を聞いたよね」

「そっか」

「分かりました」


 それから3人で壁に描かれた龍をしらみつぶしに調べた。


「あった。これだよハル」


 ユイが見つけた龍を見るとローブを纏って杖を持った人と対峙している。それに口からは炎のようなものが漏れている。確かに魔術師と炎の龍が対峙している。


「うん。間違いない。これだ」


 その龍の目に魔力を通そうとするが、あとちょっとで手が届かない。


「うーん。何か台になるようものは・・・」

「そうだ。ハルが台になって」

「え?」


 結局台になるようなものは見つからず。僕が両手をついて台になってその上にユイが乗った。なんか将来を暗示しているようだ。


「えっと、この龍の目に魔力を流すんだよね」

「うん」


 下から僕が返事をする。


 ユイが魔力を流す気配がする。


「ハル、何も起こらないよ」


 ユイの言う通り何も起こらない。この龍の目じゃなかったのだろうか?


「僕がやってみるよ。うーん、やっぱり手が」


 ユイと交代して試しに僕が魔力を流そうと背伸びをしてもやっぱり届かない。


「く、クレア何を!」


 クレアが僕を正面から抱え上げてくれた。こ、この格好だクレアの胸がちょうど僕の・・・。


「ハル、何やってるの。さっさと魔力を」

「わ、分かった」


 今度は僕が龍の目に魔力を流してみた。


「やっぱり、何も起こらないね」

「く、クレアもう下ろしてくれていいよ」

「はい」


 一応クレアにも試してもらうか。


「クレア」と僕がクレアを抱きかかえようとすると、ユイが「私のときと同じで台になってね」と言った。

「はい」

「ハル様すみません」と言いながらクレアが僕の背中に乗って龍の目に魔力を流した。


 ゴゴゴゴォォーーー!


「開いたね」

「うん。開いた」

「なぜ、私の魔力で・・・」


 レリーフの描かれた壁が動いて地下へ降りる階段が現れた。あのときと同じだ。僕たちは、ついに反皇帝派が頼みの綱としているらしい秘密の通路を発見したようだ。

 

 僕たち3人は地下に続く階段を下りる。階段の下には思ったより広い通路が続いている。それにしてもなぜクレアの魔力に反応したのだろう?


 僕たち3人は慎重に歩みを進める。通路は薄暗く広い。いくつかの分岐もある。だが、分岐はそれほど複雑なものではない。それに長年使われていなかっただろう通路に最近使われた跡が残っている。薄暗いとはいえ真っ暗ではないのは迷宮と同じ仕組みなのだろうか。


 すでに、ここにレオナルドたちが待機しているはずだ。


 『正しき血への回帰』の決行日が近づいているのは間違いない。作戦としては先にヴァルデマール領から出発する主力部隊が帝都近辺で黒騎士団とぶつかる。これにより、帝都に駐留しているできるだけ多くの黒騎士団を引き付ける。これが主力部隊の役割だ。そこをこの通路を使って皇宮に突入した別働隊が皇帝やその家族を根絶やしにする・・・。

 

「ハル様、話し声が・・・」

「うん」


 クレアの言う通りだ。右側の通路の先から話し声ともの音が聞こえる。少なくとも別働隊の一部はすでにここで待機しているようだ。


 声のした方に進むと広間のようになっている場所があり、そこに10人、いや20人にくらいの騎士がいるのが見えた。まだこちらには気がついていないようだ。


「レオ・・・」


 クレアが小さな声で呟くようにその名を呼んだ。


「レオナルドさんがいるの?」

「はい」


 いくら別働隊といってもこれで全員とは思えない。これからもっと集まってくるのだろうか? ただ、少なくともこの中にビダル伯爵の息子のレオナルドはいるようだ。


「とりあえず。行こう」


 僕たち3人はどうどうと騎士たちの前に姿を見せた。


「お前たちは?」


 僕たちが広間に入るとリーダーらしき騎士が尋ねてきた。


「白騎士団では・・・ないな?」


 リーダーらしき男は怪訝そうな顔をして僕たちを見つめている。


「レオナルド様」


 どうやらリーダーらしき男がレオナルドだったようだ。名前を呼ばれたレオナルドはクレアを見る。


「お前は・・・? ・・・まさか・・・アディ・・・なのか?」

「レオナルド様、お久しぶりです」

「なぜ、アディがここへ? 俺たちに協力してくれるのか?」

「違います。私はレオナルド様を止めるためにここに来ました」

「俺を止めるために・・・親父に頼まれたのか?」

「違います。私の意志です。サイモン様はすでに今回のことに気がついています。その上でレオナルド様を切り捨てる覚悟です。ビダル家のためなら当然です」


 レオナルドはクレアの言ったことを聞いて考えている。


「親父が気がついている。まあ、そうだろうな。これはネロアの挑発だからな。ビダル家の存続のため俺を切り捨てるのも予想通りだ。失敗したらそうしてもらったほうがいい。それなら、もしかしたらセシリアやエドワルドも・・・」

「セシリア様とエドワルド様は救出されました」

「なんだって! それは本当かアディ! お前が助けてくれたのか?」


 レオナルドが叫ぶように言った。


「助けたのは私ではありません。ハル様の知り合いの冒険者です。サクラ迷宮の中にあるヴァルデマール侯爵の別邸に監禁されていたようです」


 レオナルドはクレアの隣にいる僕とユイに今初めて気がついたように目をやると「ハル様?」と尋ねた。


「今の私はここにいるハル様とユイ様に騎士としてお仕えしています」


 クレアの言葉にレオナルドはまじまじと僕とユイを見た。


「アディに何があったのかは知らないが、例えセシリアたちが救出されたとしても、いまさら後には引けない。仲間たちもいる」

「レオナルド様は馬鹿です。失礼ですが白騎士団の皆さんが黒騎士団に勝てるわけがありません」

「正面からぶつかればそうだろうな。だから俺たちはここにいる」

「私たちでさえ、ここを突き止めたのです。皇帝だって知ってるかもしれません」

「だが、皇帝たちは知らない。ここには入れないからな。そう言えばなぜアディたちはここに入れたんだ?」

「私が魔力を流したらあの扉は空きました。だったら皇帝だって」

「そんなはずはない!」


 クレアの言葉をレオナルドが強い口調で遮った。


「そんなはずはない・・・。俺は確かめた。クリストフの甥である俺にはできた。いや、もしかしたら親父はそれで・・・確かクリストフには・・・」


 レオナルドは何か呟いて考え込んでいる。しばらくして顔を上げたレオナルドは「とにかくもう後には引けないんだ」と言った。


 クレアとレオナルドは睨み合う。


「どうしても止めないのですか?」

「止めないと言ったらどうするんだ、アディ」

「力ずくでも連れて帰ります」

「アディ、お前にそんなことはできないよ」


 しばらく二人は睨み合った。


「ハル様、ユイ様、レオのことは私にお任せ下さい」


 クレアなりに何か思うところが、決着をつけたいことがあるのだろう。


「分かった。僕とユイは他の騎士たちを牽制しとくよ」 


 クレアはレオナルドと向き合うと「レオ、こんなことをしても無駄です。多くの人が死ぬだけです」ともう一度呼び掛けた。


「アディどうしたんだ。アディはいつも僕の味方だったじゃないか。僕の言うことは何でも聞いてくれた」


 クレアとレオナルドはお互いに剣を抜いて対峙した。


 僕とユイは二人を邪魔させないように白騎士団員を牽制している。レオナルドのほうも手を出すなと身振りで白騎士団員に指示している。


「今の私は、アデレイドではなくクレアです」


 レオナルドは、構えていた剣を下ろすと笑みを浮かべた。そしてクレアではなく僕を見て言った。


「クレア? いや、お前は、アディだ。俺が望めば、なんだってしてくれた。いつでも股を開いてくれたアディだ。ルヴェリウス王国へ旅立つ前も、お前、抱いて欲しそうだったじゃないか?」


 レオナルド! なんてことを言うんだ。


「く、クレア! 挑発に乗ってはだめだ!」

「挑発されているのはハル様です」


 え、そうなのか?

 ぼ、僕は動揺したりしないぞ・・・。


「レオナルドとやら、ぼ、僕を挑発しようとしても無駄だ」

「それにしては声が震えているけど・・・」


 ユイが小声で言った。


「ふん、ずいぶん動揺しているようだが、小さい男だな。アディにふさわしいとは思えんな」


 ち、小さいって・・・。


「そこまで小さくはないと思うけど・・・」


 ユイがまた呟いた。ユイ・・・そこまでって・・・。


「ぼ、僕は小さい男なんかじゃないぞ!」

「ハル様、簡単にレオの挑発に乗らないで下さい!」


 クレアが叫んだ。 


「お前らそっちの二人をかたずけろ!」


 レオナルドは部下たちに僕とユイへの攻撃を指示した。レオナルドの指示を聞いた騎士たちは僕とユイにジリジリと近づいた。


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」


 ダン!


 僕たちに近づこうとした騎士たちの足元に黒炎弾ヘルフレイムバレットが打ち込まれ石の床に大きな穴を開けた。騎士たちはその威力に驚いて足を止めた。


岩盾ロックシールド!」


 さらにユイが騎士たちの前に大きな壁のような岩盾ロックシールドを発生させる。 


「今の私は、アデレイドではなく、ハル様とユイ様、お二人の騎士クレアです。ハル様とユイ様に害をなすものは、誰であろうと許しません」

「おいおい、心にもないことを言うなよ。アディ、お前に俺は殺せないよ」


 クレアが、レオナルドに切り掛かった。

 レオナルドは、それを簡単に躱す。


「ほら、やっぱり、お前に俺は殺せそうにないな」


 白騎士団の大隊長であるレオナルドは弱くはないがクレアに勝てるはずがない。


「どうした。アディが本気なら俺が躱せるはずがない。やっぱりお前は俺を殺せない。今からでも俺のとこに戻ってこい。また可愛がってやるよ。ルヴェリウス王国での任務は失敗したみたいだが、特別に妻の一人に加えてやってもいい」

「いいえ、結構です」

「ふん、じゃあこっちから行くか!」

 

 しばらく二人は剣で打ち合うが明らかにクレアが押している。


岩石雨ロックレイン!」


 ユイが範囲魔法を使う。岩盾ロックシールドで足止めされた騎士の上から岩石が降り注ぐ。


「うわぁー!」


 騎士たちは岩石の雨を避けようと思い思いの方向へ逃げた。こっちはユイと僕で時間稼ぎはできそうだ。


 だけど・・・。


 確かにレオナルドは弱くはない。でもクレアに比べれば実力差ははっきりしている。なのにクレアとレオナルドの戦いはなかなか決着がつかない。


 レオナルドが一瞬間を置いた後、勢いよくクレアに斬り掛かった。しかしクレアはそれをあっさり躱すとレオナルドの胴を切り裂いたかに見えたその瞬間、クレアのいた場所にバラバラと氷の矢が落ちてきた。


 クレアは、間一髪で、後ろに飛びのいてそれを躱した。


 これは・・・?


 クレアとレオナルドは睨み合って様子を伺っている。


氷矢雨アイスアローレイン!」

黒炎盾ヘルフレイムシールド!」


 しばらくすると、また無数の氷の矢がクレアの上から降ってきたが、僕がクレアの頭上に黒炎盾ヘルフレイムシールドを発生させそのすべてを防いだ。


「レオナルド! 何をやっているんだ」

「ゼードルフ」


 広間に現れたのは大魔道師と呼ばれているゼードルフだ。武闘祭で魔法を披露していた。ジークフリートさんも反乱に参加するだろうと候補に上げていた一人だ。黒騎士団に対して劣勢な白騎士団の中で最大戦力だと聞いた。


 ここで新たな登場人物が戦いに加わった。  

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