5-25(再会).
話が一段落したと判断した僕は気になっていたことをビダル伯爵に質問した。
「さっき、伯爵はクレアにしばらくビダル家からは距離を置いたほうがいいと、そう言われましたよね。失礼ですが、もしかしてそれは、帝都で内乱が、皇帝派と反皇帝派で内乱が起きるかもしれない。それに御子息のレオナルド様が関わっているからですか?」
ビダル伯爵は驚いたような顔をして僕を見た。
「サイモン様、ハル様とユイ様はS級の冒険者です。それに実は私もです」
[S級、そういえば報告を・・・そうか、だとすると貴族扱いだな」
「はい。しかもお二人共、英雄ジークフリート様と大変親しい間柄です」
「あの、龍殺しの英雄ジークフリートと・・・。武闘祭にも招かれていた」
「はい」
ビダル伯爵は、ふっとため息を吐いた。
「なるほど、それで・・・。だとしても、そんなことまで耳に入っているとは・・・。隠しても仕方がないようですから、白状するとその通りです。ですが、いくら英雄と親しいとはいえ、部外者にそんなことまで耳に入っているとは、あきらかに皇帝派の挑発なのに若い奴らにも困ったものだ」
「それで、伯爵は、それについてどうするおつもりなんですか?」
ビダル伯爵は黙っていた。当然だ。今日突然現れた僕たちに普通は話せるようなことではない。そこで、僕のほうから想像していることを言ってみることにした。
「もし御子息たちの企てている革命のようなものが失敗すれば、ビダル家もただでは済みませんね。一族皆処刑なんてこともあるのでは?」
ビダル伯爵は黙って聞いている。
「そして成功すれば、まあ、これはいいでしょう。とすれば、やはり失敗したときにどうするか・・・ですよね」
ビダル伯爵は黙っているが先を促しているようにも見える。
「失敗したときは御子息たちを切り捨てる。失敗しそうなときは、伯爵様は、いえビダル家は黒騎士団に加勢さえするかもしれない。ご自身の手で御子息を打ち取ることになっても、ビダル家の存続を図る。こんなとこでしょうか?」
「レオ、レオナルド様を切り捨てる・・・」とクレアが呟き、ユイはそんなことまで考えていたのと言った顔で僕を見ている。
「ふっ、なかなかの洞察力だな」
諦めたようにビダル伯爵は僕の言ったことを認めた。
「何があってもビダル家の存続が第一だ」
貴族にとってはそうだろう。
「御子息を止めないのですか?」
「それが、できるのならそうしている。ハルの耳に入っているくらいだ。すでに多くの若い奴らが賛同している。もちろん皇帝派だって知っているはずだ。さっきも言ったようにこれは挑発だ。だが若い奴らもそれは分かっているはずだ。しかも」
「クリストフ・ヴァルデマールも賛同している」
「驚いたな。そこまで知っているとは。クリストフ様は慎重なお方だ。そのクリストフ様が動いたということは何か勝算があるのかもしれない。それがなんなのかは私にも分からんがな。ただ、ハルが見抜いた通り、どっちに転んでもビダル家が存続するために私は行動する。おそらくクラッグソープ家や他の家もそうだろう」
クラッグソープ伯爵は現白騎士団長だ。
「そうですか・・・。失敗すればレオは・・・義父に切り捨てられる・・・」
クレア・・・。
「ほんとうに止められないのですか?」
ユイの質問にビダル伯爵は無言だ。
旗頭であるヴェルデマール侯爵が立ち上がり多くの旧貴族派の若者が動いている。今、ビダル伯爵一人が動いても・・・。それに、おそらく伯爵自身がさっき言っていた通り、ひょっとしたら何か策があり革命かクーデターか知らないけど、それが成功するかもしれないという期待もあるんじゃないだろうか。
そのとき、慌てた様子で男が一人部屋に入ってきた。その初老の男は何事かをビダル伯爵に耳打ちした。
「なに! セシリアとエドワルドが」
その後、ビダル伯爵は僕たち3人の方を向くと「アディ、いやクレア、すでにお前もいろいろ知っているようだが、そういうわけでしばらくはビダル家には近づかないほうがいい。場合によってはビダル家の関係者がすべて処分される事態になるかもしれん。もちろん、ハルが言った通り私はそうならないように動くつもりだがな」
それは息子さえ切り捨てるかもしれないということだ。
「クレア、会えてうれしかった。お前が以前より元気そうで私も安心した。事態が落ち着いてまだビダル家が存続していたなら、また訪ねてきてくれ。ハル、ユイ、クレアをよろしく頼む」
僕たちがビダル伯爵の言葉に頷くと、ビダル伯爵との面会は慌ただしく終了した。
★★★
「最後、なんか様子がおかしかったね」
「確か、セシリアとかエドワルドとか言っていた」
「セシリア様はレオナルド様が学院にいた頃からの婚約者です。今は奥様だと、義父《お父様》いえ、サイモン様が言っていました」
クレアはどうしたいのだろうか?
クレアがおそらく唯一人心を許していたらしいビダル伯爵の息子レオナルドは反皇帝派が起こそうとしている反乱に関わっている。いや、関わっているどころかどうやら中心人物の一人だ。ジークフリートさんの話からもビダル伯爵の話からも、これは皇帝派の挑発だ。だが、それが分かっていても立ち上がろうしている。おそらくビダル伯爵が内心期待しているように、何か勝算があるのかもしれない。
「クレアは、そのレオナルドって人を止めたいの? それなら僕も協力するよ」
「ハル様に迷惑をかけるわけにはいきません」
「今日の話だと、そのレオナルドって人、クレアを利用するためじゃなくてクレアのためにクレアをルヴェリウス王国へ送り込んだみたいだったよね。だったら」
「ユイ様・・・」
それに会見の最後だ。あの慌てた様子・・・なんだかおかしかった。
とりあえず、今の僕たちには、ガルディア帝国のゴタゴタに対して何もできることはなさそうだ。でも、クレアはどうしたいのだろうか。できればクレアの望むことに協力したい。そのためには・・・。
今回はジークフリートさんのこれ以上の協力は期待できないだろう。
「ジークはあまり国の政情には関わりたくないと思っているわ」
ユイは僕と同じことを考えていたようだ。
「でも、正当な理由があれば多少の協力は頼めるかも」
「ユイ」
「基本的にジークはお人好しなとこがあるからね」
ユイは片目を瞑ってニッと笑った。僕はユイがクレアのためにそう言ってくれたことが嬉しかった。
「とりあえず、しばらくは帝都で情報収集してみよう。あとユイも言ったようにジークフリートさんにも追加の情報がないかできれば聞いてみよう」
★★★
クレアとビダル伯爵の再会の後、僕たちは、他にすることも思いつかず毎日冒険者ギルドに通っている。あれからジークフリートさんには会えていない。今日も宿で朝食を取った後、向かうのは冒険者ギルドだ。神聖シズカイ教国では僕とクレアは王の客人として王宮に滞在していたが、ガルディア帝国ではなんの伝もない。
気のせいか帝都ガディスの街に漂う不穏な空気が日に日に濃くなっている気がする。こんなことなら、あの盛大な武闘祭の表彰式のとき素性を明らかにしたほうが良かったのだろうか?
結局、僕は推薦してくれた英雄ジークフリートさんと冒険者ギルドに守られる形で最後まで素性を明らかにすることなく準優勝の表彰を受けた。
アイテムボックスである腕輪と反対の手に着けた鈍い銀色の腕輪を触る。これは準優勝した証で、魔力を流すと名前と今年の年号、それに武闘祭準優勝という文字が浮かび上がる。冒険者証と似たような仕様で僕の魔力にしか反応しない魔道具だ。ミスリル製だが少しだけより貴重な魔鉱石であるオリハルコンが混合されているらしい。ちなみに名前は謎の仮面男のままだ。記念として、何よりも両腕に腕輪っていうのもなんか格好いいと思って着けている。
「ハル、ずいぶんそれが気に入ったのね」
「え、うん」
「本当はハル様が優勝メダルを賜るべきでした」
「それより優勝賞品が失われた文明の遺物っていうのが凄かったよね」
そう、優勝の賞品はその年によって違うが、今年は身体能力強化がほんの少し上がる指輪だった。オリジナルの失われた文明の遺物だ。オリジナルの失われた文明の遺物の中では迷宮などで比較的よく発見されるタイプで効果も僅からしいが、それでも凄い価値があるものだ。コウキがちょっと羨ましい。準優勝の賞品は今着けている腕輪とお金だ。
そんな話しをしながらが僕たちが冒険者ギルドに入ると、何か慌ただしい雰囲気に包まれている。その中にはなんとジークフリートさんの姿も見えた。奥さんたちの姿はない。冒険者でない奥さんのトモカさんも含めた3人で帝都の観光でもしているのかもしれない。ジークフリートさんの近くにはギルドのお偉いさんらしい人の姿も見える。
「皆さん、ちょっとどいて下さい」
ギルドのお偉いさんらしい人が、野次馬を追い払うと、とても冒険者には見えない4人の女性と小さな男の子をギルドの奥に案内している。その後ろには3人冒険者と3人の騎士がいる。それに、冒険者たちの隣にはなんと獣魔らしい狼の魔物までいる。
「あれは、もしかしてセシリア様では・・・」とクレアが呟いた。
「おい、そいつは奥には連れて入れないぜ」とジークフリートさんが言った。
「ああ、そうですね。クーシーはここで・・・」
従魔の方を見た若い冒険者の顔がはっきり確認できた。
まさか!
僕はもう一度その若い冒険者の顔をまじまじと見る。
間違いない!
「ユウト!」
僕は大声で叫ぶと従魔を連れている冒険者の元へ駆け寄った。
「え?」
僕の声にこっちを向いたその若い冒険者は、僕たちを見て驚きの表情を浮かべた。両側の小柄な女冒険者と反対側の大柄な女性冒険者も何事かといった表情で若い冒険者と僕を見比べている。
「ハル、ハルなのか! それにユイさんも」
「ユウト、そうだよ。ハルだよ。元気だった?」
「ああ、僕はとっても元気だよ。ハルもそれにユイさんも元気そうだな」
「ああ、なんとかね」
「ユウトくんも元気そうでよかったよ」
僕とユウトは再会を喜び抱き合った。
ついにハルたちとユウトたちが出会いました。
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