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5-24(クレア義父に会う).

 僕たち3人は帝都にあるビダル伯爵の屋敷に向かっている。ビダル伯爵は孤児院からクレアを引き取り養女とした人で現在の白騎士団副団長でもある。


 クレアの話ではビダル家でクレアは虐められたりすることはなく、むしろ可愛がられていたと言う。


「今考えると、心を閉ざしていたのは私のほうだったのだと思います。私は勝手に不幸になっていたのでしょう。ハル様やユイ様と過ごすうちにそう考えるようになりました」


 クレアの表情に嘘はない。


 もっともクレアがビダル家にいたのは短期間で、すぐに騎士養成所に入れられたらしい。それがクレアが9才のときだ。その後、クレアは13才のときには帝国白騎士団に入団した。『皇帝の子供たち』と呼ばれる騎士養成所出身者は帝国黒騎士団に入るのが普通だが、ビダル家が旧貴族派であったことからクレアは白騎士団に入団することになったのだ。そしてスパイとしてルヴェリウス王国に潜入したクレアは、いろいろあって今はこうして僕とユイの騎士となりここにいる。


 ただ、クレアを養女にまでする必要があったのだろうか? 少し不思議な気がする。それにクレアに才能があったのは確かだとして、なぜクレアだけ皇帝派に先駆けてビダル伯爵が見つける事ができたのか? だからこそクレアは黒騎士団ではなく白騎士団に入団したのだが。


「ハル様、ユイ様、私は一人でも大丈夫です」

「クレアは私とハルの騎士なんでしょう?」

「はい。それはもちろん」

「じゃあ、主人たる私たちも一緒に説明しないと」


 ユイの言う通りだ。クレアはビダル伯爵には養女として普通に接してもらっていたと言っているが、スパイとしてルヴェリウス王国に潜入した後、おそらく行方不明になっていると思われているはずだ。クレアが突然現れたらどんな反応になるのか分からない。

 僕たち3人は全員S級の冒険者で一応貴族扱いされる立場なんだから、いないよりいたほうがいいだろう。


 ビダル伯爵の帝都の屋敷の前まで到着した僕たちは、門衛にアデレイドが訪ねてきたと伯爵に伝えてほしいこと、そしてできれば面会したいと希望を伝えた。門衛は、最初は得体の知れない僕たちを追い返そうとしたが、僕がS級の冒険者証を見せると態度が変わった。


 門衛は僕の顔と冒険者証を何度も見返している。


 そのとき、僕たちのやり取りに気がついたのかビダル家の騎士と思われる人がこっちの方を見た。そして何かに気がついたように小走りで近づいてきた。


「もしや、アデレイド様では」


 その中年の騎士はクレアをまじまじと見つめている。


「えっと」

「ケイロスです。屋敷の護衛騎士の」

「ケイロス様、お久しぶりです」

「おい、すぐにアデレイド様をお通ししろ! この方はサイモン様の義理とはいえ娘に当たる方だ」

「は、はい。失礼しました。どうぞ」


 こうして僕たちはビダル伯爵の屋敷の通された。


 クレアによると、クレアがこの屋敷で暮らした期間は短いが、それでも養成所にいるときも白騎士団に入団してからも、ときどきは屋敷に、いわば里帰りをすることはあったのだそうだ。義理とはいえ伯爵の娘であり、しかも若干13才で騎士団に入団したクレアは、クレアが思っている以上に屋敷の人たちに知られていたようだ。

 

 僕たちが通された豪華な部屋で待っていると、ドアを勢いよく開けて50才前後の男の人が入って来た。年齢の割には引き締まった体型をしている。僕たちはクレアを真ん中にして立って挨拶しようとした。


「アディ!」


 その人は叫ぶように言うとクレアを抱きしめた。


義父おとうさま・・・」


 入ってきたのはビダル伯爵本人だったようだ。白騎士団の副団長だと聞いたから引き締まった体型をしているのも頷ける。


「アディ、心配したぞ。突然、なんの報告も寄越さなくなって、他の者にも行方が分からなくなったと聞いて・・・」

「ご心配をおかけしたようで申し訳ありません。でも、この通り私は元気です」


 ビダル伯爵はようやくクレアを抱きしめていた手を離すと、クレアの全身を観察している。


「そうだな。元気そうだ。少し大人になったのか。それに・・・」

「それに?」

「ああ、気のせいか、あの頃よりも生き生きとした目をしている。もしかして・・・」


 ビダル伯爵はそう言って僕の方を見た。


「この方たちは、今の私の主人でハル様とユイ様です」

「主人?」

「はい。今の私はお二人に騎士の誓いを立てています」

「騎士、この二人個人にか?」

「はい。お二人は私の恩人です」


 ビダル伯爵はクレアに恩人と言われた僕たちを値踏みするように見た。


「ご挨拶が遅れました。僕は冒険者のハルです」

「同じく冒険者のユイです」


 僕たちの挨拶を聞いたビダル伯爵は「そうか。ハル殿とユイ殿、私はサイモン・ビダル、この屋敷の主でアデレイドの義父にあたる」と言った。

「伯爵、どうか僕たちのことは呼び捨てにしてください」

「だが、アディの主人なんだろう?」

「はい。でも、帝国の貴族で白騎士団の副団長である伯爵に殿を付けられると、どうも落ち着きません」


 ビダル伯爵は僕の言葉に少し微笑んだ。


「それでは遠慮なく、ハル、ユイ、それにアディとりあえず、座るとしよう」


 ビダル伯爵の言葉に僕は全員が立ったままであることに気がついた。


「そういえば、義母おかあさまは?」

「ああ、今は領地の方にいるんだ。お前のことを聞いたら会いたがるだろう」

「そうですか」


 その後、クレアはこれまでのことをビダル伯爵に話した。どこまで話すかは事前に決めていた。僕とユイが異世界人であることを話すわけには行かない。エリルのことはもちろん話せない。

 話したのはルヴェリウス王国で転移魔法陣の事故に巻き込まれた結果、イデラ大樹海に飛ばされて、やっとここまでたどり着いたという話だ。魔法陣の事故に巻き込まれた理由とかは曖昧にしか話せなかったが、だいたいは真実だ。


「そうか。イデラ大樹海、そんな危険な場所に・・・。そこでアディの命を救ってくれた。そもそも魔法陣の事故はアディが引き起こした・・・」


 僕たちが転移したのは、イデラ大樹海といってもおそらくビダル伯爵が想像しているよりもずっと奥だ。


「はい、義父おとうさま。スパイ活動でルヴェリウス王国の魔法陣を調査していて手違いがあり、お二人を巻き込んでしまったのです」


 クレアは正直に僕たちを殺そうとしたと言うつもりだったが、それを言うと僕たちが異世界人であることを話すことになるので、事故だったとその辺のことは曖昧にした。


「ということは、二人とも元はルヴェリウス王国の騎士ということですか?」

「はい。見習い中だったのです。今は冒険者をしています」


 訓練中だったのだから見習いみたいなものだろう。 


 クレアはスパイとして異世界召喚が行われていたことは報告していた。それにスパイがクレアだけだったとは思えない。今回の武闘祭には勇者が参加した。そして僕とユイは黒髪だ。


 それでも、僕とユイの正体について伯爵がそれ以上質問することはなかった。伯爵の表情からは何も読み取れない。


「それで、アディは二人にスパイだったことも話した」

「はい。私のせいでお二人は死にかかったのに、私を許すどころか私のスパイとしての境遇に涙さえ見せてくださり、私を許してくれました」

「そうか。それでアディは二人に騎士の誓を立てたのだね」

「はい」


 しばらくビダル伯爵は何かを考えて黙っていた。ビダル伯爵の僕たちを見る目は最初のときより穏やかになったように見えた。そして伯爵は僕の方を見て口を開いた。


「ハルとユイだったか、アディが迷惑をかけたようだね。それに恩人でもあるようだ。私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

「いえ、助けられたのは僕のほうで・・・」

「いや、今のアディを見れば分かる。あの頃よりずっと幸せそうだ」


 クレアは言っていた。本当の両親を魔物に殺されて以来、クレアの心は凍っていたと。たった一人心を許していたのはクレアがレオと呼んでいた。ビダル伯爵の息子だ。


「私はアディをスパイとしてルヴェリウス王国へ送り込むことには反対だった。いや、これは言い訳だな。そもそも私がアディを引き取ったのはアディの能力を見込んだからだ。黒騎士団に対抗できる戦力になると思ったのだ。だから厳しいことで知られる騎士養成所に入れた。全く褒められたことではない」


 ビダル伯爵がクレアを引き取ったのは、それが旧貴族派のためになると思ったからのようだが、話した感じでは、ビダル伯爵はクレアが思っている以上に養女としてクレアに愛情が持っているように見える。


義父おとうさま、いえサイモン様、私はレオに、レオナルド様に言われてスパイになる決心をしたのです」


 クレアはビダル伯爵のことを、おとうさまからサイモン様と言い直した。それを聞いたビダル伯爵は少し寂しそうな顔をしたように見えた。


「ああ、レオはな、お前が白騎士団であまり良い立場でないのを心配していた」

「そうだったのですか?」

「『皇帝の子供たち』と呼ばれる騎士養成所の出身者は普通は黒騎士団に入る。だがアディ、お前は私の養女むすめということで白騎士団に入団した。まあ、当然だ。そのために私はお前を引き取ったのだから」


 ビダル伯爵は自嘲するような笑みを浮かべた。


 だけどクレアを養女にまでしたのは本当にそれだけが理由だったのだろうか? 僕はビダル伯爵の表情を観察したが何かを隠しているようでもそうでないようにも見えた。僕がまだこのクラスの貴族と心理的な駆け引きをするのは無理みたいだ。


「だが、白騎士団は黒騎士団と違い、旧来の貴族家に関わりある者が多い。アディは私の養女とはいえ元は平民だ。しかも白騎士団が嫌っている『皇帝の子供たち』の一人だ。最初からアディに対する風当たりは強かった。私やレオが目を光らせていなければもっと酷いことになっていただろう」

「私は全く気がついていませんでした」

「そうだろうな。あの頃のアディは周りのことなど何も気にしていないように見えた。それに、そんなものを跳ね除ける実力もあった。だがレオはずいぶん心配していた」

「もしかして、それで・・・」

「ああ、それで、アディをスパイとしてルヴェリウス王国へ送り込んでみてはどうかと提案してきた。そしてスパイとしての任務を果たして帰ってきたら妻にすると言っていた。もちろん、婚約者のセシリアがいたから正妻とはいかないがな」

「さっきも言ったように、私はアディをスパイにすることには反対だった。だがレオは、ルヴェリウス王国に冒険者として送り込んだとしてもルヴェリウス王国の騎士団に潜り込めるかどうかは賭けみたいなものだし、仮に成功したとしてもそれほど危険はないと私を説得した。ここ数十年は両国の間に目立った争いはないしな。結局私も同意した。まあ、これも言い訳だな」


 そうだったのか・・・。


 僕はクレアはレオとかいう人に利用されていたのだと思っていた。でも、それはまったく逆だった。いや、伯爵自身も言っていたようにそういう面もあったのだと思う。だが、物事はそれほど単純ではないということだ。


「それで、レオは、いえレオナルド様は?」


 ここへ来る前からクレアはレオという人に会ってけじめを付けたいと言っていた。


「最近レオは騎士団の官舎のほうにいることが多くて、あまりこっちには帰ってこない。セシリアとエドワルドも領地に返したしな」

「セシリア様と・・・」

「ああ、アディ、3年ほどまえレオはセシリアと結婚して今では私の孫にあたるエドワルドもいるんだ。もちろんレオはお前のことだって・・・」


 ビダル伯爵は言い難くそうにクレアに説明した。


「いえ、そのことはもういいのです。サイモン様が仰られた通りで、今の私は幸せです」


 クレアはきっぱりとそう口にした。


「そうか」と言ったビダル伯爵はやっぱり少し寂しそうだった。


「サイモン様、今の私はただのクレアを名乗っています。そしてここにいるお二人の騎士をしています。サイモン様にもそれを認めて頂きたいのです」


 ビダル伯爵はクレアの意志を確かめるようにしばらくクレアを見つめた後「お前が冒険者のクレアとして、ハルとユイの騎士として生きることに異存はない。それについて今もこれからもビダル家がお前に何か言うことはない」と言った。


 クレアは「ありがとうございます」と言って頭を下げた。僕とユイも一緒に伯爵にお辞儀をした。


 その後、クレアとビダル伯爵は昔話に花を咲かせた。二人の様子を見た僕は、ビダル伯爵がクレアのとこを大切に思っているのは本当だと確信した。

 本当にクレアは伯爵家の娘に戻らなくてもいいんだろうか・・・。いや、一度スパイとしてルヴェリウス王国へ送り込まれて行方不明になったのだから・・・。でも、その辺はビダル伯爵なら上手く・・・。

 

「アディ、いやクレア、今日はお前に会えて良かった。それに幸せそうで安心した。だが、しばらくビダル家からは距離を置いたほうがいい。ちょっといろいろあってな」


 おそらく例の件だろう。


「それからクレア、良い主人に巡り合って良かったな」

「はい」


 クレアはなんの迷いもなく即答した。僕はうれしかった。ユイはちょっと照れている。


 そんなクレアにビダル伯爵は笑顔で「ずいぶんはっきりと自分の意見を言うようになったな」と言った。


「ハル、ユイ、クレアを頼む」

「はい」

「はい」


 ビダル伯爵は僕とユイを見つめて大きく頷いた。

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