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5-23(レオナルドは決断する).

 レオナルドはヒューバートに帝都のクリストフの屋敷に呼び出された。


 そこでヒューバートから聞かされたのは衝撃的な話だった。セシリアとエドワルドを人質に取ったというのだ。二人は領地に帰したはずなのだが詳しい状況は分からない。ヒューバートの様子から冗談でないことは明らかだ。


 まさかヒューがここまでするなんて・・・。


「ヒューお前本気なのか。セシリアとエドワルドを人質に取るなんて」

「レオ、お前だって悪いんだ。なぜ、バルトラウトの家の横暴に対して立ち上がらないんだ。クリストフ様だって決断してくれたんだ。それをお前は」


 クリストフの屋敷にもかかわらず、この場にクリストフはいない。


「レオ、お前がいつも言っていたことは何だったんだ。見損なったぞ! 俺だってこんなことはしたくない。もしお前が協力しないのなら。すまないが・・・セシリアたちは。俺も本気なんだ。こっちも命をかけている」

 

 セシリアとエドワルドを人質に取られたレオナルドのほうが悪いと言わんばかりに、ヒューバートはレオナルドを責めたてる。

 レオナルドはそれに反論できない。自身も皆が立ち上がろうとしているときに、決断できないことに後ろめたい気持ちがあったからだ。だが、冷静に考えてやはり黒騎士団に勝てる気がしない。


「レオ、大丈夫だ。強力な助っ人が現れたんだ。間違いない俺たちは成功する。それにクリストフ様にもいい案があるんだ。信じてくれ。セシリアとエドワルドのことは俺だって悪いとは思っている。でも、結局、お前のためになるんだ」


 ヒューバートは黒騎士団に勝てると確信しているようだ。一体何を根拠に・・・。だがセシリアとエドワルドを人質に取られている以上、レオナルドとしても協力せざる得ない。協力することでレオナルドの良心の呵責が軽くなることも事実だ。


「分かったよ、ヒュー。俺もお前が『正しき血への回帰』と呼んでいるクーデターには参加する。だから、セシリアとエドワルドを返してくれ」

「それはだめだ!」


 ヒューバートがすぐに拒絶した。


「俺はお前を信じているが、クリストフ様はそうではない」


 くそー! あの臆病者め!


「レオ、心配ない。『正しき血への回帰』が成功した暁にはみんな幸せになれるんだ」


 その後もレオナルドはセシリアとエドワルドを解放するように懇願したが、それがヒューバートに聞き入れられることはなかった。


「それとセシリアとエドワルドのことは誰にも言うな。もちろん、いずれサイモン様の知るところにはなるだろうが本当のことは言うな。俺もこんな脅しはしたくないが、すべてはバルトラウト家打倒のためだ」


 セシリアとエドワルドの安全が最優先のレオナルドには選択の余地はない。それでも、レオナルドがネロアに反感を持っていなければ違う判断をした可能性はある。今回の件はレオナルドにクーデターに参加するための言い訳を与えたようなものだ。


 レオナルドは黙って頷いた。





★★★





 レオナルドがクーデーターに参加すると決断して3日、レオナルドの参加により多くの賛同者を得ることができた。秘密を守りながら仲間を増やすのは大変なはずだが思ったより順調だ。むしろレオナルドたちの動きを察して自分から参加したいと申し出た者もいたほどだ。やはり旧貴族派が主体の白騎士団の中にはそれだけバルトラウト家に反感を持つ者が多かったということだろう。


 もちろん、賛同者の中の何人かはレオナルドと同じく・・・。おそらくグレゴリーも・・・。


 とはいえ、人質を取られている者が含まれているとしても、もともと皇帝派に対する不満を持っている者たちの集まりであることは確かだ。

 それでも、これ以上は危険だ。これだけ大きく動けば、人質うんぬんは関係なく、そろそろ皇帝派に漏れてもおかしくない。


 いや、すでに・・・。間違いない。俺たちは挑発され泳がされている・・・。


「やはり、俺の考えは正しかった。こんなにも多くの仲間が集まった」


 こんな強引なやり方をしているくせに、ヒューバートはレオナルドにいけしゃあしゃあとそう言った。


「だが、隊長連中が急に皇宮を攻めると言って部下が全員に付いてくるものかな?」

「もちろん部下の中でも信頼できる者しか誘っていない。お前だってそうだろう」


 あくまで仲間に誘っているのは、日頃からバルトラウト家に不満を持っている旧貴族の出である白騎士団の指揮官クラスとその信頼できる部下だけだ。


「それは、そうなんだが・・・」


 本当に部下たちの中に裏切る者はいないのだろか?


「心配ない。騎士団とはそういうものだ。上司の命令は絶対さ。その中で一人だけ逆らうなんてできない。人間なんてそんなものだ」

「そんなものなのか」

「ああ、だからバルトラウトだって皇位を簒奪できたんだ」


 二人がそんな話をしていると、二人の男が部屋に入って来た。一人は屋敷の主であるクリストフ・ヴァルデマールでもう一人はグレゴリー・クラッグソープ、白騎士団第二大隊の隊長である。グレゴリーは大柄で寡黙な性格だが、真面目な男で部下の信頼も厚い。第三大隊の隊長であるレオナルドとは同格の幹部だ。クラッグソープ家はビダル家やメンター家とならんで旧貴族派の有力貴族家だが、グレゴリー自身はレオナルドたちと違って普段声高に旧貴族派への不満を漏らすようなことはなかった。そのグレゴリーは愛妻家として知られている。


 おそらくグレゴリーも・・・。


 レオナルドはグレゴリーの表情を窺うように見てヒューバートと一緒に黙ってクリストフに頭を下げた。


 4人は丸テーブルを囲むように座る。獣人の血を引いているのだろうか獣のような耳をした可愛らしいメイドがお茶を一同に配るとすぐに退室した。その間も、セシリアとエドワルドが人質に取られているレオナルドは心の中ではクリストフを睨みつけていたが、そんなことしかできない自分が嫌になる。


 クーデターに参加しても、失敗すれば家族もろとも殺されるのではないか? 結局、同じことになるのではないのか?


 俺はどうしたら良かったんだ・・・。


 いや、こうなったからには、何がなんでも成功させるしかない。セシリアやエドワルドのためにもビダル家のためにもだ。


 もう自分には他に選択肢がないことはレオナルドにも分かっている。


「レオナルド、グレゴリー、ヒューバートが少々強引な手段を取ったようだが、それは私にも責任がある。だが私も必死なのだ。失敗したときは死ぬんだからな。そしてお前たち二人には、白騎士団での立場からも家の格からも今回の計画の指揮を取ってもらわねばならん。もちろん最終的な責任は私にある」


 責任は自分にあるといいながらクリストフは不安そうに薄い笑みを浮かべた。本当に気の弱そうなこの男が良く決断したものだ。


「さっそくだが、『正しき血への回帰』を成功に導くための作戦について話す」

「作戦?」


 クリストフは手に持っていた紙をテーブルに広げる。


「まずは、これを見てくれ」

「地図・・ですか?」

「これは帝都の」

「そうだ。レオナルド、これから話すのは私とヒューバートが考えた計画だ。お前も何か意見があれば遠慮なく言ってくれ」


 レオナルドは地図を覗き込むように見る。


「そこに示されているのは、皇宮の最深部への通路だ」

「通路?」

「ああ、本来は皇宮からの脱出経路だ。ジャール砂漠の失われた文明の遺跡の一つに入り口がある。ジャール砂漠側、皇宮側どちらの入り口も魔道具による仕掛けがあってそれを知らなければ開けることはできない。トリスゼンの身内だけが知っている通路だ」

「ネロアたちも知っているのでは?」


 レオナルドが質問する。


「その点は問題ない。両方の入口の魔道具はな。トリスゼンの血を引いた者の魔力にしか反応しないんだ。そう登録されている。だからバルトラウトのやつらがこの通路を知ることは絶対にできない」

「そんな仕掛けが・・・」

「レオナルド、たぶんお前の魔力にも反応する。おまえは私の甥なのだからな。事前に確かめておいたほうがいいだろう」

「レオ、俺もこの地図と通路の存在を知ったから決断したんだ。もちろん、それだけで必ず成功するわけじゃない。だが何のリスクもなく皇位を取り戻すなんてできないんだ」


 ヒューバートの言葉にレオナルドは納得した。グレゴリーは黙ったまま、このやり取りを聞いている。


 いくら大切な人を人質を取られていても家のためクーデターに参加せず裏切る者がいてもおかしくない。貴族とはそういうものだ。何より家が大事なのだ。だが、成功する可能性が思ったより高ければ・・・。しかもレオナルドも、グレゴリーだってもともと皇帝派に反感を持っているのだ。


 そういうことだったのだ。


 確かに、リスクのないクーデターなどあり得ない。それはレオナルドにも分かる。だが、それでもヒューバートが行動を起こすことを決断したのはこの地図のせいだろう。そしてクリストフが決断したのも同じだ。もちろんヒューバートの説得もあっただろうが、やはりこの地図の存在が臆病なクリストフを動かしたのだ。 


「ですが、仮に皇宮の最深部まで忍び込めたとして、黒騎士団の精鋭が、黒騎士団第一大隊の第一部隊が・・・」

「ああ、普段は皇宮は・・・特に皇帝とその家族は黒騎士団のイチイチが守っている」


 黒騎士団のイチイチとは第一大隊の第一部隊のことで精鋭部隊だ。普段は皇帝の親衛隊のような役割を果たしている。イチイチの隊長は第一大隊の隊長も兼ねるエドガーだ。エドガーは前回の武闘祭の優勝者で帝国から剣聖の称号を賜っている。


「内乱が起これば、ネイガロス副団長も皇帝の護衛につく可能性もあります」


 レオナルドが指摘する。ネイガロスは前々回の武闘祭優勝者でエドガーと同じく剣聖である。


「ザギがいなくなったのは幸いでしたね」

「ああ、我々には運が向いているのかもしれないな」


 ヒューバートの言葉にクリストフが頷く。


 ザギ、今年の武闘祭出場者だ。現在の黒騎士団最強の剣士と言われていた。残忍な性格で知られており、それゆえ、第一大隊の部隊長の一人に留まっていたが、その強さに関しては『皇帝の子供たち』の最高傑作と言われていた。


 レオナルドもザギを見かけるたびにあの目に恐怖を感じていた。ザギはそういった類の男だ。だが、そのザギは武闘祭で謎の仮面男に利き腕を斬り落とされて、表舞台から退場した。


「そこでだ、最初に約500の同志が正面から帝都を襲う。これはグレゴリーお前が率いてほしい」


 グレゴリーは頷いた。


「そして、レオナルドとヒューバートの二人は、少数を率いてこの通路から皇宮に向かう。そして」

「ネロアとその家族を殺すのですね。秘密の通路を使う別働隊にはゼードルフも参加させてください」


 仮にネイガロスとエドガーがいなくとも黒騎士団は強い。全く護衛がいないはずはない。成功のためには念には念を入れる必要があるとレオナルドは思った。大魔道士ゼードルフは強い。


「ゼードルフを。分かった。いいだろう。その代わり、必ずバルトラウトの血を根絶やしにするんだ!」


 クリストフは興奮して叫ぶように言った。そして、興奮しすぎた自分を恥じるように顔を赤くして、今度は落ち着いた口調で「一応グレゴリーが率いる部隊にはお前たち二人とそれにゼードルフに扮した者を紛れ込ませておく」と言った。


 なるほど、そうすればイチイチも含めて黒騎士団がグレゴリーの率いる部隊に対処しようとする可能性が高まる。そこを・・・。


 トリスゼンの血を引く者の魔力にしか反応しない秘密の通路、確かにこれがあれば成功するかもしれない。


「どうだ? レオ、グレゴリー、これならバルトラウト家を排除できる。帝国を正しい道に戻せるんだ。そして俺もメンター家も」


 ヒューバートは高揚したような口調だ。もうすでに作戦は成功したと言わんばかりだ。


 それにしてもヒューがこんなやつだったとは・・・。


 レオナルドは、ヒューバートがここまでバルトラウト家を憎み旧貴族派の復権を望んでいるとは思っていなかった。むしろいつもレオナルドがバルトラウト家に関する不満を吐き出すのを、ヒューバートが宥めるというのが二人の関係だったのだ。


 成功の可能性はあるとレオナルドは思う。だが、その後はどうなるのだろう。


「成功すれば、後始末は私の役目だ。お前たちの父親を始め多くの貴族が私たちのことを支持するだろう。黒騎士団はバルトラウト家がなくなれば、どうしていいか分からなくなるはずだ。奴らは、ただ戦いのために集められたものだ。思想も何もない。誰かが指示しなければ何もできない戦闘集団だ」


 なるほど。黒騎士団の中でも精鋭たちの多くは騎士養成所出身で元は平民だ。奴らは幼い頃から戦闘するためだけの存在として育てられた。もちろんバルトラウト家への忠誠は叩き込まれているだろう。だが、それだけだ。思想などはない。バルトラウト家そのものが無くなれば・・・。


「正面突破部隊は時間稼ぎのための存在、いわば捨て駒ですよね。イチイチも含めて黒騎士団を引き付けるのが目的です。彼らと正面切ってやり合えば多くの犠牲者が出ます。相手にはワイバーンたちもいます。それに対して、こちらにはゼードルフもいない」


 グレゴリーが初めて口を開いた。グレゴリーの言う通りだ。グレゴリー率いる部隊は黒騎士団には勝てない。帝都周辺の黒騎士団だけでも1000はいるだろう。実力でも数でも相手が上だ。あくまでその役目は時間稼ぎだ。そのときレオナルドにはヒューバートの表情が一瞬変化したように感じた。


 気のせいだろうか?


「そ、そうか。やはりゼードルフは・・・」

「いえ、クリストフ様、とにかくネロアを打ち漏らすことは許されません。レオの言う通りゼードルフは別働隊に入れましょう」


 ヒューバートはクリストフにそう言うと、今度はグレゴリーに向かって「グレゴリー、きっと大丈夫だ。とにかく時間稼ぎに徹するんだ」となんの根拠も示さずに言った。


「そ、そうだな。とにかくネロアを殺さねばならん。グレゴリー、犠牲の無い革命などないのだ。犠牲者は出るだろう。私はきれいごとは言わない。だが、その犠牲の上に帝国は正しい姿に戻るのだ。これ以上質問がなければ他の幹部連中にも作戦を伝える」とクリストフが言った。


 ここにきてレオナルドは胸の中のもやもやしたものを抑えられなくなった。これまでレオナルドは旧貴族の復権を望んできた。セシリアとエドワルドを人質に取られたため、やむなく計画に参加することになったが、もともと反バルトラウトであったことも確かだ。


 だが、それは本当に正しかったのか? 


 バルトラウト家からトリスゼンの血を引くヴァルデマール家に権力が移ったとして、それが正しいと言えるのか、ここにきてレオナルドは疑問を持ったのだった。 


 今のクリストフを見ても皇帝の器とは到底思えない。


 確かにビダル家の待遇は今より良くなるかもしれない。だが、それがなんだ。帝国にとって、帝国の多くの民にとって・・・。だいたいカイゲルが扱う獣人系の違法奴隷だって主に買っているのは旧貴族派の貴族たちじゃないか。


 クリストフとヒューは同志たちの犠牲さえ大して気にしていない。これじゃあ、今と同じじゃないのか? そう、たぶん何も変わらない。


 レオナルドは、今になってそのことが分かってしまった。ましてや失敗すれば・・・。


 だが、もう遅い・・・。

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上が駄目って悲しいよなぁ。
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