5-27.
ちょっと長くなりました。
ユウトと再会した感激に長く浸ることもできないままに、僕たちはギルドマスターだというカサマツさんとジークフリートさんに促されて、ユウトとユウトの仲間らしき二人の女性、それに貴族らしい4人の女性・・・一人はなんとビダル伯爵の長男でクレアと縁のあるレオナルドさんの奥さんだ・・・さらには騎士らしい3人の男性と一緒にギルドの一室に案内された。
それにしてもカサマツ・・・。ちょっと何を考えているのか分からない不思議な人だ。飄々としているのとも違う、あまりしゃべらないが無口というわけでもない。ガディスの冒険者ギルドは冒険者ギルドの総本部だと聞いている。そこのマスターなんだから相当に偉い人には間違いない。もしかしたら元SS級とか・・・。
まあ、今はそれどころじゃない。
一同がユウトやユウトが連れていた女性たちから何があったのか説明を受けていると、ドアをノックする音がしてカサマツさんの「どうぞ」という言葉と同時にクレアとビダル伯爵が入ってきた。
クレアはユウトが連れている女性の一人がビダル伯爵の長男であるレオナルドの奥さんだと気がつくと、すぐに僕にビダル家に報せに行く許可を求めてきた。ビダル家に顔を知られているクレアは適任なので僕に異論はなかった。
ビダル伯爵は部屋を一瞥すると、すぐにセシリアさんとエドワルド少年に目を止めると「セシリア、エドワルド」呼び掛けて近づくとエドワルド少年を抱き上げて「よかった、よかった」と連呼した。
ビダル伯爵とセシリアさんたちの感動の再会の後、ビダル伯爵はセシリアさんと一緒に助け出された3人の女性に目をやると「そういうことか。どおりで賛同者が思ったより多いと思っていた」と吐き捨てるように言った。
「セシリアさんたちを助け出したのは、ここにいるユウジロウたち3人の冒険者だ」
カサマツさんがユウトを紹介した。ユウトはユウジロウと名乗っているらしい。
「ユウジロウ殿、感謝する。ビダル家はもちろん他の家からも相応の感謝と謝礼があると思う」
「いえ、当然のことをしたまでです」
ユウトなんかカッコいい。
「義父、ユウジロウ様は、私がチャッピーにつけた手紙を読んで助けに来てくれたようなのです」
チャッピーとは愛玩用に調教されたリス型の小さな魔物だ。それにユウトが連れていたクーシーと名づけられた狼型の従魔が気がついたのだとか。なんとユウトは使役魔法が使えたのだ。僕の限界突破のようなもので転移したときからユウトに備わっていた能力なのだと思う。
「ビダル伯爵、申し訳ありません」
「お前は?」
「私はメンター家の騎士キリアンです。ヒューバート様の命令で今回のセシリア様たちの誘拐に関わりました。どのような処分でも受け入れる覚悟です」
キリアンさんたち三人の騎士がビダル伯爵に頭を下げる。
「えっと、ビダル伯爵、誘拐の主犯と思わる銀髪魔族を倒せたのはキリアンさんのおかげです。銀髪魔族はギーズと呼ばれていました。キリアンさんがギーズを後ろから刺して・・・そうしてくれなければ、僕たちのほうがあの銀髪魔族にやられていました。どうかキリアンさんたちに温情のある処分をお願いします」
うーん、やっぱりユウトはなんだかカッコいい。いや、それより今なんて言った。
「魔族だと?」
ジークフリートさんがユウトの魔族という言葉に反応した。
「ええ、僕たちが倒した銀髪の悪人顔の男は魔族だと思います。額に小さいですが角らしきものがありましたし顔色も青白かった」
ジークフリートさんは僕の方を向くと「なんか、最近魔族に縁があるな」と言った。
カサマツさんは慌てて一旦部屋を出て戻ってくると「魔族の死体を回収するように指示してきた。何かの役に立つかもしれない」と言った。
ビダル伯爵はカサマツさんのほうを見ると「回収した死体はしばらく冒険者ギルドで保管を頼めるか?」と尋ねた。それに対してカサマツさんは「ああ」と小さく頷いた。
カサマツさんは頭の回転が速い。死体があれば魔族が関わっている証拠になる。
「そうですか。あの銀髪の男は魔族だったのですか? どおりでテオドールがやられたはずです」
「なんだと、メアリそれはどいうことだ?」
ビダル伯爵が訪ねた。
「はい、サイモン様、私が誘拐されたとき護衛の中にテオドールがいました。そしてテオドールは一瞬で銀髪の男に斬られました」
「ハヴィランド家の騎士テオドールは元S級の冒険者だ」
カサマツさんが教えてくれた。
「テオドールが一瞬で・・・。ユウジロウ殿たちは、そのテオドールを倒した魔族を相手にしてセシリアたちを救出してくれたのだな」
「ええ、まあ、僕たちは3人と一匹ですし、それに最後はキリアンさんのおかげで命拾いしました」
「それにしても・・・」
こうしてユウトのおかげでいろんなことが明らかになった。反皇帝派が『正しき血への回帰』と呼んでいるらしい反乱に思った以上に多くの賛同者が現れたのは白騎士団の中でも特に影響力のある若手を取り込むためにその奥さんたちを誘拐して人質にしていたのだ。首謀者はヴァルデマール侯爵とキリアンさんの主ヒューバート・メンターだ。
だが、誘拐に魔族の手を借りたのは失敗だろう。もし、そうでなければキリアンさんたちは主を裏切ることはなかったのではないだろうか? 騎士とはそういうものだ。
「ハル、ヒューバート・メンターって」
「うん」
僕は魔物に襲われているメンター伯爵の娘アリスさんを助けて、メンター家の屋敷に招待された。あのとき実家であるメンター家の領地にヒューバートも帰ってきて話をした覚えがある。この件であのアリスさんやメンター伯爵はどうなってしまうのだろう。アリスさん・・・ちょっと話しただけだけど、育ちの良さそうなお嬢さんって感じの人だった。兄のヒューバートを慕っているようにも見えた。
僕は気持ちが沈むのを抑えられなかった。
「もう止められないのでしょうか?」
僕は呟くように言った。
「無理だな」
そう答えたのはビダル伯爵だ。
「あの、銀髪の男はそろそろ全員がヴァルデマール領に集結する頃だと言っていました。明日にでも反乱が起こってもおかしくありません」
「ジュリア、本当か?」
ジュリアというのはユウトに助けられた女性の一人で気の強そうな顔している。
「はい」
ジークフリートさんやカサマツさんはあまり口を挟まない。おそらく冒険者ギルドは国の政情には関わりたくないのだ。そもそもジークフリートさんはそういった方針を貫いている人でもある。神聖シズカイ教国ではパーティーメンバーのユイが関わっていたからあれほど動いてくれたのだ。
僕は、横にいるクレアの表情からを窺う。
「その反乱軍と言っていいのでしょうか。どのくらいの規模なのでしょうか?」
「おそらく500くらいだろうな」
「人質が解放されたといえば、止めることができるのでは?」
「どうかな? 私は難しいと思うよ」
ビダル伯爵が諦めたように言った。
「すでにヴァルデマール侯爵も動いている。もともと皇帝に不満を持っていた若い奴等の集まりだ。今更後に引くとは思えん。それに、最近レオのやつは屋敷には帰ってこない。ジュリアの話からしても反乱が起きるのは近い。まあ、帰ってきたらセシリアとエドワルドが救出されたことは伝えるが・・・。他の家も同じような状態だろうな」
そうなのか・・・。
「それで、反乱軍が相手にする黒騎士団の規模はどのくらいなんでしょう?」
「そうか、ハルはこの国の人間ではないから知らないのか」
そう言ってビダル伯爵はこの国の騎士について説明を始めた。
「黒騎士団は1000人規模の大隊が5つで約4000だ」
「5つの大隊で4000って?」
「第三大隊は大隊と言っても獣騎士団と呼ばれている十数人の使役魔術師で構成されている部隊だ。だから5つの大隊で約4000だ」
獣騎士団は帝都の空を守るワイバーンを使役している部隊だ。
「約4000ですか。そのすべてが帝都に常駐しているのですか?」
「いや、黒騎士団のうち帝都を守っているのは第一大隊と獣騎士団だ。第一大隊の第一部隊100人はイチイチと呼ばれていて特に精鋭で構成されている。イチイチは皇宮を守護している皇帝の親衛隊でもある。第二大隊、第四大隊、それに第五大隊は北のルヴェリウス王国の始めとした他国との国境付近に防衛のため派遣されている。一方白騎士団は主に中央山脈など魔物の被害が多い地域や地方都市へ派遣されていることが多い。地方領主に旧貴族が多いせいもある。ただ癒着を防ぐため派遣される部隊は毎年変更される」
とうすれば決起した白騎士団の若者が相手にするのは第一大隊と第三大隊ってことになる。中でも手ごわいのはそのイチイチと獣騎士団ってことか。
「それに対して今回の『正しき血への回帰』とか呼んでいる反乱に参加するのが白騎士団500人ってことですね。確か全体の数は白騎士団のほうが多いのですよね」
「ああ、だが白騎士団はその性質上、地方に派遣されている部隊が多い。それに白騎士団といってもすべてが反皇帝派というわけでもない。これでも今は武闘祭の関係で帝都にいる部隊がいつもより多いんだ。レオやグレゴリーのように白騎士団の中でも実家の格が高いものは帝都近辺に配属されることが多い」
なるほど。
「正直、私はレオやヒューバートが動いても集まるのは100か200がいいとこだと思っていた。だがそれが500だ。だがその理由も分かった。クリストフ様やヒューバートがまさか人質まで取って賛同者を集めているとはな」
「それだけ、必死だということでしょうね」
僕の言葉にビダル伯爵は頷いた。
「でもハル、500で帝都の黒騎士団1000に勝てそうにないよね。獣騎士団だっているんでしょう。それに、確か前回と前々回の武闘祭の優勝者だっているんだよね」
「ネイガロスとエドガーだな。ネイガロスは黒騎士団副団長だ。そしてエドガーは第一大隊の隊長でイチイチの隊長でもある」
久しぶりに口を挟んだのはジークフリートさんだ。ジークフリートさんの言葉にビダル伯爵が頷いた。
「それに、ネイガロスとエドガーがいなくても黒騎士団のほうが精鋭揃いだ。残念だがな」
「それじゃあ、絶対に反乱なんて成功しないよね」
ユイのいう通りだ。
この世界では個々の武力の差が魔力のせいで大きい。だから騎士団は元の世界の軍隊のイメージと違ってそれほど人数が多くない。冒険者だってとても尊敬されている。騎士や冒険者になれる素質のあるものは限られているからだ。もちろん、中には家柄やコネで騎士になった者もいるだろう。だが基本は魔力の過多や適性などが大きく左右する世界だ。
そして中でも、クレアと同じく『皇帝の子供たち』呼ばれる騎士養成所出身者が多く所属している黒騎士団はその強さで他国にもその名を轟かせている。獣騎士団にはワイバーンだっている。
「作戦があるのです」
「セシリア様、作戦とは?」
心配そうな顔をして話を聞いていたクレアがセシリアさん言葉に反応した。
「セシリア様の言う通りです。私が説明します」
キリアンさんが、自身も聞いたという反乱軍の作戦とやらを説明した。
それによるとヴァルデマール侯爵はジャール砂漠から皇宮の奥に通じている秘密の通路を知っていて、それを使って皇帝やその家族を弑逆するというのだ。もともとその通路は何かあった場合皇宮から脱出するためのものではないかと言う。
「そうか、そんなものが・・・。それで、あの慎重なクリストフ様が決断されたのだな。だが、ネロアだって知っている可能性があると思うが。それとも、まだ何か秘密があるのか・・・」
ビダル伯爵が腕を組んで考え込んでいる。
うーん、秘密の通路か・・・。
さらにキリアンさんが作戦を説明する。
それによると、まずヴァルデマール領から反乱軍が帝都に攻め上がる。帝都にいる黒騎士団と獣騎士団の1000くらいがこれに対応すると予想される。500は思ったより数が多いから精鋭のイチイチもそれに参加するだろう。そこを秘密の通路を使った別動隊が皇宮に忍び込み皇帝を暗殺する。作戦はこんな感じだ。
「レオナルドさんやヒューバートさんは別働隊のほうでしょうか?」
「おそらくハルの言う通りだろう。ゼードルフも別働隊の可能性があるな。なんといっても実際に皇帝を暗殺するのは別働隊の役目だ」
ビダル伯爵が僕の言葉に同意した。
「とすれば、本体を率いて黒騎士団と対するのは、えっとグレゴリーって人になるんでしょうか」
「おそらくはな。当然クリストフ様もだろう」
クレアがそれを聞いて「レオが別動隊に・・・」と呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
「それでジャール砂漠のどこに通路の入り口があるのか分かるんですか?」
「いや、俺たちはそこまでは知らされていない。ただ失われた文明の遺跡のどこかだ」
「ジャール砂漠には多くの遺跡があるから、探すのは難しそうだな」とギルドマスターのカサマツさんが言った。
カサマツさんは冒険者ギルドの総本部であるガディスの冒険者ギルドのマスターである。もしかするとそこら辺の国の王様とかより偉いのかもしれない。だけど全くそう感じさせない、かと言って謙遜しているわけでもない不思議な人だ。
カサマツさんの言う通りでジャール砂漠には多くの失われた文明の遺跡がある。中には冒険者の野営スポットになっているものもある。
そのどこかに・・・。
そもそも帝都ガディスは失われた文明の遺跡の上に建設されている。だからこそ失われた文明の巨大な遺物であるカラディア闘技場はガディスにある。
結局、ビダル伯爵は今から止めるのは無理だとの判断を変えず、以前言っていた通り、どっちに転んでもビダル家が存続する行動を取ると言った。とりあえずは様子見をして『正しき血への回帰』への回帰が失敗しそうであればレオナルドを切り捨て皇帝に付くということだ。
「作戦とやらを私は聞かなかった。セシリアたちはユウジロウ殿たちに助け出された。誘拐には魔族が関わっていた。それだけだ」
ビダル伯爵は一同に念を押すように言った。
「冒険者ギルドは黒騎士団と白騎士団との争いには関わらない」
カサマツさんは落ち着いた口調だ。ジークフリートさんも同意するように頷いた。
カサマツさん、ジークフリートさんの冒険者ギルド組は政争には関与しないという立場だ。ただ、ユウトたちが倒した魔族らしい男の死体は冒険者ギルドで保管してくれるという。
助け出された女性たちについてはビダル伯爵が手配して各家に送り届けるということになった。キリアンさんたちの処分もビダル伯爵の預りってことで解散となった。
「セシリアたちが救出され誘拐に魔族が関わっていたことが判明した。証拠となる魔族の死体もある。これはビダル家存続の役に立つかもしれない。ユウト殿のおかげだ。感謝する」
最後にビダル伯爵はユウトたちにもう一度感謝の言葉を述べた。