5-26(ユウト).
僕たち3人と一匹は帝都ガディスに隣接しているヴァルデマール領に遠征していた。
ヴァルデマール領は、広さこそそれほどでもないが帝都ガディスのある皇帝の直轄領に隣接していて格が高い。なんでも領主のヴァルデマール侯爵は昔の皇帝の血を引く名門らしい。それとヴァルデマール領にはもう一つその格を高めているものがある。
迷宮だ!
ここヴァルデマール領にはサクラ迷宮がある。サクラ迷宮は僕が最初に冒険者活動を始めてルルとも出会ったエニマ王国のエラス大迷宮と比べると小さな迷宮だ。それでも帝都に近く帝都に魔石を供給する貴重な迷宮としてヴァルデマール領の価値を上げている。
僕たちがいるのは、そのサクラ迷宮の一階層だ。迷宮に入ったことがないというシャルカの希望でここまで遠征してきた。ここは騎士団の訓練にも使われることがあるらしいけど、結局シャルカは迷宮での訓練に参加することなく黒騎士団を辞めてしまった。
「ちょっとエラス大迷宮に似てるよね」
「そうですね」
僕と同じでエラス大迷宮を経験しているルルが答える。
「それはどいう意味だ?」
シャルカの質問に僕が説明する。サクラ迷宮は規模ではエラス大迷宮とは比べ物にならない。でも多くの迷宮が僕の知っているゲームのダンジョンに似て迷路のような作りになっているのと違って、サクラ迷宮は広い地下空間のようになっている。エラス大迷宮でも多くの場所がそうなっていたので、そこが似ているのだ。
「なるほど、そういうことか。だが、地下空間なのに明るいし空がある。不思議だな」
迷宮が初めてのシャルカは、見るものすべてが興味深いようでキョロキョロと辺りを見回している。初めてスライムを見たときには「可愛い」と興奮していた。スライムを氷弾で仕留めた僕をしばらく睨みつけていたくらいだ。シャルカはその凛々しい見た目とは違い可愛いものが大好きだ。隙あらばルルを撫でようとしていることも、僕は知っている。
あれからゴブリンなどの下級魔物を倒してここまで進んできた。一階層には今の僕たちにとって危険な魔物は出ない。
ん?
「ユウ様、どうかされましたか?」
「いや、今微かなの魔力の気配が・・・。気のせいかな」
僕は辺りを見回す。
「何もいないようですが・・・」
ルルは魔法探知は使えないが、とても目がいい。だがここは迷宮の中で薄暗い。
「ぐうー」
そのとき、クーシーが小さく吠えた。
「キュウー」
それに答えるように小さな鳴き声が聞こえた。魔物なのか・・・。でもどこにも姿が見えない。僕は剣を抜いて警戒する。
ルルもシャルカもいつでも戦闘に入れる態勢だ。
「あ、こんなとこに。か、可愛い!」
シャルカが足元から抱き上げたのは小さなリスのような動物だ。魔物なのか? ずいぶん小さいしシャルカの言う通りでどちらかというと可愛らしい。可愛いもの好きのシャルカに撫で回されている。
「こんな魔物がサクラ迷宮にいるなんて情報あったかな?」
迷宮はおそらく古代人が作った人為的な施設であり、現れる魔物も本物の魔物とは違い魔素か魔力で作られた存在だ。そして迷宮に現れる魔物の種類は場所によって大体決まっている。こんな可愛らしいリスの魔物の情報はなかったと思う。
「シャルカ、なんかついているよ。魔物の足のとこ」
「え、本当だ」
シャルカが魔物の前足についたものを取ろうとして苦戦している。
「うーん、髪の毛かなんかで留められている」
シャルカがやっとそれを取ると、小さくて細い長い紙が巻いてあるようだった。シャルカがそれを開く。
「ユウジロウ、何か書いてある。えっと、『サクラ迷宮のヴァルデマール侯爵家の別邸に監禁された。助けを乞う。クラッグソープ家、ビダル家、バレット家、ハヴィランド家に連絡を』」
「これは・・・」
「ユウ様」
誘拐なのか・・・。たしかハヴィランドといえば僕たちがしばらく滞在していたエーデルシュタッドの領主ではなかったか。
ヴァルデマール侯爵家の別邸。迷宮に・・・。
「ユウジロウ、だぶんここじゃないかな」
シャルカがサクラ迷宮入口で買った地図を広げて見せてくれた。シャルカが指す場所は安全地帯と表記されていると同時に立ち入り禁止のマークがある。
こんなところに別邸が・・・。確かにシャルカの示した場所が怪しい。
「ユウ様どうします」
その場所はここから近い。
「ここから近いから、確認だけして冒険者ギルドの知らせようか」
しかし、僕たちはその判断をすぐに後悔することになる。
地図を頼りに辺りを探す。だが何も見つからない。地図にはわざと正確ではない場所が記載されているように感じた。諦めて、騎士団か冒険者ギルドに報告しようかと考えていたとき、大きな岩の向こうに建物らしきものが見えた。
「あれかな? え?」
気がついたら僕たちの目の前に銀髪の男がいた。いつの間に・・・。全く気配を感じなかった。
「お前たち、こんなところで何をしている。ここは立ち入り気禁止エリアだ」
「あ、すみません、ちょっと迷って」
男は疑わしげに僕たちを観察している。
「ん、その魔物は、あの子供が抱いていた。ちょっと、その魔物を見せてみろ」
「シャルカが後退して男からリスの魔物を隠す」
男は剣を抜くと「そういうことか・・・。小賢しいことを。お前たち運が悪かったな」と言った。僕にはその顎の尖った銀髪の男がどう見ても悪人に見えた。それによく観察すると額に小さな突起のようなものが見える。そういえば顔色もなんか青白い。
「お前、魔族なのか」
「殺す!」
銀髪の魔族らしい男は僕に飛びかかってきた。速い!
ガキッ!
シャルカが盾で男の剣を防いだ。すかさずルルが飛び掛かる。しかし、銀髪男はすぐに態勢を立て直すと、カーン、カーンとルルと打ち合った。
強い!
ルルはパワーはないが素早い。それに二刀流だ。それなのに、この銀髪はシャルカの盾で最初の一撃を防がれ態勢を崩した状態でシャルカの攻撃を余裕をもって捌いた。
「氷弾!」
「うっ!」
銀髪男の頬から一筋の血が垂れている。
「てめえー!」
銀髪男が悪鬼のような形相で僕に迫ってくるが、シャルカが盾で防ぐ。僕たち3人は一人一人では銀髪男よりはだいぶ弱い。っていうかこいつ悪人だけどかなりの手練れだ。でも、シャルカは防御に優れ、ルルはスピードに優れる。そして僕は、あれ? 僕ってなんに優れてるんだっけ?
まあ、いい。とにかく3人の連携は抜群だ!
銀髪男は怒り狂って攻撃してくるがシャルカが冷静に防御して、そこをルルが攻撃する。そして僕もときどき氷弾で補助する。
銀髪男はますますイライラしている。この魔族らしい銀髪男はかなりの手練れだけど脳みそは少なそうだ。
「どうした」
そのとき屋敷の方向からバタバタと人が走ってくる音がした。音がした方向を見ると騎士らしい三人の男が現れた。銀髪男の得体の知れなさと比べて、三人は明らかに騎士だ。
「ギーズ、どうしたんだ」
3人のうち一番体格のいい男が銀髪男に尋ねた。銀髪で悪相の男はギーズという名前らしい。
「お前らいいことに来た。手を貸せ」
「お前ら騎士だろう」
シャルカが後から来た三人に呼び掛ける。僕はシャルカの盾の陰から銀髪男と睨み合っている。
「騎士のくせに魔族の誘拐犯に加担しているのか?」
「そ、それは」
銀髪男に声を掛けた騎士が忸怩たる思いとはこのことだといった表情をして口ごもった。
「これで数の上でもこっちが有利になったな。もともと俺一人でも十分だったが、これで万に一つもお前たちが生きてここを出る可能性はなくなった」
確かに、これで3対4になった。だけど・・・。
「がうー!」
岩陰から現れたクーシーが3人の騎士に襲い掛かった。最後の切り札としてクーシーを隠していたんだけど、仕方がない。
「うあー!」
突然、巨大なクーシーが現れたことで、三人の騎士はパニックなった。
これで4対4だ!
クーシーが現れたことで乱戦模様となった。
「ユウ様!」
「ルル、シャルカ、騎士たちはクーシーに任せて僕たちは銀髪悪相の魔族に集中だ!」
「おう!」
三人の騎士はクーシーに任せて3人でギーズと呼ばれた銀髪魔族を相手にする。
これならいけるはずだと思ったが、甘かった。この銀髪魔族ギーズは相当強い。クーシーが現れたことでギーズに最初の僕たちを馬鹿にした油断のようなものが無くなった。
シャルカが盾を構えて僕を守るようにしている間はギーズはルルに集中して攻撃する。瞬く間にルルが傷だらけになりあちこちに血が滲む。こいつスピードでもルルに負けていない。
ルルを一旦下げて回復魔法を使わせたいがその暇がない。ルルは身体能力強化と同時に聖属性魔法を使うことができない。というかこの世界の人たちは大体そうだ。
「氷弾!」
僕が氷弾を放っても余裕をもって躱す。
「ふん、犬っころが加勢しようが、攻撃パターンさえ分かればお前らなど相手じゃない」
シャルカがルルに加勢しようとすると、今度はあっという間に僕に斬り掛かってくる。剣が交わるたびに僕は押されて後退する。後退した僕とギーズの間にシャルカが盾を割り込ませる。
するとギーズはすぐにターゲットをルルに変える。ルルは防戦一方だ。
しばらく同じような攻防が続く。僕たちは満身創痍だ・・・。僕たちも多少強くなったと思ったけど、それ以上にギーズは強い。正直、武闘祭でも上位に行けるレベルじゃないだろうか。
ハアハアとルルが荒い息を吐いている。限界が近い。
「シャルカ、ルルを守って!」
シャルカがルルを援護しようと盾を持って突進する。
すると急にこっちを向いたギーズが、ニヤっと笑うとシャルカの方に向かって来た。シャルカが盾で防御しようとする。とギーズはシャルカの盾を蹴ってジャンプするとシャルカの後方にいた僕に向かって剣を振り下ろした。
僕は銀髪魔族の真上からの一撃を剣で受けた。その結果、僕の剣は弾き飛ばされカラカラと音を立てて地面を転がった。僕は剣を拾いに行く。もう少しで剣に手が届きそうだ・・・。
だけど・・・
ダン、と着地した銀髪魔族は、滑るような動きですでに僕の目の前に立っている。やっぱり、こいつは強い。レベルが違い過ぎる。
「終わりだ!」
「ユウ様ーー!!」
「ユウジロウ!」
ここまでか・・・。
だが次の瞬間、剣を振りかぶったギーズの動きが止まり後ろを振り向いた。
「キ、キリアン、貴様・・・」
さっきまでクーシーが相手をしていた騎士の一人が銀髪魔族を後ろから剣で突き刺していた。僕はそのチャンスを逃さず、すかさず剣を拾うとギーズを袈裟懸けに斬った!
「ぐわーー!!」
叫び声を上げたギーズはその場に倒れ、今度はギーズの剣がカランと音を立てた。ギーズは這うように剣を拾いに行こうとしたが、騎士たちの相手をすることから解放されたクーシーがギーズを前足で押さえつけた。
「ぎゃあーー!!」
僕はクーシーに押さえつけられたギーズの首に剣を突き刺した。
グボッ!
やった・・・。
「キリアンどうして?」
さっきまでクーシーを相手にしていた騎士の一人が僕の前に横たわっているギーズの死体とギーズを刺した騎士を交互に見ると、唖然とした様子で問いかけた。
「もう、限界だ。いくらヒューバート様の命令とはいってもヒューバート様のご友人の奥方を誘拐するなど・・・。しかも魔族の手を借りて・・・」
しばらくの沈黙のあとキリアンに問いかけた騎士は「そうだな・・・」と言った。三人目の騎士も茫然とした様子ながらゆっくりと頷いた。
「ユウ様、大丈夫ですか」
「ルルこそボロボロじゃないか」
「ユウジロウ、ルル・・・」
こうして僕たちは何とか生き残った。
「ルル、とりあえず回復魔法をみんなに・・・」