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5-22(誘拐).

 帝国白騎士団の大隊長にしてビダル家の跡取りであるレオナルドの妻セシリアは、3歳の息子エドワルドと共に帝都ガディスからビダル家の領地へ馬車で向かっていた。ビダル家の騎士10人が護衛のため二頭のスレイプニルが牽く馬車の周りを固めている。


「エド、もうすぐお祖母様に会えるわ」

「はい」


 エドワルドはとても聞き分けのいい子供でレオナルドに似ている。エドワルドは膝の上のチャッピーと名づけられた小さなリスのような魔物を愛おしそうに撫でながら返事をした。


 夫のレオナルドはビダル家の跡取りだが白騎士団の大隊長をしているので普段は帝都の屋敷にいる。妻であるセシリアも一緒だ。ちなみに義父サイモンは白騎士団の副団長で同じく普段は帝都の屋敷にいる。レオナルドはいずれその後を継ぐ。もしかしたら騎士団長にさえなれるのではと噂されていた。だが、今はその夢も潰えたように見える。


 そんな折、突然レオナルドがセシリアとエドワルドにしばらく領地に帰るように伝えてきた。レオナルドは詳しいことは話さなかったが、最近レオナルドが頻繁に友人のメンター家のヒューバートと会っていることに気付いていたセシリアは、それと何か関係あるのだろうと想像している。そして今、武闘祭も終わった帝都を後にしてビダル家の領地へ馬車を走らせている。


 なんだか嫌な予感がするわ。


 セシリアはビダル家と親しい旧貴族派の娘だ。ただ、セシリアの実家は旧貴族派には珍しく領地を持たない法衣貴族だ。父は皇宮勤めだが、周りは当然のように皇帝派が多いので居心地は悪いようだ。そのような環境で育ったセシリアだが、父親同士が親しいため学院に通っていたときからレオナルドと婚約していた。親が決めた結婚だがセシリアとても幸せだ。


 レオが別に白騎士団副団長や団長にならなくてもいい。それでも十分幸せだ。


 セシリアはそう思っていた。もちろん口に出したことはない。


 セシリアはこれから行くビダル領に想いを馳せた。セシリアは帝都育ちであまり田舎暮らしはしたことがない。


「キャー!」


 そのとき、馬車が急停車しセシリアは思わず悲鳴を上げた。


「お母さま」


 エドワルドがセシリアにしがみついた。


「奥様、盗賊です。相手は5人で問題ありません」


 護衛のリーダーである騎士が馬上から馬車を覗き込んで、そう伝えてきた。旧貴族派の中でもクラッグソープ家などと並んで武闘派であるビダル家の騎士は強い。


 セシリアは言われるままに馬車の中で体を小さくして待っていた。ビダル家の騎士であれば問題ないはず。セシリアはそう信じていた。

 馬車の外で戦闘する音や悲鳴のようなものが聞こえきた。セシリアはエドワルドを抱きしめてひたすら嵐が過ぎ去るのを待った。


 しかし、しばらくして馬車に乗り込んできたのは覆面をした男だった。


「大人しくしてろ!」


 男はくぐもった声でそう言った。まさかビダル家の騎士が10人もいて・・・。


 護衛の騎士たちは全員死んだのだろうか。もう外からは争うような音は聞こえない。


 それから先のことをセシリアはあまり覚えていない。馬車は方向転換したようでセシリアとエドワルドは馬車に乗ったままどこかに運ばれている。

 その後、馬車はかなり長時間走った。途中、外で会話をしているような声が聞こえたが、セシリアには何を言っているかまでは聞き取れなかった。


 レオ、助けて・・・。


 セシリアは心の中で愛する夫に助けを求めた。だが、助けはこない。


 しばらくして、馬車が坂を下る頃には辺りは薄暗くなった。坂を下るとまた平地になったようだ。しかし悪路を走っているようでずいぶん揺れる。外を見ることは許されていないので、どこを走っているのかセシリアに知る由もない。


「降りろ」


 セシリアがエドワルドを抱いて馬車を降りるとそこは薄暗い場所で、目の前には立派な屋敷があった。セシリアは5人の男たちに促されて屋敷入った。そして指示された部屋に入ると・・・。


「ヴィクトリア様、それにジュリア様にメアリ様も」


 その部屋にいたのは クラッグソープ家のヴィクトリア、バレット家のジュリア、ハヴィランド家のメアリの3人だった。いずれも旧貴族家だ。普段からビダル家とも親しい間柄だ。だから、セシリアを含む4人は顔見知りだった。それにもう一つ4人には共通点がある。4人の夫はいずれも白騎士団に勤めており、皆部隊長以上の幹部だ。特にヴィクトリアの夫のグレゴリー・クラッグソープはレオナルドと同じ大隊長のはずだ。そして義父のクラッグソープ伯爵は現白騎士団団長だ。近々その座を退くことになってはいるが・・・。 


「まあ、俺じゃなくて臆病な夫を恨むんだな」


 レオが臆病? セシリアは男を睨みつけた。男たちはすでに覆面を外しており、今喋ったのは銀髪で顔色の悪い男だ。セシリアに言わせれば、この男は馬鹿だ。こんなことをペラペラと喋るなんて。


「なんだ、その目は、俺を馬鹿にしているのか」


 銀髪の男はセシリアのほうに身を乗り出してきた。


「おい、やめろ! セシリア様に手をだすな。人質は丁寧に扱え。そう言われているだろう」


 最初に見たときからどこかで見覚えがあると感じている茶髪で痩身の男が銀髪を止めた。だが、強気な言葉とは裏腹に銀髪の男のことを恐れている節がある。


 そうだ! この男はレオの友人のヒューバート様と一緒にいるのを見たことがある。とすればメンター家の騎士なのか・・・。なぜ、同じ旧貴族派のメンター家が?


 セシリアが周りを見ると、ヴィクトリア、ジュリア、メアリも怯えたように体を縮こまらせている。


 そのとき、セシリアはやっと一つの考えにたどり着いた。


 白騎士団の団長に皇帝派のカイゲルが任命されて以来、レオは文字通り烈火のごとく怒っていた。義父おとうさまにもなんとかならないのかと訴えたと言っていた。


 だが、今の帝国で皇帝の決めたことに逆らうことはできない。カイゲルとかいう人は裏で違法な奴隷商売に関わっているとか黒い噂にことかかない相当に評判の悪い人だ。もちろん旧貴族派にだって評判の悪い人は少なからずいる。貴族なんてそんなものだろう。でも、さすがに剣を持ったこともなさそうな太った男が白騎士団の団長に任命されるとは・・・。誰もが、最初に聞いたときには、まさかと思ったのだ。


 つまり、これは皇帝派の挑発なのだ。


 結局、これは皇帝派の挑発だと判断したレオは、だんだん冷静になり、おそらくはセシリアやエドワルドのことも考えて、皇帝に反旗を翻すのはあきらめたように見えた。セシリアは知っている。ああ見えてレオは慎重な人だ。何より家族を愛している。ほんとうはそんなに争い事が好きな人でない。


 だが、ここにヴィクトリア、ジュリア、メアリが監禁されている。今日からセシリアとエドワルドも加わった。それぞれの夫はレオと似たような立場の者たちだ。そして、セシリアを誘拐した男の一人はおそらくメンター家の騎士だ。


 それらから導き出される結論は一つだ。皇帝に反旗を翻そうと計画しているメンター家、いや、おそらくレオの友人のヒューバートが、それになかなか賛同しないレオたちを無理に仲間に引き入れようとしてセシリアたちを人質に取った。


 セシリアは考えれば考えるほどそれしかないと思えてきた。


 結局、セシリアとエドワルドを部屋に残して男たちは出て行った。もちろん部屋には鍵が掛かっており、外には見張りがいるのも気配で分る。


「セシリア様」


 話しかけてきたのはクラッグソープ家のヴィクトリアだ。夫のグレゴリーは白騎士団の第二大隊の隊長で第三大隊の隊長であるレオナルドと白騎士団内での地位は同格の幹部だ。


「ヴィクトリア様、こんなところでお目にかかるとは」

「そうね。セシリア様も気がついていると思うけど、私たちは人質みたいなのよ」


 セシリアはヴィクトリアの言葉に頷くと「近いにうちに帝都で内乱が起こるのでしょうか?」と訊いた。


「セシリア様も気がついたのね。あの銀髪の男が得意そうにペラペラ喋るのを聞いて、私たちもそうだと思っています。私たちが逃げられないと高を括っているのでしょう」

「私たちはどうなるのでしょう」


 怯えたようにそう言ったのはハヴィランド家のメアリ様だ。


「おそらくクリストフ様とヒューバート様が首謀者の『正しき血への回帰』とか呼んでいる革命が成功すれば、私たちの夫は英雄、失敗すれば家族もろとも死罪、そういうことだろうな」


 男勝りで知られるバレット家のジュリアがそう答えた。


「クリストフ様も?」

「ここはサクラ迷宮の中にあるクリストフ様の別邸らしい。ヴィクトリア様が以前来たことがあるとか」

「迷宮の中に別邸が・・・」

「ジュリア様の言う通りです。以前夫と一緒に一度だけ」


 ジュリアの言ったことをヴィクトリアが肯定した。


「あの、馬鹿な誘拐犯がペラペラ喋っていたんだが、どうやらメンター家のヒューバート様が主導してクリストフ様も同意したらしい。革命が成功したらクリストフ様を皇帝に担ぎ上げる気なのだろう」

「ジュリア様、声が」


 ヴィクトリアがジュリアを窘めるがジュリアは止まらない。


「あいつらが自分で喋ったんだから聞かれても問題ないだろう。それにしても、あの臆病なクリストフ様がよく動いたものだ。クリストフ様が動かなければヒューバート様も担ぐ神輿がないからな」


 あの馬鹿な銀髪はそんなことまで喋ったのか・・・。


 セシリアが人質に取られたことで、レオが革命かクーデターなのか・・・そんなものに参加するだろうか?


 たぶん、するだろう。己惚れでなければ、レオはセシリアやエドワルドを愛している。しかも、もともと今回の皇帝派のやり方に憤っていたのだ。


「これでレオナルド様が革命に参加すれば、おそらく、ここにいる4人の夫は全員参加することになるだろう。それに人質を取られていない白騎士団からの賛同者も増える。もともと皇帝派の挑発で不満が爆発寸前だったのだからな」


 ジュリアの言葉に全員が頷いた。セシリアの夫レオナルドは大隊長でもあるし、その人柄から多くの部下に慕われていると聞いている。もちろんセシリアに対するお世辞もあるだろうが、それだけではないと思う。しかも同じく大隊長であるヴィクトリアの夫のグレゴリーもいる。


 4人全員がジュリアの言葉に考え込んだ。やはり自分たちが生きてここを出るには革命が成功するしかなさそうだ。失敗した場合、家族を人質に取られて無理に参加したことで減刑されたりすることがあるだろうか?


 それは分からない。だがあまり期待できそうにないとセシリアは思った。ただ、あのクリストフが動いたってことは何か勝算があるのだろうか?


「ここから逃げるのは・・・」

「まず、無理だな」


 ジュリアの言葉に全員が頷いている。


「迷宮の中の別邸・・・ですものね」


「それに・・・」メアリ様が小さな声で「あの銀髪の人、もの凄く強いです。テオドールが一瞬で殺されました」と言った。


 テオドール、まさか・・・。ハヴィランド家のテオドールと言えばS級冒険者上がりの騎士でその強さで有名だ。メアリ様はそのテオドールに護衛されていたところを誘拐されたようだ。セシリアとエドワルドだってビダル家の騎士10人が護衛する中攫われたのだ。


 そういえば、メンター家の騎士もあの銀髪を恐れているような素振りだった。そうか、あの銀髪はだだの馬鹿なお喋りな男ではなくてS級冒険者を瞬殺できるほど強いのか・・・。


 セシリアは絶望で頭が真っ白になった。


「お母さま」


 エドワルドを抱きしめる手につい力が入ってしまったようだ。


 レオ・・・。

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