5-20.
「明日はいよいよ決勝だな」
「はい」
ここは、僕とコウキたちが再会したジークフリートさんの宿の一室だ。
「いやー、俺も推薦したかいがあった」
「ええ、ジークの言う通りですね」
冒険者ではないと言うトモカさんは、失礼かもしれないが年齢よりもずっと可愛らしい声をしている。トモカさんは2番目の奥さんで30才前後に見える。
「シズカディアで見た天変地異みたいなっていうか、えっと神の怒りみたいなやつも凄かったけど」
「いやー、ライラさんあれは見かけだけで・・・」
そう、あれは、まるで空を覆いつくすように広範囲に発動させた二段階突破の黒炎爆発で、あれほど広範囲に発動させると威力のほうは全く大したことはない。見掛け倒しだ。
「見かけだけだとしても、あれには私も驚いたわ」
エレノアさんも同意する。
「はい。ハル様は凄いんです!」
クレア・・・。
「とにかく、あれも凄かったけど、今日見た魔法にも驚いたよ」
「ええ、あんなに発動の速い魔法って始めてみたわ」
「魔術師のエレノアさんにそう言っていただけると自信になります」
ジークフリートさんはエレノアさんをチラっと見た後、僕の方を向いて「俺には、単に発動が速いというより、まるで同時に二種類の魔法を使っているように見えたけどな」と言った。
鋭い・・・。
「まあ、その辺は秘密ってことで」
ジークフリートさんは頷いた。
「で、勇者には勝てそうなのか?」
「ええ、まあ・・・」
僕は曖昧に返事をした。コウキとの約束では僕は負けることになっている。コウキの勇者として名声を上げ、コウキがルヴェリウス王国の王になることに近づくためだ。
「なんだ、自信がないのか」
「ハル様が勇者様より弱いなんてありえません」
クレアも僕とコウキの話を聞いていたはずなのに・・・。
「まあ、そんなことよりジーク、何か気になっていることがあるんじゃないの? ただ、励ますだけのために私たちを招待してくれたの?」
そう、今日はここには豪華な夕食が並べられている。決勝を控える僕を激励すると言うのが名目だ。だが、最初からそれだけではない気がしていた。それでユイは質問したのだ。
「なんかね。ちょっと雲行きが怪しいんだって、この国」
「ライラさん、それはどういう」
「この国の騎士団に黒騎士団と白騎士団があるのは知っているか?」
「はい」
その辺の事情は僕とユイもクレアから聞いている。
「皇帝の力の源泉ともいえる黒騎士団に旧貴族派と呼ばれるバルトラウト家が皇位を簒奪する前からの貴族たちの関係者が多く所属する白騎士団って感じですよね」
ジークフリートさんは大きく頷いた。
「その通りだ。現白騎士団の団長はダニエル・クラッグソープ、副団長はサイモン・ビダル。クラッグソープ家もビダル家も旧貴族派の有力貴族だ」
クレアの表情が変わったのが僕にも分かった。
「それで、皇帝ネロアは白騎士団の団長をダニエルからカイゲル・ホロウに代えると宣言している」
「それが」
「うむ。そもそもカイゲルは皇帝派だ。しかもかなり評判の悪い新興の男爵家だ。おまけに噂では剣など持ったこともないような人物だという」
「剣すら持ったことがない・・・」
「ああ、軍事面でも軍務大臣なら剣を持ったことがない者でも務まるだろう。だが現場を統括する騎士団長に剣を持ったこともない者を任命するとはさすがにな」
うーん、軍務大臣が事務方トップで騎士団長は現場のトップという感じだろうか。
「ネロアもこんなことをするとは、よほど自分たちの権力基盤に自信を持っているのか」
「もしくは挑発か・・・ですか?」
「さすがに話が早いな。シズカディアで俺を利用しただけのことはある」
ジークフリートさん、そのことは・・・。
あのときはユイを安全に取り戻すチャンスを逃すわけにはいかなかった。なんせユイは一つ間違うと死んでしまうかもしれない危険な魔道具『隷属の首輪』を着けられていたのだ。
「すまん。つい・・・。王族と同列と看做されている俺を利用するなんて者は滅多にいないんでな」
「いえ」
「それでだ。旧貴族派の若手が反乱を企てていると言う噂がある」
そんな、噂が・・・。
それにしても、ジークフリートさんの情報網はさすがだ。どの国にも属していないとはいえ世界に二人しかいないSS級冒険者だけのことはある。英雄と呼ばれ王族と同列と看做されているというジークフリートさんのこの世界における立場を実感させられる。
「まあ、俺はどこの国も属していないし、国の内政とは常に距離を取ってきた。だからこそ情報も入ってきやすいのかもしれない。ただ、それでも」
「ジークフリートさんの耳にさえ入ってきているのに皇帝派が動かないのはおかしいですね」
「その通りだ」
「ってことは、やっぱり挑発の可能性が高そうですね」
「そうだな」
蜂起させて根絶やしにする。それだけ皇帝派が自信を持っているってことだ。
「皇帝派の自信の裏付けは、やはり黒騎士団だろうな。だが、そのうちの最大戦力といえるザギを今日お前が再起不能にした」
なるほど・・・。そういうことか。
「僕は帝国に、特に皇帝派には恨まれてますかね?」
「どうかな。武闘祭で堂々と奴を倒しただけだからな。それに、これで皇帝派が挑発を止めることはないだろう。黒騎士団にはまだ副団長のネイガロスと第一大隊の隊長でもあるエドガーがいる」
「二人とも過去の武闘祭の優勝者ですね」
「ああ」
しばらくの沈黙のあとユイが口を開いた。
「それで、ジーク、なんでそんなことを私たちに教えてくれたの? ジークは基本的に国のいざこざには関わらない方針でしょう?」
ユイの言う通りだ。ジークフリートさんは国の内情とかに関わることは嫌って自由な冒険者をしている。神聖シズカイ教国ではパーティーメンバーのユイのために動いたのだ。
「まあ、そうなんだが、ハルとユイがルヴェリウス王国に召喚された異世界人だと聞いたからな。ルヴェリウス王国とガルディア帝国はいわば仮想敵国だ。そしてお前たち二人は再会した後もルヴェリウス王国には戻らず、秘密裡に同じ異世界人である勇者と会いたいと俺を頼ってきた。だから、なんとなく今のガルディア帝国の情勢も伝えておいたほうがいいかなと思っただけだ」
「ありがとうございます」
僕はジークフリートさんに頭を下げる。この情報が僕たちの目的に役に立つのかどうか分からない。それでもジークフリートさんの配慮には感謝しかない。隣でユイとクレアも頭を下げている。
「それで反乱を主導するとしたら誰になるのか分かるんですか?」
「候補の一人はさっき言ったビダル家の嫡男レオナルドだ。白騎士団第三大隊の隊長でもある」
クレアの顔色が変わった。
「もう一人はその友人のメンター家のヒューバートだ。こちらは第二大隊第三部隊の隊長だ。この二人は日頃から皇帝派に不満を漏らす血気盛んな若者として知られている。リーダーシップもあり部下の信頼も厚い。それと帝国一の魔術師で大魔道士と呼ばれているゼードルフは参加するだろうが・・・主導するってタイプじゃないな。あとは、そうだなクラッグソープ家の嫡男が第二大隊の隊長をしているが、内心はともかくこちらは慎重な男だとの評判だ」
ジークフリートさんはまだ何か言いたそうにしている。
「他に聞いておくべきことが?」
「若い奴らがいくら蜂起しても大儀がない」
僕はジークフリートさんの次の言葉を待つ。
「錦の御旗が必要だ。そのためにはヴァルデマール侯爵家を動かす必要がある。ヴァルデマール侯爵家はバルトラウト家の初代皇帝ガニス・バルトラウトが弑逆した皇帝エーリク・トリスゼンの弟アーサーの血を引いた貴族家だ。そうそう白騎士団副団長であるサイモン・ビダルの妻は現ヴァルデマール侯爵の姉にあたる」
「そのヴァルデマール侯爵が立ち上がれば」
「ああ、歴史あるトリスゼンの血を引く者に皇位を取り戻すという大儀を掲げることができる。そしてヒューバート・メンターが最近何度も帝都のヴァルデマール侯爵家の屋敷を訪問している」
ジークフリートさんがそこまで把握しているとすれば、皇帝派や黒騎士団が動かないのはますますおかしい。どう見ても挑発だ。そのヒューバートとやらはよほどの馬鹿なのか? それとも挑発と分かっていても勝算があるのか?
「まあ、世間の評判では現ヴァルデマール侯爵であるクリストフはとても慎重な男だ。とてもな。それは臆病とも言う。クリストフがメンター家の小僧の言うことを聞くとは思えないが」
「それでも、ヒューバートは諦めずにヴァルデマール侯爵の下へ通っている。それにビダル家のレオナルドはヴァルデマール侯爵の甥にあたる」
「まあ、そういうことだ」
どうやら、ジークフリートさんが言いたいことは、これで全部のようだ。
「この情報がお前たちの役に立つのか、全く関係ないのかは俺には分からない。だが一応伝えたぞ。俺にとってユイは元パーティーメンバーだからな」
「ユイ、ハルが嫌になったらいつでも戻ってきていいよ」
ライラさん・・・それは・・・。
エレノアさんとトモカさんは微笑んでいる。でも、二人の目はユイを大切にしないと承知しないわよって僕に告げている。
「ユイは僕の大切な婚約者です」
「へー、でもまだ婚約者のままなんだー」
ライラさんが、なおも突っ込んでくる。
「と、とにかくジークフリートさん。僕自身その情報が僕や僕の仲間たちにとって役に立つのかどうか分かりません。でも配慮には感謝します」
「ああ、明日の決勝、楽しみにしてるぞ」
★★★
僕たち3人は自分たちの宿泊している宿に戻って僕の部屋に集まっている。
「で、クレアはどうしたいの?」
クレアは黙って考えていた。そして顔を上げると「そうですね。ビダル家には行ってみたいです」と言った。
「ビダル家がクレアを引き取った家なんだね」
「はい。私は養女でアデレイド・ビダルってことになっています」
「そうか。クレアが行って問題になったりしない?」
「たぶん、大丈夫かと、当主のサイモン様も奥様も私に普通に接してくれていたと思います。むしろ私のほうが・・・」
「クレア・・・」
クレアは本当の両親が魔物に殺されてから誰にも心を開いていなかったと自分で言っていた。たった一人を除いていは・・・。
さっきのジークフリートさんの話では、おそらくクレアをスパイとして推薦しルヴェリウス王国へ送り込んだのはビダル家嫡男のレオナルド・ビダルだ。クレアがときどき呟いていたレオとも一致する。そのレオナルドという人は今皇帝派への反乱という危険な賭けに出ようとしているのかもしれない。
「クレア、僕はクレアのしたいことに協力するよ。クレアがレオナルドって人を止めたいなら協力する」
「ハル様・・・」
「クレア、私もハルと同じよ」
「でも私はハル様とユイ様を・・・」
「それはもういいんだ。こうしてユイと会えたのもクレアがいたからだ。今度は僕が協力するよ」
ユイも頷いている。
レオナルドっていう人がどういう気持ちでクレアをスパイに推薦したのか分からない。だけど、クレアの心の支えになっていたことも事実だろう。
「それはそうと、クレアはアデレイドに戻らなくてもいいの? 亡くなった両親が付けてくれた名前でしょう? 身分を証明してくれる冒険者証に登録されている名前もクレアのままでいいの?」
冒険者証は失われた文明の遺物から得た技術で作られているので基本的には偽造することはできない。本人の魔力にしか反応しない。ただ、クレアの冒険者証は登録している名前がそのものが偽名なのだ。
「そうですね。両親には申し訳ないですけどクレアのほうがいいです。両親も今の私のほうがいいって許してくれると思います」
そうか・・・。
「じゃあ、僕は将来、ジークフリートさんみたいなSS級冒険者を目指してみようかな」
「ハル様、それはどういう?」
「うん、もし将来、クレアが名前のことでなんか言われたとしてもさ、例えば冒険者証の登録名が偽名だとか。そんなことになったとしても王族と同等の地位のSS級冒険者ならなんとでもできるでしょう。今日だってジークフリートさんの情報収集能力とか凄かったよね」
クレアは、はっとしたような顔すると大きな目を見開いた。
「ハル様・・・。ありがとうございます」
あれ、僕じゃなくてクレア自身がSS級冒険者になればいいのか。そのほうが可能性が高そうだ。
「ふふ、クレアよかったわね。でも私はハルがジークみたいに3人くらい奥さんを持ちたいからなのかと勘違いしちゃったわ」
ねっ、とユイはクレアの方を見るといたずらっ子のような顔で笑った。クレアもそれを見て微笑んでいる。二人はずいぶん仲良くなった。
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