5-18(武闘祭6~謎の仮面男対ザギその2).
「ユイ様、ハル様が魔法使う頻度が落ちている気がします。残念ならが剣技ではザギにはかないません。魔法の二重発動はもう使わないのでしょうか?」
「最初に使ったんだから隠すつもりはないと思うんだけど。ザギの攻撃が速すぎて集中できないのか・・・それとも」
「何か狙いがあるのか・・・ですね」
「ええ、裏で大技に魔力を溜めているのかな。でも」
「当てられなければ意味がないですね」
ハル最強の魔法は限界突破した黒炎爆発だが、さすがに1対1の対人戦で、しかも身体能力の高いザギにあれを当てるのは難しそうだ。確実に当てるために範囲を広げて発動したら自らも巻き込まれてしまいそうだ。だとしたら・・・。
謎の仮面男の息は荒い。
「逃げ回ってばかりじゃ勝てないぞ」
謎の仮面男はザギの挑発にも黙ったままだ。当然その表情は分からない。ザギは謎の仮面男を挑発はしたが油断はしていない。謎の仮面男の魔法には最大限警戒している。最初に3連撃と渾身の一撃のどちらも防がれたのを忘れてはいない。
ザギが距離を詰めるがお互いの剣が交錯した瞬間、謎の仮面男はすぐに横に転がるようにして距離を取る。ザギはそれを追う。
「黒炎弾!」
近づくザギに謎の仮面男は黒い弾丸は放つ。ザギは謎の仮面男の右手の動作を見逃さず最小限の動きで黒い弾丸を避け超人的な身体能力で3連撃を放つ。
「うっ!」
ハルは左足の痛みに仮面の下の顔をしかめた。
まずい!
ハルが逃げに徹していたのと、ある程度ザギの剣速に慣れてきたのもあってなんとかダメージを受けずに戦えていた。それにザギのほうもハルの魔法に慎重になっていた。しかし、それでも3連撃を完全に防ぐことはできなかった。
ハルは自分の足の状態を確かめる。もう、これまでのようには逃げられない・・・。
ザギは残忍で傲慢な性格をしている。人に馬鹿ににされることを何より嫌っている。そんなことをされればすぐ激高する。だがいざ戦闘に入れば相手を分析し戦略を練る冷静さも兼ね備えている。それがザギを帝国最強の騎士足らしめているのだ。
ザギは冷静に今の状況を分析する。
謎の仮面男の魔法は厄介だ。剣での戦いの最中に普通に魔法を使ってくる技術は大したものだ。似たような魔法を使っていた女魔術師と違って剣の腕もなかなかのものだ。それにザギがいきなり決めに行った3連撃と渾身の一撃を防いだのには正直驚いた。あれほどの防御魔法をほとんど間を置かずに続けて使うとは・・・。だが準備に時間がかかるのかあれからは防御魔法を使ってこない。仮に使ってきたとしても防御魔法では自らを守ることはできてもザギを倒すことはできない。ザギが謎の仮面男を見るとさっきの3連撃で足に確実にダメージを受けている。もう逃げられない。
次で終わりだ。その後はできるだけ甚振ってやろう。そう考えるとザギの顔に笑みが浮かんだ。
「ザギの奴またろくでもないことを考えているな」
「でも、勝負ありましたね」
エドガーの言う通りだ。もうザギの勝利は動かない。謎の仮面男のダメージは蓄積している。それに、足をやられたのは致命的だ。黒い弾丸魔法を補助に使ってもこれ以上逃げ切るのは無理だろう。
「あの謎の仮面男とやらザギ相手にここまでやるとは思わなかった。だが、それもそろそろ終わりのようだ。ザギがあまり無茶をしなければいいんだが」
「それは無理でしょうね」
ネイガロスはこれから始まるだろうザギの行為を考えると憂鬱になった。帝国の威信は守られるが、ますます観客を敵に回すのは間違いない。
「ハル様・・・」
「クレア大丈夫よ。あのハルが何も考えずにただ逃げ回っていたはずがないわ」
観衆の多くが次の攻防が勝負を分けると感じていた。会場は異様なまでに静かだった。
「終わりだ!」
ザギが凄いスピードで間合いを詰める。仮面男が黒い弾丸を放つ・・・いや、動きだけだ。そして、ザギがさらに近づいたとき今度は本当に黒い弾丸が放たれた。
「黒炎弾!」
フェイントだ。だがザギはそれも読んでいた。
ふん、そんなもので俺を捉えられると思ったのか。黒い弾丸魔法をずらして発動するフェイントはケネスとの試合で見た。さっきまでの攻防はこのためだったんだろうが俺には通用しない。
「ハルのフェイントが通用しないわ!」
ユイは思わず隣にいるクレアの手を握りしめる。ザギは黒炎弾を最小限の動きで躱してハルに接近する。
「黒炎弾!」
続けて黒炎弾が放たれた。
「ハル様は、これを・・・」
ユイもクレアと同じことを思った。ハルはこれを狙っていた。魔法の二重発動を使った黒炎弾の連射だ!
でも・・・。
「それも、通じない!」
そう、ザギは謎の仮面男が最初に防御魔法を続けて2回使ったことから、どういう仕掛けかは分からないが謎の仮面男が続けて魔法を使う可能性を計算に入れていた。予想していれば対処はできる。なんせザギはルビーの5発同時に放たれた氷弾さえ防いで見せたのだ。
ガギン! 鈍い音が闘技場に響く。
ザギはその驚くべき反射神経と身体能力で2発目の黒い弾丸を剣で弾いた。黒い弾丸の威力はこれまでの攻防で分かっている。ザギの剣ならばこの距離でも十分に防げる。謎の仮面男はもう目の前だ。ザギは勝利を確信した。
「うぐぅ!」
次の瞬間、膝をついてわき腹から血を流しているのはザギの方だった。黒い弾丸魔法がザギの脇腹を貫いたからだ。
「な、なぜ・・・」
ザギは混乱していた。脇腹に鋭い痛みがあり動くことも困難だ。確かに俺はあの黒い弾丸を剣で弾いたはずだ。
右手が軽い。
ザギが自らの剣を見ると真ん中から先が無かった。弾丸魔法に剣が折られたのか。黒い弾丸魔法の威力は十分確かめたはず。俺の剣ならあの距離でも問題なく防げる・・・はず。
ま、まさか・・・罠だったのか。
左手で予備の剣を取り出そうとしたザギの首元に仮面男の剣が添えられていた。さすがのザギもこれ以上は無理だ。わき腹の傷も深い。
「ま、参っ」
ザッツ!
ザギが参ったを言い終わる前に、仮面男は折れた剣を持ったままのザギの右腕を斬り落とした。
「うあー! お前何をするんだ。俺の手が・・・。痛い! 痛い!」
「お前と同じことをしただけだ。お前に剣を持つ資格はない!」
謎の仮面男はザギを見下ろして言い放った!
「勝負あり! 勝者謎の仮面男!」
慌てた審判が仮面男の勝利を宣言する。
うおー! 歓声と悲鳴が混じり合ったようなどよめきが会場全体を揺らす。
「ハル様が勝ちました」
「ええ、あれは・・・」
「本当に怒ってますね」
今のハルは格好をつけているわけではない。ルビーとの一戦を見て本当に怒っていたのだ。
なるほど、ハルらしい戦いだったとユイは思う。
最後の黒炎弾はハルが私を助けるためアリウスを倒したときに使ったのと同じ魔法だ。エレノアさんと私の防御魔法を突き抜けてアリウスを捉えたあの魔法だ。
最後の攻防で放たれた2発の黒炎弾のうち2発目は限界突破されていた。ハルは、最初に防御魔法を連続で使っただけで、その後は魔法を連続では使っていなかった。二重発動で片方は二段階限界突破した黒炎弾を用意していたのだろう。
最後の攻防では、まずフェイントを交えてそれまでと同じ限界突破されていないほうの黒炎弾が放たれた。これはザギの超人的な身体能力で躱された。そしてザギはハルにさらに接近した。ハルは続けて黒炎弾を放った。ザギはそれを剣で防ごうとした。だけど、その黒炎弾は二段階限界突破され剣では防げない威力を持っていた。たぶん最初からすべてが計算されていたんだろう。
やっぱり私のハルは頭がいい。
実際のところ、ハルが放った黒炎弾はユイの考えた通り二段階限界突破されていた。ハルは最初の防御魔法の二重発動以降、魔法の二重発動を使ってひたすらこれを準備していたのだ。
会場はまだ歓声に包まれている。
「ま、まさか・・・ザギが負けるとは」
「ネイガロス様、あれはいったい何者なのでしょう。ザギより強いってことは世界最強なのでしょうか?」
「いや、ザギは嵌められたのだ。あの黒い弾丸がザギの剣を折るほどの威力を出せることは隠されていた。それまでの攻防で仮面男が放った何発かの黒い弾丸は、ザギの超人的な身体能力で躱すか剣で防がれていた。最後の黒い弾丸はかなりの至近距離で放たれた。しかもフェイントを交えた上2発続けてだ。ザギは一発目は躱したが2発目は剣で防ごうとした。それまでも至近距離から剣で防ぐことができていたんだから当然だ。それまでの戦いでザギは黒い弾丸の威力がどの程度のものか確かめていた。剣で受けるように誘われたんだ」
「そうだったんですか」
「そうだったんだよ。ザギは馬鹿ではない。ザギは最初にあの黒い弾丸を剣で防いだとき、その威力を確かめていた。あのときザギは失敗しても自分には当たらないようにして剣で防いだんだ。見て分からなかったのか。お前だって優勝者だろう」
「いえ、ぜんぜん。それで、最初の黒い弾丸はわざと威力を抑られていてザギは騙されたのですね?」
「そうだ。とにかくザギのほうが読み負けていた。すべてが計算されていたんだ。最後の黒い弾丸を確実に剣で受けさせるためにな。躱されたんじゃあ、どんなに威力が高くても意味がない。最初から手の内が分かっていれば、ザギの能力なら別の戦い方もあった。剣では圧倒的ザギのほうが上だ。ザギの勝利は動かなかったはずだ」
謎の仮面男。英雄ジークフリートの推薦で直前になってエントリーしてきた。
まさかザギに勝つとは・・・。
剣技だけならあれより上はいる。しかし固有魔法らしい黒い弾丸、そして何よりザギに勝った戦いのセンスというか戦略だ。
まてよ、ケネスとの試合で使った黒い弾丸魔法のフェイントもザギとの戦いのためだったのか・・・いや、まさかそこまでは。
何にせよ恐ろしい男だ。
「ザギは右手を失いましたね」
「剣を使えないあいつにもう用はない」
ザギは右手を失ったが、今のところ死が迫っているわけではないから、闘技場の機能で右手を失う前の状態には戻ることはできない。まさか、これも計算のうちか。
「エリクサーは使わないので」
「ばかな・・・」
確かに帝国はエリクサーを持っている。だがいくら強いと言っても一騎士にエリクサーを使うなどあり得ない。確かにザギを失ったのは痛いが次の『皇帝の子供たち』はこうしている間にも養成所で育っている。いずれザギを上回る強者だって現れるだろう。
★★★
「なんで俺の右手が元に戻らないんだ。お前賢者なんだろう」
マツリは怯まずにザギを睨み返す。
「賢者といっても、私はまだ修行中なんです」
ルヴェリウス王国に言われなくても、こんなやつの右手を再生させる気はマツリにはない。謎の仮面男、ハルの言う通りで、こんな男に剣を持つ資格はない。マツリは正義感の強い真っすぐな性格だ。
「おい、そこのお前、ネイガロスに言ってエリクサーを使わせろ!」
声をかけられた帝国騎士はザギに反論する。
「まさか、エリクサーは国宝です。伝説の薬ですよ」
「国宝だろが、なんだろうが俺は国の最高戦力だぞ」
ザギのことが嫌いな帝国騎士は、心の中でもうお前は最高戦力じゃないんだよと思ったが、口には出さなかった。




