5-17(武闘祭5~謎の仮面男対ザギその1).
寝坊して投稿がちょっと遅れました。
武闘祭も残すとこあと二日、今日は準決勝2試合が行われる。謎の仮面男対ザギ、勇者コウキ対大男のガラデアの2試合だ。本来ならの僕とザギの試合のほうが後のはずだったが順番が入れ替えられ僕の試合のほうが先になった。勇者を最後にしたのか、もしくは帝国がザギの残虐行為を予想して、少しでも印象を薄めようとして先にしたのか、どちらかだろう。
試合の前に準決勝進出者の4人が紹介される。勇者コウキが紹介され歓声が一段と大きくなる。ザギは地元にも関わらず応援する声はむしろ他の3人より少なく、ブーイングも混じっている。僕は観客席の中にルビーさん、オルトさん、マルスさんの3人を見つけてほっとした。
「おい、勇者とやら、わざわざ恥をかきに帝国まで来るとはご苦労なことだな」
人気のあるコウキに対してザギが挑発した。どういう仕組か会場全体に声が聞こえているのでざわついている。
「どういう意味ですか?」
コウキが勇者モードで丁寧に尋ねた。
「どういう意味も何も、俺に無惨にやられに来たってことだ。マリアとかいうS級冒険者との試合を見たが、どう見ても俺には勝てない。お前だって分かっているだろう」
「ふーん、そうなんですか?」
コウキは冷静に答えた。
「でも、残念ですけど僕はあなたと当たりそうにないですね」
「ほー、分かってるじゃないか。そこの大男に勝てそうにないもんな」
コウキは少し間を置いた後、「僕が言ったのはそういう意味じゃないんですけど」と言った。
「じゃあ、どういう意味だ」
「だって、ザギさんでしたっけ、あなた、そこの謎の仮面男には勝てませんよ」
一瞬の沈黙の後、ザギは怒りで顔を真っ赤にした。
「なんだと、俺と魔術師との試合を見てなかったのか。俺にはどんなに速い魔法だって通用しないんだよ。謎の仮面男とかいうふざけたやつの魔法だって同じだ。剣技のほうは俺には到底及ばない。お前と同じでな」
「ザギさんはこう言ってますけど、謎の仮面男さんどうですかね?」
コ、コウキ、僕に振るなよー。
会場全体が息を飲んで僕の言葉を待っている。
「試合でわざと相手を甚振るようなクズに負けるはずがない」
僕は低い声でゆっくり答えた。
会場から「うおー」という地鳴りような歓声が沸き上がる。
「こ、殺す。てめえ絶対に殺す」
いや、この闘技場では相手を殺せないんですけど・・・。
こうして会場が異様な雰囲気に包まれる中、選手紹介は終わった。紹介された選手たちは観客席に手を振りながら順番に退場していく。僕の前をザギが歩いている、会場からは拍手よりブーイングのほうが多い。
ガズッ!!
なんと歩いているザギの前に巨大な氷の槍が撃ち込まれた。氷の槍が飛んできた方向を見上げると貴賓席で腕を組んで仁王立ちしている女性がいた。
マツリさんだ!
マツリさんの表情は氷の槍より冷たかった。
「ごめんなさい。ちょっとのどが渇いたから生活魔法で水を出そうと思ったら、間違っちゃたわ」
静まり返った会場にマツリさんの声はよく響いた。会場全体がマツリさんにビビっている。
生活魔法と巨大な氷の槍を間違った・・・。
「そこの、変な仮面の貴方、次の試合負けたりしたら私が許さない」
怖い・・・。
マツリさんの言葉に僕は「はい」と返事をし、ザギは「貴様ー!」と叫んだ。二人の声は別の意味で震えていた。
★★★
観客が固唾を飲んで見守る中、謎の仮面男とザギの試合が始まった。
ちなみに、一部の観客が試合そっちのけで観客席にマツリがいないか探している。だけどマツリはいない。マツリは復活地点に待機しているのだから当然だ。選手紹介のときのマツリ行動が一部の人の性癖に刺さったようである。
「どこのどいつかは知らないが、棄権するなら今のうちだぞ」
さっきよりは少し冷静になったザギがニヤニヤしながら謎の仮面男に言う。
「自分より弱くて性格も悪い相手になぜ棄権しなくてはならない?」
謎の仮面男は声は低く籠っている。だがそれでも馬鹿にしたニュアンスは相手に伝わったようだ。
「死にたいのか」
そういったザギの体は小刻みに震えている。
「クレア、あれは怒ってるわね」
「ハル様が心配です」
「私が言ったのは。ハルのことよ。ハルはすごく怒ってる」
ザギと謎の仮面男のやり取りは観客席を大いに沸かせた。
「馬鹿が挑発に乗りやがって」
ネイガロスは観客席からザギを睨む。
ザギを挑発した謎の仮面男に観客は盛大な拍手を送っている。
「ガルディア帝国の国民でさえほとんどがザギが負けるのを見たがっている」
ルビーとの初戦でザギは完全に観客を敵に回した。
「まずいですね。ザギが勝つのは間違いないでしょうが、これではまたどんな残酷な勝ち方をするか分かったもんじゃないですよ」
エドガーの言う通りだ。これではガルディア帝国の威信が高まるどころか、武力は高いが野蛮な国だと思われ周辺からの警戒を高めるだけだ。
「くそー! 試合前にあれほど言い聞かせたのが無駄になった」
ザギを出すべきではなかったのか? いや、それでも負けるよりはいい。警戒されても帝国を恐れる気持ちを植えつけることはできるだろう。ネイガロスは自らに言い聞かせた。
これから起こることを想像しているのか険しい表情の審判が両者に幾つかの注意事項を告げたあと、両者は一定の距離を取り対峙する。
「始め!」
ザギは一気に距離を詰めると謎の仮面男に斬り掛かった。
ガン!
ガン!
ガン!
バリン!
一瞬の間に3回も剣が何かに当たったような音がした。それに何かが割れたような音もだ。防御魔法が壊された音だ。ケネスとの試合で使われたのと同じ防御魔法が使われたのだ。もちろんザギもその試合を見ていた。見ていたから一撃で破壊できるほどの力を込めたつもりだったが・・・。
ザギの一撃はそれほどまでに重い。なのに・・・何かがおかしい。破壊するのに3撃も必要とした。
ザギは一瞬の判断で素早く足を出し仮面を男の足を払った。仮面男はまさか足で攻撃されるとは予想していなかったか前のめりに態勢を崩した。
すでにザギは高くジャンプしている。ザギの身体能力は極めて高い。
ザギは防御魔法の硬さに驚いていた。
だがこれで終わりだ。
これを防げるような強力な防御魔法を続けて発動する時間はない。
ザギ渾身一撃はまさに仮面男の頭蓋骨を破壊する勢いで振り下ろされた。どう見ても避けられそうにない。
「ハル様」
クレアは祈るように両手を組んでいる。
「ハル!」
ユイはハルの名を叫ぶように口にした。
誰もが勝負あったと思ったその瞬間、ガンという音が響きザギの攻撃はまたも跳ね返された。
「ば、ばかな!」
ザギの渾身の一撃を防げるような防御魔法をそんなに短時間に続けて発動できるはずがない。
ザギの空中からの渾身の振り下ろしを受けても何のダメージ受けずに立っている仮面男を見て、観衆の悲鳴は会場を揺るがすほどの大歓声に変わった。
「ユイ様」
「そっか。ハルは防御魔法・・・黒炎盾を二重発動で二つ準備してたんだ」
「はい。それも限界突破してますね」
「ええ、だから最初の三連撃も、そのあとのザギの渾身の一撃も防げたのよ」
「ハル様は限界突破した同じ魔法を二重に発動することもできたんですね。凄いです」
クレアの顔が赤い。
そういえば、ユイもハルが限界突破している魔法を二重に使ったのは初めて見たような気がする。さすがのハルも戦闘中にこれをすると、かなりの時間、魔法が一切使えなくなるから、あらかじめ準備していたんだろう。
「ハルのことだから、どこかで私たちを驚かせようとして隠してたのよ。ハルは妙に格好つけたりするところがあるからね」
「ユイ様、ハル様はもともと凄く格好いいですよ」
「クレア・・・」
ユイは少し年上であるはずのクレアの頭を撫でたい気持ちをなんとか抑え、ハルの試合に集中した。
一方、ハルはザギの強さに驚いていた。ザギの攻撃を剣で受ける余裕はなかった。ザギを挑発している間に、二段階限界突破した黒炎盾を2回分用意していなければ危なかった。
それに、また同じことをするには今度は時間がかかる・・・。
剣聖のケネスともそれなりに打ち合えていたのに、ザギとはまともに打ち合うことすらできていない。ザギの強さは本物だ。剣技のレベルはジークフリートさんやクレア以上だろう。それはハルが見た中で最高レベルだということだ。加えてその身体能力のせいなのか一撃がとても重い。だが、それ以上に警戒すべきはその速さだ。
謎の仮面男とザギは闘技場の真ん中で再び対峙する。ザギは謎の仮面男の魔法を警戒しているのか慎重に相手を観察している。
すると、謎の仮面男が右手を前に突き出すような動作をした。
カーン!
ザギの右側の地面に小さな穴が空いている。
ザギが謎の仮面男の黒い弾丸魔法を剣で弾いたのだ。この場にそれを目で終えたものは少ない。謎の仮面男の魔法発動までの時間が異様に短い。さっき防御魔法らしきものを続けて発動したばかりなのに。それに黒い弾丸のスピードはとても速い。魔法を非常に小さく発動させている効果だろうか。だが、それでもザギはその黒い弾丸を剣で弾いてみせた。たったそれだけの攻防に観客は息を呑む。
「なるほど。速いがあの女魔術師ほどじゃない。俺には通用しない」
ザギは黒い弾丸の魔法が地面に残した跡と自らの剣を確認している。
ハルはザギの動きを警戒しながら考える。黒炎弾が剣で防がれた。強い。ザギは明らかに自分より強い。自分のアドバンテージはザギが自分の能力を完全には把握していないことだけだ。ザギのほうが明らかに強い以上、勝負を長引かせれば負ける。
両者は睨み合いお互いの手の内を探る。
ザギは突然猛スピードで謎の仮面男に接近する。
「黒炎弾!」
謎の仮面男が黒い弾丸魔法放つが、ザギは最小限の動きでそれを躱す。ガーンと両者の剣が激しくぶつかった音がしたあと謎の仮面男の体は後方に飛ばされた。ザギのあっという間の2撃目が謎の仮面男を捉えたのだ。
「速い!」
クレアは思わず声に出して呟いていた。
「クレア、今のは?」
「ザギの最初の一撃をハル様が剣で受け止めたあと、ザギの2撃目がハル様を捉えたようです」
ユイにはザギの2撃目は見えなかった。
「ハルは大丈夫なの?」
「ハル様も自ら後ろに飛んで衝撃を弱めていました。致命傷にはなってないと思います。でも・・・」
「このままでは不利なのね」
ふーっとハルは息を吐く。自ら後方に飛んで躱そうとしたがそれでもダメージを受けた。黒炎弾で牽制していなければ危なかった。
ザギは謎の仮面男に一息つく暇を与えず、すぐに間合いを詰めた。
今度はさすがに準備が間に合わないのか謎の仮面男は黒い弾丸も防御魔法も使わない。剣が交わるとあっという間に謎の仮面男が押されて後退する。謎の仮面男は急いで距離を取る。そんなやり取りが数回繰り返された。謎の仮面男のダメージは蓄積されている。
「黒炎弾!」
謎の仮面男が接近するザギに黒い弾丸を放つ。
カーン!
今度はザギが剣で黒い弾丸を防いで謎の仮面男に迫る。剣が交わるがすぐに謎の仮面男が逃げるようにまた距離を取る。
謎の仮面男がときどき魔法攻撃を挟むが、それでもザギの優位は動かない。同じような攻防がまた繰り返される。
明らかにザギが押している。未だに決着がついていないのは謎の仮面男がザギの攻撃を避けることに徹しているのと、ザギが謎の仮面男の魔法を警戒しながら戦っているからだ。ザギは馬鹿でない。そして謎の仮面男が放つ黒い弾丸魔法にザギは慣れてきている。ザギは黒い弾丸を確実に躱すか剣で防いでいる。ザギの身体能力は超人的だ。
観衆にはザギが勝利するのは時間の問題に見えた。




