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5-16(ヒューバートはレオナルドを説得する).

 明日は武闘祭の準決勝だ。街全体が興奮しているかのようだ。この世界に娯楽は少ない。街で見慣れない装束を身に纏った異国からの観光客の姿を見るだけでも、いつもとは違う日常への期待が湧いてくる。そんないつもと違う大通りを見下ろす位置にある貴族ご用達の店の2階席に、昼食を取りながら会話をする二人の若者の姿があった。この店は秘密の会話をする貴族のために結界などで最大限の配慮がなされている。 


「レオナルド、どうしたんだ。いつもあんなにバルトラウト家に対して憤っていたお前が?」


 ヒューバートがむきになればなるほど、レオナルドは冷静になる自分を感じていた。


 だが、それにしても、グレゴリーがヒューが『正しき血への回帰』と呼んでいるクーデターに参加を表明したという話には驚いた。グレゴリーの父親であるダニエルは現白騎士団の団長だ。グレゴリー自身は白騎士団第二大隊の隊長であり第二大隊第三部隊の隊長であるヒューの直接の上司だ。第三大隊団の隊長であるレオナルドとは同格であり幹部の一人でもある。いつも冷静で理性的な判断をする男だ。それに、あの気弱そうな第一大隊第五部隊長エドワード・バレットも・・・。あいつの妻のジュリアが参加すると言ったという話のほうがまだ信じられる。


「もう、すでに500人近い賛同者が集まった。お前が参加してくれれば確実に500は越えるだろう」


 確かに、グレゴリーたちが動いたのは大きい。若手を中心にかなりの賛同者が集まっているようだ。ちょっとした戦争だってできる人数だ。レオナルドが思っていた以上に今回の件で憤ってた者が多かったのだろうか? レオナルドの見積もりではヒューがいくら頑張ったところで白騎士団の100かせいぜい200だと思っていたのだが・・・。


 しかし、それでもレオナルドは黒騎士団に勝てるとは思えなかった。今も帝都の空を飛んでいるワイバーンを見れば分かることだ。


 それに・・・。


「ヒュー、お前の言うことを疑っているわけではない。だが、お前がそれだけの人数を集めているのに皇帝派に気がつく気配がないのはおかしい。明らかにこれは挑発だ。反皇帝派を一層して白騎士団も手に入れようとしているんだ」


 冷静に考えれば分かることだ。それしかない。


「そうだろうな」

「ヒュー、それが分かっていてなぜ?」

「策士策に溺れるってやつだ。逆にそれを利用して皇帝派を一掃する」


 馬鹿な、そんなことができるわけがない。どうしてもレオナルドにはそう思えてならなかった。


「ネロアとその家族さえ殺せばいいんだ。策がある」


 なんだ、その策ってのは? だがレオナルドはそれを聞く気にはなれなかった。聞いてしまえば後戻りできなくなると思ったからだ。


「皇帝さえ死ねば、黒騎士団は何もできない。あいつらには理念も思想もない。『皇帝の子供たち』を始めとした黒騎士団は戦うためだけの集団だ。トップが変われば、それに従う。ただそれだけの集団なんだ。だから、奴らと正面からやり合う必要はない」

「それでも、無事で済むとは思えん」

「俺を信じろ。協力者がいるんだ。とても頼りになる。それこそ黒騎士団と正面からやり合うことができるほどのな」

「まさか」

「その、まさかなんだよ。俺にもツキが回ってきたのさ」


 レオナルドはヒューバートの言葉について考える。


 確かに皇帝とその家族さえ殺せば、黒騎士団は・・・。それにヒューはずいぶん自信を持っている。


「それでその『正しき血への回帰』が成功したとして、その後はどうするんだ? メンター家が皇位を簒奪でもするのか」

「そんなことはしない。ヴァルデマール侯爵に皇帝になって頂く」

「クリストフ様に?」


 クリストフ・ヴァルデマール、ヴァルデマール侯爵家の当主だ。旧貴族と揶揄される貴族家の旗頭的存在でもある。レオナルドもクリストフが動いてくれればと思ったことはある。だが、クリストフは臆病だ。皇帝派の挑発に乗るような男ではない。


「そうだ、そもそもヴァルデマール家はトリスゼンの血を引く家柄だ。簒奪ではない。皇位を返してもらうだけだ」


 それで『正しき血への回帰』か・・・。


 ヴァルデマール家は、血塗られた皇帝ガニス・バルトラウトが約200年前に弑した当時の皇帝エーリク・トリスゼンの弟であるアーサーの血を引いている。レオナルドの叔父でもある。クリストフはレオナルドの母の弟だ。


「確かにクリストフ様が皇帝になるのなら大義はこちらにあるのか・・・。まさか、クリストフ様が同意したのか?」


 ヒューは、前からクリストフを説得すると言っていた。だが、あの臆病な叔父が・・・。


 すべてはレオナルドの予想を超えた方向に向かっている。


「まあな」


 そのあと同じようなやり取りがあったが、結局レオナルドはヒューバートの説得に応じなかった。

 そこでヒューバートはとりあえず話題を変えることにした。


「レオ、『皇帝の子供たち』がどうしてあれほどの強さを得ているのか知っているか」

「市井から有望な子供たちを集めて騎士養成所で鍛えているからだろ。誰でも知っている」


 皇帝ガニス・バルトラウトが設立した騎士養成所は少数精鋭で知られ、幼少の頃から英才教育を施される。多くの騎士養成所出身者は若くして帝国黒騎士団の重要なポストについている。特に最近は多くの強者を生み出しており、もともと帝国の最高戦力であった黒騎士団をより強化することになった。


「レオ、騎士養成所でどんな訓練が行われているか知っているか」

「いや、そこまでは」


 確かに騎士養成所には謎が多い。特に幼少時から騎士養成所にスカウトされた者の訓練については・・・。


「俺は以前から騎士養成所のことを調べていた。騎士養成所出身者が全員騎士になるわけじゃない。途中で脱落した者、才能を開花できなかった者、いろいろいるんだ。奴らは口が堅い。それでも分かったことがある」

「分かったこと?」

「あそこではありえないほど過酷な訓練が行われている。それこそ食事と寝る時間以外ほとんどの時間を訓練に費やしている」

「それほどなのか」

「ああ、訓練に耐えきれず命を落とすものも少なからずいる。だが基本養成所にいるのは才能はあるが貧しい出の子供たちだ。貴族の子供に同じことをすれば大きな問題になるだろうが、買われてきたような貧しい子供たちだ。問題になることはない。だが許されることでもない」


 レオナルドの知っている無口な少女も両親を魔物に殺され孤児院にいるところを拾われた。


「まあ、それが本当なら、確かに問題だな」


 問題だとは思うが、レオナルドにとっては貧しい出の子どもたちのことなど、正直他人ごとだ。これはレオナルドが特別冷たい人間だからではない。貴族は皆そうだ。


「だが、問題はそれではない。これは最近になって手に入れた情報なんだが」

「まだあるのか?」

「騎士養成所の訓練場は魔素が濃いんだ」

「なんだって?」

「おそらく周囲の魔素を調整できる魔道具かなんかを使っている」

「それはどういう」

「ヒュー、強力な魔物は大森林の奥地とか魔素の濃い場所に出現する」

「まさか、それを人に試しているのか」

「そうだ」

「でも、それは」

「ああ、とても危険だ」


 ヒューバートも最初聞いたときには耳を疑った。幼い頃から過酷な訓練を魔素の濃い場所で続ける。一見いいアイデアに思うかもしれない。だが、これはとても危険なのだ。魔素の過剰摂取による病気や自分の体内の魔素が多すぎることが原因の病気など、魔素に関する多くの病気が知られている。だが、一般に貴族より魔力が少ない市井の子供たちから、なぜあれほどの強者が生まれるのかという謎の一つの回答にはなっていると思った。 


「ああ、それは俺だって知っている。魔素の濃すぎる場所に長くいると発病する不治の病のことは昔から知られている」

「誰もが発症するわけでないが」

「発症すれば必ず死に至る。特に子供には危険だと言われている」


 この世界では全てのモノに魔素が含まれている。魔素から生み出される魔力はとても便利なものだ。だがそれは便利なだけではなく危険な一面を持っている。


 レオナルドもさすがにこれは問題だと思った。


「上級魔物の一部や伝説級の魔物は体内に魔石を持っている」とのヒューバートの言葉にレオナルドは「それがどうした」と返す。

「俺は皇帝の子供たちは、少なくともその一部は体内に魔石を持っているんじゃないかと想像している」

「いくらなんでもそれはないだろう。だいたい伝説の魔物なんてものは、ただ魔素の濃い場所にいるんじゃなくて気の遠くなるような時間をそこで過ごしてるんだろう」

「そういう説もあるな。だが実際には年数じゃなくて幼い頃からそういう場所にいることが条件かもしれんし親も関係しているかもしれん」

「いやいや、幼い頃からそういう場所にいるのが条件なら大森林の奥の魔物は皆伝説級になるだろう。そんなことがあるわけがない。それに親が関係しているのならますます人には無理だろう。魔物の存在理由なんて誰にも分からないんだ」


 ヒューバートはレオナルドの目を見てゆっくり話し始めた。


「ヒュー、かって皇帝ガニスが騎士養成所を創設して、もう200年だ」

「・・・」

「あー、お前の想像通りだ。すでに今の騎士養成所出身者には騎士養成所出身者を親に持つものもいる。ザギもそうだ」

「ザギが」


 黒騎士団最強、いやガルディア帝国最強のザギ。なるほど、最近、騎士養成所が多くの強者を生み出しているのはそういうことなのか・・・。


 人を使って何代もかけて実験しているのか。さすがにこれは悪魔の所業だ。


 レオナルドはあの少女のことを思い出した。皇帝一派より先に、ビダル家がその才能を見出し騎士養成所に送り込んだ少女のことだ。その少女は騎士養成所に入ったのが比較的遅かったのにもかかわらず素晴らしい才能を開花させた。


 彼女の実の両親は騎士ではなく冒険者だったはずだが・・・。


 彼女は騎士養成所を卒業した後、黒騎士団ではなく白騎士団に入団した。ビダル家が保護していたからだ。


 だが、彼女が今どうしているのかは分からない。

 

「幸いこの実験の成功率は、今のところそれほど高くない。養成所が強者を生み出す確率は上がっているが、全員がザギようになるわけじゃない。それでもルヴェリウス王国の異世界召喚に匹敵する、いやそれ以上の武器となる可能性がある」


 ルヴェリウス王国の勇者たちにさえ匹敵か・・・。確かにザギなら・・・。


 レオナルドは、帝国が、いやバルトラウト家が最近ルヴェリウス王国に対してやけに強気な理由が分かった気がした。


「だが、俺はこんな実験には反対だ。もちろんバルトラウト家が気に入らないのもある」

「そうだな。できれば止めさせたいが」


 理由の一つではあるんだろうが、レオナルドにはヒューバートが騎士養成所に入れられた市井の子どもたちのことをそこまで心配しているとは思えない。


「そこで『正しき血への回帰』だ。さっきも言ったようにグレゴリーを始め多くの賛同者を得た。あとはお前えさえ加わってくれれば、レオナルド!」


 旧貴族出身者の多い白騎士団。育ちが良く正義感に溢れた若者も多い。そうでなくてもバルトラウト家の横暴さに憤りを感じている。

 旧貴族とはいえレオナルドの父親のように旧世代の者たちはいくらバルトラウト家が気に入らないとしても貧しい者の境遇になどに興味が無い者がほとんどだ。貴族としての考えに染まっていると言っていい。だがレオナルドやヒューバートと同じ世代の若者に中には理想に燃えた者もいる。まあ、そうでない者も少なくないが。


 そんな正義感に溢れた若者が騎士養成所の話を聞けば・・・。だが、それでも犬死になる未来しかレオナルドには見えなかった。


「ヒュー、お前の気持ちは分る。だが無駄死にすることに意味はない」

「これだけ言ってもダメなのか、レオ」


 結局、その日もレオナルドはヒューバートの説得に応じなかった。


 ただ、かなり心が動いたのも事実だった。


 クリストフが動く・・・あの臆病者が。あの理性的で慎重なグレゴリーも・・・。日頃から皇帝派に対する不満を漏らしていた自分は、結局彼らより臆病だったのだろうか?

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