表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

165/327

5-15(武闘祭4~謎の仮面男対剣聖ケネス).

 ユイとクレアが自分たちの席に戻ると、闘技場の真ん中で5メートルくらい距離をとって謎の仮面男と対戦相手のケネス・ウィンライトが向かい合っていた。ケネスはドロテア共和国の代表で国軍に所属している。国から剣聖の称号を贈られているおり、兄のイネスはジークフリートと並ぶSS級冒険者だと紹介されていた。

 ドロテア共和国は大陸の東側の国でルヴェリウス王国、ガルディア帝国と並ぶ大国だ。東のバイラル大陸とも交易をしており、その経済力には定評がある。


 一定の距離を取って両者が対峙しているのは魔術師に配慮し決められているルールだ。だが一般的にはこの程度の距離があっても1対1での魔術師の不利は覆らない。やはりルビーは特別だったのだ。


「ユイ様」

「大丈夫よクレア。私たちのハルは強い」

「私たちの・・・そうですね」


 審判の開始の合図と同時に、ケネスは間合いを詰め謎の仮面男ことハルに斬り掛かった。ハルは慌てて剣で対応するがケネスの剣は速い。たちまちハルは追い込まれた。


 ハル・・・。ユイが気がつくとクレアが手を握ってくれていた。


「ユイ様・・・」

「クレア・・・」


 ユイは大丈夫とクレアに頷いた。


 でも、やはり剣技ではハルよりケネスのほうが上だ。ケネスが早くもハルに致命傷を与えようと態勢を崩したハルに斬り掛かった。そのときだった。


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」


 ハルが黒い弾丸のような魔法を放った。黒炎弾ヘルフレイムバレットを限界まで凝縮して発動したハル得意技の一つだ。凝縮して発動することにより威力も高く、何より2つの意味で速い。発動までの時間が短いし発動した後のスピードも速い。だがユイの見たところ限界突破はしていないようだ。


 ケネスはさすが大国ドロテア共和国の代表だ。必要最小限の動きで黒炎弾ヘルフレイムバレットを躱すと次の瞬間には再びハルの目前に迫っていた。


 ガン! 


 剣のぶつかる音が響く。黒炎弾ヘルフレイムバレットで牽制したおかげでハルはケネスの一撃を剣で受けることができた。


 両者はすでにバックステップして再び距離を取り対峙している。


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」


 ハルが2発目の黒炎弾ヘルフレイムバレット放った。


 一発目の魔法を使ったばかりなのに! 


 ケネスの頬から一筋の血が滴り驚きの表情を浮かべている。


 観客も謎の仮面男の魔法にざわついている。


 ハルは予選では魔法を使っていなかった。おそらくケネスはハルのことを剣士だと思っていたはずだ。しかもハルの魔法は速い。スピードはルビーのよりやや遅いが、発動がルビーよりも速い。


 だが、それでも避けられた!


 初見でハルの黒炎弾ヘルフレイムバレットを避けるとはケネスも流石だ。ドロテア共和国剣聖の名は伊達ではない。


 ユイはふーっと大きく息を吐いた。


「ユイ様」


 膝の上で組まれたユイの両手に力が入る。ハルは普通ならあり得ない短時間で2発目の黒炎弾ヘルフレイムバレットを放った。だがケネスは僅かに首を傾けてそれを避けた。 

 ハルは剣で攻撃しながら、相手の攻撃を躱しながら、いつだって魔力を溜めている。それでも、ハルの2発目の黒炎弾ヘルフレイムバレットはケネスの頬を掠っただけだ。


 この世界にも少数だが剣で戦いながら魔法を使う者はいる。クレアだって戦いの中で風属性魔法を補助に使っている。この程度ではこの世界有数の剣士であるケネスを仕留めることはできない。


 開始から数秒で行われたこのやり取りに観衆は固唾を飲む。


 再びケネスが距離を縮める。ハルも剣で応戦する。剣技ではやはりケネスに一日の長がある。しかし、ケネスは深追いせず、すぐに距離を取る。


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」


 ケネスが黒い弾丸を躱す。ケネスは慎重だ。一旦、黒い弾丸を避けてから再びハルに接近する。


 ハルは剣での攻防の間に頻繁に黒い弾丸を放つ。両者とも決め手に欠ける。


 息詰まる攻防が続く。


 ユイは、また、ほーっと息を吐く。ずいぶんと長い間息をするのも忘れていたようだ。


「ユイ様、大丈夫です」

「ええ」


 ビシュ!


 ケネスの左耳から血が滴る。


 最初に傷つけた右頬も含めケネスの傷は確実に増えている。剣技は相手のほうが上だがハルは黒炎弾ヘルフレイムバレットでそれを補っている。いくらケネスが慎重でも頻繁に放たれる黒い弾丸を完璧に躱しきることは難しい。徐々にハルが押してきている。やっぱり総合力ではハルのほうが上だ。相手は大国の代表で剣聖の称号を得ている。この世界有数の強者だ。なのに・・・。


 ハルは本当に強い!


 ユイは愛する者の強さに誇らしさを感じて体が熱くなるのを感じた。


 カーン! 

 カーン!


 2度剣がぶつかり合うような音が聞こえたあと、観客の目に入ったのは両者の剣が交わり力比べをするかのように押し合っている姿だった。どちらも引かない。

 突然、ケネスが力を抜いた。ハルは思わず前のめりに蹈鞴を踏む。ハルがしまったと思った瞬間には横なぎ払われたケネスの剣がハルの目の前にあった。


「もらった!」


 ガキン!


「何!」


 何が起こったのか考える前に、ケネスはバックステップでその場を離れた。


「防御魔法なのか? いつの間に・・・」


 謎の仮面男は頻繁に黒い弾丸のような魔法を使っていた。それなのに中級であるはずの防御魔法をいつの間に準備していたのか。ケネスには防御魔法の正体すら掴めなかった。それがあまりにも小さく、ただケネスの一撃を防ぐためだけに発動されたからだ。


 ユイはハルが無事なのを見てほっと胸をなでおろす。


「あそこまで小さく防御魔法を発動するなんてハルは凄いね。ちょっとひやっとしたよ」

「はい。小さいけれど剣聖の一太刀を防げるほどの硬さです」


 小さく発動された黒炎盾ヘルフレイムシールドがケネスの剣を防いだ。小さく凝縮して発動したからこそ魔力を溜める時間も節約できる。剣で押し合っている間に魔力を溜めていたのか。それともハル得意の魔法の二重発動により最初から準備していたのか。どちらかだろう。


「そろそろ決着です」


 クレアが誰に聞かすでもなく呟くように言った。


 黒い弾丸だけでなく防御魔法にも注意する必要があると悟ったケネスの動きはそれまでより明らかに鈍くなった。 

 謎の仮面男の僅かな手の動きから魔法発動の気配を感じたケネスは素早く距離を取った。しかし、そのときにはなんの魔法も使われていなかった。


 フェイントだ!  


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」


 謎の仮面男は少し遅れて黒炎弾ヘルフレイムバレットを放った。ケネスがバックステップで距離を取って着地した場所に最高速度の黒い弾丸が迫っていた。


 しまった! 


 ケネスは自分の失敗を悟った。あんなものに簡単に引っかかるとは・・・。


 やはり押されている時間が長かったため集中力が欠けていたのか。それでもケネスは体を捻って避けようとした。しかし黒い弾丸はケネスの右肩を貫いた。その小さな黒い弾丸は速いだけでなく威力もなかなかだった。


「うぐっ!」


 カランと音を立ててケネスの剣が地面に転がった。ケネスは地面を転がるようにして左手で剣を拾う。 


 謎の仮面男はすでに距離を詰めてケネスに斬り掛かってくる。


 ケネスは立ち上がりながら左手に持った剣で謎の仮面男の攻撃を受け再びゴロゴロ地面を転がって逃げる。ここぞとばかりに謎の仮面男が追撃する。なんとか謎の仮面男から距離を取ることに成功したケネスは謎の仮面男から目を離さず立ち上がる。


 ビシッ!


 ケネスの足元の地面に小さな穴が空いている。黒い弾丸が当たった跡だ。ケネスはそれを見たあと、顔を上げて謎の仮面男を見る。追撃する様子はない。謎の仮面男の言いたいことは分かった。


 ケネスが左手だけで謎の仮面男に勝つのは無理だ。


「俺の負けだ」


 ケネスは絞り出すように自らの敗北を宣言した。ケネスは変な仮面を付けている割にはフェアな男だと思った。


 ケネスは左手を差し出し謎の仮面男と握手をした。


「最初は変な仮面をしたおかしな奴だと思ったが。素晴らしい戦士だ。次はあの気に食わない黒騎士を痛い目に合わせてくれ」と言ってニッと笑った。


 意外と無邪気な笑顔だった。


 謎の仮面男は「言うまでもない」と低い声で答えた。ハルは内心我ながら格好いいなと思っていた。


 観客は両者に惜しみない拍手をしている。


「ユイ様、ハル様は勝ちました」

「ええ、ほっとした」


 ユイは言葉通り心からホッとしていた。やぱっりハルは強かった。闘技場のハルを見る。確かにちょっと格好良かった。それにしてもあれは格好つけ過ぎではないだろうか。たぶんコウキに対抗しているのだ。ユイは、検討を称えるようにケネスの怪我していないほうの肩をポンポンと叩いているハルを見てそう思った。

 隣にいるクレアを見る。クレアはそんなハルをうっとりするような目で見ている。自分より少し年上のクレアのことがちょっと心配だ。





★★★





「ネイガロス副団長、ジークフリート推薦のあの謎の仮面男とやら思ったより」

「ああ、思ったより強い。それにあの固有魔法はなかなか厄介だ。まさか、勇者と同じく剣と魔法を組み合わせて使うとは・・・。ジークフリートのやつめ」

「ですが、ザギには勝てないでしょうな」

「当然だ。まあ、あの仮面男も運が悪かった。ザギがいなければ優勝も夢ではなかったが」

「運が悪いと言えば勇者もですな」


 エドガーの言う通りだ。あの謎の仮面男だけでなく、勇者だって勝ち進めばザギと当たる。


「そもそも、勇者はあの大男に勝てるのでしょうか」

「どうかな。実力的には拮抗している。むしろあの大男に負けたほうが幸せかもしれん。ルビーのようになるよりはましだろう」

「それが、どうやらジークフリートがエリクサーを使うとか言ってルビーを連れていったようです」

「馬鹿な! いくらルビーがS級冒険者だといっても、民間人にエリクサーを使うなどありえん。だいたい、英雄ジークフリートといえどもエリクサーは持っていないだろう」

「そう思うですが・・・。ジークフリートがルビーを連れていったのは事実です」


 まあ、SS級冒険者の考えることなど分からないから、ほっておくしかない。


 それよりザギだ。帝国の代表者にもかかわらず観客の反感をこれ以上ないくらい買ってしまった。


 これでは優勝しても・・・。


「ザギが優勝するのは間違いないでしょうが、帝国の威信が上がるというよりは帝国に対する恐怖と警戒感を高めてしまいそうですね。我ら帝国の民すらサギが負けるのを見たがっています」


 エドガーの言う通りだ。そうでなくても勇者は大人気だ。それに勇者と一緒に帝国を訪れている冷たい表情の女性賢者も、なぜか一部で人気がある。

 やはりザギを出したのは失敗だったのか。いや、勇者をルビーのように再起不能にしてくれれば、それはそれでいいのかもしれない。


 ネロア様はむしろそのほうが喜びそうだ・・・。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 もし少しでも面白い、今後の展開が気になると思っていただけたら、ブックマークへの追加と下記の「☆☆☆☆☆」から評価してもらえるとうれしいです。

 また、忌憚のないご意見、感想などをお待ちしています、読者の反応が一番の励みです。

 よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
マツリはこの世界の人にも冷たい表情と言われてしまうのか…… そこが好きなんだけど。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ