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5-14(武闘祭3~帝国黒騎士団ザギ対S級冒険者ルビー).

 今日は本選二日目だ。


 僕は第二試合で、ドロテア共和国代表のケネス・ウィンライトと対戦することになっている。ケネスはドロテア共和国の剣聖であり。ドロテア共和国はルヴェリウス王国やガルディア帝国と並ぶ大国だから、格としてはギルバートさんと同じだ。


 その前の第一試合が、間もなく始まろうとしている。


 ジャール砂漠で会ったキュロス王国のS級の冒険者であるルビーさんと地元ガルディア帝国の代表であるザギとの試合だ。


「ザギ・・・」


 クレアがザギを睨みつけるように見ている。

 ユイは何か感じるものがあるのか不安そうだ。

 クレアはザギが強いだけでなく残虐だと言っていた。なんだか嫌な予感がしてきた。


 ルビーさんとザギが紹介された後、両者が一定の距離を取って対峙する。緊張感が高まり、地元の代表ザギの登場でざわめいていた会場も今は静かだ。


 審判・・・ガルディア帝国黒騎士団の実力者だそうだ・・・の「始め!」の掛け声と同時に、ルビーさんが剣を掲げた。杖じゃなくて剣だ。ルビーさんは剣を杖のように使っている。

 

 ザギが凄いスピードで間合いを詰める。あまりのスピードにルビーさんも一瞬驚いたように見えた。


氷弾アイスバレット!」


 すぐに、これまでの試合同様にルビーさんは氷弾アイスバレットを放った。ザギの動きが速いので引き付ける間もない。


 これまでルビーさんは最初の氷弾アイスバレット一発で試合を終わらせていた。ルビーさんの凄くスピード速い氷弾アイスバレットを誰も避けることも剣で捌くこともできなかった。


 しかし・・・。


 カーン!


 なんとザギはルビーさんの氷弾アイスバレットを剣で防いだ。しかもかなり近距離で・・・。ザギの手している剣はなかなかの業物のようだ。悔しいがその剣技は凄いとしか言いようがない。


「あんな至近距離で・・・」


 ユイも驚いている。


 次の瞬間、ザギはルビーさんを袈裟懸けに斬った。ルビーさんは剣で防ぎながら急いで距離を取った。ルビーさんのローブは大きく斬り裂かれて血が滲んでいる。


「わざとです」

「クレア、わざとって?」

「ザギはわざと今ので勝負を終わらせなかった。ザギなら魔術師のルビーさんにもう一度距離なんか取らせることなしに試合を終わらせることができました。だからわざとです」


 そういうことか。ザギ・・・。


 どっちにしても、もう勝負あった。魔法はどんなに発動間隔が短くても、次の魔法を打つのに少しは時間が必要だ。見たところザギのスピードならその間に試合を終わらせることができる。


 その後は、ザギが少しずつルビーさんを嬲るようにダメージを与えていった。


 ルビーさんのローブはもうボロボロだ。ルビーさん必殺の氷弾アイスバレットが通用しないのであれば当然だ。


 観客にも今起こっていることの意味が分かり始めたようで、地元の代表にもかかわらずザギに対する嫌悪と非難の声が上がり始めている。


 だが不思議なことにルビーさんの目は死んでいない。


氷弾アイスバレット!」


 ルビーさんが何度目かになる。氷弾アイスバレットを放った。


 また同じことになると思った僕の予想は裏切られた。


 カーン、カーン、カーンと複数の甲高い音の後、地面をゴロゴロと転がっているのはザギだ。


 なんと、ルビーさんは一度に5発もの氷弾アイスバレットを放った。はっきりとは目で追うことができなかったがザギは3発を剣で捌き、残りを避けようと地面を転がったようだ。一度に複数の氷弾アイスバレットを放つ技があるとは・・・。おそらくこれは固有魔法に近いその人だけに備わった技術なのだろう。


「エレノアさんの魔法に似てる」とユイが呟くように言った。


 立ち上がったザギの頬から血が流れている。


 ザギは自分の頬の血を手で拭うとそれを見た。


「お前、俺に傷をつけたな!」


 さほど大きな声ではなかったが、静まり返っていた会場にその声はよく通った。


 ザギの目は怒りに燃えているというか、いっちゃてる! こんなやつを帝国の代表にしたらダメだろう。ルビーさんはこれがあったから試合を諦めてなかった。でも、それでもザギを倒すことはできなかった。


「ハル様、危険です」


 ズサッ!


 次の瞬間、ルビーさんの右手は手首から先が無くなっていた。地面に剣を握ったままの手が落ちている。ザギが一瞬で斬り落としたからだ。


 ザギが蹲ったルビーさんの顎を蹴り上げた。


 「ウゴッ!」


 呻き声と骨の折れるような鈍い音がしてルビーさんは尻もちをついた。参ったと言う声を発することもできない。


 審判が試合を止めようとしたが、その前にザギが今度は尻もちをついているルビーさんの右腕と左腕を斬り落とした。


「止め!」


 審判の声が会場に響いた。


 しかし、ザギは攻撃の手を緩めず。両手を失って転がっているルビーさんを踏みつけた後、その胸を剣で貫いた。


「ぐあぁぁーー!!!」


 そして、ルビーさんは姿は小さな砂を集めて作られた人形が崩れていくように消えた。闘技場の魔道具としての機能が働いたのだ。


「ザギはお前、止めと言っただろう!」

「そうか? 興奮して聞こえなかった」

「き、貴様・・・」

 

 闘技場全体が異様な雰囲気に包まれている。


「クレアが言ってた意味が分かった」

「ハル様・・・」


 僕は残酷な光景を見たせいと怒りで吐きそうだ。確かにザギは強かった。おそらくコウキよりも強い。だがそれ以上に・・・残酷だった。あいつは異常者だ。


「ほんとにムカツクわね。魔道具としての闘技場の効果って致命傷を与えられる前の状態で復活するのよね」

「うん」


 だけど、あくまで致命傷を与えられる前に戻るだけだ。


 致命傷を与えたのが最後の胸への一突きだとすると、両腕は元に戻らないかもしれない。闘技場の機能は命は助かるがすべての怪我が治るわけではない。そのため復活地点には聖属性魔術師が控えていると説明を受けた。


「私ちょっと様子を見てくるわ」


 ルビーさんは命は助かっても、このままでは冒険者を続けることは無理だ。ユイかマツリさんでなければ四肢の欠損は直せない。しかも聖属性の回復魔法は怪我をしてからなるべく早くかけないと効果が落ちてくる。顎を蹴られていたし踏みつけられてもいた脳とか内臓にもダメージがあるかもしれない。国の偉いさんとかなら失われた文明の遺物であるエリクサーを使ってもらえるのかもしれないが、ルビーさんはただの冒険者として参加している。


「分かった。クレアはユイに付いていってあげて」

「はい」


 ユイはルビーさんを治療できる能力を持っている。自分にできることがあるのに見捨てるようなユイではない。


「僕は、そろそろ選手控室に行く時間だ」


 僕は怒りを抑えた低い声で言った。武闘祭での新たな目的ができた。そのためには1回戦を勝たなくてはいけない。


「分かりました」





★★★





 ユイとクレアは、ルビーが治療を受けているであろう場所に急いでいた。ハルは出場者なのでこの闘技場についての説明を一通り受けており、ハルの関係者であるユイたちも今ルビーがいるであろう場所を知っている。

 途中には警備の騎士がいたが、ユイたちは出場者の関係者であることを示すプレートをハルから渡されているので問題なく通過できた。


「ユイ様、ジークフリート様とエレノア様です」


 向こうもすぐにユイたちに気がついたようだ。


「ユイ、クレア」

「ユイさん、来てくれたのね」

「はい」

「俺たちもルビーのことが心配でな」

「知り合いなんですか」

「ルビーはキュロス王国の冒険者だからな。ギネリア王国とキュロス王国は隣同士で国同士の関係も良好だ。俺たちはルビーとは面識がある」


 ユイはなるほどと納得した。隣国のSS級冒険者とS級冒険者だから面識があってもおかしくない。


「それにルビーさんは私と同郷なの」


 エレノアさんと同郷? 


 ユイはエレノアの魔法を思い出した。そう言えばルビーの魔法は水属性と火属性の違いはあってもエレノアのそれによく似ていた。


「まあ、ユイが来てくれたのなら安心だ」

「ジーク急ぎましょう」とエレノアが声をかける。

「おう」


 大怪我の場合、回復魔法は時間との勝負だ。4人は治療室を目指し歩を速めた。


「ここだ」


 ジークフリートはドアの前に立っている騎士に「入るぞ」と声をかける。英雄ジークフリートの姿を見た騎士は背筋を伸ばし「ハッ」と応えるとジークフリートたちを通すために場所を空けた。


 ジークフリートたち4人が部屋にはいるとベッドに寝かされているルビーと治療している魔導士の姿が見えた。マツリだ。護衛のためかルヴェリウス王国の騎士と思われる者もいる。ユイとクレアはジークフリートとエレノアの後ろに隠れる位置に移動した。


「これでもう命には別状はないはずです」


 おかしい。ユイにはマツリの言い方が気になった。マツリはユイと同等の聖属性魔法が使える。命には別状はない・・・? ベッドに寝かされているルビーはシートに覆われているが両腕があるべきところに膨らみがない。マツリなら全てを治せるはずなのに。

 

「ユイ様。もしかしてマツリ様は力をすべて見せることを止められているのかもしれません」


 なるほど。ルヴェリウス王国のやりそうなことだ。それともマツリのためなのか?


 ユイはマツリを観察する。何か逡巡している様子にも見える。マツリはユイに対する当たりが強い面があったが、ユイがハルと明らかに特別な関係になってからはそれもなくなった。マツリの様子を見たユイは確信した。


 マツリさんはルヴェリウス王国の指示を守るかどうかで悩んでいるんだ!


「ジーク」


 ユイはジークフリートに声を掛ける。


「なんとかルビーさんを連れ出せませんか?」


 ジークフリートはユイの方を振り返らずに「俺もそう思ってたとこだ」と答えた。


「ちょっとどいてくれ」


 ジークフリートはルビーが寝かされているベッドに近づく。マツリも含め皆、ジークフリートの堂々とした態度に気圧されるように脇に避けてジークフリートを通す。ベッドを覗き込んだジークフリートは、ヒョイと音がするような軽い動作でルビーを抱き上げた。


「連れて行くぞ」


 皆が呆気に取られているうちに、ジークフリートはルビーを抱いたまま入口を目指す。そのとき、マツリがユイの姿に気がつき、ハッとしたような顔した。ユイがマツリに軽く頷くと、マツリは安心したような顔して頷き返してきた。


「ジークフリートさん、な、何を・・・」


 我に返ったこの場の責任者らしい人物がやっとの思いで問う。


「俺の持っているエリクサーを使う。時間がない。行くぞ」


 英雄にしてこの大会の来賓であるジークフリートにそう言われて止められる者はこの場にはいない。こうしてユイたちはルビーを連れ出すことに成功した。


 ジークがいて良かった。彼がいなければこうはいかなかっただろう・・・。


 ユイがジークフリートに抱かれたルビーを見ると顔の傷などはかなりきれいに治っていた。だがやはり両腕が無い。


 マツリさんのことだ内臓や脳も心配ないとは思う。でもマツリさんがどの程度力を抑えたのか分からない・・・。


「ここは俺たち専用の部屋だ」


 ジークフリートは来賓として武闘祭に招かれている。闘技場にはジークフリート専用の部屋が用意されていた。部屋の中にはベッドはないので、ソファーの上にルビーを寝かせる。


「ジークほんとうにエリクサーを持ってるの? 初めて聞いたけど」とユイが尋ねた。

「いや、さすがにあれを個人で持ってるやつはいないだろう。というわけでユイ頼む」

「任せて!」


 ユイは魔力を最大限まで溜めて両手をルビーの体にそっと添える。


超回復エクストラヒール!」


 ルビーの体が白く発光する。しばらくするとルビーの両腕がゆっくりと再生を始めた。


 ユイには両腕の再生だけでなく内臓や脳の損傷などが治療されていくのが感じられた。マツリの回復魔法により命に別状がない程度には治ってはいたが完全ではなかった。やはりマツリは最上級までの回復魔法は使っていないようだ。


「久しぶりに見たけどやっぱり凄いわね」

「ああ、ユイを手放したことを今更ながらに後悔するよ」


 クレアがするりとジークフリートたちの前に位置取りを変えると、ジークフリートは声を出さずにいやいや冗談だよというように首を振った。


 手足の欠損の治療には時間が掛かる。数日に分けて治療を行う場合もあるが、今回は手足を失ってから時間も経っていない。ユイは一気に完治まで持っていくつもりだ。


 どのくらい時間が経っただろうか。「ふー」とユイが大きく息を吐く。


「もう大丈夫だと思います」


 ユイ以外のその場にいる者もユイに釣られるように大きく息を吐いた。


「ユイ、助かった。ありがとう」

「ユイさんありがとう」


 ジークフリートとエレノアが口々にユイに感謝の言葉を重ねる。ユイも安堵の気持ちで満たされ、まだ眠っているルビーの顔を見る。


 私の魔法が役に立って良かった。


「ジーク、そろそろハルの試合が始まるわよ」


 部屋に入ってきたのはジークフリートの3番目の妻であるライラだ。


「もうそんな時間か?」

「ええ、もう魔法の披露や休息時間も終わって進行役による選手の紹介が行われているわ」


 ルビーの完治までに1時間以上費やしていたようだ。そろそろ休息を挟んでハルの出場する今日の第二試合が始まる時間らしい。エレノアがルビーを見ていると言うので、残りのユイ、クレア、ジークフリート、ライラは観客席に戻ることにした。

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