5-11(武闘祭1).
複数の視点で書いていたらちょっと長くなりました。分けた方がよかったか・・・。
「これで本戦への最後の出場者が決まりましたね」
コウキの言葉にギルバートが頷いた。
「ああ」
予選からの勝ち上がり組が4人。シードされている者が4人だ。シードされているのはガルディア帝国黒騎士団のザギ、ドロテア共和国の国軍に所属するケネス・ウィンライト、飛心流師範のネイサン、そして勇者コウキだ。本来はルヴェリウス王国からギルバートが参加するはずだった。コウキのたっての希望で変更になった。これはガルディア帝国も望むところだった。
「勝者、ガロデア!」
闘技場には、勝ち名乗りを受ける大柄で額に角がある男の姿があった。いや、大柄というのはかなり控えめな言い方であり巨人と言ってもいい。
「まるで魔族か魔物のようね」
マツリの言う通りだ。あれは人というより・・・。
「バイラル大陸出身で獣人の血を引いているらしい」
コウキはハルが武闘祭に参加すると聞いて自分も参加することにした。ギルバートにはずいぶん反対されたが押し切った。マツリがいる以上さほど危険はないはずだ。
コウキはジークフリートの計らいでハルとユイに再会した日のことを思い出した。思い出すと、自然と笑みが零れる。これで少なくとも6人になった。おそらくユウトも生きているだろうから、ユウトも入れれば7人だ。
ヤスヒコのことは・・・。生きていると言っていいのか・・・。それでもまたヤスヒコと話ができるかもしれないと思えば、例えヤスヒコが魔族の眷属になっているのだとしても、まだましのように思えた。
ただ、アカネとだけは二度と話すことはできない・・・。
アカネはヤスヒコの彼女だったが、コウキにとっては、自分のことをいつも心配してくれていた幼馴染だ。ヤスヒコの気持ちを一番理解できるのはコウキかもしれない。だが、コウキはヤスヒコとは別の方法でルヴェリウス王国に罪を償わせようと思っている。そのために、この武闘祭で勇者コウキの名声を高めたいとも思っている。
だが、それにしてもハルとユイが生きていたのは久しぶりに良い報せだ。
本当に良かった。
コウキは勇者としての名声を高めることとは別に、うれしさのついでにハルと戦ってみたいという気持ちが抑えられなくなりギルバートに無理を言った。コウキは周りが思っているよりずっと感情の起伏が激しい。ハルと久しぶりに手合わせができることを楽しみにしている。
それはそうとハルの話では魔王エリルとやらは人族との融和を望んでいるらしい。ハルはコウキがルヴェリウス王国の王になったら魔族との融和策に協力してほしいと言った。コウキとしても異存はない。コウキの目的は魔族を討伐することではなくルヴェリウス王国に罪を償わせることだ。召喚されたあの日からそれがコウキの望みなのだ。
コウキの口からふっと笑いが漏れた。
急にいなくなったと思ったら、魔王と仲良くなっているとは・・・。ハルらしい。
「本当は今回はお前を出すつもりじゃなかったんだがな。勇者を見せるだけで十分だと思っていた。正直、今でも反対だ」
コウキがギルバートを見るとその表情は硬い。マツリも不安そうな顔をしている。
「その件は何度も話し合ったじゃないですか。大丈夫です。俺も結構強くなりましたしイリス様の加護のおかげでかなり頑丈です。それに万一の場合にはマツリがいます」
「それは分かっているが。とにかくどうしても無理な相手と当たったら早めに降参しろ。勇者はまだ召喚されたばかりで本来の力を得ていないと宣伝はしてあるんだ。むしろ惨敗した姿を見せないようにするんだ」
ギルバートがコウキのことを心配しているのは本当だが、それ以上に勇者の権威が下がり、それによりルヴェリウス王国の威光が陰ることを恐れていた。そうでなくても、今では多くの人が人族最強国家はルヴェリウス王国ではなくガルディア帝国だと思っている。
「分かってますよ。俺はそういうことは案外上手いんですよ。自分の評価をあまり落とさず撤退する。そうゆうの得意なんです。マツリも知っているだろう」
「それは・・・。コウキのことは信用してるけど」
コウキはマツリを安心させるよう、なんでもないことのよう話している。
「それより、これで予選からの勝ち上がり組は、今の大男の・・・ガロデアでしたっけに、それにS級冒険者が二人。二人とも女性でマリアとかいう剣士と女魔導士のルビー。あとは・・・仮面の男ですね」
ハルだ・・・。
コウキも、ハルがルヴェリウス王国に正体を知られないよに仮面を着けて参加するとは聞いていたが、それにしても、なんだあの変な仮面は・・・。しかもエントリー名は謎の仮面男だ。
ふざけているのか?
あの仮面は魔道具らしいが、特に戦闘を補助するの効果がないことは運営のほうで確認済みだと発表されていた。
相変わらずハルはコウキの予想を越えてくる。しかも、魔王だけでなく、いつの間にかこの世界で二人しかいないSS級冒険者と知り合いになっている。ハルとユイとの再会をセットしたのもそのジークフリートだ。12年前の武闘祭の優勝者で来賓だ。ジークフリートが推薦したから急遽エントリーできたとコウキは聞いている。
「それにしても魔導士も参加してるんですね」
「参加することはあるが勝ち上がるの珍しいな。いや、本戦まで勝ち上がったのは初めて見た」
魔導士はいくら実力があっても1対1の対人戦には向かない。魔法は攻撃スピード面でどうしても劣る。だが、今回はルビーという女魔導士が勝ち上がってきた。
「あの魔導士が使っていた氷弾、尋常じゃないスピードだったわ。まるで・・・」
そう、まるでハルみたいだとコウキは思った。
「ああ、世の中にはいろんな奴がいるもんだ」
ルビーという名前の女魔導士はすべての試合を一撃で終わらせていた。最初に氷弾を放ちそれをすべて命中させたのだ。魔力を溜めておいて最初の魔法をすぐに放つのは反則ではない。だが最初だけだ。最初の一発を避けるなり防ぐなりされれば魔導士にもう勝ち目はない。
しかしルビーはここまで勝ち上がってきた。どうしてそんなことができたのかと言えば、一流の剣士でも避けることができないほどのスピードで氷弾を最初に放ってきたからだ。さらにルビーは全く剣を使えないわけではない上に、魔導士としては身体能力強化もなかなかのものだった。ルビーは、それを生かして十分相手を引き付けてから氷弾を使っていた。それを避けることは誰もできず、ルビーは一瞬で試合を終わらせていた。例えて言うなら、剣での戦いに銃を持ち込んだ、そんな感じだ。ただ、俺が教えてもらった限りでは、この世界の者にとっては身体能力強化をしながら属性魔法を使うことは極めて難しいはずだ。S級冒険者ともなれば、それができる者もいるということなのか・・・。
「最初に魔力を溜めておいてすぐに魔法を放つのは反則ではないのですよね」
「ああ、もともと魔導士は対人戦では不利なので認めらたルールだ。それ以外にも一定の距離を取った状態で試合を開始するのも同じ理由だ」
「なるほど。ルビーはそのルールを有効に活用しているってことですね」
「そうだな」
「たとえば、同じ方法でいきなり最上級魔法を使うっていうのはどうなんでしょう」
「だめだな。高位の魔法になるほど、たとえあらかじめ魔力を溜めていても発動までに僅かに時間がかかる。あらかじめ予想していれば武闘祭に参加するほどのレベル者なら避けるだろう」
コウキはカナの炎超爆発を思い浮かべる。炎の塊が敵を包みこんで大爆発を起こす最上級魔法で巨大な魔物や複数の敵には有効だ。一瞬で戦況を変える力がある。だが1対1の対人戦ではどうだろうか? あらかじめ予想していればコウキでもなんとか範囲外に逃げられそうだ。逃げられないほど広範囲で発動すれば威力は下がるだろう。いや、カナの使えるもう一つの最上級魔法である天雷ならどうだろう? あれは威力は炎超爆発には劣るが範囲は広い。無数の稲妻を全部避けるのは難しそうに思える。しかも当たると一瞬相手を麻痺させる効果付きだ。威力だって最上級魔法だから人に当たれば徒では済みそうにない。まあ、あれを使えるのはカナくらいか・・・。
「なるほど。発動の早いバレット系の初級魔法だからこそ使える作戦ですね」
「そうだな。そもそも少人数の対人戦ではバレット系が有効というのは常識だ」
あのルビーという女魔導士の氷弾は少なくともスピードに関してはハル以上だ。しかもある程度、相手が近づいたところで放っていた。誰も避けることはおろか剣で防ぐこともできなかった。
ただ、あくまで予選の相手では・・・だが。
「謎の仮面の男は、見たところ飛心流の剣士のようだったな」
「・・・」
コウキの予想通りハルはずいぶん強くなっていた。クレアから剣の手ほどきを受けたのだろう。
なかなかの業物に見える黒っぽい剣を巧みに操り予選を勝ち抜いた。正直すべてが楽勝というわけでもなかったが、ルヴェリウス王国に居た頃に比べると段違いに強くなっていることは間違いない。だが、コウキにはハルがやや組み合わせに恵まれたように見えた。
あれなら・・・。
そう、あれなら俺のほうが強い、コウキはそう思った。今のコウキは、最初とてつもなく強いと思ったギルバートとほとんど差がないくらいまで強くなっている。
おそらくハルは、まだ奥の手を隠している。そもそもハルの最も優れているところは魔法の精密なコントールと剣と魔法を組み合わせて使うことだ。なのにハルは予選では魔法を使っていない。未だハルは底を見せていない。
ハル、久しぶりにお前と戦ってみたい。
「コウキ、何か嬉しそうだな」
「ええ、いろいろと楽しみになってきました。明日からは頑張りますね」
「だから、ほどほどには撤退しろと」
「分かってますよ。あまり勇者の名を汚すようなことはしませんよ」
「コウキ、ほんとうに」
「マツリ、大丈夫だ。それよりマツリも最上級聖属性魔法は使うなよ」
「分かってる」
明日からの本選では致命傷を受けた選手の復活地点で、マツリは帝国の聖属性魔術師や担当者たちと一緒に待機することになっている。マツリが賢者だということは公表されている。しかし、賢者がすべての属性魔法を使える存在で特に聖属性魔法が得意だという以外その能力が詳しく知られているわけではない。その能力の高さを知られるとマツリが危険になるかもしれないから、ほどほどに協力する予定だ。
「復活地点にはマツリの護衛のため王国騎士団の精鋭も待機させる」とギルバートが言った。
でも、そいつらよりマツリのほうが強いけどな、とコウキは思った。
★★★
「明日はいよいよ本戦の組み合わせの発表と一回戦か」
明日は組み合わせの発表のあと、本戦一回戦の2試合が行われることになっている。要するに一回戦についてはあらかじめ対戦相手分からない。二回戦からは対戦表に沿って行われるので、あらかじめ対策を考える時間が多少あることになる。
「ハル様は誰と対戦したいとかあるのですか?」
「正直、誰とも対戦したくないのが本音かな。特に今の大男。さっきのDブロック優勝者は怖いかな」
ちなみに僕たちは一般席から観戦していた。ジークフリートさんに貴賓席に誘われたが、さすがに謎の仮面男である僕の正体がバレる危険も考えて誘いは断った。それでも一般席とはいっても良い席を取ることができたので3人で割とゆったり座ることができたし対戦の様子もよく見えた。まあ、これもジークフリートさんのコネだ。
今日は予選Dブロックが行われ、さっき優勝者が決まった。ちなみに僕は一昨日の予選Bブロックで優勝した。どうやら今の僕は結構強いみたいで、剣だけで勝ち上がることができたのには自分でも驚いた。クレアの手ほどきと異世界人の身体能力強化にエリルの加護のおかげだろう。まあ、途中でさっきの巨人と当たっていたら勝つのは難しかったと思う。
「ハル、本選一回戦は予選勝ち抜き者とシードされている人の組合わせになるんじゃなかったっけ?」
「そうだった。じゃあ、最初の対戦相手はガルディア帝国黒騎士団のザギ、ドロテア共和国軍のケネス・ウィンライト、飛心流師範のネイサン、そして勇者コウキの誰かってことか」
「そうですね」
「そうだなー。強いて言うならコウキとやってみたいかな。いつかのリベンジに頑張りたいし」
「でも、最終的にはコウキに負けてあげるんだよね。コウキの名声を上げるために」
「そうだね。でも、手合わせはしてみたい」
「でも、わざと負けるってどうなのかな?」
確かにあまり褒められたことではないだろう。しかしもっと大きな目的のためには、そこは割り切るしかない。亡くなったアカネちゃんのためにも、コウキには協力する。
「ハル様、注意すべきはザギです」
「クレア、知ってるの?」
「はい。養成所の先輩でした。一緒だったのは1年くらいですけど」
「養成所ってクレアが過酷な訓練を強いられた騎士養成所のことだよね」
帝国の騎士養成所出身者は『皇帝の子供たち』と呼ばれている。『皇帝の子供たち』は非常に強く前回優勝者と前々回優勝者も帝国黒騎士団所属の『皇帝の子供たち』だ。確か副団長と大隊長だ。過去の優勝者として12年前の優勝者であるジークフリートさんと並んで紹介されていた。年齢はそれほどジークフリートさんと変わらないように見えたのでジークフリートさんがいかに若くして優勝したのかが分かる。いや、養成所で一時期とはいえクレアと一緒だったってことは、もし優勝すればザギとやらもかなり若い優勝者になるはずだ。
「はい。私は入所したのが比較的を遅かったのですが、ザギは正確なことは覚えてませんが、かなり幼い頃から養成所にいたはずです。当時から私とは比べものにならない強者でした。それに・・・とても残虐な性格です」
クレアと比べものにならないくらい強くて残虐・・・。確かにそれは戦いたくないな。もちろん今のクレアはとても強くなっているけど。
「養成所の出身者で優秀な者は主に黒騎士団に入って『皇帝の子供たち』とか呼ばれているんだよね」
「はい、養成所はバルトラウト家の最初の皇帝ガニス・バルトラウトが設立したのでそう呼ばれています」
「でもクレアは白騎士団にいたんだよね」
「はい。私を保護して養成所に入れたのは旧貴族派の貴族家でしたので白騎士団に入りました。そこからスパイとしてルヴェリウス王国へ・・・。ザギが出ると知っていたら。ハル様が出るのを止めたのですが。もう少しよく調べておくべきでした。すみません」
クレアは心配そうな顔で僕を見る。
「クレア何も悪くないよ。私もハルを焚きつけたもの」
今度はユイがバツの悪そうな顔をしている。
「大丈夫。これはあくまでイベントだ。無理はしない。闘技場の魔道具としての機能がある上、僕にはユイがいる」
僕は二人に微笑んだ。
「そこは任せて。なんせ聖女って言われてたんだから」
ユイが小さくガッツポーズをする。
「そうですね。ユイ様がいれば何も心配することはないですよね」
クレアは自分に言い聞かせるように言った。言葉とは裏腹にクレアの表情は晴れない。




