5-10(ジャール砂漠).
僕たち3人がいるのは、帝都ガニスから徒歩で半日辺りにあるジャール砂漠だ。
ジャール砂漠でよく見かけるのは岩トカゲと呼ばれる中級下位の魔物やサソリ型の中級中位のデススコーピオンなどだ。あとは蜘蛛型の魔物やアリクイみたいなやつもいるらしい。それに、ときどき上級のサラマンダーやバジリスクが現れることもあると聞いた。
ジャール砂漠は帝都から近いにもかかわらず主に中級魔物が生息していて、稀に上級も現れるということで、帝都の上位の冒険者に人気のあるスポットだ。人気があるとはいっても中級を普通に討伐できる冒険者は多くはないので、辺りに他の冒険者の姿はない。
「思った以上に広いね」
森を抜けてジャール砂漠に辿り着いた僕は感嘆の声を漏らした。前方には遥か遠くまで砂や岩ばかりの景色が続いている。特徴的なのは砂と岩ばかりの景色の中に時折見える崩れかけた壁だけが残っている失われた文明の遺跡だ。廃墟といってもいい。それが点在しているのだ。もうなんの機能もしてなくて冒険者の野営スポットなどに利用されるくらいらしい。
「ほんとだよね。帝都の近くにこんな場所があるなんてね」
ユイも同意する。
「昔の大魔術師が炎のドラゴンと戦った結果、砂漠になったと言われています」
「そうなんだ」
「はい。帝都に近くて中級以上の魔物がいるので、帝国の騎士団にいたときよく訓練で来ていました」
そんな話をしていると砂の中を動く影が見えた。かなり速い。
「ハル様、岩トカゲです」
クレアの声に僕とユイは頷く
「黒炎弾!」
僕は黒炎弾を放つが当たらない。砂の中を吃驚するほど速くジグザグに動いている。
「黒炎弾!」
「黒炎弾!」
それでも、僕は次々と黒炎弾放つ。一発が掠ったが硬い鱗で大したダメージにならない。二重発動も使いつつ最小限の魔力で連発している。威力が今一なのは仕方がない。外れた黒炎弾が砂煙を上げる。
「氷弾!」
ズゴッ!
黒炎弾を避けた岩トカゲにユイの放った氷弾が直撃した。ユイは十分魔力を溜めた上で氷弾を使ったようだ。岩トカゲの移動速度が鈍った。
「ハーッ!」
そこにクレアが斬り掛かる。岩トカゲは体を捻るようにしてクレアの一撃が直撃するのを免れた。
しばらくクレアと岩トカゲの攻防が続く。もちろんクレアが押しているが、このトカゲはなかなか運動神経がいい。素早いし予想外の動きで避けたり突然飛び掛かってきたりする。中級に分類されているだけのことはある。
めんどくさいやつだ・・・。
「竜巻!」
跳ねるようにしてクレアの一撃を避けた岩トカゲにユイの魔法が襲い掛かる。風属性の上級魔法である竜巻に巻き上げられた岩トカゲがクレアに腹を見せた。
ズサッ!
やっと戦闘が終わったようだ。
「思ったより手こずったなー」
僕は岩トカゲの死体を見ながら呟いた。
「そうですね」
「思ったより素早いし鱗も硬かったよね」
中級とはいえ一体だから、僕たち3人ならもっとあっさり倒せてもよかった。岩トカゲが初めての魔物で思ったより素早かったのもあるが、3人の連携をもっと高める必要がある。
その後、僕たち3人は連携を確かめながら岩トカゲを始めとした魔物の討伐を続けた。その結果、3人の連携もずいぶんよくなってきた。ここまで来たかいがあったようだ。
基本は今まで通りクレアが前衛だが、僕は黒炎弾を牽制に使いながらも剣でクレアのフォローもする。止めを刺す魔法は主にユイの役目だ。僕はサブアタッカーといった役どころだ。しかも同時に魔導士であるユイを守るのも僕の役目だ。剣だけでなく防御魔法でもユイを守る。魔法の二重発動を使ってだ。
僕自身はやることが増えた感じだが、いろいろと練習になる。その代わり止めを刺すのは主にクレアとユイに任せる。そんな感じで3人パーティーは安定してきた。
遠くの方から走ってくる3人の冒険者が見えた。
「すまん! サラマンダーが一匹そっちに行った」
見ると巨大な赤いトカゲの魔物が凄いスピードで近づいてくる。サラマンダーらしい。
上級だ!
「黒炎弾!」
「黒炎弾!」
僕は、黒炎弾を連発する。牽制して動きを止めるためだ。
黒炎弾を避けようとしたのかサラマンダーのスピードが鈍る。
「岩石錐!」
動きの鈍ったサラマンダーの腹を岩石のドリルが貫いた。ユイの土属性中級魔法だ。
「グォォーー!!」
サラマンダーが唸るなような叫び声を上げた。やっぱり固い鱗のなさそうな腹が弱点らしい。
ズサッ!
ジャンプしたクレアが上からサラマンダーの額から目のあたりを一刀両断すると、サラマンダーの命の灯は消えた。ユイの魔法ですでにかなりのダメージを受けていたようだ。サラマンダー得意の炎のブレスを吐く暇もなかった。
全てがあっという間の出来事だ。
20代後半くらいの女の人が、近づいてくると「上級のサラマンダーがそっちに行ったので慌てて追って来たんだが・・・。倒したようだな」と僕たちの前にあるサラマンダーの死体を見て言った。
「一瞬だったな。上級なのに・・・」
「だよなー」
20代半ばくらいの青年と中年の男が僕たちとサラマンダーの死体を見比べながら会話している。二人ともユイとクレアをチラチラ見ている。まあ、美人のユイとクレアを見た男の人のいつもの反応だ。それを最初に声を掛けてくれた女の人が呆れたように見ている。
女の人は格好からして魔導士だろう。あ、この辺というかルヴェリウス王国以外では魔術師か。
「うーん、見事だな」
魔術師の女性は、ユイの魔法で腹を突かれてその後クレアに両断されたサラマンダーの死体を見て感心している。
結局、僕は黒炎弾で牽制した以外何もしていない。
「私はルビーという。こっちはマルスとオルトだ」
リーダーは魔術師の女性らしい。名前はルビーだ。剣士の青年がマルス、盾役の中年男性がオルトさんだ。
「僕はハル」
「ユイです」
「クレアです」
僕たちも自己紹介する。
「いや、上級のサラマンダーが一度に2匹現れてな。番だったのかな? それで一匹が瀕死になったら一匹がスルスルと逃げ出して、このトカゲ案外素早いんだ。それで慌てて追いかけて来た」
ルビーさんは説明しながら僕たちを観察している。
「ふーん、男一人に美人の女二人、三人とも若い。そうか・・・ハルたちがギルドで噂になっていたS級冒険者だな。で、誰が武闘祭に出るんだ?」
ルビーさんが鋭い目つきで尋ねてきた。
「いや、誰も出ませんよ」
僕が謎の仮面男として出場するのは秘密だ。
「ん? 誰もでない・・・。この時期にS級冒険者がガディスにきて武闘祭目当てじゃないのか?」
「ええ、偶々です」
ルビーさんは、まだ疑っているような顔をしている。
「もしかしてルビーさんは出るのですか?」
「もちろんだ」
クレアがちょっと首を傾げて「でも、ルビーさんは魔術師に見えますけど?」と尋ねた。クレアが言っていた。1対1の対人戦である武闘祭は剣士の大会だって。
「ああ、私は魔術師だ。普段はキュロス王国で冒険者をしている。武闘祭に参加するためここまで来た」
キュロス王国・・・ルビー・・・。武闘祭に出るとしたらS級・・・。
「もしかして、トドスで」
「ん、よく知っているな。私がトドスを拠点にしてるって」
確か、あれは盗賊退治を頼まれたときマーブルさんだったか、トドスで一番の冒険者はルビーちゃんだって言っていた。
「僕もトドスにちょっとだけ居たことがありまして」
ルビーさんは、あっと小さな声を上げて「そうか、伝説級の魔物の素材が持ち込まれた。あのときの、それに『リトルグレイセルズ』のボロワットさんが言ってた若い男女二人組の凄腕冒険者・・・。男は黒髪だって。私はイデラ大樹海の中層近くまで遠征していたんだが・・・。そうか」
ルビーさんは僕のほうを向くと「トドスの街のためずいぶん活躍してくれたみたいだな」と言った。
「いえ、ずいぶんたくさんの人が犠牲になりました」
あのとき、50人近い冒険者や騎士が死んで、それ以上の数の盗賊団も、魔物や魔族・・・おそらくメイヴィスとヤスヒコだ・・・に壊滅させられた。
「いや、ハルたちがいなかったら全滅してたってボロワットさんが言ってたぞ」
「いや、僕たちもボロワットさんたちの連携には感心しました」
そうか、と言ってルビーさんは、僕たちを見ていたが「ん? ボロワットさんからは男女二人組と聞いていたが」と言ってユイとクレアを見た。それから「女は剣士だったはず」と言って今度はユイをじっと見た。
「新しい女も美人だな」
ルビーさんは僕を睨んでいる。さっきまで急上昇していた僕の株が急降下したのを感じた。
「あ、新しい女・・・」
ユイが何か呟いている。
「いやー、美人を二人も連れて羨ましいぜ! な、マルス」と中年男性のオルトさんが、その場の空気を和らげるように陽気な声を上げた。
オルトさん、ありがとうございます。
「マルスもちょっとはハルくんを見習って、もっと積極的にな!」
「お、親父、何言ってんだ」
「いえね、俺たちは親子で冒険者をやってるんです。こいつ前からルビーちゃんに憧れてれるくせにヘタレなんですよ。ハハハ!」
ルビーさんもちょっと顔を赤くしている。どうやら話題がそれたようだ。オルトさんには感謝しかない。さすが中年男性分かっている。
「それで、ルビーさんは魔導士・・・魔術師なのに武闘祭に出場するんですよね」
「ああ、秘密だがちょっとした勝算があるのさ。それにこう見えても剣だってちょっとは嗜んでいる」
うーん、ちょっと嗜んだくらいで武闘祭で通用するのだろうか?
「そうですか」
勝算か・・・。
同じ魔導士のユイが「でも、ルビーさん。武闘祭は会場全体が魔道具とは聞いていますけど、危険なことには変わりないって話だから気をつけて下さいね」と言った。
「ああ、もちろんだ。油断はしない。それに危なくなったらすぐ降参するさ。これでも慎重なほうなんだ」
ルビーさんの答えを聞いて全員が頷いた。
「それよりクレアこそ参加すればいいのに。私には相当な剣士に見える。途中で私と当たらなければ本戦出場は間違いなさそうだけどな」
「いえ、私より、剣はともかく総合力ではハル様のほうが上です」
「え、ハルのほうが?」
ルビーさんは心底驚いたような表情をしている。
クレアが僕を持ち上げてくれるのはいつものことだけど、ルビーさんもそこまで驚かなくてもいいんじゃないだろうか。隣でユイが口を押えている。笑うのを我慢しているのだろう。
ちょっと複雑だ・・・。
その後すっかり仲良くなった僕たちは6人で魔物の討伐を行った。同じ3人パーティーだし連携など参考になることも多かった。
S級冒険者で魔術師であるルビーさんは水属性魔法が得意で上級まで使える。他にも火属性魔法を中級まで使えるらしい。でも、ほとんど水属性魔法しか使っていなかったので、やっぱりそっちが得意なのだと思う。S級だから当たり前ではあるが魔法のコントロールや精度も素晴らしい。ちょっと嗜んだという剣は使わなかった。でも魔術師にしてはずいぶん身体能力強化が高いというのは分かった。まるで異世界人のようだ。
でも、何より驚いたのは・・・。
「は、速いですねー!」
ルビーさんの放つ氷弾は尋常でなくそのスピードが速い。
「いや、ハルのその黒い金属の弾を飛ばす固有魔法も速い。正直、私と同じくらい速い魔法を初めてみた」
いや、ルビーさんの氷弾の方がスピードは速いと思う。僕と同じで凝縮して小さく発動している。やはりこの世界にも僕と同じ発想をする人がいる。たぶん、これがあるからルビーさんは武闘祭に出るんだろう。これなら剣士が近づく前に倒せるかもしれない。
「それにハルは魔法を放つ間隔が短い」
魔力を溜めるスピードは僕のほうが少し速いかもしれない。でも、ルビーさんもかなり速い。
やっぱりこの世界の人だっていろいろ工夫しているのだ。
お互いに実りある共闘も終わり多くの魔物素材を手に入れた僕たちは帝都ガディスに帰還した。
「ルビーさん、武闘祭での活躍を楽しみにしています」
ルビーさんは、おそらく氷弾の尋常ではないスピードで剣士に対抗しようとしているのだろう。
こうして僕たちはルビーさんの武闘祭での健闘を祈って別れた。
いよいよ武闘祭が始まります。
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