5-8(皇帝派と旧貴族派).
皇宮の一室でネイガロスは皇帝ネロア・バルトラウトに謁見していた。
「それで旧貴族派の動きはどうだ?」
黒騎士団副団長ネイガロスの前で豪華な椅子に座ってそう問いかけてきたのは、皇帝ネロア・バルトラウトだ。ネイガロスはその隣に黒騎士団長のイズマイルが立っているのに驚いていた。
イズマイル団長・・・。前に見かけたのは何時だったか?
本来ならイズマイルもネイガロスと同じく皇帝の前で跪いている立場だと思うのだが・・・。ネロアもイズマイルの振る舞いに何も言わない。
「一番積極的に動いているのは、予想通りヒューバート・メンターです。ですが、思ったようには賛同者が現れず、焦っているようです。まあ、予想通りゼードルフのやつはすぐにヒューバートに同調したようですが」
ゼードルフ、大魔導士と呼ばれている白騎士団の魔術師だ。優秀な魔術師を多く輩出している貴族家の出身で自分を世界最高の魔術師だと思っている己惚れやだ。実際実力はあるので白騎士団の大きな戦力であることは間違いない。日頃から自分の扱いに不満を持っているゼードルフがヒューバートの誘いに乗るのは想定内だ。
「そうか」
当然だと思う。カイゲルを白騎士団長にするなど、さすがに挑発だと分かるはずだ。
「昨日もヴァルデマール侯爵と友人のビダル家の息子のとこを訪れたようですが」
「ビダル家の息子はレオナルドだったか? 確かヒューバートの親友ではなかったのか?」
「そうです。父は白騎士団副団長で本人は第三大隊隊長、ヒューバートの親友です。さすがに父の世代は今更我らに逆らう気力はないでしょうが、レオナルドならひょっとしてと思ったのですが、案外慎重な男のようです」
ネイガロスはそう答えながら、慎重というより思ったより知恵があるのかもしれないと思っていた。
「クラッグソープ家のほうはどうだ?」
「予想通り、なんの動きもありません」
クラッグソープ伯爵は現白騎士団団長だから、今回の件に最も憤っていい立場だ。まだ、引退するような年齢でもない。息子のグレゴリーは第二大隊の隊長であり、将来の白騎士団団長はグレゴリーがレオナルドのどちらかだというのが衆目の一致したところだった。
「クラッグソープは状況を見る目に長けた男だからな。これが挑発であり、自分たちが何もできないことはよく分かっているのだろうな」
「はい。息子のほうも父とよく似た性格です」
普通ならクラッグソープ家がヒューバートの誘いに乗ることはないだろうとネイガロスも思う。そう普通なら・・・。
「それで、どうしますか? もう一押し挑発でもしてみますか?」
「いや、武闘祭もあるし、もう少しヒューバートの動きを見よう」
ヒューバート・メンター、一見飄々とした男だが、その実、最も過激な思想を持っていることは、こちらも調査済みだ。もう少し奴の頑張りを見てみるというのがネロア様の判断のようだ。
それにしても、なぜイズマイル団長が現れたのか? ヒューバートの企みが成功したとして我らだけでは不安だとネロア様が呼び寄せたのか?
いろいろ疑問はあったが、ネイガロスは「仰せの通りに」と言って頭を下げた。
そのとき、思いがけずイズマイルが口を開いた。
「武闘祭に勇者は出場するのか?」
「いえ、ルヴァリウス王国は王国騎士団副団長のギルバートを出場させると言っています」
「ギルバートを?」
「はい。平民から、その実力で成り上がり今では王国貴族にして王国騎士団副団長に収まっている男です」
ネイガロスの答えを聞いたイズマイルは「そうか・・・。やはり勇者は出ないのか・・・」と言った。
そうか、団長は勇者に興味があったのか、イズマイル団長の剣技は凄い。いや、凄いという言葉では足りないくらいだ。団長の剣捌きは、8年前の武闘祭優勝者であるネイガロスでさえ目で追うのが困難なほどだ。最もネイガロスが見たのはずいぶん前で、しかも一度だけだが・・・。
イズマイル団長は武闘祭に勇者が出場しないと聞いて、興味を失ったのか、その後は何も発言しなかった。
★★★
ヒューバート・メンターは焦っていた。
あの女魔族と悪魔の契約を結んだときには、これは行けると思ったのだが・・・。
くそー! 臆病者め!
ヒューバートは心の中で悪態をついた。
さっきまで帝都のヴァルデマール家の屋敷でクリストフを説得していたが、やはりクリストフは首を縦に振らなかった。だがクリストフの協力がなければ革命は大義を失ってしまう。バルトラウト家からトリスゼンの血を引くヴァルデマール家に皇位を取り戻すという大義が。
それに・・・。ネロアとネロアの家族の首を取るためにもクリストフの協力が必要だ。
黒騎士団は強い。あの女魔族が言っていたように、黒騎士団を引きつけている間にネロアたちを殺す必要がある。だが、それは女魔族の協力で思った以上に時間が稼げたとしても、そんなに簡単なことではない。
だが、クリストフが協力してくれれば・・・。
やはりクリストフを説得しするしかない。それにクリストフをよく知るヒューバートはクリストフがただ臆病なだけではなく、とてもプライドが高く、内心自分こそが皇帝になるべき人間だと思っていることに気がついている。クリストフがネロアに頭を下げることに怒りを抱いているのは間違いない。それがヒューバートの見立てだ。
気がついたらヒューバートは帝都のビダル家の屋敷の前にいた。今度は親友のレオナルドを説得するためだ。ヒューバートと同じく今日はレオナルドも非番のはずだ。というか最近はレオナルドの説得のためレオナルドが非番のときにヒューバートも休暇を取るようにしている。
ビダル家の門衛は顔見知りであるヒューバートを見るとすぐに通してくれた。
「レオは在宅かい?」
「ええ、この時間なら奥様やお子様と一緒に中庭におられるかもしれませんね」
門衛は頻繁にビダル家を訪れているヒューバートに気さくに話してくれた。
屋敷に入ったヒューバートは、門衛の言った通り中庭でレオナルドを見つけると「レオ!」と呼びかけた。
子どもの相手をしていたレオナルドはヒューバートの呼びかけに「ヒューか」と言って少しうんざりした顔した。
おそらくヒューバートの目的が分かったからだろう。それでもヒューバートは諦めるわけにはいかない。レオナルドの白騎士団での地位もあるが、それだけでなく人望もある。レオナルドの協力は必要だ。
しかし、ヒューバートの願いも虚しく説得はその日も成功することはなかった・・・。
★★★
結局、レオナルドの説得にも失敗したヒューバートはメンター家の屋敷に向かって歩いていた。
全く、レオも頑固だ。
ヒューバートは普段ヒューバート以上に皇帝派に対して不満を隠さないレオナルドがなかなか説得に応じないことに苛立っていた。もちろんヒューバートは親友のレオナルドが普段の過激な発言とは違い本当は慎重な性格であることをよく知っているのだが。
それにしても・・・。
ん?! あれは?
ヒューバートは大通りを冒険者ギルドの方に向かって歩いている3人と一匹に目を止めた。
魔術師風の若い男の両側に二人の女性がいる。
何だ、あの格好は?
一人はまだ少女と言ってもいい年齢だ。だがそのことより目を引くのはその格好だ。貴族の侍女かメイドのような格好だがスカートがやけに短い。そして、もう一人の背の高い女性は騎士風の格好だ。だが鎧に背中に盾という格好にも関わらず少し露出が多い。
そして騎士風の女性の隣には、あれはジャイアントウルフか、いや角があるからホーンウルフだ。だがホーンウルフにしては色が白いし大きい。特殊個体なのだろうか? ホーンウルフは騎士風の女性に撫でられて、喉を鳴らしている。喜んでいるのだろうが、その声は低く迫力がある。
そういえばとヒューバートは最近聞いた噂を思い出した。
美人を二人も連れた若いS級冒険者の男が帝都を訪れているという噂だ。S級だから武闘祭に参加するんじゃないかと、もっぱらの噂だ。美人を二人も連れやがって武闘祭でボコボコにされろ! というのが大方の意見だ。
だが、ヒューバートが見たところ、騎士風の女性は美人といっていいが、少女のほうはどちらかと言うと美人というより可愛らしい感じだ。それにその男が魔物を使役していると聞いただろうか?
それにしても、ホーンウルフは下級だが特殊個体なら中級だろう。中級の魔物を使役する冒険者がいるとは・・・。まあ、黒騎士団の第三大隊の隊長ケルカは上級上位のワイバーンすら使役しているのだから、そういう者がいてもおかしくないのか・・・。
そこまで、考えたヒューバートは、とにかく、少なくとも武闘祭が終わるまでにはクリストフとレオナルドを説得しなければと、決意を新たにした。




