5-9.
僕たち3人は冒険者ギルドを通じてジークフリートさんからの伝言を受け取り、ジークフリートさんが奥さんたちと宿泊している高級な宿に向かった。
その宿の前には帝国黒騎士団と思われる騎士たちが厳重に警備をしている。僕が名を告げてジークフリートさんに取り次いでもらおうかと迷っていると、「そいつらは俺の客だ」という声がした。
ジークフリートさんだ。
「でも、ジークフリート様、今は・・・」
何か言いかけた警備の騎士を制して、ジークフリートさんは「いいんだ」と言うと「入れ」と僕たちを促した。
さすがに王族と同じ待遇を保証されているジークフリートさんにそれ以上逆らえないのか騎士は僕とユイとクレアを通してくれた。
宿に入り、フロアごとジークフリートさんたちの宿になっているという3階に到着すると、ドアの一つを指して「この部屋だ」とジークフリートさんは言った。
「この部屋?」
「入れば分かる。俺は遠慮する。これで約束は果たしたぞ。ああ、それから部屋には結界の魔道具を使って話しが漏れないようにしてある。帝国が用意したものじゃなくて俺の私物だ。安心してなんでも話すんだな」
ジークフリートさんはそういうと別の部屋に引っ込んだ。
僕はゆっくりと、その部屋のドアを開けた・・・。
部屋の中にいた男女がドアの開く音にソファーから立ち上がってこっちを見た。
「ハル・・・」
「コウキ・・・」
僕たちはしばらくまるで久しぶりに会った恋人同士のように見つめ合っていた。
「ハルくんも、ユイさんもやっぱり生きていたのね。それからクレアさんでしたわよね」
「マツリさん・・・」とユイが呟いた。
その部屋にいたのはコウキとマツリさんだった。
「お互いにぼーっと立ってないで座りましょう」
5人の中で一番落ち着いているのはマツリさんのようだ。マツリさんの言葉に全員がソファーに座った。僕、ユイ、クレアにコウキとマツリさんが向かい合う形だ。
「ハル、手紙は読んだ。だいたいの事情は分かった。そこにいるクレアは味方ってことでいいんだな」
「ああ」
僕は頷いた。
「それよりコウキ、ギルバートさんは? ここにはいないのか?」
「ギルバートさんが来ていることを知っているのか?」
「ああ、コウキたちが帝都に到着するところ見た」
「そうか。ギルバートさんはここにはいない。ジークフリートさんが追い返してくれた。SS級冒険者っていうのは大したもんだな。それに帝国の黒騎士もここの警備は自分たちの仕事だって言ってな。ギルバートさんは引き上げざる得なかった。後で迎えに来ることになっている」
まあ、王族扱いのSS級冒険者に言われたらそうなるのだろう。
「それでサヤさんとカナさんは?」
「ルヴェリウス王国で留守番だ。まあ、体の良い人質みたいなものだろう」
そうか、さずがに全員を国外には出さなかったか・・・。
「ハルの手紙は俺もマツリも読んだ。ヤスヒコのことも知ることができた。ハル、その上で俺はお前に伝えておく」
コウキ・・・。
「ハル、俺はルヴェリウス王国の王になる」
僕、ユイ、クレアはコウキの言葉に息を飲んだ。
王になる!
コウキの言った言葉を僕は頭の中で繰り返す。そして真っすぐにコウキの目を見る。その目はこれ以上ないくらい真剣だ。マツリさんは落ち着いている。もともと知っていたのだろう。ルヴェリウス王国にいるサヤさんとカナさんも・・・。
おそらく、僕の手紙を読む前から、4人はコウキをルヴェリウス王国の王にするという結論に達していたのだ。
「コウキくん、それはアカネちゃんが病気で・・・死んじゃったからなの?」
「それだけじゃなく、異世界召喚魔法は危険なんだ」
「それは、私も知っているけど」
僕はユイにもサカグチさんの手紙を見せたし今はタツヤと名乗っているヤスヒコから聞いたアカネちゃんの死や本物のタツヤくんの話も伝えてある。
「コウキ、これ以上の召喚を防ぐだけなら・・・。それなら、異世界召喚魔法陣を破壊するだけじゃダメなのか」
「それじゃあ、俺の気がすまない」
「え?」
「それじゃあ、俺の気がすまないんだ」
「コウキ・・・」
「俺たちを召喚してタツヤやヤスヒコやアカネを殺したやつをほっとくのか?」
「コウキの言う通りよ。私は最初からタツヤやユキがいないことに気がついていたわ。だってあのとき私たちの隣にいたんだもの。コウキがそれに気がついているのも分かっていた。だから最初からコウキの言う通りにすべきって言ってたのよ」
コウキの友人関係にそれほど興味もなかったし知りもしなかった僕は本物のタツヤたちのことをサカグチさんの手紙を読むまで思い出さなかった。だが、コウキとマツリさんは最初から気がついていたのだ。本物のタツヤはサッカー部の部員でコウキの友人だ。今思えば、コウキが気がついていたのは当然だ。
「俺はこんなことをした奴らに必ずやったことの報いを受けさせる。それに俺は勇者だ。勇者っていうのは悪を成敗するもんじゃないのか。魔王を倒すだけが勇者の役目じゃないだろう」
「本気なんだな」
「ああー。だからお前も協力してくれ」
ユイとクレアが僕を見た。
「手紙にも書いた通り、ルヴェリウス王国のやり方は僕も許せない。これまで異世界召喚で多くの日本人が死んでいる。タツヤやアカネ、そしてヤスヒコのように・・・」
「じゃあ、協力してくれるか?」
「僕が手紙に書いた魔王のことはどう思う」
僕は質問には答えず逆に質問する。
「人族と融和を望む魔王か」
「おかしいか」
「いや、3000年に亘る人族と魔族の争いのことを考えれば人族側にも魔族側にもそう考える者がこれまで現れなかったのが不思議なくらいだ」
「それじゃあ」
「ああー、俺がルヴェリウス王国の王になればその魔王の融和策に協力する」
僕はエリルに協力したい。コウキがルヴェリウス王国の王になればエリルの計画が大きく前に進む。
「分かった。コウキがルヴェリウス王になることに協力するよ。でも何をすれば?」
「ありがとうハル。その前に俺のほうからもハルたちに伝えておきたいことがある。ハルとユイが消え、アカネが死に、そしてヤスヒコが消えた。俺も何もしなかったわけじゃない。情報を集めていた。といっても俺たちの状態では大したことはできない。行動が制限され過ぎている。それでも分かったことがある。異世界召喚が俺たちが思っているより頻繁に行われているのはハルも気付いている通りだ」
異世界召喚魔法陣は魔力を充填する時間がかかるので、どうしてもという場合にしか使っていない。その結果、異世界召喚は100年とか200年とかに1回程度しか行っていないとルヴェリウス王国から説明された。でも、それが嘘らしいことはタイラ村でサカグチさんと会ったことで分かっていた。
「俺たちの前の召喚が行われたのは10年前だ」
「たった10年前」
思った以上に頻繁に行われている。
「そうだ。異世界召喚魔法陣は日々研究されている。あの魔導技術研究所でな。そして研究の結果、召喚できる頻度は上がってきている。俺たちの前は10年、その前は20年くらいの間隔をおいて使われている」
「それで」
「過去2回で召喚された者は全員死んでいる」
全員・・・死んだのか。
「最初から死んでいた者、アカネのように後から死んだ者、いずれにしても全員死んでいる。そしてこれだ」
コウキが取り出したのは小さな金属片だ。
「それは・・・」
「校章だ。召喚された最初に日に俺の部屋の隅で見つけた。ハル、30年くらい前、修学旅行中のバスから生徒全員が消えた事件を知っているか?」
「うん。オカルト界隈では有名な事件だよね」
「あの高校のものだよ。これ」
「・・・そうか、僕たちと同じようにこの世界に召喚されたんだね」
「ああ」
それにしても最初の日に・・・。
コウキ、さすがだよ。さすが勇者に選ばれるだけのことはあるよ。
「これを見つけた俺は、最初からもっと頻繁に異世界召喚が行われているんじゃないかと疑っていたんだ。なのにこの国に俺たち以外に日本人がいる気配もない。なぜなのか? それに一緒に召喚されたはずのタツヤたちもいない」
「全員死んだからか・・・」
「そうだ。関係者以外は誰も知らない。タツヤたちが死んだとは信じたくなかったが、俺はそう結論づけた。いくら探ってもタツヤたちらしい人物の影も形もなかったからだ。このことはお前たちがいなくなった後、ヤスヒコにも伝えた」
そうか、最初から・・・コウキはそんなことを考えていたのか。やはりコウキは凄い。
「とにかく俺は、タツヤたちがいないこと、この校章を見つけたことで最初からルヴェリウス王国の説明を疑っていた。その上お前とユイが消えた。そしてアカネが死にヤスヒコまでいなくなったことで強硬手段に出た」
「強硬手段?」
僕はコウキの話についていくのが精一杯だ。
「ああ、魔導技術研究所のどうやらNO.2らしいルクニールという男を締め上げた」
「締め上げたって」
「実力行使さ。なんたって俺は勇者でこの世界ではかなりの強者だ。意外と臆病な奴でね。すぐに喋ってくれたよ。さっきの異世界召喚魔法陣の召喚頻度とかの情報はルクニールから得た」
「大丈夫なのか」
「たぶんな。情報を知った後でも俺は王国には協力するって請け合ったし、王国にバラしたらどうなるか分かってるなって、かなり脅しておいた。実際、今のところバレてない。どうやらグノイス王はずいぶんと恐れられているらしいぞ。むしろ奴ほうがバレるのを恐れている」
「それでもかなり危ないだろう。コウキらしくないよ」
「お前たちがいなくなった。そしてその後アカネが死んで、協力してもらおうと思っていたヤスヒコもいなくなった。さすがに我慢できなかったんだ。とにかく、それで分かったことは、異世界召喚魔法陣は日々研究改良されていて、今では10年毎に異世界召喚魔法陣は使えるってことだ。ただ未だに召喚の際に多くの死者が出る。その上アカネのように病気になって死ぬ者がいる。それでも、俺たちは大成功の部類らしいぞ」
コウキは皮肉げに笑ったが、その目は怒りに満ちていた。
「私もこのことをコウキから聞いたのはアカネさんが死んでヤスヒコくんがいなくなった後よ」とマツリさんが口を挟んだ。マツリさんが口を挟んだことで場の空気が少し落ち着いた気がした。
「実は、この校章のことはお前たちがいなくなった後、すぐにヤスヒコには話していた。ただ、その後すぐにアカネが体調を崩して・・・」
アカネちゃん・・・。またアカネちゃんの顔が浮かんできた。
「そうか」
「ハルからの手紙でも、ルヴェリウス王国が信用ならないことは裏づけられた」
「その30年前の事件だけど、この世界に召喚されたのは30年前じゃないかもしれない」
「どういう意味だ?」
「この世界と日本では時間の流れが違う。これから先、僕たちのご先祖様が召喚されてくるかもしれないし、逆に僕たちにとっての未来人がすでに召喚されている可能性もある」
僕はタイラ村で見せられた板のような電子機器を思い出していた。
「なるほど。じゃあこの校章は30年前のものじゃなくて10年前のものかもしれないな。それほど古びてはいないから少し不思議に思っていたんだが、これでその疑問も解けたよ」
「もしかすると魔王がいる時代じゃないと異世界召喚の成功率は低いのかもしれないね。成功しても勇者はいないらしいし・・・」
「なるほど。さすがだなハル」
僕にそう言ったあとコウキは全員を見て言った。
「ここにいる全員、俺がルヴェリウス王になることに協力してくれるってことでいいか? 特にクレアもそれでいいか?」
「私はハル様の判断に従うだけです」
全員コウキに頷く。ルヴェリウス王国のやっていることは許せない。それを止めるためコウキを王にする。それはエリルとの約束を守ることにも繋がるだろう。
「今具体的にハルたちにこれをしてもらいたいっていうのはない。今後はお互いに連絡を取り合うことにしよう。例えば冒険者ギルドを通じて。手紙によればハルたちはS級の冒険者なんだろう」
「一応ね」
確かにS級冒険者のためなら冒険者ギルドもいろいろ便宜を図ってくれそうだ。
「コウキ、ヤスヒコは敵対するかもしれない」
「ヤスヒコは人族との融和に反対している四天王の配下になっているんだよな。それでこの世界の人族すべてに復讐しようとしている。タツヤの分まで」
「そうなんだ」
「俺はこの世界の人族を皆殺しにしようとは思っていない。ルヴェリウス王国上層部にはきっちりやったことの責任を取ってもらおうとは思っているけどな。ヤスヒコのことはそのときになったら考えよう。まずはルヴェリウス王国をなんとかしたい。これでいいかハル」
「ヤスヒコのことは僕もすぐになんとかなるとは思ってないよ。優先順位の第一はコウキがルヴェリウス王になる。それでいい」
「じゃあ決まりだな」
コウキの言葉にこの場にいる全員が大きく頷いた。
「ところでハル、武闘祭に出るんだって?」
「え、まあ・・・。ジークフリートさんに聞いた?」
コウキはちょっと悪そうな顔して「仮面を着けて出場するんだってな。いいじゃないか」と言った。
「コウキは出ないの?」
「ルヴェリウス王国からはギルバートさんが出場することになっているんだが、ハルが出るんなら代わってもらうかな」
「コウキ、危ないわよ」
「でも、マツリ、お前がいるんだから大丈夫だろう。それに勇者が出れば盛り上がる。まして優勝すれば、勇者コウキの名声は一気に上る。王になるにも都合がいいだろう?」
「それは、そうかも知れないけど、優勝できるの?」
「まあ、危なくなったら早めに降参するさ。勇者の名に傷が付かない程度にな。それよりハル、二人で決勝で戦いたいな。いつかのように」
僕は、ユイのパートナーの座を賭けてコウキと模擬戦をしたことを思い出した。もしそうなれば今度は僕が勝つ!
「そのときは、ハル!」
「ああ、そのときはコウキ!」
「ああ、ハルそのときは適当なとこで俺に負けてくれ」
え?
「ハル、なんて顔してるんだ。俺が王になるために協力するって言ったばかりだろう? 武闘祭での優勝なんて勇者の名声を上げるこれ以上ないチャンスじゃないか」
コウキ・・・さすがだよ・・・。