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5-7(帝都ガディス).

「さすがに帝都だけあるね」


 ガルディア帝国の帝都ガディス。王都ルヴェンや聖都シズカディアと比べるといろんな文化が入り混じった雑然とした雰囲気がある。それに加えて今は武闘祭を前にいつも以上に大勢の人がこの街を訪れている。


「ジークも来ているのよね」

「うん。ジークフリートさんは来賓として呼ばれてるって聞いた」


 ユイがジークフリートさんのことをジークと呼ぶとき、未だに少し心がざわつく。


「ハル様はもっと自信を持っていいと思います」

「いや、クレア、僕は」

「ふふ、クレアの言う通りね」

「それで、クレアは武闘祭に出てみたいの?」


 僕は慌てて話題を変える。


「はい。ハル様にお許しいただけるなら強者たちと剣を交えてみたいのです」


 クレアは赤龍剣の柄を握りしめる。タイラ村で作ってもらったものだ。僕が赤龍剣と名づけた。僕の黒龍剣ともども良いネーミングだと自画自賛している。クレアもとても大切にしている。

 ユイのローブは特殊個体の白いフェンリルの毛皮でできている。ローブにもかかわらずかなりの防御力を有している。ヒュドラの魔石がセットされている杖と合わせてこちらもタイラ村製だ。

 

 街ではルヴェリウス王国から勇者たちが招かれていると噂になっている。やっぱり勇者は人気がある。なんといっても、勇者が現れたのは200年振りなのだ。


 コウキは武闘祭に参加するのだろうか? 勇者が武闘祭に参加すれば盛り上がることは間違いないが。コウキ以外だと前衛タイプならサヤさんくらいだけど・・・。彼らはどのくらい強くなっているのだろう。


 でも本当ならヤスヒコやアカネちゃんも・・・。


「ハルも出てみたら? S級なら出場資格があるらしいよ。優勝して英雄と呼ばれるようになってジークと同じように何人も奥さんを持ったりしてね」


 ユイはチラリとクレアを見た。気のせいか優しげな表情だ。


「ユイ・・・それは」

「ジークフリート様が英雄と呼ばれるSS級の冒険者になったのは、武闘祭で優勝したからではなくて、その後中央山脈で地龍を討伐したからだと聞いています」


 クレアも少し動揺している。


「あ、クレア、変なこと言ってごめんね。でもクレアなら・・・」


 慌ててクレアに謝ったユイは最後に何か呟いていたけどよく聞こえなかった。


「私もダメだなー。ハルのことになるとつい。なんでこんなの好きになっちゃたんだろう」


 こんなのって・・・。ユイちゃんって呼んでた頃は、もっと可愛らしい性格だった気がする。まあ、今でもすごく可愛くて美人には変わりないんだけど・・・。誰でも異世界に転移させられたら強くもなるか。

 僕はユイにエリルのことを話したときのことを思い出した。ああー。あのときのことを思い出すと今でも冷や汗がでる。


「ハル、どうしたのかな?」

「え、なんでもないよ」

「それで、武闘祭に出ないの?」

「クレアに剣で勝てるとは思えないよ。そういえば、武闘祭ってさ、魔導士の部門とかないんだよね?」

「魔導士の部門はありませんが魔法の実演とかがあったはずです。各地から集められた有名な魔導士や魔術師の方々の実演です」


 クレアは帝国出身なので僕たちの中では武闘祭に一番詳しい。

 魔法の実演か。最上級魔法はもちろん上級魔法だってほとんど見る機会がないから、ちょっとしたイベントにはなるだろう。ユイの混合魔法とか見せれば驚かれそうだ。


「真面目に言うとさ。コウキたちが来ているとしたら、おとなしくしていたほうがいいんじゃないかな。ルヴェリウス王国の本性をコウキたちに伝えて魔族との融和にも協力を求めたい。僕たちのことはコウキたち以外のルヴェリウス王国の関係者に知られないようにしないと」

「まあ、そうなるよね」

「やっぱり、私も武闘祭には出ないほうがいいですね」

「そうか。クレアだってルヴェリウス王国には顔を知られてるよね」

「とにかく、どうやってルヴェリウス王国の関係者に知られずにコウキたちに接触するか、それが問題だよ」

「ねえねえハル、あれって噂をすればってやつじゃない」


 ユイの視線を追うと、馬に乗った騎士の集団が隊列を組んで移動しているのが見えた。あの鎧はルヴェリウス王国騎士団だ。あの集団のどこかにコウキたちがいるんだろうか。


「ハル様、ユイ様こちらへ」


 突然クレアに声を掛けられ、大通りから路地に誘導された。


「ギルバート副団長がいました」

「ギルバートさんが」


 もしかしてセイシェル師匠もいるのだろうか。懐かしい。

 セイシェル師匠は召喚魔法の危険性について知っているのだろうか。そして今は魔族との戦いが活発化しているはずがないことも。


「とりあえず、今近づき過ぎるのは不味いね。なんとか、コウキたちだけに連絡を取る方法を考えないと」

「ハル様、ジークフリート様にお願いするのはどうでしょう」

「そうね、ジークなら」


 ジークフリートさんは過去の大会の優勝者として武闘祭に招待されている。そしてルヴェリウス王国は勇者召喚のことを公表し武闘祭に勇者を連れてくる。


 ルヴェリウス王国が公表する前から、すでに新しい魔王が現れルヴェリウス王国が勇者召喚をしたのではと噂になっていた。これ以上隠しても意味がないと判断したルヴェリウス王国は勇者召喚を行ったことを公表したのだ。

 そして武闘祭に勇者を連れてくる。勇者のお披露目だ。コウキたちは武闘祭に参加するのだろうか。あくまでゲストなのか。そのあたりはまだはっきりしない。


「武闘祭に招待されているジークフリートさんなら、コウキたちと接触する機会もあるかもしれないね」


 ジークフリートさんとコウキは武闘祭に招待された者同士だ。


「ジークに頼んでコウキに手紙でも渡してもらう?」

「うん。それが一番現実的だね」


 とりあえずジークフリートさんに連絡を取ろうということになり、僕たちは冒険者ギルドを目指した。





★★★





「ハル、やっぱりお前とユイは異世界人だったのか」


 ジークフリートさんは思ったほど驚いてないようだ。


「隠していてすみません」

「いや、俺もうすうすは感づいていた」

「そうだったんですか」

「ああ、ユイは黒髪黒目を強調してお前を探していた。ユイ自身も黒髪黒目だった。さすがにな。ユイが俺のプロポーズを受けてくれたら訊こうとは思っていた」


 どうやら隠せていると思っていたのは自分たちだけだったようだ。それにしてもユイがジークフリートさんのプロポーズを受けなくて良かった。未だに、僕はそのことにホッとする。ユイ自身は少なくとも表面的にはあまり気にしていないように見える。女は強しだろうか。


「それでジークフリートさんお願いできるでしょうか?」


 ここは帝都ガディスの冒険者ギルドの一室だ。


 ジークフリートさんは今回3人の奥さんと二人の子供を連れてガルディア帝国を訪れている。パーティーメンバーのエレノアさん、ライラさん以外に2番目の奥さんで普段はジークフリートさんの屋敷にいるトモカさんと子供たちも一緒だ。子供たちは今は宿で侍女の人が面倒をみているらしい。トモカって名前はタイラ村のセイラさんの姪と同じだ。この世界ではよくある名前なのだろうか。そういえばエルガイアさんはと訊くと、エルガイアさんはエルガイアさんで家族で過ごしているらしい。


 ジークフリートさんは武闘祭の来賓であり一行は帝国の用意した高級な宿に滞在しているのだが、冒険者ギルドを通じて僕たちの伝言を聞いたジークフリートさんと今日冒険者ギルドで会うことができたというわけだ。


 ユイとジークフリートさん一行が、お互いの思ったより早い再会をひとしきり喜んだ後、僕は本題に入って、勇者であるコウキと連絡を取りたいとの話をした。もちろんルヴェリウス王国には秘密でだ。


「で、この手紙をルヴェリウス王国の関係者に見つからないように勇者に渡せばいいんだな」


 僕とユイはこれまでのことを詳しく書いた手紙を作成した。手紙は日本語で書かれていてかなりの枚数になる。


「はい。難しいでしょうか」

「まあ、状況次第だろうが、やってみよう」

「ユイのためだもんね。ジーク」


 ライラさんは相変わらずだ。


「ハルさんユイさん、大丈夫だと思うわ。これでもジークは王族と同じ扱いを受ける英雄ってことになっています。同じ来賓である勇者とも話す機会はあるでしょう」

「エレノア、これでもって、それはないだろう」


 僕は、なんだかジークフリードさんに親近感が湧いてきた。


「まあ、ジークがヘタレだってのはみんな知ってるんだからいいじゃない。ユイもよく知ってるよね」とライラさんが追い打ちをかける。 


 トモカさんはニコニコと笑ってみんなの会話を聞いている。3人の奥さんたちは皆仲が良さそうだ。ユイが4人目にならなくてよかった。今更ながらに危なかった。


「ハル、どうかしたの?」


 ユイが何かを見透かすように鋭い目をして僕を見た。


「ハル様は分かり易くていい人です」


 いやクレア、それは今口に出さなくてもいいだろう。

 矛先が僕に移ったのでジークフリートさんはうれしそうだ。


「それはそうと、お前たち武闘祭には出ないのか?」

「私はハルに出てみたらって言ったんだけど・・・。優勝したら結構名誉なことなんでしょう?」

「ああ、そうだ。武闘祭の優勝者なら何人妻がいようと文句を言う奴はいない。俺のようにな」


 ジークフリートさんは僕たち三人を見て、何かを察したようにニヤっとした。


「ジークフリートさん、何か勘違いしてますよ。だいたい、ジークフリートさんが誰にも文句を言われないのは武闘祭で優勝したからではなく英雄と呼ばれるSS級冒険者だからでしょう」


 ジークフリートさんは、そっぽを向いて何も答えない。子供みたいな人だ。さては僕がユイを連れ去ったのをまだ根に持ってるな。


「それに、ルヴェリウス王国に僕たちのことを知られたくないんですよ。もう少しの間、僕たちは死んだと思ってもらいたいんです」

「ふーん、よく分らんが、いろいろ事情がありそうだな。でもそれならいい方法がある。これだ」


 ジークフリートさんがアイテムボックスから取り出したのは・・・。


「それって」

「ああ、仮面だ。だが単なる仮面じゃない。戦闘中に絶対に外れない魔道具だ。まあ、効果はそれだけだが、凄いだろう」


 どう見ても格好いいとはいえない変な仮面だ。ヤスヒコが着けていたやつのほうがずっといい。それに効果が外れないだけって。


「いや、そんな仮面を着けて出場できるんですか?」

「俺が推薦すれば問題ない。なんせ王族と同じ扱いの英雄で、しかも今回の武闘祭の来賓だぞ。エントリー名は謎の仮面男とかにしておくか」


 いや、それは明らかに変な人じゃあ・・・。


「いやいや、ジークフリートさん。謎の仮面男じゃあ参加資格が・・・それに優勝しても」

「それも任せろ。参加資格があることは俺が保証するし、もし優勝したらお前が謎の仮面男だと俺が冒険者ギルドに証明もしてやる。なんなら、それも秘密にするように伝えてやる。それで、必要なときに公表すればいいだろう。俺を誰だと思ってるんだ。SS級冒険者で英雄のジークフリート・ヴォルフスブルクだぞ」


 いや、こんな変な仮面を着けて出場なんてしたくない。断ろう。だいたい僕の剣技はクレアとかに比べてかなり劣る。そもそも優勝は無理だし、今の僕に出場する理由は何もない。


「ジークフリートさん、残念なん」

「ハル様、それです。謎の仮面男! 格好いいです。ハル様にピッタリです。ハル様ならきっと優勝できます!」


 クレアの僕に対する評価は謎に高い。


「クレアの言う通りね。まさか4年に1回の武闘祭に出るチャンスを棒に振るなんてないよね」

「・・・」

「ハル、心配するな。カラディア闘技場は魔道具になっていて絶対に死ぬことはない」


 そう武闘祭では致命傷を受けても致命傷を受ける前の状態で復活できる。闘技場自体が魔道具なのだ。でも・・・。


「でもジークフリートさん、大怪我をして冒険者を引退した人もいるって聞きました。致命傷を受ける前の状態に戻るだけで、すべての怪我が治るわけじゃないですよね?」

「そこは大丈夫だよ、ハル。私がいれば例え手足が無くなったって元に戻せるよ」


 ユイ・・・。いや、手足がって・・・。怖いよ。


「じゃあ、決まりね。頑張ってね。謎の仮面男さん」

「・・・」


 そのあとは、和やかな雰囲気で話が進み。ジークフリートさんに夕食までを奢ってもらった。ジークフリートさんは上機嫌だった。絶対に、ユイのことで僕を恨んでいるに違いない。


 夕食を終えて3人で宿に向かってのんびりと歩く。


「結局、ジークフリートさんにエリルのことや魔族との和解の件は話せなかったな」

「それは仕方がないよハル。さすがに魔王のことはね」

「うん」


 でもこの世界で英雄と言われている人に人族と魔族との融和策を手伝ってもらいたかった。ジークフリートさんの人柄は信頼している。半年以上一緒にいたユイも太鼓判を押している。難しい判断だった。


「ハル様、焦らずに行きましょう」


 クレアの言う通りだ。長い歴史の中で争ってきた人族と魔族だ。今さら焦ってはいけない。


「そうだね。とりあえずコウキへの手紙は託した。一歩前進だ」

「ええ、前向きに考えましょう」


 ユイの言葉にクレアも頷いている。


「それにハル様の武闘祭での活躍も楽しみです」


 そうだ! それがあった・・。


 謎の仮面男として武闘祭に出場することになってしまった。強そうな相手に当たったら早めに降参して怪我をしないようにしよう・・・。


 でも、もしコウキと当たれたら・・・。


 僕は、実践訓練でのユイのパートーナーの座を賭けて、コウキと模擬戦をしたときのことを思い出した。あのときの僕はすべての面でコウキに負けていた。


 あれから、僕も少しは成長したと思うんだけど・・・。

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クレアは出ないのかー
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