5-4(帝国黒騎士団副団長は武闘祭の準備で忙しい).
ネイガロスは4年に一度の武闘祭の準備で忙しかった。
各国からの参加者の確認。招待選手の宿泊の手配、来賓の歓迎の準備などやることはいくらでもあった。そもそも帝国黒騎士団副団長のネイガロスは事務処理が得意な男ではない。ネイガロスの外見は緑がかった金髪の一見優男だ。この辺りでは珍しい髪色だがネイガロスはもともとはドロテア共和国の出身だ。優しい髪色に似合わず鍛え抜かれた体をしている。それもそのはずでネイガロスは8年前の武闘祭の優勝者である。そして、その武力ゆえに黒騎士団の副団長まで昇り詰めた男だ。そんなネイガロスが武闘祭の責任者となっているのは、武闘祭が文字通り武の祭典であり常に黒騎士団が采配してきたからだ。本来であればこれは団長のイズマイルの仕事だ。
ネイガロスはイズマイルのつかみどころのない表情を思い出した。
黒騎士団長のイズマイルは皇帝の親衛隊長でもある。しかし、実際その姿を見たものは少ない。ネイガロスと違って『皇帝の子供たち』と呼ばれる騎士養成所の出身ではない。親衛隊長を名乗っているのに皇帝の傍でさえめったに彼を見かけることはない。そして皇帝もそれを気にしていない。
イズマイル団長・・・不思議な男だ。
イズマイルのことを思い出すとネイガロスさえ寒気を覚える。
めったに姿を見せることのない団長はそれほどまでに強い。イズマイルは帝国から剣神の称号を与えられている。剣の神、これほどイズマイルに相応しい称号はない。それにしても、あの圧倒されるような存在感。それはまるで巨大な魔物を目の前にしたときのようだ。これ以上は考えても仕方がない。なんせ皇帝が彼を黒騎士団長に任命し帝国貴族の地位を与えているのだから。
そんな理由から、めったに姿を見せないイズマイルに代わって武闘祭の責任者はネイガロスであり、事務仕事が得意とはいえない彼を日々悩ませている。
「共和国からは、大公のジェフリー・バーンズ自身が来帝するようです」
報告したのは、ネイガロスの側近の一人であるエドガー・マルセルだ。エドガーは黒騎士団第一大隊の隊長であり、前回の武闘祭の優勝者でもある。イチイチと呼ばれる第一大隊第一部隊の隊長も兼ねている。イチイチは黒騎士団の中でも精鋭部隊であり普段は皇帝やその家族の護衛がその役目だ。エドガーはいかにも強者と言った外見の大柄な男だ。ここに前回と前々回の武闘祭優勝者が揃っているというわけだ。
「それで?」
「最近共和国が剣聖の称号を贈った共和国軍の将校を武闘祭に参加させるようです。確かケネス・ウィンライトとかいう名前です」
「ウィンライト?」
「ええ、イネス・ウィンライトの弟です」
イネス・ウィンライト、現在二人しかいないSS級の冒険者だ。共和国で叙爵されており共和国の貴族だが、何年も前からエニマ王国にあるエラス大迷宮攻略に取り憑りつかれており、公の場に姿を現すことはほとんどない。ちなみに、もう一人のSS級冒険者ジークフリート・ヴォルフスブルクは来賓として武闘祭に招待されている。12年前の武闘祭優勝者だ。若干24才で武闘祭で優勝しその後中央山脈の地龍討伐で中心的な役割を果たしSS級冒険者となった天才だ。
「ジークフリードは招待に応じたのか」
「ええ」
「珍しいな。最近はほとんど大陸の南から出ることもなかったはず」
「南にはイデラ大樹海がありますから冒険者としての仕事に困ることもないですし、ジークフリートはあまり国家に関わることを好んでいませんからね」
イネスがエラス大迷宮攻略に取り憑かれているようにジークフリートはイデラ大樹海に拘っているのだろうか。
「そういえば半年くらい前に神聖シズカイ教国に火龍が出たという噂があったな」
「はい。諜報員の話ではシズカディアが火龍に襲われたのは確からしいのですが、それにしては被害は軽微だったようです。ちょうど同じ時期にジークフリートが神聖シズカイ教国を訪れていたという噂もあります」
何か関わりがあるのだろうか。確かに神聖シズカイ教国はジークフリートが拠点としているギネリア王国の隣ではある。しかしネイガロスが知る限り神聖シズカイ教国を支配している教会とジークフリートに接点はないはずだ。それとも王家のほうなのか・・・。そういえば、最近では王家の力が増して教会と拮抗しているとか・・・。
そのジークフリートが、自身が優勝して以来、久しぶりに招待に応じて帝国を訪れるという。
「ルヴェリウス王国はどうだ。勇者を連れてくるというのは本当なんだろうな」
ルヴェリウス王国。帝国、共和国と並ぶ大国だ。魔族領であるゴアギールと国境を接している唯一の人族の国家であることからその武力には定評がある。一方、対魔族に国家資源を割かなくてはならないことがネックでもある。そのため、ここ200年の間でヨルグルンド大陸側の領土を大きく減らしている。その多くを掠め取ったのは帝国だ。ただし、最も最近の帝国との戦争は数十年前の話であり、ここ最近は表立った争いはない。それでもルヴェリウス王国とガルディア帝国は伝統的にあまり仲が良くない。魔族を除けば、お互いに仮想敵国といったところだ。
「はい。勇者を含む2人の異世界人を連れてくるようです。なんと100人に上る騎士を引き連れてです。ただし、異世界人たちが武闘祭に参加するかどうかははっきりしません」
「まだ、本来の力をつけていないのかもしれないな」
100人もの騎士を連れてくるとは宿の手配だけでも一苦労だ。ルヴェリウス王国の秘儀である異世界召喚魔法は広く知られている。二千年以上に亘って、何度も人族の危機を救っているのだから当然だ。ただ、最近は魔族との争いも小康状態であり、最後の勇者召喚から200年は経過している。
「やはり魔王が現れたとの情報は真実なのか・・・」
帝国も新たな魔王が現れたのではとの情報は得ている。魔王が現れたから勇者を召喚したというのなら辻褄は合う。勇者がすでに本来の力を得ているのなら、武闘祭に参加すれば優勝候補筆頭と言うことになるだろう。仮に参加しないとしてもその実力を確かめたいものだと、ネイガロスは思った。
だいたい、今回ルヴェリウス王国が勇者を連れてくるのは、ルヴェリウス王国が異世界召喚魔法を使ったとの情報を得た帝国がルヴェリウス王国と駆け引きをした結果なのだ。
「会場の準備は」
「はい、魔力の充填も9割方は終わっています」
「そうか」
なぜ、帝国で武闘祭が開かれるのか。それは帝国が大国だからだけが理由ではない。
帝都ガディスは、失われた文明の遺跡の上に建てられている。この場所は失われた文明の都市だったのだ。そして幾つかの施設は失われた文明の遺物を修復したものがそのまま使われている。その中でも最大の施設が武闘祭が開催されるカラディア闘技場だ。この闘技場は闘技場全体が失われた文明の遺物である。知られている限りアルデハイル監獄と並ぶ世界最大規模の魔道具だ。
魔道具であるカラディア闘技場。その魔道具としての機能を発動させると、闘技場の中で死に至る致命傷を受けても、致命傷を受ける前の状態で復活できる。このため、参加者は遠慮なく全力で戦うことができる。まさに娯楽としての戦いを楽しむための施設なのだ。この闘技場があるからこそ、世界最大の武の祭典である武闘祭は、ここガルディア帝国で開催されるのだ。武闘祭が4年に一度しか開催されない理由は、武闘祭の期間中この闘技場の機能を発揮させるための魔力を溜めるのにそれだけ時間がかかるからだ。
「今回は、本当にザギを参加させるのですか?」
「ああ、例え勇者が本来の力を得ていたとしても勝つ。帝国の威信のためにな。そのためには奴が必要だ」
ジークフリートが優勝した12年前以降、最近2回の武闘祭は、前回も前々回もカルディア帝国黒騎士団に所属する騎士が優勝した。8年前の優勝者はネイガロスであり4年前の前回がエドガーだ。以前はジークフリートのような特別な才能を除けば、魔族との戦いの最前線であるルヴェリウス王国からの参加者が優勝することが多かった。だが、最近は帝国の代表者が活躍することが増えた。
国は大いに沸き、周辺国へ帝国の威光を示すことができた。いまや国力においても領土の大きさにおいても帝国はルヴェリウス王国を追い抜いている。もし帝国が魔族と領土を接しているのなら魔族に勝つ自信さえある。
今回の武闘祭には帝国の代表として黒騎士団の部隊長の一人であるザギが参加する。ザギはネイガロスやエドガーと同じく『皇帝の子供たち』と呼ばれる騎士養成所の出身者だ。
皇位を簒奪したガニス・バルトラウトが設立した騎士養成所は少数精鋭で知られ、幼少の頃から英才教育を施される。多くの出身者が若くして帝国騎士団の重要なポストについており、養成所は間違いなく帝国騎士団、中でも帝国黒騎士団の強化に繋がった。ザギはその中でも早くから名が知られていた天才である。その若さと性格ゆえに部隊長に留まっているが間違いなく現在の帝国騎士団最強はザギだ。
それにしても養成所のことは・・・。あれはネイガロスも思い出したくない記憶だ。他言することは禁止されている。
それにしても、ザギも性格さえ、もう少しまともなら・・・。
今のままではさすがに大隊長に引き上げるのは難しい。最近も若い女性騎士がザギのせいで黒騎士団を退職した。確か中央諸国出身で盾役としてなかなか有望だと報告を受けていた騎士だ。
ザギの奴め・・・。
まあ、せいぜい武闘祭では帝国のために役立ってもらうとしよう。ザギの実力に関しては疑いようがない。疑いようがないどころか、認めたくはないがネイガロスやエドガーより上だろう。
例え、勇者が出場したとしても、ザギなら・・・。




