5-5(コウキ).
俺は、俺たち異世界人用に用意された建物の一室でギルバートさんと話をしている。
「約200年前にバルトラウト家が皇位を簒奪して以降、帝国は領土拡大に熱心だ」
「そして、その被害を最も受けているのがルヴェリウス王国というわけですね」
「残念ながら、その通りだ。もっともここ20年くらいは大きな戦争は起こっていない」
俺とマツリは4年に一度ガルディア帝国で開催されるという武闘祭にギルバートさんたちと共に派遣されることになっている。サヤとカナは留守番だ。まあ、体の良い人質だ。
「それ自体が巨大な魔道具だという闘技場も興味深いですね」
「我が国の異世界召喚魔法陣と並んで世界で最も有名な魔道具の一つだろうな」
致命傷を受けても復活できる。ずいぶん都合のいい魔道具だ。それを言うなら、この世界全体がいろいろと都合よくできている。この世界は一見中世ヨーロッパ風だが、魔道具のおかげで生活は見かけより快適だ。そう、ここは俺たち異世界人が転移してくるのに都合が良すぎる世界だ。よくハルがそんなことを言っていたが俺もその意見には全面的に同意する。
「それでマツリに協力してほしいと要請があるんですよね」
「帝国はお前たち異世界人の中に優秀な聖属性魔導士がいるという情報を掴んでいるようだ。魔道具としての闘技場の機能は、あくまで致命傷を受ける前の状態で復活できるだ。すべての怪我が無かったことになるわけではない」
「なるほど」
「そもそも闘技場の魔道具としての機能が発揮されることは滅多にない。通常は一方が戦闘継続不能と見なされた時点で試合は終了となる。そのあと対戦者を治療する聖属性魔導士が必要だ。大会の性質上本気でやりあうから大怪我すをする者も当然いる。それこそ四肢が欠損したりもある」
「それって世界でもマツリと・・・ユイくらいしか治せないのでは?」
四肢の欠損までいくと治すためには最上級の聖属性魔法を使うしかない。高価な上級回復薬でも無理なはずだ。
「ああ、だから大会で大怪我をして騎士や冒険者を引退した者もいる」
「死ぬことはないにしても相当のリスクがありますね」
「武闘祭への参加は自己責任だ。ただ、もし聖属性魔導士や上級回復薬でも治せないような大怪我を、ある程度地位のある国の代表者が負った場合は、エリクサーが使われるだろう」
「エリクサー?」
「ああ、失われた文明の遺物だ」
また、失われた文明か・・・。
ギルバートさんの説明によると失われた文明の遺物であるエリクサーは上級回復薬より高い効果がある。そう、最上級の聖属性魔法と同等の効果があるのだ。だがエリクサーは現在の魔導技術では作れない。従って、現存するものはすべて失われた文明の遺物だ。だから値段がつけられないほど高価で所持しているのは国家くらいらしい。そのエリクサーと同等の効果がある魔法を使えるマツリとユイがいかに特別なのかが分かる。
「まあ、さっきも言ったように、普通はそうなる前に試合は止められる」
「それで、要請に応じてマツリを協力させるのですか。それにしても、これまで聞いた帝国の性格からして他国の協力を求めるというのは違和感がありますね。聖属性魔法の使い手が少ないのですか?」
ルヴェリウス王国とガルディア帝国は、いわば仮想敵国同士だ。最近でこそ直接の戦争は起こってないが、バルトラウト家がガルディア帝国を支配してからずいぶんとルヴェリウス王国の領土は削られている。
「そんな筈はない。もちろん最上級の聖属性魔法を使える者はいない。これは、どの国もそうだ。マツリ以外に使えるものなどいない。武闘祭を様々な国の協力で成功に導くことに意味があるとかなんとか理由を付けているが、本当のところは、お前たち異世界人の実力を知りたいのだろうな」
なるほど。そういうことか・・・。
ルヴェリウス王国はいわゆる異世界召喚魔法を使ったことを最近まで秘密にしていた。しかし実際には帝国を始め多くの国がそれに気がついている。お互いに情報収集のための手段は持っている。それに、俺たちは、だいぶ前から実践を積むため王宮を出て、さらには王都の外にも遠征していたのだから、ある程度情報が漏れるのは止む得ない。
そういった状況を踏まえて、ルヴェリウス王国は俺たちのことを公表した。新たな魔王が現れた兆候を察知したので勇者召喚を行ったと公表したのだ。
「俺たちは武闘祭に参加しなくていいんですよね?」
「ああ、まだ早い」
「で、ルヴェリウス王国からは誰が?」
「俺が出る」
「ギルバートさんが」
ギルバートさんは、現時点では俺より強い。ただ、その差は僅かだと感じている。あともう少しだ。もう少しで俺がルヴェリウス王国最強になる。そして、その後その差はどんどん広がるはずだ。
そうなれば・・・。
「コウキ、武闘祭でものいうのは魔法ではなく剣技だ。魔導士が輝くのは、集団戦や仲間と協力して戦う場合だ」
それは俺にも分かる。対人戦、特に1対1なら、一番重要なのは速さだ。魔導士が魔法を発動するために魔力を溜めている間に、剣士に一刀両断されてしまうだろう。
だが、俺は剣に対抗できそうなほど速く魔法を発動する男を一人知っている。
「前回優勝したのは帝国の騎士だ。その前もだ。さらにその前は個人で参加していた冒険者で、今では世界に二人しかいないSS級の冒険者になっている」
「確かジークフリートとかいう冒険者ですね」
「そうだ。ここ最近我が国の代表は連続して帝国の後塵を排し2位に甘んじている。ここ2回の優勝者は帝国の黒騎士団所属の騎士だ。いずれも帝国の騎士養成所の出身で『皇帝の子供たち』と呼ばれている者たちだ。一人は現在の団長のネイガロス、もう一人は副官で第一大隊の隊長エドガーだ。二人とも帝国の剣聖だ」
「その二人にルヴェリウス王国の代表者は負けたってことですね」
「そういうことだ」
それでも2位は確保したわけだ。
「で、今回はギルバートさんが出ると」
「ああ。自分で言うのもなんだが、今の王国では俺が最強だと自負している。今回は俺が優勝する。もちろん勝負に絶対はないがな」
「今回も帝国はその・・・」
「『皇帝の子供たち』の誰か出場してくるだろうな」
まあ、そうなんだろう。しかしそれでは帝国に騎士養成所がある限り、帝国はどんどん強者を生み出し続けルヴェリウス王国との差をますます広げるのではないか?
「騎士養成所出身者がすべて剣聖に匹敵するような強者になるわけではない」
俺の疑問が答えるようにギルバートさんは説明した。
「だが、多くの強者を生み出しているのは確かだ。特に最近はそうだ。俺は、養成所での訓練方法に何か秘密があると考えている」
「秘密が?」
「強者を生み出す確率が高すぎる。才能があると見なされれば養成所には5才くらいから入れる。普通は魔力が高い者は貴族に多いのに『皇帝の子どもたち』は平民出身者が多い」
平民出身者なら過酷な訓練を施せるからだろうか?
だが、この世界では魔力量や適性で個々の強さのかなりの部分が決まってしまうはずだ。過酷な訓練をしたからといって簡単に強くなれるとは思えない。確かにギルバートさんの言う通りで何か秘密があるのかもしれない。
「結局、大国であるルヴェリウス王国とガルディア帝国の代表者が強いのですね。大国と言えば、ドロテア共和国はどうなんですか?」
「あそこはいくつかの公国が集まってできている国で、我が国や帝国ほど武闘祭で勝つことに拘ってない。あとは、武闘祭で名を上げることを目論んでいる個人参加者だな。一定以上の成績を残せば騎士団に好条件でスカウトされるだろう。まあ、ジークフリートのように単に腕試しで参加する者もいるが」
ジークフリートとやらは、大会で優勝した後も各国からの騎士として勧誘や叙爵等の話を断って冒険者を続けているらしい。
「お前たちは武闘祭を見てこの世界の強者の強さを肌で感じればいい。お前たちはいずれその誰よりも強くなるべき存在なんだからな」
「わかりました。マツリには協力させるんですね」
「ああ、ただマツリには四肢欠損を治すような最上級魔法は控えるように言ってくれ。まだ実力は隠しておきたい」
マツリは聖属性魔法に関しては最上級まで使える。聖属性魔法は怪我を負ってからなるべく早く使ったほうが効果が高い。武闘祭での怪我ならすぐ治療することが可能だから、マツリであれば四肢欠損も十分直せる。だが、ルヴェリウス王国としては異世界人の召喚を公表したものの、その実力はある程度秘密にしておきたいようだ。
「でも実際に大怪我した者を前にしたら使ってしまうかもしれませんよ」
マツリは、ああ見えて常識人だし案外人がいいところがある。
「そこはコウキ、お前がよく言い聞かせてくれ。マツリは勇者であるお前と並ぶ我が国の切り札だ。マツリの実力が知られることはマツリにとって危険でもあるんだ」
まあ、確かに帝国にマツリが目を付けられることは避けたほうがいい。
「分かりました」
コウキとマツリはガルディア帝国へ向かうようですね。そういえばあの人も・・・。
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