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5-1(プロローグ1).

 いよいよ第5章の始まりです。

 魔族の四天王の一人であり魅惑の女王の二つ名の持つサリアナは、若い魔王エリルのことがとても気にいっている。あの真っ直ぐな性格は好感が持てるし何より頭もよく、その考えは合理的だ。それはこれまでの魔族に最も欠けていたものだと思う。サリアナにしてエリルの登場によりそれに気付かされたのだ。


 エリルの唱える魔族と人族と融和策、これまでの人族との争いの経緯を考えてみれば納得のできる施策だ。言われてみれば、これしかないという気さえする。


 いや、いろいろ理由をつけてみたが、そんなことにかかわらず、魔王にしてはずいぶんと純粋でそのくせ肝が座っているエリルのことを、サリアナは自分でも不思議に思うほど大切に思っていた。


「だが、メイヴィスはもちろんジーヴァスがエリル様の人族との融和策に賛成するとは思えない」


 サリアナは思わず口に出して呟いていた。


 魔族は人族に比べて長命である。平均すると人族より1.5倍から2倍は長生きだ。そして中には数百年を超えて生きているものも少数だがいる。その代表がメイヴィスとジーヴァスだ。二人は少なくとも前魔王ドラコの時代にすでに四天王だったはずだ。


 前魔王ドラコと前勇者ヨシネの戦いは勇者ヨシネの勝利に終わった。だが、魔王は倒されたが、魔族が滅ぶこともなかった。メイヴィスとジーヴァスも相当な深手を負ったとは聞いているが生き残った。だがメイヴィスはともかくジーヴァスは本気で戦ったのか怪しいとサリアナは思っている。奴なら戦いが不利になれば上手いこと自分だけが生残る方策を考えたとしても不思議ではない。まあ、メイヴィスのほうは単純な性格だからそんなことはなかっただろうと思う。むしろ大切な誰かを失った可能性がある。

 あの30年戦争と呼ばれる人族との争いは、シデイア大陸の人族国家であったロタリア帝国の王を我が魔族が操りヨルグルンド大陸の人族国家に攻め込ませたのが切っ掛けで始まったのだが、サリアナは、あれはそもそもメイヴィスの仕業ではなかったのかと疑っている。


 そこまで考えたところでサリアナの側近の一人ジギルバルトが部屋に入ってきた。


「爺、ノックもせずに何だ」

「いえ、ノックはしましたぞ。また何か考えておられたようですな」


 ジギルバルトはサリアナが幼少のときから仕えてくれている魔族だ。だがサリアナが爺と呼ぶジギルバルトですらメイヴィスやジーヴァスに比べれば若造ということになるのだろう。


「うむ、エリル様の施策は合理的で納得のいくものだが、長年人族と争ってきたメイヴィスやジーヴァスを説得するのは難しいと思ってな」

「また、そのことですか」

「ああ、またそのことだ」


 ジギルバルト自身はエリルの策にそれほど思うところはなかった。しかし、エリルとためというより自分の孫のようなサリアナのために役に立ちたいと思っていた。


「そのことにも関係があるのですが、ガルディア帝国の内情が荒れそうです」

「それはいいことだな」


 サリアナは、人族の国家であるガルディア帝国が力を付け過ぎているのを気にしていた。エリルの魔族と人族との融和策を成功に導くためには、人族があまり力をつけ過ぎるのは良くない。

 それに、帝国と並ぶ大国であるルヴェリウス王国では勇者が召喚されたらしいのだ。これでは融和どころではない。


 勇者といえば、ルヴェリウス王国に召喚された異世界人の一人ハルとやらをエリルが気に入ってしまい、なんと魔族の秘剣である闇龍の剣を授けてしまったのは、さすがのサリアナにも想定外だった。


「いよいよ皇帝ネロアは白騎士団をも我がものにする気です」

「ほう」

「白騎士団のトップを旧貴族家から、バルトラウト派のカイゲルとやらに変えると宣言しました」

「バルトラウト家による中央集権がますます進むということか」

「はい。しかし今回はさすがに旧貴族たちが黙っていないかもしれません。カイゲルは皇帝派ですら好意を持っている者が少ない嫌われ者です。しかも剣を持ったことがあるかどうかも怪しい男です」

「剣を持ったこともないような者を白騎士団長に・・・。それは、さすがに・・・」


 旧貴族とはバルトラウト家が皇位を簒奪する前から貴族だった家で、地方領主が多い。そして白騎士団には旧貴族家の関係者が多く所属している。旧貴族家がここまで生き延びているのは白騎士団がそれなり力を持っているからでもある。


「上手く利用すれば、人族の有力国家であるガルディア帝国を弱体化させることができるかもしれませんな」 


 ガルディア帝国は魔王ドラコと勇者ヨシネの時代が終わってすぐに、現在の皇帝であるバルトラウト家が前皇帝家であるエーリク・トリスゼンから皇位を簒奪した。その原動力となったのが帝国黒騎士団だ。もともと龍殺しと呼ばれSS級の冒険者であったガニス・バルトラウトは帝国から叙爵され帝国中枢に入り込むと、皇帝エーリクの信を得て旧来の帝国白騎士団に対抗するような形で帝国黒騎士団を創設した。そして結局、その黒騎士団はトリスゼン家からバルトラウト家が皇位を簒奪するための力となった。


 エーリクはガニスを信頼しすぎて皇位を失ったのだ。


「内戦になりそうなのか?」

「かもしれませんが・・・」

「が、なんだ?」

「はい。内戦になっても今の白騎士団では『皇帝の子供たち』が多く所属する黒騎士団には全くかなわないでしょうな」


 『皇帝の子供たち』か・・・。サリアナもその名は知っている。


 『皇帝の子供たち』とはバルトラウト家が皇位を簒奪したときの皇帝ガニスが創設した騎士養成所の出身者のことだ。多くは黒騎士団に所属している。5歳前後から才能のあるものを集めて訓練をしていると聞く。最初はそれほどの効果を上げているとは思えなかったが、近年では非常に才能のある強者を生み出し続けている。


 『皇帝の子供たち』、一体どんな訓練をしているのか。まともなものとは思えない。それに最近になって次々と強者を生み出しているのも気になる。本来、貴族のほうが魔力量や魔力適性に優れるはずなのに騎士養成所出身者の多くが平民である。


「それでも、勝てるわけがない戦いを起こす者がいると?」

「まあ、クーデターを起こすとすれば旧貴族派の正義感にかられた若い者たちでしょうなー」


 サリアナには成功するはずのない計画を実行しようとする者の気持ちが分からない。


「そいつらは馬鹿なのか? いや、ネロアはわざと挑発しているのか・・・」

「爺もそう思います」


 剣を持ったこともないような、それも皇帝派にすら嫌われているような者を白騎士団のトップに据える。なるほど、これ以上の挑発はないな・・・。


 ネロアのやつ・・・これではガルディア帝国の力が削がれるどころかバルトラウト家による中央集権化がますます進み、結果ガルディア帝国がより強国になってしまうではないか。


 そうなれば・・・。


「ますます人族との融和は難しくなるでしょうな」


 ルヴァリウス王国は勇者を召喚しガルディア帝国はますます力を付ける・・・。確かに、これは面白くない。


 人族が調子に乗って魔族を滅ぼせるなどと思い上がったことを考えるかもしれない。そうなったとしても魔族が負けるとはサリアナには思えない。自身の力もそうだがジーヴァスやメイヴィスがいて人族に敗れるとは思えない。しかし、勇者たち異世界人に加えてガルディア帝国の黒騎士団・・・厄介なことは確かだ。


 だいたい人族の騎士団は人数が多いので面倒だ。


「それで、爺、何か考えがあるのだろう?」

「いえ、爺に考えなどありません。ただ、ネロアの挑発に乗るとしたら、それが誰かについては思い当たる節があります」


 なるほど、とサリアナは納得した。


 ジギルバルトの個としての力は、弱くはないがサリアナと比べれば大したことはない。その代わりサリアナのために魔族内はもちろん人族の有力国家にも広く情報網を張り巡らしている。その情報収集能力にはサリアナも一目置いている。

 例えば、ルヴェリウス王国が勇者召喚魔法を使用したことは会議でジーヴァスが報告する前からサリアナも、不確実ながら情報を得ていた。もちろんエリルにも伝えていた。エリルは有力な一族の出ではないので、その辺りはサリアナがカバーする必要がある。


「内戦がネロアの思ったものより激しいものになれば、例えば黒騎士団にも相応の被害が出れば・・・反対勢力が一掃されるどころかネロアにとっても痛手となるだろうな」

「もし、そうなれば、そうでしょうな」


 いずれにせよ、ガルディア帝国がこれ以上力を付けるの好ましくないと考えるサリアナに、ジギルバルトが何を言いたいのかは明白だ。


 爺め。相変わらず狸だな。顔はどちらかと言うと老いた狐だが・・・。だが、これはエリル様には報告できない。


 しょうがない。真っ直ぐなエリル様のために泥を被るか・・・。


 サリアナはそう決心するとジギルバルトに話の続きを促した。


「爺、その話もう少し詳しく教えてくれ」

「かしこまりました」 

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 もし少しでも面白い、今後の展開が気になると思っていただけたら、ブックマークへの追加と下記の「☆☆☆☆☆」から評価してもらえるとうれしいです。

 また、忌憚のないご意見、感想などをお待ちしています、読者の反応が一番の励みです。

 よろしくお願いします。

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