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ありふれたクラス転移  作者: たまふひ
第5章(帝国編)
150/181

5-2(プロローグ2).

 ここは、帝国白騎士団副団長を務めるサイモン・ビダル伯爵の帝都ガディスにある屋敷だ。ビダル伯爵はその職務上ほとんどの時間を、領地の屋敷ではなく帝都で過ごしている。


 そのビダル伯爵の執務室で、嫡男のレオナルドは伯爵を問い詰めていた。

 

「父上、白騎士団長に、クラッグソープ卿の後任に、あのカイゲルが就任するとは本当ですか」

「本当だ」


 カイゲル・ホロウ男爵、皇帝派の貴族だ。ここ数年、ドロテア共和国との交易を通じて勢力を伸ばしてきた新興貴族だ。

 ドロテア共和国は武力の面ではガルディア帝国やルヴェリウス王国には一歩劣るというのが大方の見方だが経済的には最も豊かである。バイラル大陸の国々と交易しておりバイラル大陸産の珍しい織物は貴族の間で人気がある。レオナルド自身が興味があるのは織物などより武器や防具である。実際にレオナルドの愛剣はバイラル大陸製である。バイラル大陸の一部の種族の人々の中に鍛冶系の固有魔法を持つ者が多くいるらしくバイラル大陸製の武器や防具の性能には定評がある。また使われている素材から見てバイラル大陸には上位の魔物が多く生息しそれらを倒せる身体能力強化や魔法に優れている者が多く存在するのだろうと想像できる。

 そういった品を扱うだけなら何の問題もないのだがカイゲルは大陸東部からの違法奴隷を扱っているとの黒い噂がある。織物、武具の次に人気のあるバイラル大陸産の商品は獣人やエルフの血を引くバイラル大陸の人そのものだからだ。


「それで父上は納得されたのですか?」

「わしが納得するとかの問題ではないだろう」

「では、何もされていないのですか」

「逆に聞くが、わしがどうすればよかったというのだ」


 そうだ、レオナルドが父の立場であっても何もできない。それでもレオナルドは父が、白騎士団の副団長であるビダル伯爵が何もしないことに怒りを抑えることができなかった。


「父上とてカイゲルの噂をご存じないわけではないでしょう」


 カイゲル・ホロウ男爵は驚くほどいい噂を聞かない男だ。大陸東部からの違法奴隷の件のほかにも、支援している孤児院から容姿の良い少女ばかり屋敷に雇っているとか、そんな噂ばかりだ。そもそも皇帝派の中でも好かれてはいないはずだ。あんなに太った男に剣を握れるのかどうかすら怪しい。そんな男を白騎士団長に任命するとは、明らかに白騎士団を弱体化させようとしているとかしか思えない。悔しいがその役目にカイゲル以上に相応しい男もいないだろう。


「ふん、あの程度の小悪人は旧貴族派の中にもいくらでもおるわ」

「父上」


 バルトラウト家の専横の抵抗勢力となっている旧貴族たち。その牙城の一つが帝国白騎士団だ。しかし、皇帝ネロア・バルトラウトはついに白騎士団のトップに皇帝派の貴族を据えることを決断した。しかも、あのカイゲルをだ。

 これで、白騎士団は弱体化し、ますますガルディア帝国はバルトラウト家を中心とした中央集権国家としての道を突き進むことになるだろう。それはビダル家などの旧貴族派がますます力を失うことを意味していた。


 レオナルド・ビダルは帝国白騎士団第三大隊長だ。いずれは父の後をついで副団長、いやできれば団長にとの思いで努力してきた。


 レオナルドの母は、かっての皇帝トリスゼン家の血を引く名門ヴァルデマール侯爵家の出だ。幼いころからレオナルドは母からバルトラウト家の専横振りを聞かされていた。母はレオナルドに世が世であれば自分は王妃にさえなれたのだと話した。レオナルドにとって美しい母は自慢だった。いつか母の願いを叶え旧貴族の復権を果たしたいと思っていた。そのためにはまずは白騎士団のトップになることがレオナルドの目標になった。


「母上にはなんと」

「事実だけを伝えた」

「そうですか」


 ずいぶん前から父と母の間は冷え切っている。

 あのときもそうだった。レオナルドは一人の少女を思い出す。


 ある日、父は屋敷に一人の少女を連れてきた。名をアデレイドといった。元冒険者の両親を魔物に殺された孤児だ。アデレイドは孤児院に引き取られていたが、その身体能力強化が極めて優れていることが父の耳にはいった。その孤児院の経営に父が関わっていたからだ。別に父が慈悲深いからではない。貴族としての体面を保つための施策の一つにすぎない。

 どうやら父はわざわざ自分でアデレイドを見に行ったらしい。アデレイドはすぐに父のお眼鏡にかなった。そして義妹いもうととしてレオナルドの前に突然現れたのだ。養女にまでしたのはレオナルドも驚いた。父が何を思ってそうしたのかは分からない。

 母はもちろん反対した。気位の高い母にとってビダル家に平民の子供が入り込むなど認められることではなかった。だが、父にとって母の反対などなんの障害にもならなかった。今のヴァルデマール侯爵家には大した力はない。母のほうもそれが分かっていたのか、レオナルドの予想よりはあっさりと折れ少女を受け入れた。だが問題は少女のほうだった。少女は誰にも心を開いていなかったからだ。


「ヒューのとこに行ってきます」


 レオナルドは父の返事も聞かずに執務室を出た。





★★★





「それでレオ、どうしようってんだ」


 レオナルドの友人にして白騎士団第二大隊の第三部隊長であるヒューバート・メンターは、怒りで興奮しメンター家の屋敷に押し掛けたレオナルドに対して冷静に接していた。


「・・・」

「結局、お前にだってどうしようもできないんだろ。親父さんばかり責めてもしかたないだろう。いずれこうなることは分かっていた。今回の件で旧貴族派からも皇帝派に鞍替えするものが出てくるだろう」

「そうかもしれないが、そう多くはないだろう」

「そりゃそうだ」


 今旧貴族派に残っている者は、そもそも旧貴族としてプライドが高い者ばかりであり、今更簡単に鞍替えなどしない。そういうやつはもうとっくに皇帝派になっている。


「プライドだけの奴らには、何もできない」


 レオナルドとて旧貴族派が何もできないことは分かっている。いや自分だって結局何もできない。


 ガルディア帝国には二つの騎士団がある。帝国白騎士団と帝国黒騎士団だ。

 帝国黒騎士団はバルトラウト家の私兵にも似た騎士団だ。そもそも200年前に皇位を簒奪したガニス・バルトラウトが創設し皇位を簒奪する原動力となった騎士団なのだからバルトラウト家への忠誠心が高いのは当然である。

 対して帝国白騎士団はバルトラウト家が皇位を簒奪する以前にその起源を遡る伝統のある騎士団である。帝国白騎士団には、古い貴族家・・・旧貴族派と呼ばれている・・・出身者が多い。


 レオナルドのビダル家やヒューバートのメンター家は代表的な旧貴族である。


「だがな、レオ、お前の言う通り今回ばかりは俺もこのまま黙っているわけにはいかない」


 突然、ヒューバート声を顰めてそう言った。


 レオナルドがヒューバートの顔を見ると思った以上に真剣な表情だ。それを見たレオナルドは「せめて、ヴァルデマール侯爵が動いてくれれば」と思わず呟いていた。 


 ヴァルデマール侯爵家は旧貴族と揶揄される貴族家の旗頭的存在である。ヴァルデマール家は、バルトラウト家が弑逆した皇帝エーリク・トリスゼンの弟の血を引いた家だ。現在の当主であるクリストフ・ヴァルデマール侯爵はレオナルドの母の弟でもある。


 約200年前、30年戦争と呼ばれる人族と魔族の争いが一旦終息してすぐのことだ。ガニス・バルトラウトは当時の皇帝エーリク・トリスゼンを弑して皇帝となった。ガニスは冒険者出身で中央山脈に住むをドラゴンを倒したと伝えられている。SS級冒険者のガニスは正式に帝国貴族として迎えられ黒騎士団を創設し自ら騎士団長におさまった。

 ガルディア帝国が領土広げるのに大いに貢献したガニスを皇帝エーリク・トリスゼンは信用し重用した。そして信用しすぎて、ガニスによる軍事クーデターよりエーリクは皇位を失うことになった。最強の武力を持つ黒騎士団を率い、自らもドラゴンすら倒す強者であるガニスに対抗する術をエーリクは持たなかった。

 白騎士団も動いたが、その動きは鈍く帝都を制圧したガニスに対して、紆余曲折はあったが、少なくとも表面上は忠誠を誓うことになった。それ以来、白騎士団はゆっくりと弱体化している。それでも地方領主が多い旧貴族派の後ろ盾によりバルトラウト家に対する一定の歯止めの役割を果たしつつ今日まで存続している。

 そもそも規模としては今でも白騎士団のほうが大きい。しかし、獣騎士団や『皇帝の子供たち』と呼ばれる騎士養成所出身者を始め多くの精鋭を有する黒騎士団のほうが明らかに実力は上だ。それでも、まだ白騎士団は一定の力を有している。


 だが、それもカイゲルが白騎士団長になれば・・・。


「実はな、ここだけの話しだが、俺はすでにクリストフ様と話をした」

「話? どんな?」

「ここは立ち上がるべきときだと、俺はクリストフ様に告げた」


 ヒュー、立ち上がるって、お前まさか・・・。


「だが、断られた」


 レオナルドは肩の力が抜けるのを感じた。ヒューを焚きつけようとここまでやってきたのに、レオナルドのほうが覚悟が足りていないようだ。


 クリストフは臆病だ。200年前にガニス・バルトラウトがやったことをクリストフがやり返せるとは思えない。ヒューが断られたのは当然だ。


「だが、レオナルド、俺はもう一度クリストフ様と話をしてみるつもりだ」


 いや、何度説得して無駄だ。

 あのクリストフにそんな度胸はない。


 レオネルドは怒りにまかせてヒューの屋敷まで来たのに、自分が結局何もできないことを確認した上、さらに自分がクリストフと同じで臆病なことを自覚しただけだった。


 それに比べてヒューは・・・。レオナルドは普段飄々としているヒューが自分よりよっぽど肝が座っていると感心した。 


「レオ、これでも俺は結構怒ってるんだ。さすがにカイゲルはないだろう」

「そうだな」

「とにかくクリストフ様は、俺が説得する。説得できた暁にはレオ、お前も協力してくれるな?」

「そ、それはもちろんだ」


 だが、クリストフに話してみたところで何かができるとは、レオナルドには思えない。それにクリストフは、とても臆病な男だ。ヒューの説得に応じることはないだろう。


 それでもヒューバートはレオナルドに「俺に任しとけ」と言う。確かに甥であるレオナルドは臆病なクリストフをあまり好いておらずクリストフにもそれが分かるのかお互いに親しいとは言えない間柄だ。一方で誰に対しても気さくなヒューバートは旧貴族派の一人としてクリストフのお気に入りだ。


「ところで、中央山脈あたりの魔物が活発化しているらしいな」


 この話は終わりだとばかりにヒューバートは話題を変えた。


「ああ」

「来週あたりにはうちの部隊を率いて討伐だ。こんなときにな」


 ヒューバートは第二大隊の第三部隊長だ。どうやら自分の部隊を率いて魔物狩りに行くらしい。


「まあ、帝都にいたからといって、カイゲルの白騎士団長就任を防げるわけでもない」

「だから、その件については俺がクリストフ様にもう一度相談してみるって言ってるだろ」


 ガルディア帝国の東側は、北東の一部でエニマ王国やドロテア共和国と国境を接しているほかは、中央山脈に面している。魔物被害が多い地域だ。地方での魔物討伐は主に白騎士団の任務だ。地方には旧貴族が多い。

 反対に帝都の警備や他国との国境の警備は主に黒騎士団が担当している。特に皇宮の警備には黒騎士団の精鋭があたっている。さらにいえば帝都の警備には、あの黒騎士団第三大隊が加わっている。あのと言ったのは黒騎士団第三大隊が獣騎士団とも呼ばれ非常に有名だからだ。獣騎士団を率いているのはケルカという名の女だ。第三大隊は大隊といいながらたった10人の騎士団だ。だが、使役魔法が得意なものばかりで編成されていおり、10人は魔族も顔負けの強力な魔物を使役している。その代表であるケルカの使役する3体のワイバーンが今日も帝都の空を旋回している。今では、帝都の住人はその姿を見ても驚かないくらいには慣れている。


「とにかく俺はしばらく魔物狩りで忙しい。その後クリストフ様にも相談してみるから待っていてくれ」


 待っていてくれと言われても、そもそもレオナルドにできることはない。いくらバルトラウト家に反感を持ったところで今更なにができるのか? ヒューバートの勢いにレオナルドは返って冷静になっていた。


 ヒューは本当にクリストフ様を担ぎ上げて200年前にバルトラウト家がやったように武力で皇位を簒奪しようとでもいうのか?


 俺は何を考えているんだ。ばかばかしい。


 レオナルドは「魔物狩りとはいえ油断するなよ」とだけ言って友人の下を辞去した。

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使役魔法!!使役魔法がグイグイくる感じでしょうか??
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