閑話2-1.
私は、ハル様とその婚約者ユイ様の騎士クレアだ。
今は私とハル様、ユイ様の3人は私の故郷でもあるガルディア帝国に向かっている。私とユイ様がスレイプニルのプニプニに乗って、ハル様が普通の馬に乗っての旅だ。私はハル様とユイ様に二人でプニプニに乗るように勧めたのだが、ユイ様が私と一緒にプニプニ乗りたいと言って譲らずこうなったのだ。
それはともかく、ハル様もユイ様も私が騎士として仕えるのに相応しい方だ。
私はガルディア帝国の騎士だったのだが、ルヴェリウス王国の騎士団に潜り込んでスパイ活動をしていた。実は私の本当の名前はアデレイド・ビダルだ。ビダルは帝国で両親を魔物に殺されて孤児になっていた私を引き取ってくれた貴族の家名だ。
でも今はハル様とユイ様の騎士で、ただのクレアだ。私はそれにとても満足している。
いろいろあって私はルヴェリウス王国でハル様とユイ様の二人を殺そうとした。それが原因で私とハル様はイデラ大樹海というこの世で最も危険な場所に転移してしまった。
私とハル様の心の距離は、イデラ大樹海で生死を共にした結果、縮まった。ある日、私はこれまでの私のことを、私がスパイになった経緯をハル様に話した。するとハル様はハル様とユイ様を殺そうとした私のために泣いてくれた。イデラ大樹海でたった二人だけという環境も影響したのか、私はそのとき、これからはハル様のために生きようと決心した。
ハル様は素晴らしい人だ!
その証拠にハル様はイデラ大樹海で会った魔王であるエリル様をもあっという間に魅了してしまった。ハル様は素晴らしい方なのでエリル様があっという間にハル様の虜になったのも無理もない。エリル様はハル様を夫にすると宣言して、私を側室してくれると約束してくれた。ハル様が将来複数の妻を持ってもおかしくないS級以上の冒険者になることは間違いないと思っていたので、私はうれしかった。
でも、そのあとハル様といろいろ話していたら、ハル様が生まれた世界では妻は一人と決まっているそうだ。そうであるならハル様の奥様はユイ様に決まっている。私は少し残念だったが、私はハル様とユイ様を殺そうとしたのだ。まだ、その罪を償えていない。神様がハル様の側室になって幸せになるなんてまだ早いと言っているのだ。側室になろうがなるまいがハル様が仕えるのに値する主人であることに変わりはない。そんな私を受け入れてくれたユイ様も恩人だ。
だから、これからもお二人のために誠意をもってお仕えするのは当然のことだ。でもエリル様のことがちょっと心配だ。なんといってもエリル様は魔王なのだから。それに、私自身も若い女であることには変わりないので、ユイ様を心配させないようにしなくては・・・。
仕えるといえば、ハル様は私が最初に奴隷になると言うと絶対にダメだと言った。ハル様は私に奴隷としてハル様の言うままに行動するのではなく、自分の考えで行動しなければダメだと教えてくれた。それで私は奴隷ではなくハル様の騎士になると決心したのだった。
イデラ大樹海で私のために泣いてくれたハル様・・・。
ヒュドラが現れてハル様に逃るように言っても私と一緒に戦うといって譲らなかったハル様・・・。
トドスの街で私に赤龍剣を授けてくれたハル様・・・。
今思い出しても胸が熱くなる。
それに、テルツの街でユイ様がジークフリート様の妻になっているとの噂を聞いて私の胸で泣いていたハル様。あのとき私はそっとハル様の頭を撫でた。まるで子供のようなハル様はとても愛おしかった。
結局ユイ様はジークフリート様の奥さんにはなっていなくて、神聖シズカイ教国での出来事の後、ハル様はとうとうユイ様をその手に取り戻した。
本当に良かった。あのときは、私も思わず泣いてしまった。
私はハル様と出会って以降、感情の起伏が大きくなってきている気がする。以前の私に対する評価と言えば、何事にも動じない表情があまり変わらない冷たい女というものだったのに・・・。
ユイ様も私を騎士として受け入れて下さり、今はこうして3人で旅をしている。
最近では街に泊まるときは私とユイ様が同室だ。私はユイ様とハル様が一緒にと勧めたがユイ様が首を縦に振らずこうなっている。
ユイ様は私からハル様のことを聞くのが好きだ。イデラ大樹海でのこと、トドスでのこと、それにシズカディアでのことを私はユイ様に話す。私が夢中になってハル様の活躍や素晴らしさを話すのをユイ様はうれしそうに聞いている。ハル様と離れ離れになっていた時間を埋めようとしているみたいだ。そう言えば、こないだユイ様が逆にハル様とユイ様の子供の頃の話をしてくれた。私には日本という国はよく分からないけど子供のハル様を守るユイ様の話は面白かった。
ある日の晩、いつものように私がハル様のすばらしさを力説した後、ユイ様が「クレア、私ね、ジークの奥さんになったほうがいいのかなって、そんな考えが頭に浮かんだことがあったの」と言った。
「もうハルが死んでるんじゃないかと思って、心細かったの」
ユイ様の立場では、それは仕方がないと思う。それにその原因を作ったのは私だ。
ハル様と私は、エリル様からユイ様が生きている可能性やいる場所についての情報を得た。あれでハル様は凄く元気を取り戻した。それに対してユイ様はハル様の情報が何も無い中でハル様を待ち続けていた。普通に考えればハル様が死んでいるんじゃないかと思うのは当然のことだ。異世界から来たユイ様が、ハル様が死んでいるかもしれないと思えば、生きていくためにいろいろ考えるのは当たり前だと思う。
「ユイ様、申し訳ありません」
「あ、ごめんね。クレアを責めてるんじゃないの。ちょっと自分が情けなくて」
「そんなことはありません。あんなことがあったのに、ユイ様はハル様を待ち続けて・・・」
「どうして、クレアが泣いているの?」
私は泣いているのか・・・。以前の私なら考えられないことだ。
「それに、こうして私を受け入れて下さったユイ様はハル様と同じくらい素晴らしい人です」
「クレア・・・」
ユイ様は私を抱きしめてくれた。その日は同じベッドで二人で寝た。ユイ様は寝言でハル様を呼んでいた。離れ離れのときはどんなに心細かっただろう。お二人が再会できて本当に良かった。
イデラ大樹海ではいつもハル様が隣で寝ていた。今はハル様は別の部屋で寝ている。ちょっと寂しいと思うこともあるけど、ユイ様と一緒も悪くない。
次の目的地は私の故郷であるガルディア帝国だ。
「クレア、もう少しでクレアの故郷のガルディア帝国だね」
私の後ろでプニプニに乗っているユイ様が話しかけてきた。
「はい」
「クレアは故郷で会いたい人とかはいないの?」
ハル様とユイ様は私がガルディア帝国のスパイになった経緯を知っている。
「そうですね。会いたいと言うか、決着をつけたいと思っていることはありますが・・・」
そう、レオは、今どうしているのか・・・。気になることはある。でも、それで私はどうしたいのだろう?
自分自身の気持ちがまだよく分らない。
ハル様が馬をプニプニに寄せてきた。私はハル様を見た。相変わらず優しそうで恰好いい。
「さっきの街で聞いた噂が気になるから、中央山脈寄りを北上して帝都ガディスを目指そうと思うんだけどいいかな?」
ガルディア帝国の東側、中央山脈寄りの北部で魔物の活動が活発化していると言う噂がある。ハル様とユイ様は、それに魔族の四天王メイヴィスとハル様とユイ様の友人であるヤスヒコ様が関係しているのではないかと気にしているのだ。
ヤスヒコ様はハル様の一番の友人だったのだが魔族の眷属になってしまった。それはもう一人の友人であるアカネ様が魔素不適合症で亡くなってしまったのが切っ掛けだ。そのことを神聖シズカイ教国でヤスヒコ様との戦いの中で知ったハル様は、とても悲しんでいる。もちろんユイ様もだ。
私は慰めの言葉をかけることも憚られ、その件については何もできない。
ハル様の言葉にユイ様が「そうね」と返事をして、私も「はい」と同意した。こうして私たち3人は少し遠回りになるけどガルディア帝国の東側を北上して帝都ガディスを目指すことになった。
これまで訪れたイデラ大樹海を始めとした場所や街ではいろいろなことがあった。そういえば、こないだ初めて歌物語を見た。魔女の呪いでゴブリンに変えられていたお姫様が王子様のキスで元に戻って幸せになる話だった。王子様が魔琴を演奏すると悪者が踊り出すとこが面白かった。でもゴブリンにキスするなんて王子様も勇気がある。ハル様とユイ様のおかげでいろんなことが経験できる。私の故郷ガルディア帝国ではどんなことが待ち受けているのだろう?
私は隣で馬に乗っているハル様を見た。後ろにはユイ様の気配を感じる。
私はプニプニをそっと撫でる。
3人でなら、どんなことでも乗り越えられる。そう思ったら少し前向きな気持ちになってきた。
私はこれからもお二人の盾であり剣だ!
次はいよいよ第5章「帝国編」に入ります。
第5章は、ややシリアスよりだった第4章に比べて、S級冒険者になった主人公たちが活躍するエンタテインメントよりの章になる予定です。




