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閑話1ー9(真相).

 解決編です。ちょっと長いですが、解決編を途中で切るわけにもいかずこうなりました。楽しんでいただけると幸いです。

 結局僕たちは、デュパンの死によって捜査を中断した。近いうちに旅を再開しこの国を出る予定だ。とりあえずの目的地であるガルディア帝国へはもう少しだ。ガルディア帝国はクレアの故郷でもある。


「ホメロスさんの言う通りで最後の最後でデュパンってまた名を上げたよね」

「そうですね。デュパンが活躍していたのはもう15年も前のことで、最近では話題になることも少なくなっていたと宿の女将さんも言ってました」

「それが最後にアルデハイルから脱獄した上、ホメロスさんの家の裏庭で死んで発見されたんだから、そりゃあ話題にもなるよねー」


 一時はホメロスさんかハドソンさんが殺したんじゃないかって噂もあったけど、あの日二人はブルク劇場に『魔琴』を見に行っていて多くの目撃者がいたので疑いはすぐに晴れた。もちろん、あの死体は死んだばかりだったから、それでアリバイが証明されたわけじゃない。だけど劇場から帰ってすぐ、たまたまデュパンが現れていきなり胸を刺して殺したなんてありそうもない。もちろん、脱獄したデュパンがホメロスさんに復讐するために現れて返り討ちにされた。そんなふうに考える人がいなかったわけじゃない。でも知られている二人の性格からもそれはありそうにないというのが大方の見方だった。それとあのナイフはデュパンが捕まる前に盗んだお宝の一つ血吸の短剣だった。最後はデュパンの血を吸ったのだ。デュパンがロスト病でもう先が長くなかったのも本当だった。結局、デュパンの死は自殺だと結論づけられた。自分で胸を刺すこともできなくはない。


「ねえハル、私たちも歌物語っていうのを見に行ってみたいよね」

「この街にいる間に3人で行ってみようか」

「ハル様、ユイ様、私、生まれてから一度も歌物語って見たことがなくて。レドムは芸術の街としても知られています。中でもブルク劇場は私ですら名前を知っている有名な劇場です。支配人のシラネーダは凄いやり手だって評判です」


 誰でもその名を知るシラネーダか。


「それはそうとハル様、やっぱりデュパンって自殺だったんでしょうか?」

「たぶんそうだろうね。シュリット副監獄長から聞いたロスド病でもう長くなかったって話も本当だったみたいだしね」


 ロスド病はこの世界の病気の中ではかなり一般的なもので40歳以降に発病することが多い。徐々に衰弱して食事も取れなくなって死に至る病で回復魔法も効かない。


「でも自殺だったとしても脱獄したことは事実でしょう? 最後に自分を捕まえたホメロスさんに謎掛けをしたんだよね。今度の勝負はデュパンの勝ちってこと?」

「どうだろう」


 ユイが僕の顔を覗き込むように見る。ユイって、まつ毛が長いなー。


「ハル、デュパンがどうやって脱獄したか解かってるんだよね。あっさり捜査を中止しちゃったし」

「仮説ならあるよ。たぶんホメロスさんも気がついてる」

「じゃあ、なんで」

「たぶん自殺だし、誰にも迷惑をかけているわけじゃないから、ホメロスさんも真相を発表するつもりはないんじゃないかなー。いやアルデハイルには迷惑かけてるのかな」

「デュパンの脱獄は謎のままがいいってことかー。でもハル、私たちには話してくれるんでしょう。その仮説」

「私も知りたいです」


 まあ、僕も本当は話したかった。こういうとこは我ながら子供っぽい。ユイやクレアに凄いとか言って褒めてもらいたいのだ。


「えっと、まず共犯者がいないと成立しないんだ」

「ちょっと待って、私の推理を聞いて」

「うん」

「私ね。目撃者の一人が共犯者だと思う。だってそれなら目撃者の前で消えたとかは謎じゃなくなるでしょう」

「でも、ユイ様、デュパンが消えたと証言したのは一人ではありませんよ」

「まあ、それはそうなんだけど、でも一番不思議なのは、セトさんの話でしょう?」


 C級冒険者のセトさんは通りの突き当りで使われていない宿の扉の前に立っていたデュパンが、セトさんの見ている前で忽然と消えたと証言した。


「でもユイ様、デグラムさんも」


 港湾労働者のデグラムさんは目の前でとまでは言わなかったけど、街灯に照らされたベンチに座っていたデュパンが気がついたら消えていたと言っていた。


「そっかー。じゃあ看守が共犯っていうのはどうかな? それなら脱獄は簡単なんじゃあ。でもちょっとつまんないね。それにセトさんたちの目の前で消えた謎は残るのかー」

「ユイ、アルデハイルは一度囚人として登録されると登録された収監期間が過ぎないと絶対に出られないんだ。シュリットさんも言ってたでしょう。詳しいことは教えてもらえなかったけど囚人登録の解除は看守が協力しても簡単にはできないんだ。デュパンは終身刑だったから当然刑期も終わっていない」

「でも盗みで終身刑って重すぎるよね」

「まあ、この世界で貴族を相手にばかり罪を犯してるからね。日本の法律とは違う。それに一般的な犯罪者は犯罪奴隷になるのが普通だからアルデハイルなんかに入れられるような犯罪者はたいてい終身刑らしいよ」

「そうなんだ。ハルよく知っているね」

「いやシュリットさんから聞いたんだよ。ユイもその場にいたでしょう」

「えー、そうだっけ」

「デュパンのことを尋ねる前に、ハル様がシュリットさんとそのようなことを話してました」

「ユイはもっと人の話を聞いたほうがいいね」

「うーん、なんか素直になれないけど、分かったよ」


 ユイのちょっと怒った顔も可愛い。


「なんなのよ」

「いや、ユイの怒った顔も可愛いなって思って」

「なっ!」

「ハル様、そういうとこです。ユイ様だからいいですけど、ユイ様以外にはそんな態度をとってはいけませんよ」

「クレア! ユイ以外にって何を言ってるの。大体この世界にそんなに知り合いもいないのに」

「でもエリル様に対する態度もそんな感じでしたよ」

「やっぱりそうなんだ」

「はい、ユイ様」

「ご、誤解だよ」


 ちょっとまずいほうに話が逸れてる。


「えっと、それで共犯者だけど、たぶんサイラスさんじゃないかと思うんだ。証拠はないけどね」

「サイラスさんってA級冒険者の」

「うん」

「サイラスさんは昔デュパンからの施しで借金奴隷を免れて、そのあと努力してA級冒険者になったんだよね。確かにデュパンに協力してもおかしくないけど」

「ハル様、デュパンに感謝している人はサイラスさん以外にもたくさんいます。なぜサイラスさんを疑っているのですか?」

「サイラスさんがこの街で数少ないA級冒険者の一人だからだよ」

「ハル、A級冒険者だからってアルデハイル監獄を破れるものなの?」

「A級冒険者なら持っているだろうものが重要なんだよ」

「持ってるもの?」

「アイテムボックスだよ」


 アイテムボックスは貴重で高価なアイテムだ。だがA級以上の冒険者なら持っているのが普通だ。


「アイテムボックスを使って脱獄させたっていうの?」

「サイラスさんは、この辺りでは最上位の冒険者でよく近隣の街からも依頼されて遠征している。よく街を留守にしているんだ」

「デリカさんがそんなことを言ってましたね」

「うん、サイラスさんはときどきアルデハイル監獄のデュパンと面会してたんじゃないかな。アルデハイルは一度登録した囚人は絶対に外に出られない施設だけど比較的面会は自由にできる」

「ハル様の言う通りです。シュリット副監獄長がそう言っていました」

「そのときアイテムボックスを使ったっていうの?」

「うん」

「でも、ハル様」

「そう、アイテムボックスには生きた生物は入れられない」

「まさか・・・」

「そのまさかだよ、ユイ。サイラスさんは目の前で自殺したデュパンの死体をアイテムボックスに入れてアルデハイルから持ち出したんだ。アイテムボックスの機能は、自分の周りの一定の範囲内にあるものを一瞬で収納できる・・・だよ」

「・・・」

「アルデハイル監獄は絶対に囚人を生きたままで外に出すことはない。でも死体なら出れるんだ」

「シュリット副監獄長は面会はアルデハイル監獄の専用の建物で行われるって言ってた。もちろん建物は見張られてたとは思うけど、あの口振りでは大して厳重じゃなかったんじゃないかな。サイラスさんが建物を出て、デュパンは?って聞かれても、先に出ていきましたよ、くらいで済んだんじゃないかな。もちろんすべて想像だけどね」


 シュリット副監獄長の口振りでは、囚人の脱獄を防ぐのは失われた文明の遺物としてのアルデハイル監獄の機能に委ねられていた。そして、それには絶対の信頼が置かれている。でもそれこそが盲点になっていたんだと思う。アルデハイル監獄の機能を信頼するあまりに人の目による監視がおろそかになっていた。入口の詰め所にすら4人しかいなかった。あんなに大きな監獄なのに。

 

「でもホメロスさんのとこで見たデュパンの死体からはまだ血が流れていて・・・」

「ユイ、アイテムボックスの中では時間は停止しているんだ。正確には極端に時間が進むのが遅くなっているらしいけどね」


 おそらくデュパンは血が飛び散らないように一瞬で深く胸を刺した。アイテムボックスがどうやって生物の生き死にを判定しているのかは分からない。だけど、それで十分なはずだ。高位の冒険者たちは討伐したばかりの魔物の死体を毎日のようにアイテムボックに収納している。


「そうか。そうだよね」

「ハル様、では目撃者たちが見たのは」

「死体だよ」

「死体を目撃させたのですか」

「うん。目撃されたのはいずれも夕方か、暗い場所だ。時間停止機能のおかげで死後硬直も始まってない死体を見せたんだ。目撃させた後はアイテムボックスにすぐ回収した。アイテムボックスの機能を使えば自分を中心に一定の範囲内にあるものを一瞬で収納できるんだから、近くに隠れていても収納はできるんだよ。例えばセトさんのときは封鎖されている宿屋の扉の後ろにでもいたんだろうね。まだ死後硬直が始まってないから、デュパンが立って扉にもたれかかってるように見せかけるための支えとか仕掛けくらいはあったかもしれないね。セトさんがもっとよく扉を調べていたら何か分かったかもしれないよ。セトさんはとにかく目の前で消えたことで物理的な仕掛けはないって決めつけていたような口振りだったからね。あとデグラムさんのときはベンチこそ街灯に照らされていたけどかなり遅い時間だから周りは暗かったはずだ。街路樹が揺れていたって言ってたからサイラスさんは木の後ろにでも隠れていたのかもしれない。それどころかデグラムさんが話を聞いた人の中にサイラスさんがいた可能性だってある」

「でもハル、目撃証言の中には建物の屋根を伝って移動している姿とかもあったはずだよ」

「それはサイラスさんがデュパンを装ったものだよ。僕たちが話を聞いた目撃者のうちはっきり顔を見たのはデグラムさん、ロデリコさん、セトさんの3人だ。そしてその3人が顔を見たときには、デュパンは動いてないんだ。ベンチに座っていた、屋根に座っていた、扉にもたれ掛かっていた、いずれも動いていない。そして動いているデュパンが目撃されたときには顔をはっきりとは見せていないんだ。ゼッツさんやデリカさんがそうだ。ロデリコさんやセトさんだって追いかけているときには顔は見ていない。黒い手袋、黒いブーツ、それに赤いマントっていう特徴的な格好さえしてれば十分だったんだ。B級冒険者のデリカさんが追いつけなかったことをみてもA級のサイラスさんの可能性が高いと思う」

「そっか、顔をはっきり確認したって目撃証言ではデュパンは動いてなくて、それは死体を見せられたもの。動いている姿を見たって目撃証言はデュパンに化けていたサイラスさんを見たもので、その場合は顔をはっきりとは見ていない。そういうことだよね」

「うん」


 僕は動いているデュパンの顔を誰も確認していないことに気がついていた。反対に顔を見られたデュパンは静止していたのだ。

 

「それでハル様は目撃者にその辺りをしつこく確認していたのですね」


 しばらくの沈黙のあと、ユイが「ハル、いつ気がついていたの?」と尋ねてきた。


「ハル様、もしかして最初から・・・」

「クレアさすがにそれはないよ。セトさんから扉の前にいたデュパンが消えたって話を聞いたとき漠然とした考えが浮かんで、そのあとデリカさんの話の途中でサイラスさんを見て、あとはシュリット副監獄長と話をして確信したって感じかな。アルデハイル監獄の機能を信頼し過ぎて人の目での監視とかは緩い気がしたんだ」

「それじゃあ、ホメロスさんの家を訪ねたのは・・・」

「うん、方法は分かったとして、そんな事をした目的を考えたんだ。最後に自分を捕まえたホメロスさんに謎掛けをするっていうか。自分の考えた方法で脱獄して見せて・・・。うーん、言ってみればもう先の長くなかったデュパンがホメロスさんに最後の挨拶をしに行くんじゃないかなって思ったんだよ」

「ホメロスさんへの最後の挨拶ですか」

「そう、『シャイロック・ホメロスへの最後の挨拶』だ。それにそのことによってデュパンが脱獄したことは確かな事実となる。そっくりさんとかデュパンに化けた偽物じゃなくて本人の死体が見つかったんだからね。しかも場所は名探偵ホメロスの屋敷の裏庭だ。これ以上の証拠はないよ。計画にはデュパンに恩のあるサイラスさんが協力した。サイラスさんは、デュパンの目撃者が増えて十分にデュパン脱獄の噂が広まった後、最後に死んだばかりのデュパンの死体をアイテムボックスから出してホメロスさんの屋敷の裏庭に置いた。生前のデュパンから指示された通りにね」


 おそらくサイラスさんはデュパンの指示で胸に刺さっていたナイフを血吸の短剣に替えたんじゃないかと思う。実際にサイラスさんの目の前で自殺したときに使ったのは違うナイフだろう。それこそ認識阻害の固有魔法でも使ってアルデハイルの中でナイフくらい調達できたのではないだろうか。盗むのはデュパンの十八番だ。


 この件は公表しなくてもいいだろう。ホメロスさんもそう思っている。


 デュパンの死は自殺でサイラスさんが殺したわけじゃないと思う。サイラスさんはもう死期が近かったデュパンに恩を返しただけだ。おかげでデュパンは史上初めてアルデハイルを脱獄した者という名誉を手に入れた。

 それにアルデハイルに囚人として登録された者が生きてアルデハイルを出ることができないことは何も変わっていない。


「ユイ、クレア、ブルグ劇場の次の公演はいつなのか、席に空きはあるのかを確認しにいこうよ」

「そうだね」

「歌物語を見るのは初めてなので凄く楽しみです」

「歌物語を鑑賞したら。次は大きなほうの帝国だ。クレアの故郷だね」

 次話に第5章への橋渡しの役目もあるクレア視点の閑話をひとつ挟んでからは第5章(帝国編)に入ります。お楽しみに。

 短編ミステリーとして書いた閑話はどうだったでしょうか? 異世界とミステリーの融合といった感じで、異世界ものでよくある設定を利用してみたのですが・・・。ミステリーのルールに則ってフェアに書いたつもりなので、分かりやすかったかもしれませんね。

 というわけで「シャーロック・ホームズの最後の挨拶」ならぬ「シャイロック・ホメロスへの最後の挨拶」でした。

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