閑話1ー7.
「ハル様、どうやらあれがアルデハイル監獄みたいですね」
僕たちの進行方向には背の高い壁のようなものが見える。建物は見えない。監獄の建物は壁より低いようだ。僕たちが近づくにつれ壁はどんどん大きくなって一昨日見たばかりのバセスカ大迷宮の入り口を思い出させた。
「凄いね。ハル」
「うん」
バセスカ迷宮も凄かったけどこれも凄い。やはりブリガンド帝国は失われた文明の遺物や遺跡が豊富なようだ。バセスカ迷宮はレドムの北西にあったが、アルデハイルは北東にある。アルデハイル監獄は帝都レドムから日帰りは無理な場所にあるので僕たちはここまで来るのに途中の町で一泊している。いつもようにユイとクレアがプニプニに僕が馬に乗っての移動だ。
やっと、門らしきものの前まで到着した僕たちは呆けたように壁を見上げている。
大きい!
全体が失われた文明の遺物であるアルデハイル監獄の門は堅く閉じられている。僕たちは脇にある詰所のようなところに向かう。
「すみません!」
声をかけると監獄の制服のようなものを着た40代くらいの男の人が詰所のドアから顔を覗かせた。ちらっと中を見ると他にも3人くらいの人がいるようだ。正直に言えばこの世界最大の監獄で失われた文明の遺物であるアルデハイルの詰め所としては簡素な感じだ。
僕は出てきた職員らしき人に「実は・・・」とデュパン脱獄のことを調べていること、それでこの監獄のことについて話を聞きたいことを伝えた。
「冒険者ギルドから紹介を受けて来たんですけど」
「ああ、朝、副監獄長が言ってた冒険者か。だが、確かS級って聞いたんだが・・・」
僕は冒険者証に魔力を通して提示する。
「え、やっぱり、あんたらが・・・」
何度か冒険証と僕の顔を見比べるとやっと納得してくれた。
結局僕たちのS級の冒険者という肩書・・・貴族扱いだ・・・がものいったようで、僕たちはシュリット副監獄長と面談できることになった。
通された副監獄長室はまるで貴族の執務室のような豪華な部屋で、主であるシュリット副監獄長は「おぬしも悪よのう」とでも話しかけてきそうな雰囲気を持った人だった。
シュリット副監獄長は目を細めて僕たちを観察している。この視線には慣れている。僕たちの年齢でS級冒険者だというとかなりの割合で疑いの目で見られる。だが、この世界で冒険者証の信用力は高い。失われた文明の遺物をもとにした技術で作成されている冒険者証を偽造することはできない。
僕たちは世間話のような感じでアルデハイル監獄の歴史や仕組みについて説明を受けた。話が一段落すると、シュリット副監獄長は「それで、みなさんはデュパンのことを聞きたいんでしたな」と本題に入ること告げた。
「この監獄をデュパンが脱獄したという噂はご存じですか」
「噂はもちろん知っています。ですが、それはありえないことです」
「ありえない」
「ええ。先ほども説明した通りでアルデハイルは失われた文明の遺物です。一旦登録した囚人がアルデハイルの外に出ることは絶対にできません」
確かにこの世界に来て以来、失われた文明というのがぶっちゃけ何でもありの超古代文明だというのは度々感じてきた。しかし・・・。
「ですが、アルデハイル監獄自体が脱獄を認めているという噂を聞きました」
僕の発言にシュリット副監獄長は苦々しい顔をした。
「脱獄を認めたわけではありません。ですが・・・」
僕たちはシュリット副監獄長の次の言葉を待った。
「ですが、デュパンの姿が見当たりません」
「それは、脱獄したということでは?」
「いえ、それはありえません」
「でも」
結局、シュリット副監獄長が言いたいのは、脱獄はあり得ないが、デュパンの姿が見えない。監獄中を探しているが見つかっていない。そういこうとだ。
「そういえばハル、デュパンは認識阻害の固有魔法を持ってるって」
「ええ、我々もそれを疑っています。ですが、今のところ見つかっていない」
「なるほど。でもその固有魔法がどの程度のものか僕には分かりませんが、未だに見つからないってことがあるんでしょうか。たしかに大きな監獄ではありますけど」
アルデハイル監獄は街とまでは言えないが町くらいには広い。
「それにデュパンが投獄されてからもう15年ですよね。今になってなぜ」
「分かりません。とにかく分からないことだらけです。ですが脱獄はありえません。我々としてもアルデハイルの信用が揺らぐことは面白くない。まったくもう先が長くないというのに迷惑なことです」
シュリット副監獄長は忌々しそうにそう言った。
「今なんて? もう先が長くないって言いましたか?」
シュリット副監獄長はしまったという顔をすると「これは秘密にしておいてください。囚人にもプライバシーはありますからな。奴はロスド病の末期だったんです」と言った。
ロスド病、癌のようなもので魔物の被害や戦争を除けばこの世界の死因の上位に上がる病気だ。
「もう先が無いから最後の力を振り絞って認識阻害の魔法を使ったのかな?」
「うーん、でも何のために。それにやっぱり未だに見つからないのはおかしいと思う」
「そうだよねー」
「ハル様、誰か協力者がいて脱獄したとか姿を隠しているとかはダメでしょうか?」
「協力者かー」
クレアの言う通りで、デュパンに恩を受けた人はたくさんいるから協力者がいたとしてもおかしくはない。
「例え協力者がいたとしてもここを脱獄することはできません。とにかく一度囚人登録をするとこの監獄自体が囚人を外に出さないのです」
「出ようとするとどうなるのです」
「どうもこうも、敷地の外に出ようとしても動けません。しかもそれは失われた文明の魔導技術によるものですからそれを破ることなどありえません。認識阻害やまして変装とか荷物に隠れてとかそんなことにアルデハイルは騙されません」
300年間誰も脱獄したものはいない。たしかにその程度のことで脱獄できるとは思えない。でもクレアの協力者という発想は悪くない。
「アルデハイル監獄の関係者、失礼ですが例えばシュリットさんが協力すれば囚人登録を解除するこのも可能なのでは?」
アルデハイル監獄は失われた文明の遺物である魔道具だが、使うのはあくまで人だ。その人が協力すればどうだろうか。
「不可能ですな。確かにアルデハイル監獄で囚人登録を解除する仕組みはあります。ですがそれは登録するときと同じで少なくとも3人以上のが立ち会いが必要です。それに詳しいことは言えませんが登録や登録解除の手順は複雑で時間もかかります。とにかくそれは不可能です」
登録や登録解除の具体的な手順を教えてもらうことはできなかった。外部へ漏らすことは禁止されているらしい。まあ、当然だ。だがシュリットさんの言葉を信じるとすれば、それには最低3人の立ち合いが必要で囚人がそれを利用することは絶対に不可能だと言う。もしかしてミステリーでよくあるアルデハイル監獄の関係者全員がグルだとかいうのが正解なのだろうか。
いや、今回はありそうもない。
アルデハイルの関係者がアルデハイルの信用を落とすような出来事を仕組む動機がない。それなら・・・。
「シュリットさん、囚人への面会はできるのですか?」
「ええ、もちろんです。なんせ囚人は絶対に脱獄できないのですから面会も割と簡単にできます」
「簡単というと?」
「監獄の敷地にある面会専用の建物で行われます」
「なるほど、面会者は中に入れるのですね」
なるほど。確かに面会自体は簡単にできそうだ。それだけ囚人が脱獄できないことに自信があるのだろう。
「ええ、もちろん面会者は入ることも出ることもできます。ただし囚人は決して監獄の外にでることはできません。さっきも言った通りで出ようとしても動けないのです」
「そうですか。最近デュパンに面会した者はいますか?」
「いますね」
「それは誰ですか?」
「うーん、いくらS級冒険の方でも、さすがにそれは私の一存では答えられません」
「国からの依頼なら?」
「もちろんそれは協力します。実際にすでに帝国騎士団のほうでも捜査はしているようですな」
とにかく最近面会した者はいる・・・か。
「さっきも言いましたが、例え協力者がいても脱獄はできません。とにかく一度囚人としてここに収容されたら収監期間が終わるまで生きてここを出ることは決してできないのです」
結局そのあとも、脱獄はできないが姿は見えない。分かっているのはそれだけだという話の繰り返しで、シュリット副監獄長との面会は終了した。
「ねえ、この後どうするの?」
「そうだなー」
僕たちはアルデハイル監獄を出て帝都レドムへの帰路についている。
「そうだ、このまま名探偵のところへ寄ってみようか」
「名探偵はハル様なのでは?」
クレアがプニプニの頭を撫でながら言った。
「クレア、ハルが言ったのはシャイロック・ホメロスのことだよ。デュパンを捕まえた」
クレアがそうかとユイに頷いた。
「うん。たしか引退してるんだよね」
「そうそう、レドムの郊外で農場を営んでいるって聞いたよ。で、場所、分かるの?」
「ぜんぜん。でも有名人だからこのままレドムへ向かって、途中で誰かに聞けば分かるんじゃないかな。一旦レドムに帰ったほうがよければそうするし」
「まあ、それでいっか。私も名探偵には興味があるよ」
「分かりました。でも、やっぱりハル様以上の名探偵はいないと思います」
クレアは僕を持ち上げてくれる。
「ふふ、クレアったら、相変わらずね」




