閑話1ー5.
「えっと荷物運びっていうより冒険者に見えるけど」
ユイの言う通りだ。荷物運びでも危険はゼロではないのである程度の武器を持ち防具を着ている。そもそも荷物運びも冒険者だ。それでも、この3人は荷物運びには見えない。声を掛けてきた男の持っている剣は大剣だし、女の人はローブに杖という魔導士の格好だ。年齢は僕たちと同じくらいで確かに若いけど、これはどう見ても荷物運びではないだろう。
「普段は3人でパーティーを組んで冒険者をやってます。でもレドムにS級冒険者の方が来てるって聞いて、えっと、しかも俺たちと同じくらいの年代だって、それで・・・」
「それで私たち、今後の参考にS級冒険者の戦い方とかを見てみたくて、失礼だと思ったんですけど声を掛けさせてもらいました。私たちもっと強くなりたいんです」
「そ、そうなんだ」
リーダーらしい男の人が言いよどんだ後を引き継いで、女の人が僕たちに声を掛けた理由をスラスラと説明してくれた。どの世界でもいざとなると女の人のほうが度胸があるのは共通なようだ。
「事情は分かりました。ただ僕たちは荷物運びは・・・」
「あ、そうですよね。S級冒険者なんだからアイテムボックスを持っていますよね」
女の人がシマッタという顔をしている。
アイテムボックスはとても高価だがA級以上の冒険者なら持っているのが普通だ。僕たちはS級冒険者であることもアイテムボックスを持っていることも隠していない。
アイテムボックスは自分の周りから一定の距離にあるものを自由に出し入れできる。生きた生物を入れられないとか、中では時間が停止・・・実際には極端に時間の経過が遅くなっている・・・のはラノベなどの設定と同じだ。これがあると無いでは冒険のし易さは段違いだ。僕とユイはルヴェリウス王国から支給されたものを持っているしクレアにも買っている。
「そうなんだ」
3人はとてもがっかりした表情をしている。レドムにはいないS級冒険者に憧れているのだろうか。なんだかほぼ異世界チートのおかげで強くなっただけの僕としては申し訳ない気分だ。
「よかったら一緒に魔物の討伐に行く? そうだハル、私、迷宮って行ったことがないから案内してもらうのはどうかな?」
「バセスカ迷宮でしたら1階層だけですけど何度も行ってます」
確かに迷宮には興味がある。迷宮はおそらく失われた文明による人為的な施設だ。迷宮内の魔物を討伐すると魔石に変わる。とても不思議な場所だ。この世界最大の迷宮はエニマ王国のエラス大迷宮で今だ攻略中だ。それに比べれば、すでに最下層である5階層まで攻略されているバセスカ迷宮は小規模だが、迷宮がどんなものなのか経験するにはちょうどいい気もする。
「そういえば、クレアって迷宮に行ったことあるの?」
「はい。騎士養成所の訓練で行ったことがあります。ガルディア帝国の帝都ガディスを中心とした皇帝の直轄領から比較的近い場所、確かヴァルデマール侯爵領だったと思います。そこに迷宮があるんです。ただし、あれはエラス大迷宮と同じ地下空間型の迷宮でバセスカ迷宮のような迷路型とは違います」
「そうなんだ」
迷路型のほうがゲームのダンジョンみたいで迷宮らしい気がする。
「私が訓練で行った迷宮はサクラ迷宮と呼ばれていました」
サクラ・・・。
「ハル様どうかされましたか?」
僕はユイと顔見合わせると「ちょっとね」と言って誤魔化した。
「それじゃあ、案内を頼めるかな?」
「はい」
こうして僕たちは、剣士のコルト、盾役のナジル、魔導士のイルティーカの3人とバセスカ迷宮に向かうことになった。デュパンの調査はちょっと休憩だ。
バセスカ迷宮は帝都レドムから北西に徒歩だと半日はかかる場所にある。しかしさすがにレドムの名物の一つである迷宮だけあって街道も整備され定期馬車が出ている。馬車を使えば3時間くらいだ。迷宮に入るのはいたって簡単で、入り口の前ある建物で冒険者証を見せるだけだ。一応冒険者資格のある者しか迷宮の中には入れない。
「ハル、凄いねー!」
バセスカ迷宮の入り口は、想像していた洞窟のようなものではなく、例えるとすれば古代エジプトの神殿のようだった。見上げると首が痛くなるほど大きい。
「冒険者だけでなく観光客もこれを見に来ます」
「分かる」
実際、多くの観光客らしき人たちが神殿のような入り口を見上げている。観光客は中には入れないがこれを見るだけでも十分価値がある。
僕たちは入り口を潜り中に入った。
「入ってしばらく行くと大広間があって、そこまでは安全地帯です」
迷宮の各階層の入り口近くが安全地帯になっているのは書物で得た知識通りだ。コルトの説明を聞きながら先に進む。両側の壁面には魔物らしき姿が描かれているレリーフがあり神聖シズカイ教国での出来事を思い出させた。他の冒険者の姿もちらほら見える。
安全地帯の大広間は、大広間というだけあって本当に広い。なんと地図など冒険に必要なものを売っている店なんかもあってちょっとした町みたいな様相を呈していた。
コルトたちは自身で言っていた通り迷宮には何度も入ったことがあるらしく1階層には詳しかった。というか1階層の探索をほぼ終わっていて、そろそろ2階層にチャレンジしようかという状態だったらしい。
「次はその角を右です」
僕がコルトに2階層への降り口に最短距離で向かいたいと言うと迷うことなく案内してくれる。
最初に現れた魔物はお馴染みのゴブリンだった。あ、という間に、さっと前に出たクレアの剣の露と消えた。そう、文字通り消えて、その場には小さな魔石が残った。
「ほんとうに魔石になっちゃうんだね」
「うん」
アニメなどでよく見る光景とはいえちょっと感動した。しかしもっと感動するものがすぐに現れた。
「ハル、あれ」
「うん」
「スライムだね」
「うん」
僕は頷くことしかできない。スライムは迷宮にしかいない魔物だ。僕はゲームでは序盤から十分にレベルを上げてから次に進むタイプなのでスライムにはずいぶんお世話になった。思ったより大きいけど、なんだか可愛い。
ズサッ!
「あ!」
クレアが正確にスライムの核を狙ってあっという間に倒してしまった。やはりその場に魔石だけが残った。
「・・・」
「凄い!」
同じ大剣使いであるコルトがクレアの剣裁きを本当にキラキラと音がしそうな目で凝視していた。
その後も順調に迷宮を進む。
「思った以上に迷宮に詳しいね」
「本当は迷宮以外の討伐依頼をもっと引き受けたいんです。いろんな素材が手に入りますし。でもそうなると荷物運びを雇う必要があるので」
なるほど、迷宮なら手に入るのは基本魔石だけだからよほどの数を討伐しない限り自力で持ち帰れる。しかし一般の魔物を討伐するとなるとそうはいかない。魔物の中には全ての部位が使えて死体を丸ごと持ち帰ったほうがお金になるものも多い。そうなると荷物運びを雇うことは必須となる。コルトたち駆け出し冒険者にとっては荷物運びを雇うお金も貴重なのだろう。ちなみに3人はD級になったばかりだそうだ。年齢から見ればまったくおかしなことではないどころか優秀な部類である。
「そういえば、迷宮って騎士団とか大人数で攻略したらだめなのかな?」
ユイが質問した。
「僕たちも聞いた話ですけど、あまり大人数で攻略しようとすると出てくる魔物の数も増えるので5人くらいまでが一番いいって分かっているとか聞きました」
まるでゲームみたいだ。
「それに、ここのような迷路みたいな場所では大人数では動き難いかもしれませんね。エラス大迷宮なんかは巨大な地下空間みたいですけど」
しばらくすると、2階層への降り口に到達した。2階層へ降りてすぐの辺りは安全地帯だ。1階層のときと同じで商店などもある。違うのは宿屋らしき建物があることだ。僕たちは安全地帯で少し遅い昼食にした。
「少しだけ2階層を探索したら引き返そう」
今日は日帰りでレドムへ帰るつもりだ。そのためにはそろそろ限界だ。
「そうだね」
「そうだ、コルトたちはデュパン脱獄の噂を知ってるよね」
「もちろんです」
「目撃したこととかは?」
「いえ、それはありません」
コルトの言葉にナジルやイルティーカも頷く。
「そうか」
「ハルさんたちはデュパンに興味があるのですか?」
ここまであまりしゃべらなかったイルティーカが質問してきた。
「デュパンっていうか、デュパン脱獄の謎にね」
「確かにあのアルデハイルから脱獄するなんて不思議ですよね。でもほんとうにデュパンが脱獄したのなら喜んでいる人は多いと思います。冒険者にだってデュパンに感謝している人は多いです」
「そうなんだ」
「ええ、冒険者になるのは案外大変なんです。貧しい者にとってはまず武器や防具を揃えるのにお金がかかります。僕たちより年上の冒険者には貧しい時代にデュパンに助けられた人も多いです」と説明してくれたのは盾役のナジルだ。
「えっとナジとイルティは同じ町の出身なんです。それで」
「私とナジはあんまり裕福な家の出ではないんです。でもコルトと出会って荷物運びからコツコツ頑張って何とかここまで来ました。コルトには感謝しているんです」
僕たちは最初からルヴェリウス王国の庇護のもとにあった。だが一般の人にとって冒険者になるのだってお金がかかるのだ。
「いやー、俺なんて何もしてないよ」
コルトは照れくさそうに頭を掻いている。うん。見ていても気持ちのいいパーティーだ。




