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閑話1ー3.

「これで全部です」


 僕は冒険者ギルドの買い取り窓口で今日の成果であるアシッドウルフの毛皮やブラッディベアの牙などをアイテムボックスから取り出した。食用になるのでブラッディベアの肉もある。アイテムボックスの中にあったブラッディベアの肉は血が滴るように新鮮だ。


 ずらりと並べられた魔物の素材を見て買い取り窓口の担当者は目を丸くしている。


「これを今日一日で」


 魔物の死体をまるごと全部とかは持ってきていないが、素材の種類と数を見れば僕たち3人が一日で相当な数の魔物を討伐したのは分かる。それにブラッディベアは中級の魔物である。中級の魔物を次々討伐できる冒険者はそうはいない。本当はイデラ大樹海で得た神話級や伝説級の魔物の素材だってまだ残っている。

 僕たちは全くお金には困っていないが、こうして訪れた街で冒険者としての活動している。そうでないと不自然だし、それにこれからのことを考えればいろんな経験を積んでもっと強くならなくてはと思っている。


 そういえばコウキたちはどのくらい強くなっているのだろうか?


 ルヴェリウス王国で毎日訓練しているのだから相当な強さになっているはずだ。魔王討伐に行くのも近いのだろうか。だけどエリルとコウキたちを戦わせるのはなんとしても避けなくてはならない。


「ギルドマスターから聞いてはいましたが、こんなに若いのに本当に皆さんS級なんですね」

「ええ、まあ」


 僕たちが今日の成果である魔物の素材の買い取りを済ませると「君がS級冒険者のハルくんなのかい?」と声を掛けてくる男の人がいた。


「えっと、あなたがセトさんですか」


 セトさんはデュパンの目撃者の一人でC級冒険者だ。冒険者ギルドにセトさんと話がしたいと頼んでいた。S級冒険者である僕たちの願いを冒険者ギルドは早々に叶えてくれたようだ。


「それにしても噂以上に若いなー。あ、こんな喋り方は失礼ですね。すみません」


 S級冒険者は貴族扱いするのがすべての国の共通ルールだ。


「いえ、普通でお願いします。見ての通り僕たちはセトさんからみれば若造と言っていい年齢ですし」

「いや、逆にそれが凄いと思うけど。でもお言葉に甘えてこんな感じでいかせてもらうよ」

「はい」


 僕たちは冒険者ギルドに併設されている食堂に場を移すと、さっそくセトさんからデュパンを目撃したときの話を聞いた。


 セトさんが目撃したのはゼッツさんやロデリコさんが目撃したのとは別の日だ。


「ちょうど、その日の討伐を終えてパーティーメンバーたちと南門から戻ってきたところだった。俺はメンバーたちと別れて家に戻る途中だったんだ」

「一人で?」

「ああ実は、あの日は娘が久しぶりに家に帰ってきていてな。エルサは王宮で働いているんだ」

「王宮ですか。なんかそれは凄いですね」

「あー、あいつは俺なんかと違って優秀なんだ」


 セトさんはとてもうれしそうだ。セトさんの話によると一人娘であるエルサさんは王宮で官吏として働いており普段は王宮の敷地内にある官舎に住んでいるらしい。


「パーティーのメンバーもそのことは知っていてな。冒険者ギルドへの報告や獲物の買い取りはやっとくから早く家に帰れって言ってくれたんだ」

「いいメンバーですね」

「ああー、気のいいやつらだ。剣士が二人と魔法使いで3人とも俺と同じC級だけどあいつらはきっとB級になる。ハルくんたちほどじゃないが、あいつらはまだ俺よりはだいぶ若いし優秀なんだ」


 セトさんはパーティーメンバーのことをうれしそうに話す。いいパーティーのようだ。


「そういうわけで俺は5人と別れて家に向かってたんだ」

「5人?」

「ハル様、荷物運びの方を雇っていたのでは」

「ああ、荷物運びが二人いたんだ。最近よく依頼している二人だ。まだ15才で冒険者になったばかりでE級なんだ」


 荷物運び。これも冒険者には必要や役割だ。アイテムボックスを持っているのは概ねA級以上の冒険者だけだ。この世界の成人は15才で、冒険者登録も15才からできる。最初に荷物運びとして経験を積むのはよくあることだ。もちろん、ずっと荷物運びを続ける者もいる。残酷だが身体能力強化や魔法の才能は人によって違うのでそれもまたしかたのないことだ。


「それで5人ですか」

「ああ、とにかく俺は一人で家に向っていた。あの日はいつもよりちょっと遅くまで討伐を続けてたから辺りはもう薄暗かったな。それもあって、あいつら俺にさっさと家に帰れって言ってくれたんだ」

「なるほどいい人たちですね。そして家に帰る途中デュパンを見たんですね」

「そうだ。通りの先に手足が黒くて赤いマントを着た男がいた。最近デュパンの脱獄が噂になっていたから、俺はすぐにデュパンだと思って追いかけた」

「そのときは顔を見たわけじゃないんですよね」

「ああ、そのときはな。暫く追いかけていると、奴がその先が突き当りのはずの角を曲がったんだ」

「突き当り」

「前は宿屋があったんだが経営していた年寄夫婦が引退してそのままになっている。扉も入れないように木で、こうクロスさせるように打ち付けられている」


 セトさんは身振りを交えて説明してくれる。とにかく、その先には扉を誰も入れないように封鎖された宿屋があるだけの場所にデュパンらしき者が入り込んだってわけだ。


「セトさんとそのデュパンらしき男のほかには誰もいなかったんですよね?」

「もう経営してない宿屋に用がある奴なんていないだろうし、あの辺りは商店とかもないからもともと人通りは少ないんだ」

「なるほど」

「それで俺も奴を追って角を曲がった」


 そこでセトさんは一息置いた。


「角を曲がると突き当りに奴がいた。封鎖された宿の扉にもたれ掛かっていた。俺にははっきり顔が見えた。髪が顔にかかって少し見にくかったが間違いない。あれはデュパンだ」

「セトさんはデュパンを・・・デュパンの顔を知っていたのですか?」

「ああ、デュパンがホメロスに捕まってアルデハイルに護送される前に奴の顔を見た」


 確か港湾労働者のデグラムさんも同じことを言っていた。デュパンは、被害を受けた貴族たちの意趣返しでアルデハイルに護送される前に素顔を晒されたんだった。そのとき多くの者がデュパンの顔を見たらしい。セトさんもその一人だったわけだ。


「あのとき俺はかなり近くで奴の顔を見た。今でもはっきりと覚えている。あれは奴で間違いない」


 失礼かとも思ったが、そのあと何度かしつこく確認したが、セトさんはあれは間違いなくデュパンだったと断言した。


「そうですか。それで」

「それが不思議なことに俺がもっと近づこうとしたら、奴は忽然と消えた」

「消えた?」

「ああ、消えたとした言えない」


 デグラムさんやロデリコさんのときと同じだ。二人も同じようなことを言っていた。


 確かに不思議な話だ。


「不思議な話だね。ねえクレア、消えるとか透明になる魔法なんてあるのかな?」

「ユイ様、私は聞いたことがありません」

「俺もないなー」


 セトさんもクレアに同意する。


「じゃあ、転移魔法?」


 転移魔法は僕たちには因縁のある魔法だ。


「でもハル、あれは・・・」


 そうあれは個人でできるようなものではない。魔法陣に何カ月も魔力を注入して初めて稼働するような魔法だ。手軽に個人が何度も使えるようなものじゃない。そもそも持ち歩けるようなものじゃない。それが例え希代の怪盗デュパンであってもだ。じゃあやっぱり姿を消すような魔法が存在するのだろうか。通りの突き当りでセトさんが見ている前で忽然と消えた・・・か。


「ハル様、たしかデュパンは認識阻害の固有魔法を持っていたと聞きました。それを盗みに使っていたとか」

「なるほど、セトさん、それを使ったってことは?」

「いや、それはないと思う。あれは見つかり難くなるだけで、いきなり目の前で消えたりは無理だ。デュパンがこの街で活躍していた頃でもそんな話はなかったと思う」

「そうですか」

「本当に消えたとしか思えないんだ。暫く俺は唖然として立ち竦んでいた。その後、我に返って周りを見回したが誰もいなかった。目の前に使われなくなった宿屋が建っているだけだったよ」

「扉に仕掛けでもあって中に隠れたんでは?」

「いや、本当に目の前で消えたんだ。あれは絶対に何かの仕掛けで隠れたとかじゃない」


 手品のように黒い布をかけて取ったら何もないとかではない。目の前で消えたというのだ。たしかに物理的な仕掛けでできそうな気がしない。ならば光の屈折とかを使った仕掛けとはどうだろう。でも夕方だ。とすると・・・。


「ハル、やっぱり不思議だね」


 これまでの目撃者全員が顔をはっきり見たと証言した。ただし、ゼッツさんの証言は顔が確認できたかどうか少し怪しい。


 だけど、他の3人は・・・。


 港湾労働者のデグラムさんは川緑のベンチから、ベテラン騎士のロデリコさんは貴族の屋敷の屋根から、そして今日、C級冒険者のセトさんは通りの突き当りからデュパンが忽然と消えたと話してくれた。状況から見て、この3人が顔を確認したというのは信用できそうな気がする。


「ハル様、何か考えが・・・」

「いや」



 そのあとしばらくセトさんと話をしたが新たな発見はなかった。

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